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accelerando  作者: 奏多悠香
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5 はじめましてなアイツ

 私が倉持真吾に初めて出会ったのは合コンだ。

 チャラいと言うことなかれ。ちゃんと言い訳がある。あの常套句、『人数合わせ』だ。嘘ではない。「1人来れなくなっちゃったんだけど、暇?」と大学時代の友人から声をかけられ、家でごろごろする以外に予定のなかった私はほいほい参加したのだ。

 とはいえ、全く期待していなかったと言ったら嘘になる。あの日に限って、普段は使わないラメ入りのアイシャドウに手が伸びたあたり、ほんの少しだけ浮かれていたことは否めない。年齢的なものなのか、周囲には結婚する友人がちらほら。焦っていたわけではないけど、安住の地を見つけたみたいにまぶしい笑みを浮かべる彼ら彼女らがちょっとうらやましかったのだ。

 だから、思っていた。


 ――私もいつか安住の地に出会うかなぁ。出会えるといいなぁ。


「今日、出会っちゃうかもよ? 超絶イケメンの御曹司が来るらしいから期待大よ」


 そんな友人の言葉通り、倉持真吾は本当にかっこよかった。好みかどうかは別として、かっこいいかかっこよくないかと問えば、十人中十人がかっこいいと答えるに違いない。

 仕事が長引いたとかで一人だけ遅れてきたせいもあって、奴の登場シーンは今でも鮮明に思い出せる。高い身長に長い脚、広い肩幅、小さな頭。細身のスーツに身を包み、外人モデルですかと聞きたくなるような出で立ちで颯爽とレストランに入ってきた倉持真吾は、私たちのいるテーブルに目を留めるなり片手をあげ、すでに到着していた男性側の友人たちと軽く言葉を交わした。

 整った容姿とは対照的にハスキーな声でちょっと荒っぽい言葉づかいというその不思議なバランスが、イケメン度をより一層押し上げていた。


「倉持です。遅れてすみません」


 と言いながらネクタイを緩める姿に、私含む女性陣はしばし魅入った。

 御曹司という事前情報がなかったら登場シーンだけでうっかり惚れてしまっていたかもしれない。

 知っといてよかった、とあのときは心底ホッとした。

 天は二物を与えずというありがたいお言葉が大嘘なのは二十五年の人生でちゃんと知ってるけど、天からあんなにたくさんのものを与えられた人もまた珍しい。

 天の、能力振り分けのシステムはそろそろ変えるべきなんじゃないかな。いくらなんでも不公平が過ぎるでしょ。

 そんな風に思いながら私はその細身のシルエットを見つめ、DNA的に私の親戚には決して現れないその美しい体型を半ば神秘的なものでも見るような気分で堪能していた。


「ハルカちゃん」


 ――ブーッ。


 最初も最初、自己紹介を終えた直後の第一声。運よくというか運悪くというかゲットしてしまった隣の席から呼びかけられたその瞬間に、私の心の中で盛大なブザー音が鳴り、脳裏で真っ赤なバツ印がピカピカした。なぜって、初対面でファーストネーム呼びがさらりとできる奴は大抵すんごくチャラい(※私調べ)からだ。

 漂う小馴れ感。

 隠しきれないチャラ男感。

 呼ぶ前にちゃんと「ハルカちゃんて呼んでいい?」とお伺いをたててほしいものだ。そしたらニッコリ笑って「いいえ、嘉喜さんで」と言ってやるのに。

 御曹司×チャラ男

 完全に私の苦手なものが掛け合わされている。

 ここに「オレ様」要素なんて加わった日にはもう、セロリと納豆とレバーを炒めたやつくらいのインパクトだ。

 そして、倉持真吾はとことん期待を裏切らない男だった。「どんなタイプの女性が好みですか?」という合コンにお決まりの質問に答えて言ったことには、「女性はみんな好きだけど、強いて言うなら俺のことを好きになってくれる子かな」だ。そしてその理由が「俺、自分のこと好きだからさ。俺のこと好きになってくれる子は皆好きだよ」ときたもんだ。

