君と繋がる手段を。
モノクロの初恋第二弾です。
楽しんでいただけると幸いです。
「え……?あんたアドレス聞いてないの……?」
昼休み。まばらな人並みの教室の中に、机を合わせて向かい合って座る二人の少女がいた。ショートカットの白波と、ツインテールの櫻野だ。
櫻野が弁当を消費していく手を止めて、白波にそう尋ねた。
「ちっ……違うよ!黒崎君携帯持ってるのかなって……!」
「アドレス知ってんなら持ってるってわかるでしょ?
……結局あんたらあの日以来二人っきりで帰ろうとしないしさ……。」
櫻野はため息をつき、赤くなって気まずげに視線を反らす白波を見る。
黒崎と白波はあの日以来二人っきりで帰っていない。一緒に帰ってはいるが、二人が話すのは隣に並んだ鬼島と櫻野だ。恥ずかしくて話せないくせに隣は譲らないらしいが。
「聞いたらいいじゃない。」
「なっ……何を!?」
「メールアドレス。携帯番号も聞いといたほうがいいわね。」
慌てて視線を櫻野に戻し、そう問う白波に櫻野は冷静に返す。
「別に聞いたっておかしくないでしょう?連絡が必要になる時だってあるんだから。」
●○●○●
「お前さー。人見知りだっつっても携帯に登録してるアドレスが父と母と姉と俺だけってどうなの?」
「なっ……!返せよ俺の携帯!」
食堂。そこそこ人でにぎわう広間の机の一角。そこに、平均より少し整った顔立ちの黒崎と、メガネな鬼島がいた。
割り箸を片手に持ったまま、左手で黒崎の携帯をいじる。割り箸を手放し携帯を取り返そうとする黒崎の手を回避し、
「しかも色も黒って……苗字?苗字が『黒』崎だから?」
「どーだっていいだろ!そんなこと!」
「待ち受け画面も面白味のない時計だしさ?」
「文句あんのかよ!?」
「ここは白波の隠し撮りだろ?……スマホじゃねぇし?」
「てめぇもスマホじゃねぇだろ!返せって!」
散々おちょくった後、不機嫌な黒崎に返す。
「でもアドレスの交換ぐらいしといたほうがいいと思うぞ?」
「分かってるっつーの……。」
そう呟きつつ割り箸を持ち直す黒崎は、どこからどう見ても自信があるようには見えない。人見知りな彼にとっては相手が白波であったとしても……いや、だからこそ、話しかけ、アドレスを聞くのは困難な出来事に分類される。
だから、鬼島はそんな幼馴染を心配するように
「でも大丈夫か?好きな人にアドレス聞くなんて、恋愛に対する耐性レベルが一のお前が……。」
「うっせーっつーの!」
○●○●○
(でも……アドレスかぁ……。)
五時間目。ヅラ説で有名な江﨑先生の授業をうわの空で聞きながら、黒崎はポケットに入った携帯の角を撫でる。
アドレスは聞きたいと思う。……メールするとか、電話するとかは別として。
(ちゃんと聞けるか……?)
不安だった。黒崎は人見知りが激しかったせいで友人ができにくく、誰かにアドレスを聞こう、と思ったことも聞くような仲になったこともなかった。今入ってるアドレスは全部勝手に入れられたものだし。
そう冷静に思い出すと、うまくいかないのでは、という考えが強くなる。白波と一緒に帰った日も少し言葉を交わすだけで精いっぱいだったし。
少しだけ、誰とでも話せる鬼島が羨ましくなり、あいつに聞いてもらえば……という安易な方法が浮かんで、黒崎は慌てて首を振って、その考えを消し去る。
(……自分で聞かないと。)
思う。
友人にアドレスを聞いてもらう男はどれだけ情けなく見えるのか、と。
(でもどうやって……?)
やり方は分からない。
だから、考える。おかしくない自然な方法を。
●○●○●
(アドレス……どうやって聞こうかなぁ……。)
ちょっとだけ頭に違和感を覚える江﨑先生の字の汚い板書を写しながら、白波は思う。
問題になっている携帯は、今は電源を切って鞄の中だ。それをちらりと横目で見て、白波は自分より前列にいるため見える黒崎の背中を見る。視力はいいほうではなくて、黒板の字が少しぼやけてしまいメガネを考えているぐらいだから板書は取りずらいけど、黒崎の背を眺められるこの席はあたりだと思う。
(かっ……閑話休題っ!)
白波はそれ始めた思考を首を振って戻し、
(どうしよう……どうやって聞こう?)
白波は軽い男性恐怖症ではあるが、別に同姓と接することまで苦手な訳ではない。櫻野みたいな気の置けない間柄の人は流石にいないけれど、アドレスを交換している人ならそこそこいる。そもそも女子は簡単にアドレス交換しようという話になるし。
(私が聞いてもおかしくないかな……?)
