表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/12

5-唄習い

 快晴の前にうず高く本が積まれた。

「何だよコレ……」

 快晴は訝しげに那由他を見上げる。

「唄本。舞手はな、舞うだけじゃねーの。他に唄の掛合いを舞の間に挟むんだ」

 本を開き、快晴は唖然とつぶやいた。

「ーー古語?」


 そこには伏字(ふせじ)の羅列、ところどころ振られた数字、記号。リズムを刻んだような線……一見、何かの暗号みたいだ。

「唄本と言っても歌詞が書いてあるわけじゃない。これは代々の舞手が残したあんちょこさ」

 那由他はどかっとその場に座り、本をぱらぱらとめくりだす。

「今見ても意味不明だが、そのうち参考になるぜ。特に俺のやつは」

 那由他は本を置き、両手でぱんと自分の(もも)をはたいた。

「いいか?肝心の内容は自分の耳で覚えるしかない。笛に楽譜がないようにな」

 快晴はげんなりと積まれた本の上に頬杖をついた。

「めんどくさ……」

「そう言うなって。物覚えはいいんだろ?」

 那由他はにっと笑う。


「唄は形に残せない。文字を介して伝える唄は別物になっちまう。……言霊(ことだま)って聞くだろ。言葉は本来生き物で、文字になった瞬間から死んでく。口で奏でてこそ唄に呪力が宿るし、神も呼べる。……千久楽が長らく口承文化だったのはそういうわけだ」


快晴は頬杖をついたまま、目だけを那由他に向ける。

「で、肝心の内容は?」

那由他は首を振った。

「分からん」

「は?」

快晴は思わず顔を上げた。

「古い言葉は唄の中にしか残らない。まともに喋れるやつなんていねえし、意味だってもう分からないのさ」


 快晴は溜息をついて、うつむいた。

「そんなんで演じられるのかよ……」

 那由他は腕を組む。

「そこが俺らの見せどころだ。筋立は自分たちで考える。アドリブだってありだ。それを観客は毎年楽しみにしてるんだぜ」

「適当……」

「ま……大体の想像はつくぜ。呼び唄は風を招く内容だろうし、舞手が掛け合うのは恋の唄に決まってる」


「恋…って……」

快晴が固まりかけている。

「お、まだ概要言ってなかったか。やべーやべー。今回の祭はいちお春の奉納祭、風花祭だ」

「カザハナマツリ……」

「風花の降る季節に風の神を迎え、今年の豊穣を祈る、って行事さ。実らせるってことは〜つまり、そこに神と娘の交接があるわけで……」

「コウセツ?」

 快晴は眉を寄せる。

「こういうことさ」


 快晴は突然両肩を掴まれ、床に倒された。その上から那由他が覆いかぶさる。体の重みで身動きが取れない。

「離せっっ、……」

 大きな手が胴を伝い、腰に届く。

「ちょっ………ふふ、」

 快晴は思わず表情を崩した。

「あ〜〜〜やめろって、もう!」

 快晴はくすぐったそうに体を折り曲げる。那由他は手を離し、代わりに小さな頬を包んだ。

「ほら、笑えばかわいいじゃねえか」


 快晴は一瞬きょとんとし、やがてみるみる赤くなった。その変化に那由他は吹き出して、隣で苦しそうに伏せっている。快晴は腕で顔を隠す。

「…っくしょう……」

 那由他は悶えたまま、快晴を指差している。

「お前、ほんと、最高……」

 快晴は怒り心頭に立ち上がった。

「帰る!」


「おっと、話は最後まで聞けって……」

 那由他は笑いをかみ殺す。

「風花祭で舞うのは剣舞。よって、舞、唄、剣さばき3つを同時にこなす。これは簡単じゃない。それなりの素質がなければ無理だ。その点、お前は俺のお眼鏡にかなった。…………いや、違うか」

 那由他はよっと体を起こすと、快晴を見据える。確信に満ちた眼差しで。


「風がお前を導いた。よって舞は必ず成功させる。お前も中途半端なためらいは捨てろ。俺は小学生だろうと容赦はしない」

「……」

 快晴は黙したまま、那由他の前に不本意そうに座った。

「では唄の練習を始める。耳の穴かっぽじってよく聴けよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