 うっへぇ。

 むせかえった拍子に飲んでいたお酒が鼻に回って、鼻が痛くてしょうがなかった。

 さすがに本気で言っているわけではなかったらしく、言ってからいたずらっ子みたいに笑っていたけど。

 それにしたって、ねぇ。

 鳥肌ものの台詞もここまで来ると笑えてしまう。

 だけどまぁ彼の話は総じて面白かったし、話を回すのが上手かったおかげで場は穏やかに盛り上がり、とても気持ちのよい時間を過ごした。おいしいお料理においしいお酒、弾む会話、しかも費用はほとんど男性持ち。病み付きになりそうだった。

 そんな合コンから2週間ほど経った頃だった。会社帰りに美咲とご飯を食べているときに、その合コンの話になったのだ。


「そういえばどうだったの? この間言ってた合コン」

「ああ、すんごいイケメンのナルシストリッチマンがいてかなり面白かった」


 私はあの男のことを思い出して笑いながら答えた。

 ほかの人たちもいい人だったけど、結局その合コンで恋が芽生えることはなかった。


「え? ほんとに? そんな人現実にいるの?」

「うん。相当かっこよかったよ。あんなにかっこいい人は初めて見た」


 顔立ちが整った人というのはちらほら居るけど、体格や顔の大きさなど、すべての要素をあそこまでそろえた人というのはなかなかお目にかかれない。


「いいなぁ、私も見てみたい!」


 と、はしゃぐ美咲。


「え、美咲ってお金持ちとか興味あるの?」

「ううん、特に。無いよりはあった方がいいかなってくらい。だけどそんなにかっこいい人なら、純粋に目の保養として見てみたい!」


 美咲の声が1オクターブ高くなった。

 この子の感情はいつも一気にぱーっと突き抜ける。思い切り笑って、思い切りはしゃいで。時々小さい子どもと一緒にいるような気持ちになるのだ。

 私は美咲のこういうところが大好きで、そしてちょっとうらやましかった。天邪鬼の私とは大違い。


「そんなに見たいなら連絡してみる? 金曜の夜だし、どこかで飲んでそうな気がする。合コン中の可能性もあるけど」

「連絡先知ってるの? してみる! してみる!」


 美咲がこういうことにこんなに積極的な姿を見るのは初めてだった。イケメンにそこまで興味があったとは。

 勢いというのは恐ろしいもので、そして少しだけアルコールを摂取していたせいもあって、私はすぐさま携帯を取り出して電話帳を呼び出した。合コンで全員連絡先を交換したので、私は奴の電話番号をちゃっかりゲットしていたのだ。

 妙に心臓がドキドキする。

 電話の呼び出し音を聞きながら咳払いをして喉を整えた。


『はい、ハルカちゃん?』


 さすが、チャラ男はちゃんとファーストネーム呼びで電話に出るらしい。相手の電話番号が表示されるので相手が誰だかわかっているにも関わらず、いまだに「はい、嘉喜でございます」という定型文で電話に出るどこぞの母とは大違いだ。


「嘉喜です」


 私はさりげなーく訂正をはさんでおいた。

 ハルカちゃんじゃなく、嘉喜ですよっと。


「倉持さん、いま大丈夫ですか?」

『大丈夫ですよ?』


 そう、これ。この、語尾が上がる感じ。これもチャラ男の特徴なんだよねー。(※私調べ)

 本当に、この男は。裏切らなすぎて面白い。


「あの……今、友達と二人で飲んでるんです」


 どう切り出してよいものかわからず、現状の説明みたいになってしまった。だが、チャラ男にはこれで十分伝わるものらしい。


『おっ。ちょうどいい。俺も二人で飲んでるんだ。合流する? ハルカちゃんたち今どこにいんの?』

「新橋です」

『おお、近い。俺たち銀座にいるんだ。連れが結構酔ってて動きづらいから、来てもらえる? タクシー使って来てくれたら、タクシー代出すからさ』

「わかりました。お店どこですか?」

『ヴァルトって店。駅に近くて割と有名なとこだから、タクシーの運転手さんに言えばわかると思う。お店についたらまた連絡して。入口まで迎えに行くから』

「はい」


 店の前についてから連絡をすると、倉持真吾はすぐに入口から出てきてタクシー代を払ってくれた。そのスムーズなことといったら。

 すみませんと謝りつつも、まぁワンメーターだし、この人金持ちだしいっかと思っていた。その代わり、飲み代をちゃんと割り勘にしてもらえば問題なかろう。

 私の隣で美咲はリスみたいに目を輝かせてイケメン御曹司を見ていた。かっこいーっていうキラキラ視線じゃなくて、好奇心があふれ出してしまっている感じだ。


「連れ、中にいるから。入って」

 

