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7−春時雨

 カランカラン…

 外で派手な物音がした。


 祭りの衣装を着せてもらったそばから、聡は庭へ降り、音の発生源を確かめる。少しへこんだブリキのじょうろを拾った。急に強まった風に飛ばされ、どこかにぶつかったらしい。

「聡。衣装が汚れるよ。戻っておいで」

 母親のたしなめる声に気づいてはいるものの、じょうろを持ったまま聡はじぃー…と上を見ている。

「……雨のにおい」





 祭を見に来たかのように、雲が次第に辺りを覆い、薄暗くなる。桜の花びらにぽつぽつ落ちる雫。

 やがて、サアァァという音とともに雨が降り注ぎ、外はたちまち暗くなった。


 雨景色の廊下を、衣装をまとい、最後のリハーサル向かうところで二人は鉢合わせた。

「……」

 恥ずかしくて顔をそむけたまま、快晴は足早に行こうとする。すると那由他が快晴の腕を引っ張った。

「ほぉ、お前ここまでめんこくなるとはな」

 ニヤニヤしながら見る那由他に、快晴の頬がほんのり染まった。


 本人は不服だったが、見栄えがよく なるよう化粧をされてしまったのだ。慣れてないせいか、口紅をさした唇がヒリヒリする。ぬぐいたくて仕方なかった。

 何より那由他に見られるのが一番嫌だった。衣が(しろ)じゃなかったら良かったのに。


 二人とも左右の目の下から頬に朱い入墨を施された。那由他のは渦を描き、快晴は細葉の形が三本、といった風に。

 男手である那由他は、ハレの日らしからぬ、濃紺一色をまとい、手甲と(すね)当てが衣の端を引き締める。

 唯一の華美といえば、額に銀の紋様の入った帯を巻き、耳の上で結わえ、飾り紐を垂らしているくらいだろうか。

 手には、普段は持ち出し禁止の御神刀が握られている。


 一方、女手である快晴は、(しろ)一色の麻の衣。腰の所を赤い紐で括り、胸元を刺繍の入った被布が飾る。

 衣の袖や裾にはスリットがいくつか入っていて、鳥の羽根を彷彿(ほうふつ)とさせる。

 快晴の伸びかけの髪はたくさんのピンで止められ、つけ(まげ)に漆の(くし)を挿している。

 舞手の証だという勾玉を額に戴き、首には宝玉ではなく、羽の首飾り。どこから見ても清楚な乙女という感じだ。


 快晴は簡素な那由他の出で立ちと自分のそれを比較してみる。

「それだけ?」

「本番はこの上から着るの。お前は…まぁ露出が多いことで。きひひ」

 那由他の変な視線に悪寒がしたのか、快晴はぶるっとする。

「さむ……」

 首元も、足元もスースーする。女って嫌だ、と快晴は思った。





 実際の演奏に合わせ、二人は序盤の演目を舞い終わる。

 リハーサルはここまで。あとは本番のお楽しみなのか、祭祀ゆえの秘密事項なのか、中盤以降は那由他と快晴しか知らないことになる。


「今日はよろしく頼むな。」

 那由他らしからぬ素直さに、快晴は意外そうに見上げる。

「何へんな顔してんだ、お前」

「……」

 そう言われて、快晴はぷいっとそっぽを向いた。

「ほんと喋らない奴。今はいいけど、それじゃろくに女も口説けねーぞ」

「……別に」

「お前みたいなやつほど、一度落ちたら手の施しようがなくなるもんだ。くくっ、楽しみだぜ。いつかそんなお前を見るのが」

 ムッとしたのか、快晴は強い口調で否定する。

「そんなの絶対ない」

 那由他は苦笑し、手元の刀を眺める。

「いいもんだぜ。お前もそのうち分かるよ」

 かざした刀は鏡のようで、かつ精巧な流紋が隙間なく巡らされている。

「どんなに強くなろうと、人は一人では生きられないのさ。己の中の空白は他の誰かが埋めてくれるものだ。きっと、お前にとって唯一の存在と呼べる者が」


 にっとする那由他を尻目に、快晴はおもむろにつぶやく。

「今夜は雨か」

「なぁに、上がるさ」

 快晴は振り返り、疑いの眼差しを向ける。

「俺の予感は当たる。天気予報よりはな」



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