にわめ
「え?」
わたしは口を大きく広げたまま固まってしまった。
「だから、料理教えてくれないかって」
「だめだよ!私の料理、家の味だし、自己流だから、西東くんが食べるようなご飯作れないよ!」
「西東くんが食べるようなって…俺がどんな料理を食べると思ってるか知らないけど、今までは母さんの手作りだったし、小学生のときはみんなと同じ給食を食べてきた。あと俺、家庭の味って好きだよ」
そんなことを言われてまた顔に血が上ってしまった。今私の顔は目に見えるほど真っ赤だろう。
「けど……」
本当は教えてもいいかもしれないと思ってる。けど、私には無理だ。西東くんは人気がある。クラスメイトの安達さんとか、合唱部の三枝さんとか・・・私の知っているだけで片手の数ではくだらないほど彼のことを好きな人がいる。このことがあの人たちにばれてしまったら平穏な生活は送れないだろう。
「やっぱり私には無理だよ」
「・・・そこまで言うなら仕方ないか」
よかった。ちょっと残念だけどこれも私の平穏な学園生活のため。ありがとう、西東くん!
「そういえば前から気になってたんだけど、裏庭で昼飯食べてるとき視線を感じるんだよね」
ギクッ
「あ、三宅さんっていつも昼飯食べてる屋上から裏庭見えたよね」
あーこれはもしかしてのもしかして最初から気持ちがばれてたパターンですか。いやーそんなことこれっぽっちも気づきませんでしたよ。
「もしかして…」
うわあああああああああああああああああ
「飯田が好きだよね?」
「え?」
「あ、違うか。じゃあ健司?」
気づいてなかったあああああああ
そうだ、そうだった。西東くんはいつもグループでご飯食べてるんだ。でも、好きな人が自分だとはこれっぽっちも思っていないようだ。抜群プロポーションの安達さんの悩殺アタックも、小悪魔系女子三枝さんのベタベタアタックも気づかないくらいだもんね。西東くんは近年稀に見る鈍感男子だ、理解した。
そんなことを考えてたら西東くんは無言を肯定ととったらしく、
「健司が好きだってこと、バラされたくなければ料理を教えてくれないかな。了承してくれるなら誰にも話さないよ」
健司君には悪いけど、これは好都合なので騙されておいてください。でもそれならばここで断るのはおかしいかな。
んー・・・仕方ないか。
「わかりました。その代わり絶対バラさないで」
「大丈夫。約束は守るよ」
今までで一番の笑みをとても近くで見てしまいました。
思考が停止して、そこからの会話は覚えてません。
思考が正常に動き出したとき、私は私室のベットの上にいました。
しかも、目の前には西東くんの綺麗な顔があります。神様は私を殺す気なんですね?
「大丈夫?いきなりなにも反応しなくなったからびっくりして…」
西東くんが私の心配をしてる。不謹慎だけど少し嬉しい。
「あれ、なんで西東くんが私の家に?」
「あ、それはね…」
「佐奈江、生きてるか」
ん、なんか聞き覚えのある声が聞こえたような…
「おい、起きたならさっさとベットから出て顔洗え」
「うるさいわね四郎。なんでここにいるの」
こいつは幼馴染で悪友の木村四郎だ。四郎とは昔から一緒に悪さをしてきたんで、私の隠したい過去を大量に知ってたりする。いつもうるさいお母さんみたいで頼れるんだけど、頭が悪いのか口止めしているのに私の過去を何度も人に話そうとする。まあ、いつも私が止めてるけど。
ってかこいつ、隣の家に住んでいるはずなんだけど…
「そんな口きけるなら大丈夫だな。ああ、スーパーの前で倒れてる佐奈江見つけて、西東に家教えたのは俺だぜ。運んだのは西東だけどな」
「はあ⁉なんで西東くんにやらせるのよ!四郎が運べばよかったじゃない!」
四郎はボクシング部だ。力だけは大量に有り余ってる。
「それは俺から言ったんだ。こう見えても力あるし、三宅さん軽かったよ」
そんなことを言われ恥ずかしくて縮こまってしまった。
「三宅さんって木村と一緒だと雰囲気が変わるんだね。やっぱり幼稚園の頃から一緒だからかな?」
あれ?なんで西東くんがそんなことを知ってるのかな?誰にも話していない筈なんだけど。犯人は一人しかいないよね。
「四郎!あんたまた勝手に話したの?前にもに言ったよね、昔のこと話すなって。どこまで話したのよ、吐きなさい!」
どうしよう!昔のことがばれたら西東くんに引かれる可能性大だ。
「いやー、小学生のときいじめっこやってたこととか、中1のときに中学校の番長倒して一部で有名だったこととか、色々」
・・・もう死んだ。さようなら大人しい私。さようなら西東くん。
「うん。本当にかっこいいよね。三宅さんの武勇伝。学校での三宅さんより、こっちの三宅さんのほうがいいよ」
「え」
「今度から俺にも普通に話してね?」
あれ、幻聴かな?西東くんが嬉しそうに話してるよ。
「ん、もうこんな時間だ。今日のところは帰るね。また明日来るから。今度は料理教えてね」
そう言って颯爽と西東くんは去って行った。
「ねぇ四郎」
「なんだ?」
「これって夢かな?」
つい聞かなくてもわかってることを聞いてしまった。
「現実だ」
頭がまだこの状況を読み込めていないのか、私の意識はまたブラックアウトしてしまった。