 暖色系の暗い照明で落ち着いた雰囲気の店は隠れ家みたいでお洒落だった。

 男同士でもこんなところに飲みにくるんだ。まぁ、この人なら絵になるけど。


「おーい、貴俊、起きろ」


 机に突っ伏していた塊を倉持真吾が持ち上げた。


 ――ああ、倉持真吾をイケメンって呼ぶのやめなきゃ。


 持ち上げられたその人の顔をみて、最初にそう思った。持ち上げられた人の方も整ったお顔なもんだから、「イケメン」では区別がつかない。


「貴俊」


 割と乱暴に肩をゆすられて、第二のイケメンは目をしょぼしょぼと開けた。


「何か悪いね。こいつ普段はこんな飲み方しないんだけど」


 そう言って倉持真吾が苦笑した。


「二人ともまぁ座って。貴俊、おい」


 第二のイケメンは目をこすり、私と美咲を交互に見た。

 そして唐突に、背筋をぐんと伸ばした。


「あ、起きた」


 真吾が楽しそうに笑う。


「こちら、俺の友達の貴俊です。貴俊、俺の友達のハルカちゃんと……」

「こちらは私の友達の美咲です」


 私がすかさず答える。


「美咲ちゃん。よろしく」


 さっきまでテーブルと一体化していた第二のイケメンは、驚くほど優雅に微笑みながら美咲に右手を差し出した。美咲がはにかみながらその手をとる。


「貴俊さん、よろしくお願いします」

「完全に酔っぱらって死んでたのに、途端に元気になったなオイ」


 倉持真吾が笑った。

 第二のイケメンは、どうやら美咲がとってもお気に召したらしい。

 しかしこの酔っぱらい、私とは握手しないんだな。

 酔っているせいで無意識にあからさまになってしまっているらしいその態度がおかしくて、思わず頬が緩んだ。


「ハルカちゃん、よろしく」


 ニヤニヤしていると、急に倉持真吾がずいと右手を差し出してきた。いたずらっぽい笑みを浮かべて。その意図をすぐに悟って、私も笑みを返してその手を取った。


「倉持さん、よろしくお願いします」


 第二のイケメンが美咲にしか握手を求めなかったので、私が不愉快な思いをしないように機転を利かしてくれたようだ。

 憎いくらいの気遣いだ。


「あ、ハルカちゃんじゃなくて、嘉喜さんって呼ばなきゃダメなんだっけ?」


 電話で話した時に私がさりげなく挟んだ訂正にも、この人はしっかりと気づいていたらしい。

 なるほど、どうやらチャラいだけじゃない。こういうところがモテるポイントなのか。


「いいですよ。倉持さんは特別にファーストネーム呼び、許してあげます」


 余裕をぶっこいてる感じの笑顔を崩してみたくてちょっと偉そうな口調で言ってみたけど、笑顔は全く崩れなかった。


「そりゃ光栄だ。まぁ、許可がなくても呼ぶけど」

「そうでしょうね」

「俺のことも真吾って呼んでくれないかな」

「倉持さんで不都合を感じませんが」

「不都合なら目の前で酔っ払ってる」


 クイ、と親指で酔っ払いを示して、彼は片側の口角を上げた。


「こいつ、貴俊も苗字が倉持でさ、ややこしいから。あと、敬語は禁止で。くすぐったい」


 うなずきながら、握られた手を上下にぶんぶんと振っておいた。そうしないと、このイケメンな顔に見とれてついうっかりドキドキしちゃいそうだったから。




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