アドレスを聞くなら自分で聞きたい。うまくいく確率はゼロだけど、
(折角の話題だし……)
だから考える。どう聞けば答えてくれるのか、と。
○●○●○
「―――で?そっちは何て?」
「一応自分なりには考えてたみてー。」
昼休み。弁当を食べ終え、渡り廊下で落ち合った鬼島と櫻野が隣に立って運動場を眺めながら、少しだるそうに言葉を交わす。
「ふーん……。こっちと同じね。」
櫻野はパックのジュースに差したストローを加えながら、
「で、どういう意見出てた?交互に言っていきましょう。被ってるのもあるだろうから。」
「了解。」
鬼島は頷き、
「んじゃ一つ目、『消失編』。」
「某死神漫画を連想させる名前ね?」
「黒崎ジャンプ好きだし。で、内容は
『携帯なくしたと嘘をつく。
↓
探してほしいと頼む。
↓
アドレス教えて鳴らしてもらう。
↓
向こうにアドレスは教えるし、こっちには履歴が残る。
↓
アドレス交換成功。』」
「……それはボケよね?『鬼島が鳴らせばいいじゃん』ってツッコミ待ちの。」
「本気なんだよ、黒崎は。」
黒崎はため息をつき、櫻野に視線を向け、
「―――で?白波のターンだぜ?」
「じゃあ、作戦その一。」
「……サブタイは?」
「そんなの作らないわよ、普通。内容は
『櫻野が鬼島に聞く。
↓
そのついでの雰囲気で白波が黒崎君に聞く。
↓
アドレス交換成功。』」
「俺もうお前の知ってるし。」
「よね。」
「しかも何その他力本願。」
「白波なりの精一杯よ。」
鬼島と櫻野はため息を吐き、黒崎と白波のレベルの低さに遠い目で空を眺め、
「……次、行きましょう。」
「……賛成。」
重くなった空気を入れ替えるように、再び口を開いて
「次は―――」
話し始めた。
((これ、本当に終わるんだろうか……?))
そう、心のどこかでぼやきながら。
●○●○●
鬼島と櫻野が黒崎と白波の恋愛レベルの低さに思わず遠い目で空なんか眺めちゃったりしているとき。黒崎はひとり、図書室にいた。
一人で教室にいると無駄に気配りのきく委員長の下野が話しかけてくるためだ。人見知りで、対多人数になると対人恐怖症にまでその症状がシフトしてしまう黒崎からしたら下野との接触は避けたいことの一つだった。
(……あいつ、やたら友人多いし。)
本棚に並ばれらた本の背表紙を見て、目的の本を探しながら、黒崎は愚痴るようにそう思う。
(普通お節介な委員長なんて嫌われ……あ、あった。)
水道の蛇口を開きっぱなしにしたみたいに愚痴を垂れ流しながら、黒崎は目的の本を見つけ、指で引っ掛けて抜き取る。
黒崎がいるのはメインターゲットが生徒ではなく教師だと全身で物語っているかのように生徒の来客数が過半数を占める昼休みでは利用客がゼロになる『社会』のコーナーだ。社会の常識やマナーについて書かれる本が並ぶ本棚の中から黒崎が抜き取ったのは、黒いバックに白い字で『携帯のルールやマナー』と書かれた本。黒崎はその本の『メールのマナー』という項を開いて、活字を目で追っていく。
(アドレス交換できても、メールで失礼なこと言ったら意味ないし……)
本当はアドレスを交換するためにいろいろ考えるべきなのだろう。自分でもそれぐらいは分かる。けれど、黒崎が自分一人で出した案は、
(鬼島、微妙な顔してたし。)
黒崎はため息をついて、時計に視線を映して時間を確認する。
(アドレス交換……出来たらいいな……。)
祈るようにそう思い、黒崎は再び活字に視線を落とした。
○●○●○
そして白波は、教室で同級生の会話の中にいた。
といっても、話しているのはその中の数人。白波は座っていた場所のせいで巻き込まれただけで、テーマがまとまらない会話に苦笑いを浮かべていた。
「でもうちの彼氏がさーっ」
(こっ……声、大きいなぁ……)
白波は苦笑いをさらに苦くしながら、月部という名の女子高生の話を聞かされる。
クラスのムードメーカーではあるかもしれないけれど、授業中の態度が良くない月部が白波は好きではなかった。
「メール返してくんなくてさーっ」
「それあんた振られたんじゃないの?」
「えーっ!?ウチフリーっ!?」
「っていうか、なんて送ったの?」
「それは……」
(メールかぁ……。)
会話の中にあった『彼氏とメール』という単語に少し反応する。
(アドレス交換出来たら、私も黒崎君とメール、出来るんだよね……。)
わくわくする。けれど、反面思う。彼はメールを返してくれるか、とか、彼をメールで傷つけてしまわないか、とか。
(べっ……別に彼氏って決まったわけじゃないけど!)
