3-対面
数日後。
春に行われる奉納祭の顔合わせに、快晴は正装して臨んでいた。
文様の入った藍色の羽織、額には同じ文様が刺繍された布を巻いて、耳上で結び、端は垂らしてある。
首飾りに連なる翡翠や瑪瑙が、歩く度にかすかに鳴っている。
宮司の後に続いて広間に入ると、大勢の大人達が一斉に視線を向けた。その中に見覚えのある顔を見つけて、快晴は目を見開いた。
「皆にお話していた、今年の舞手。幾生快晴君」
宮司の紹介に、周りから「やっ」とか「頑張れよ」など掛け声が混じりながら拍手が起こる。
「……快晴? どうした?」
次に挨拶するはずが、ただ一方向を見たまま快晴は動かない。
「よぉ、新人。よろしくな」
宮司は二人の顔を交互に見比べた。
「那由他、知り合いだったのか?」
「おいおい……何だその硬さは」
那由他は呆れて溜息をついた。
「お前、その歳にしちゃ動き硬えな。手足はこんなにしなやかなのによ」
那由他が手首をつかんで引き寄せようとすると、快晴はパッと振り払い、無言で睨んだ。
「そうそう、今ぐらい機敏に……やれば出来るじゃねーか」
顔合わせの後、二人は奥の間に移動し、さっそく舞の練習を始めることとなった。大人達はそのまま打ち合わせと称した宴会になっているようで、笑い声が時折響いてくる。
二人の様子を外からこっそり伺う老人がいる。そこへ宮司がきて、恐縮したように頭を下げた。二人についての説明に老人は時々小さくうなずいている。
二時間ほどで練習も終わり、快晴がぐったりして帰ろうとすると、後ろから突然呼び止められた。
「那由他はお前さんをたいそう気にいっとるみたいじゃな」
快晴が振り返ると、そこには姿勢のいい老人がにこにこして立っている。快晴は小さく会釈する。
「ふむ、惹かれたのが分かる気がするの。ホッホ。お前さんの眼は鏡のようだからの」
老人がじぃーっと覗き込むようにして見るので、快晴はたじろいだ。
「どうだ。わしのところで稽古してみる気はないか。今のお前さんに足りないものが養えると思うんだが」
「足りないもの?」
快晴は思わず口を開いた。老人は目を細める。
「それを養えば、お前さんはもっともっと強くなれる。あの那由他めにも勝てるかもしれんぞて」
「けど……」
快晴は口ごもる。
「なに、わしは気まぐれに声をかけただけ。選ぶのはお主」
老人は方向を変え、歩き出す。
「気が向いたら、おいで。宮司が場所は知っておるから」
謎の老人は廊下の暗がりに吸い込まれていった。ようようとした唄が宴会の方から聴こえてくる。
「なゆた兄! どうだった??」
境内を出て参道を歩いていると、待っていたかのように子供が2、3人駆け寄って来た。
「どうって?」
「今日来てたんだろ? 天文台のやつ」
遊んでいた他の子供たちもわいわいと那由他の周りに集まりだした。
「なゆた兄、何であいつがパートナーなんだよ。ずっと千久楽を離れてたのにさ」
「そうだよ! 候補はあい姉ちゃんだったのに急に変えるなんて……姉ちゃん泣いてたぜ」
「さすが女泣かせのなゆた兄」
那由他は子供らの頭を抑えると、
「勘違いするな〜俺の役目は後継を選ぶことだ。好きとか嫌いとか、そういうんじゃない。まぁ……お前らにはちと難しいかな」
それに……と言って那由他は小声になる。
「藍にはちゃーんとデートの約束させられてるんだわ」
「うわー」
「敷かれてるぅ〜」
那由他は腕を組んだ。
「……ま、女はかよわく見えてしっかりしてんだ。お前らもよく覚えとけよ」