過去編2
「ごめん、四郎」
佐奈江が泣いている。その様子をブラウン管の中での映像のようにしか捉えることができなかった。
俺の中での三宅佐奈江という人物は強くて、憧れで。俺は昔から佐奈江のあとをついてまわっていた。いつも俺らの母親連中からは姉弟見たいと言われていたのもこのためだ。
俺が不良と呼ばれる存在になったのも佐奈江がとても影響している。
そりゃそうだ。いつもそばにいた佐奈江が裏の番長と呼ばる存在になっていたのだ。
しかも不良の中の不良でこの辺じゃ一番強かった。
けどそんな佐奈江も今は満身創痍で。
「私が巻き込まなきゃこんなことにならなかったのに」
「佐奈江…」
佐奈江の足はねんざで蒼くなっている。頬の切り傷はそこまでひどくないみたいだ。
そういう俺も膝からを流している。佐奈江よりましだがこちらも怪我をしている。
けどその痛みよりあいつの目から涙が零れてるのを見ている方が痛い。
今日は私たちと敵対していたチームとの会合があった。協定を結ぶためにきたはずだったのに、その場で二人は囲まれ襲われた。はめられたのだ。
俺があのチームを信じたのがいけなかった。もう少し慎重になるべきだったんだ。
そのせいで俺だけでなく佐奈江までも怪我をおわせることになってしまった。
「おまえのせいじゃない。俺の責任だ」
そう、全ては俺の独断でやったこと。佐奈江の責任は一切ない。
あいつらのいうことをおとなしく聞いたのが間違いだったのだ。俺が悪いんだ。
「……うざい」
俺が後悔で浸っていると隣から信じられない声が聞こえた。
「は?」
聞き間違いなのか?佐奈江は今の今まで落ち込んで言葉もあまり発せなかったはずだよな⁉
「もうしんみりするのはやめ!ほんとうざい!」
さっきまで泣いてたはずなのにそんな欠片は少しもない。
「いつもそうよ!人の荷物まで持ちたがって!今回は私の判断不足。あっちがここまで私たちを嫌っているとは知らなかったわ。ちゃんと調べてなかった私が原因よ」
「いや、それは…」
「何か文句ある?」
「イイエ…」
女子は泣いたり怒ったりコロコロ変わるようだ。しかも佐奈江は不良やってるだけあって逆らえない。
「ともかく今回は私が全面的に悪いんだから。
いつも四郎を私情に巻き込んで、四郎に迷惑かけてる。…ごめん」
自嘲した笑みでいう。その顔は見ていられない。
「それは違う」
ここまで言ってもあとに続く言葉は出てこない。俺には重すぎる。
どうしたら、どうしたらいい?
考えても出て来る言葉は軽すぎてどれも違うように思えた。
佐奈江は笑う。
あいつもどういう顔をすればいいかわからないみたいだ。
影がうごく。
陽がくれてきた。周囲がオレンジに染まって行く。どれくらいここを動かなかったのだろう。
「私、普通に戻るよ」
ゆっくりと佐奈江が言葉を紡いだ。
「不良とか辞めてさ。ちょうどいいよ。もう少しで中学は卒業だし.『裏の番長』は有名だけど私の顔は知られてないから」
こういうことになると予測してたからなのかは知らないが、佐奈江は顔はほとんど知られていなかった。
そもそも不良になった理由が微妙だ。最初はただただ中学の担任が気に食わなかっただけらしい。そこからだ、問題は。
その先生を呼び出し脅しつけ学校を辞めさせた。しかも俺が気づいた時には、この町にいられなくしていた。
余談だがあとで知ったことによるとその先生は女子生徒にセクハラ行為をしていたようだ。なので当然といえば当然だ。
それを佐奈江は自分がしたとばれないようにそれは巧妙に手口を隠していた。
それから何処からかその手口が漏れ色々なことに巻き込まれ、悪人を粛正していくうちに何時の間にか有名になり通り名までも付いていた。『裏の番長』と。
自分からしたのは最初だけであとは流されるまま。あいつも途中から楽しんでたのもあるけど。
けど、やはり。言うのだとすれば。
「おまえはむいてなかったんだよ」
これに限る。
これで俺はあいつから卒業しなくてはならない。
そもそも俺は、あとをついて回るんじゃなくて、守ってもらうのでもなくて、対等にいるべきだった。
佐奈江を守るのは俺だとかなんとか昔はちゃんと思ってたはずなんだけど、あいつは強すぎたんだ。
だめだ。余計なことは考えるな。俺はこれからどうするか、それだけを考えればいいんだ。
いろいろな思考が巡りだし、それを紡ぐごうとした、が。
「…‘約束’をしようか」
「は?なんだ?突拍子もない」
先に佐奈江が口火を切った。
「いいじゃない。多分何か縛る物がないとお互いが頼っちゃうじゃない」
「そうだろうけど縛る物があったってそうだと思うぞ」
「まあまあいいじゃない。青春だよ」
「おまえ、あほか?意味がわからない」
「まあ聞くだけ聞いてよ、ね」
佐奈江が言った内容はまとめるとこうだ。
1.相手が隠してることはいわない。
2.破った物には相応の罰を。
「こんな簡単でいいのか?」
「これでいいんじゃない?何を約束すればいいのかいまいちよくわかんないし」
「そんなんでいいのかよ…」
いつも行き当たりばったりだな。本当に大丈夫かよ。
けど。
「乗ってやるよ」
「さすが四郎。そう言うと思った」
「仕方ないからな」
俺は少し呆れた顔をしてしまったらしい。それを見た佐奈江が不愉快そうな顔をしたがすぐに何かを思いついたかのようにニヤリとした笑みに変わった。
「これでもう四郎が小動物好きだとか噂が広まらないね」
「って!あれ広めてたのおまえかよ!」
ちくしょう!どれだけ探しても噂の元が出てこないはずだ。
そう、俺は小さい動物が大好きだ!
似合わないといわれて早数年。それでも諦め続けずに集めた計10冊以上もの動物の雑誌たち。
あのお宝を佐奈江には見られた時のショックは半端なかった。まあバレバレだったと思うけど。
それからだ。あいつにからかわれるようになったのは。
ん?もしかしてあれも…。
そこで一つの可能性が湧き出てきた。
「まさかあの噂も…」
「ああ、ニンジンとグリーンピース食べれないって言いふらしたのだったら私よ」
やっぱりおまえかよ…。
「あと小さい頃はお母さんっ子だったとか甘い物が好きだとも言ったかな?」
それだよ!この頃クラスの連中が俺を遠巻きにして挙動不審なのは!
これでも今までは怖いけどかっこいいみたいな視線で見られてたはずだったのに。今は話す度に苦笑いだ。
ああ一発殴ってやりたい。三倍返しで返ってくるだろうけど。
「けど、こういうのもこれで終わりか」
「そういうことになるね」
「…寂しくなるな」
「そうだね。
でも幼馴染やめるとかそんなのじゃないからね。違う道を進むだけなんだから」
まあそうだ。こいつとの関係が切れたわけでもないんだし。けどこいつもちょっと俺を頼りすぎじゃないか。こいつも同じような気持ちだったりするのかもな。
「はやく幼馴染離れしろよ。彼氏とか作ってさ」
「なんだと生意気な!四郎が彼女作っても気にせず遊びに行ってやる!」
「はは」
多分これからも道を違えることになるんだろう。もしかしたら曲がりすぎて同じ道に戻ってしまうかもしれない。
それでもこいつは自分の信じた道を歩いていくんだろう。
そして俺も同じように進んでいくのだろう。