4-後継
舞の練習と平行して、快晴は剣道の稽古を始めた。
日に日に快晴の動きが柔らかくなっていくのを目の当たりにし、那由他は心底満足していた。
ーー俺が見込んだだけある。そうこなくちゃな。
小休止、と那由他が床に座り込む。快晴も息を吐き出し壁を背に座る。
「名倉の爺さん、厳しいだろ?」
コクンとうなずく快晴。
「俺も爺さんの元でやってたんだ。師範代だったんだぜ。2年前にやめちまったが」
「……何でやめた?」
「師範の……爺さんの孫娘に手出しちまって破門された。いや、俺は孫だなんて知らなかったんだぜ」
那由他は肩を竦めてみせる。
「……」
「でも、ま、続けてみろよ。強くなりたいならな」
練習が終わると、那由他は宮司の部屋に顔を出した。
「失礼しまっス」
男の子がパタパタと駆け寄ってきた。
「なゆ兄ー遊んで!」
「これ、聡。お兄ちゃんは忙しいんだよ」
宮司に座布団をすすめられ那由他は座ると、聡の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「いーぜ。もう練習終わったからな」
「長かったな。ずいぶん気合い入ってるじゃないか」
「分かる?」
「毎年かったるそうなお前がいきいきやってるからな」
へへっ、と那由他は両手を頭の後ろで組んだ。
「まぁね。今年は期待しててよ。聡、お前も見に来い。俺の最後の晴れ舞台だからな」
宮司の表情が変わる。
「那由他、もしかして……」
那由他はうなずく。
「ああ、千久楽の風の流れが変わった」
強い風が吹く。
快晴は家には帰らず、神社の裏の入らずの森に来ていた。慣れた足取りで奥に奥に進んでいく。そこには、陽炎のように空気がゆらいでいる場所がある。
奇妙なことに背景の森とは異なる風景が入り混じってゆれている。
快晴は臆することなく、むしろほっとした面持ちでそのゆらぎを通り抜けた。
開ける視界。まぶしさに慣れて目を開けると、飛び込んできたのは真っ青な空。その下に広がる草原には、白い岩がいくつも埋れて見える。まるで羊の群れのように。
快晴は思いっきり息を吸い込んだ。
ーーおいしい……
『オカエリ』
『カイセイ、オカエリ』
たんぽぽ達は風に揺れて一斉に唄い始める。
「ただいま。」
快晴から笑顔がこぼれた。
「風が俺に示し、俺はあいつを見い出した。そしておそらく……あいつで最後だ」
宮司は縁側の向こうの庭に目を移した。
「それは……千久楽が終わるということか?」
那由他は息をつき、
「いつも言ってんじゃん、宮司。あくまでも予感。100%じゃあない」
那由他はすがりつく聡を手と足先で持ち上げ、飛行機をする。聡はけたけたと笑う。
「……あまり説得力がないな」
宮司は傍らで苦笑いする。
那由他は仰向けで速く流れる雲を見上げた。春の嵐がくるのだろうか。
「ま、終わり方にも色々あるし。その辺は神のみぞ知る」
聡の手が被さってくる。
「あ、見えねえ。こら」