白波は顔を赤くしてそう思い、首を振って自分の考えを否定する。まだその段階ではない、と。
そして、窓から外を眺めて、願うように思う。
(アドレス交換、出来るかなぁ……。)
●○●○●
「作戦を発表する!」
「おぅ。」
「……。」
「……?」
五時間目の体育の時間。サッカーの順番待ちで運動場の隅に座った鬼島が、その隣に座った黒崎にそう言う。そこから話が始まるわけではなく、鬼島は黙ったままで……黒崎はそれに首を傾げ、問う。
「どうした?」
鬼島はやれやれ……とでもいうようにため息をついて首を振り、びしり。と黒崎を指して
「お前ノリ悪すぎ。もーちょいテンションあげて返せ分かったか?」
「いやでも、俺いっつもこんなん……。」
「いっつも?いっつものノリでいいのかお前!好きな人にアドレス聞くんだろ?」
「そうだけど……」
「じゃあテンションあげてけーっ!」
○●○●○
「じゃ、作戦いうわね?」
「う……うんっ!」
同時刻。体育を若干サボるように、卓球をする人たちを立って眺めていた櫻野が白波に言う。白波は顔を赤くし、緊張したように櫻野を見る。そして、男子陣みたいな馬鹿な会話を挟まず、本題に入る。
●○●○●
けれど、話し始めたのは同時刻。違う場所で、違う人間が……けれど、同じ話を語る。
「作戦なんて、特になくていい。」
「どうせあったって、あんたテンパるでしょ?」
「だから、いう事は一つだけ。」
違う人間が、違う相手に……けれど、同じ思いを持って語る。
「ちゃんと言えよ。」
「遠慮はいらないから。」
「「聞いてこい。少しずつ進んでいく。それがお前なりの恋愛法なんだろ?」」
○●○●○
「……。」
「……。」
沈黙が重なる。そこは放課後の教室だ。クラスメイトは部活に行ったり、帰宅をしているためここにいるのは黒崎と白波だけだった。二人っきりなのは鬼島の『頼らず自分で聞けるように』という配慮だが、これでは
(まるで告白みて……いや違うし!アドレス聞くだけだし!)
思わず浮かんだ考えを慌てて取り消し、黒崎は小さく息を吐き、吸う。
なんか妙な感じになってしまって、告白みたいな雰囲気になってしまったけど、アドレス交換は自分から言い出したい。そう思った。
(好きな子に聞かれるの待つって……かっこ悪いし。)
だから、
「しっ……白波?」
話しかけた。
●○●○●
「……。」
「……。」
(何でこんなことになってるのかなぁ……。)
白波はそう内心でつぶやく。放課後の教室に二人っきりでいるのは『そのほうが聞きやすいだろう』という櫻野の計らいだが、それは逆に告白のような雰囲気を……
(ちっ……違うって!まだ早いって!)
白波はまた願望思考に走りかけた頭を振って元に戻し、けれど少しだけ夢見がちに思う。
もし、今黒崎が告白してきたらなんて返事をしよう、とか。
もし、今自分が告白したらなんて返事が返ってくるか、とか。
「しっ……白波?」
「ひゃいっ?」
そんな変なことを考えていたから、その声に気づかなかった。
その、何か一大決心をして始められたような言葉に。
○●○●○
「ひゃいっ?」
決心して、名前を読んだ声に返ってきたのはそんな可愛い声だった。
決意してまっすぐ見た顔を見返してきたのは自分の好きな少女の瞳だった。
(……ッ!)
恥ずかしくなって、すぐ「何でもない」と言いかける。けれど、それを押さえつけて、問う。
それはきっと、こんな場面で聞くほどのことではなく、ここまで緊張して聞くものでもない。
それは自覚し、分かっている。
自分の恋愛レベルが低いことも、対人スキルがない事も。
だから、少しずつ進んでいこうと思った。
そしてその小さな一歩として、問う。
「アドレス、聞いてもいいかな?」
●○●○●
「……ったく……。告白みてーな雰囲気で聞くのアドレスかよ。」
「けど、ちゃんと聞けたじゃない。」
背を壁につけ、教室の中の様子を盗み聞きしていた鬼島と櫻野が、ようやく目的を達成できた中の様子にそう意見を言い合う。その口調はあきれたような、けれど微笑ましいものを見るような。
櫻野が笑って、いまだにあきれたような表情の鬼島と、自分に言い聞かせるように言う。
「だってあれが、黒崎と白波の歩幅なんでしょう?」
○●○●○
後日談。
アドレス交換をしたのはいいものの、いざとなったら気恥ずかしく、結局メールは出来ていないとか。
ありがとうございました。
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