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2-天文台の少年

「よく帰ってきたね、快晴」

 きちんとお辞儀する少年に、宮司(みやつかさ)は穏やかに笑いかけた。

 木陰の揺れる廊下を通り、二人は離れにある奥の間に入ると、相対して座った。

 ついた指先の触れる、素木(しらき)の床の心地良さ。ふかふかの座布団が、すぐ足がしびれてしまう快晴には嬉しかった。


 しばらく世間話をしたところで、宮司はちらっと縁側の外を見た。

「…さて、さっそく本題なんだが……」

 宮司はこほんと咳払いを一つする。


 正座してからというもの、快晴はずっと無表情だったが、宮司の話を聞くやいなや驚き、思わず立ち上がった。

「何で僕が!」

「君は選ばれたんだ。もう一人の舞手に」

  




 帰り道、かざぐるまがカラカラ回る中を、快晴は黙々と歩いた。雨上がりの夕日がいつもより眩しかった。

 辺りは水の粒が浮遊しているのか、あらゆるものが照らされてキラキラ光り、濃く影を落としている。


『土曜日に顔合わせがあるから、その時に会えるよ。どうしても君がいいと言ってね』

 不満そうな快晴に対し、宮司はにこにこしている。

『帰ってきたばかりですまないが、ぜひ引き受けて欲しい』


「……っ」

 突風が髪を乱す。快晴はとっさに目をつぶる。長く伸びた髪を抑え、前を見ると、そこにはーー

「よぉ。お前が幾生快晴?」

 塀にもたれていたのは中学生か高校生のようだった。……知り合いではなさそうだ。


 明るく色の抜けた髪を刈り上げ、濃灰色のパーカーのポケットに手を突っ込みながら、ぷらぷら歩いてきて、快晴の前に立ちはだかる。快晴よりずいぶん背が高い。がっしりした体格が壁のように感じる。


 快晴が何も言わずに下を向いていると、大きな手が小さな(あご)を持ち上げた。互いの視線が交わる。一瞬、快晴は不思議な印象を覚えた。

 それもそのはずで、男の眼の色はやや薄く、微かに紫がかっている。

 男も同じように快晴の眼を探っている。その口元がわずかにほころんだ。

「へぇ……噂通りじゃん」


ーー!


 ふいに抱き寄せられた快晴は驚き、力の限りもがくが、相手はびくともしない。

「……っ……やめろって!」

 やっとのことで逃れると、快晴は離れたところから睨みつけた。

「何なんだいきなりーー」

「お前、俺の腕にフィットしていいぜ」

 ニヤッとした男に、快晴は顔を引きつらせて一、ニ歩後ずさった。

 たちまち男は吹き出す。

「はっは! 引くなよ、冗談だって。……お前だろ?天文台に戻ってきた奴って。SSCにいたんだってなぁ。宇宙はどうだった?」

「……」

「……ま、いいけどよ。そのうちまた会った時でも聞かせてくれ、ちびアストロノート」

 ぱん、と肩を叩かれる。体と同じく大きい手がずいぶん上から落ちてきたので、快晴は思わずふらついた。

「じゃぁな」と言うと、男はぴっと後向きで手を上げ、去っていった。

 まるで嵐が去った後のように、快晴はただ唖然とその背中の行方を追っていた。






 千久楽に天文台ができたのはずいぶん昔だ。自分が生まれるもっともっと前。年号が3つくらい遡るらしい。

 小さく古びた天文台には、蔦がはこびり、見た目はさも遺跡のようだが、快晴は物心ついた時からここに住んでいるので、それが当たり前になっている。

 台長だった父が設備を整え、今でもちゃんと

観測ができる。けれど、そこに父の姿はなく、ただデータだけが刻々と記されていく。


 ふわりと広がるカーテンから風が舞い込むと、自分を呼ぶ父の声が聴こえた気がして、快晴は振り返った。がらんとした書斎は、時間が止まったままだ。


 自分の部屋に戻ると、快晴はベットに仰向けになり、口をぽっかり開けて月明かりを飲み込んだ。

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