9-風花剣舞〜中盤
『これが、俺が今まで温めていた筋立』
快晴はまじまじと那由他を見つめる。
『戦う?』
那由他は楽しげにうなずく。
『ああ。……お前となら、やれそうだと思って』
シュッと風を切る音。パラパラと快晴の髪が散った。
快晴は仰け反ったまま、後ろへ一回転し、那由他の刀を鈴で受ける。
ガキィイン!
金属同士のぶつかる音。観衆達はどよめく。
「!」
奏者の側に控えていた宮司が、何事かと席を立った。
競り合いもつかの間、圧倒的な力の差で快晴ははね飛ばされた。よろけるものの、なんとか体制を保つ。
那由他は刀を振り払う。
鞘を脱いだ刀身は磨かれた鏡のように光を乱反射し、淡い光を帯びている。
笛の一人が演奏を止めようとした。気づいた宮司は「続けなさい」と急ぎ合図をする。
快晴ははっと息を引っ込める。刀が喉元に入ったのだ。
つ……と切っ先が快晴のあごを持ち上げた。そのまま微動だにせず、下目遣いに黒面を見つめる。
「もう終わりか?」
面越しにくぐもった声と舌打ちが聞こえる。
「つまらねえ。もっと愉しませろよ」
面の穴から那由他の意地悪そうな眼が見える。快晴はムッとし、反撃しようとした矢先ーー
本当の異変は起きた。
ザザァ……
遠くで木がさざめくのが聴こえる。
汗が頬を通り刀に伝う。硬直したまま動かない快晴。まるで呪縛にかかってしまったかのように。
ーー体が……
快晴の目だけが動き、黒面を注視する。そこになぜか那由他の気配が感じられない。
ふ、と周囲の気配が消える。
面に伴っているはずの簓も、飾り帯も見当たらず、ずっとそこに掛けられていたかのごとく、双角の黒面だけが宙に浮いている。
ひっそりと、永い時を経た骸のように。眼窩がこっちを見ている。
見てはいけない。そう思った瞬間、その穴に意識が吸い込まれていった。
快晴はうっすらと目を開ける。
ふわり、風が吹き渡り、髪を揺らす。
快晴が手を述べると、花びらと思ったものが一瞬で手のひらに溶けた。
『……風花』
鼻をくすぐる懐かしい大気の匂い。
春のみずみずしい風。
誰かを呼ぶ声に、快晴は振り返る。
目の前を鮮血が飛び散った。
花のような素い衣がまだらになって揺らいだ。
快晴は手を伸ばし、叫ぶ。声にならないその名を。
ーー×××……!
頬を濡らすのは血か。それとも涙だろうか。
快晴は指先でおそるおそる触れた。
花散らしの風だけが辺りをひょうびょうと行き交っている。
無彩色の空間に相対する、黒面と快晴。その間を花びらが降りしきる。
それはやがて雪に……灰に――
無表情の黒面を前に、真っ白になった快晴の頭の中、言葉が一つ一つ置かれていく。
時が経ち
風化しても
忘れてはならない 記憶
『…………き…おく』
うめくような快晴の声に黒面はかすかに頷いた。
そのため
汝は生き続ける
ピタピタと頬を打つ、金属の冷たい感触。快晴は我に返る。
「びびってるのか?」
面越しにくぐもった声と溜息が聞こえる。
「戦いのさ中にぼうっとするなんてーー」
面の穴から那由他の凄む眼が見える。
「死にたいのか、てめぇは!」
那由他は刀を外すと同時に快晴の胸ぐらを掴んで引き寄せる。快晴はきゅっと口を結び、ただひたすらに、杜若色の眼を見つめている。
「お前は名倉じいに何を教わった。悔しかったら、ここから一本取ってみろ」