こっくりさん。4
「夕夏!」
声を上げて私は夕夏の元へ駆け寄った。
「おぉー、おっはよー、梓。」
心配していた私をよそに、当の本人はけろりとしたもので。
勝手に不安がった私がバカみたいだ。
「もうお昼ですぅー。てか心配させんなよなー!」
軽く夕夏を小突こうとして、怪我してることを思い出した。
行き場を無くした砲丸が宙を彷徨う。
あれ?
「怪我、してるんだよね?」
首を傾げる私と同じように、夕夏も傾げながら「たぶん・・・?」と答えた。
たぶんってなんだ、たぶんって。
二人で首を横にくいーってしてたら、夕夏が笑って元に戻した。
「ま、お昼食べながら話すよ。」
「うわ、何これ・・・。」
包帯を解いて見せてくれた痣は、うっ血して、とても痛そうだ。
「ほんっとに痛くないの?」
思わず夕夏の顔を覗き込んでしまう。
「うん。」
「ほんっとに、ほんと?」
「ほんとだってば!」
夕夏は笑いながら包帯を巻きなおす。
「見た目すごい痛そうだから脳が混乱してるよ。」
だろうなあ。
見てるだけで痛いもん。
「いつ怪我したのかもわかんないんだ?」
「うん。寝る直前まで腕にこんな痣ないのは家族も知ってるし。」
「そなの?」
「うん。あたしパジャマ半袖だし。」
そうだった。
夕夏は超がつく暑がりだった。
「で、起きて下降りたらお母さんがびっくり。」
そりゃ、朝起きて娘にこんな痣あったらびっくりだわ。
「寝ぼけて落ちたんじゃないのー?」
「それ、弟にも言われた。」
私の冗談に夕夏は笑って、「でも、」と続けた。
「なーんで痛くないんだろ?」
うーん、確かに・・・。
「無痛症ってこと、ないよねえ?」
「あ、それお医者様にも言われた。でも、抓ったらもちろん痛いし、この痣のとこだって感覚あるんだよね。」
そうだよね。
「汗もかくしね・・・。」
夕夏はきょとんとした表情で私を見た。
「梓先生、解説を。」
私はわざとらしく咳払いをして、「任せなさい。」と自分の胸を叩いた。
「無痛症って、正式名称は先天性無痛無汗症って言うんだけどね。原因は実は未だによくわかってないの。ただ、汗をかかないせいで体温調節ができず、痛み、熱さ、冷たさが感じられないせいで怪我や骨折、火傷を負ってしまう恐れがあるんだって。」
「えー、こわっ」
「しかも、生まれつきだから危険を学習することが出来ないせいで、命に関わる怪我や火傷も負ってしまう。生後間もなくにそれがわかっていればいいんだけど、気が付けないと早くに亡くなってしまうこともあるみたい。」
「怖いのねえ。」
「ねー。」
「林先生?」
「の受け売り。」
私の知識の出所が知れたころ合いに、ちょうど予鈴が鳴った。
「次、なんだっけ?」
「English!」
みんな机をいそいそと片付けだす。
「予習した?」
「大1の③まで。夕夏は?」
「⑤まで。」
「うっわ、あたし④じゃん!しかも日直だから最初だ最悪!美穂!」
廊下側の席にいる美穂にポケットに入ってたチョコを投げ渡す。
「何ー?」
「ちょっと時間稼いで!」
「チョコ一個で!?」
「あんたならできる!」
私は後のことを丸投げして、急いで教科書とノートを開いた。