1-予感
illustrated by mariy
肌を撫でる湿ったゆるい風。春の訪れを知るのは、いつもこんな瞬間だ。
ーー冬が終わる? ……いや…
うつむき、那由他は再び歩き始める。
その時だった。仄かな花の香りが鼻をかすめた。不思議な予感と共に、脳裏をよぎる一人の子供の姿。
ーー誰だ?
那由他は呼吸を整え、意識を集中しながら視界を手繰り寄せる。
子供は少年とも、少女とも思える、中性的な容姿だ。
風にたなびく長い前髪。その隙間からのぞく涼しげな眼。見ればみるほど深く透きとおっていく、美しい眼。
ーー人離れしてるな。
もっとよく見ようとしたところで、強い風が浮かんだ映像をかき乱した。那由他は舌打ちする。
「いたずらな風さんだな…………ったく」
香りの在処を見つけると、那由他は屈み、じっと見つめる。沈丁花……ここ数年、ずっと咲かなかったというのに。
花の香りと静かな確信が全身を満たしていく。
「きっと、あいつだ」
呟いてからニヤリと笑うと、那由他は来た道を引き返していった。
後日、風の間に間に見えた子供が、数年ぶりに千久楽に戻ってきたことを知ることになる。