6-舞習い
タン トトン
タン トトン …
終始耳に届く、太鼓のBGM。
「遅い! ちゃんと剣筋を捉えろ」
快晴が仰け反り、すぐ上を木刀が舞う。
「俺とお前の動きは対応してる。相手の動きも覚えろ」
那由他の脇を回り込み、シャン、と鈴を振る。
「早い! やりゃいいってもんじゃねえ。緩急しっかりつけろ!」
「…とっとっ……」
パンッと手が鳴る。
「はい、止め。そこで唄!」
快晴が視界から消える。
ドサリ。
那由他は足元をしげしげと見下ろす。
「……俺はなんもしてねーぞ?」
身につけた仮衣装に足を取られたらしく、快晴は床に伏せっている。
「……稽古よりキツイ」
那由他はにやりとする。
「頭と体、両方行使するからな。それになによりーー」
「「時間がない」」
二人の声が揃う。
「1年目はそんなもん。全体の流れを飲み込むので精一杯。細かい精度は望めないな。2、3年経つと余裕も出てくる」
ふぁ〜とあくびをしながら那由他も隣に仰向けになる。
「大体……後継を見出すのがギリギリなっちまうんだよなぁ。タイミング的に」
くるっと快晴の首が向く。
「自業自得」
「ふぁ……そう言うなって。意外と難しいんだ、選ぶってことは。まさかお前、あみだくじとかで決まると思ってないか?」
快晴は眉を寄せる。
「アミダクジって?」
那由他は頭を抱え、うずくまる。
「世代相違かよぉ……」
机を挟み、座る二人。那由他は紙に鉛筆でさっさっと表を描いて見せる。
「普通、七つまでは神の内と言われる。でも千久楽では17歳まで。厳密に言うと8~17までの10年間は間人と呼ばれ、神と人をつなぐ役目をする」
間人の字がぐるぐる囲まれる。
「舞手はこの中から選ばれる。で、お前が今10……」
「9」
「ああ、早生まれか。じゃ大体同じパターンだな。俺は8の歳で抜擢され、選んだやつは17、引き継ぎは1年もない。……確か、お前の親父さんもギリだったって聞いたぜ?」
快晴は思わず顔を上げる。
「父さんも舞手を…?」
那由他は頭をかく。
「なんだ宮司、話してなかったのかよ……写真、残ってるかもな。あとで聞いてやる」
那由他はおっくうそうに立ち上がると、見上げた快晴の額を指で押した。冷たい勾玉の感触がある。
「お前も時間かかるのは覚悟しとけ。正式な後継を選ぶまで代理も立てられるからな」
那由他の指が離れると、快晴は戴いた勾玉の組紐を外し、
「これが、その証?(邪魔なんだけど)」
舞う時は外すな。と釘を刺し、那由他は組紐を快晴の頭に掛け直す。
「いいか? 選ぶのは利害抜きに直感だ。俺たちの意思でどうにかなるわけじゃない。来たる時にそういう風が吹くのさ」
「風の神を……信じてるのか?」
風通しの隙間から、ひゅう…と風が舞い込んでくる。机の上の唄本がパタパタとめくれた。
那由他はさぁ、と目を閉じた。
「けど、風の流れを感じる。小さい頃からな。風を読めば先のことを知ることもできる。……先見ってやつだ」
瞼がうっすら上がる。
「初めての先見は7歳の夏。あの災いだった」
「沈黙の春……」
快晴のつぶやきに那由他はうなずいてみせる。
「沈黙の春で、世界は変わっちまった。千久楽もその余波を受けた。寒冷化に日照不足…最初の何年かはひどかったぜ。実りは悪いし花も咲かない。桜も蕾が硬くてな。咲かずにそのまま朽ちていった」
那由他は引き戸を開け、廊下に出る。部屋が一気に明るくなる。光の中をひとひら、舞い込んでくるもの。
「ここ1、2年でようやく咲き出したんだ」
快晴は目を細める。
「桜……」
「千久楽は風の生まれる所だから、まだかろうじて青空を拝めるし、空気もきれいだ。俺たちは風に守られてると言ってもいい」
那由他は胸の高さで手を組み、祈りの形を作る。
「この風が絶えませんように。そう願う人々の気持ちが分かるだろう?この祭は皆の心の拠り所なんだ」
快晴は那由他の精悍な横顔を見つめる。
「神は……本当に来る?」
「俺たち次第」
振り返り、那由他は不敵な笑みを浮かべる。
「俺とお前で、いい風呼ぼうぜ」