第13話 接続魔法
魔法名:接続魔法
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説明:遠く離れた二点を繋ぐ。
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記録:
扉の向こうが、山の頂上だった。
工房の扉を開けたら、目の前に雪を被った山頂が広がっていた。冷たい風が吹き込んでくる。足元は工房の木の床で、一歩踏み出せば岩と雪だ。振り返ると、工房の中が見える。炉の火が燃えている。道具が壁にかかっている。
二つの場所が繋がっている。距離にして百以上離れた工房と山頂が、扉一枚で。
接続魔法。空間の二点を直接繋ぐ。間の距離を無視する。理論上は知られていたが、安定した接続を維持できる術者はこれまでいなかった。私たちの技術師団が三年かけて安定化に成功した。
最初の用途は輸送だった。
港と内陸の市場を接続した。これまで馬車で五日かかっていた距離が、一歩になった。魚が新鮮なまま内陸に届く。穀物が港に一瞬で運ばれる。輸送費が消滅した。商人たちが信じられないという顔をしていた。
次に各都市間を接続した。王都と地方都市。地方都市同士。国境を越えて、友好国の首都とも。旅という概念が変わった。朝、王都で会議に出て、昼には海辺の町で魚を食べ、夕方には山の温泉に浸かる。そんな生活が普通になった。
遠距離恋愛という言葉が死語になった。会いたいときに会える。扉一つ向こうに、あの人がいる。
文明は加速した。情報の伝達が一瞬になった。技術の共有が一瞬になった。ある都市で発明されたものが、翌日には全都市で使われている。学者が世界中の図書館を一日で回れる。
黄金期、と人々は呼んだ。
二つ目の発見は、私たちの技術師団の若い研究員が見つけた。
山頂と麓を接続した状態で、山頂から水を流す。高い場所から低い場所へ落ちる水を、接続魔法で高い場所に戻す。落差が動力を生む。永遠に。
永久機関だ。
エネルギーが無尽蔵に取り出せる。水車を回し、歯車を回し、何でも動かせる。燃料がいらない。労働がいらない。落差さえあれば、永遠に。
最初のエネルギー炉は小規模だった。小さな滝と池を接続し、水車を回した。十分な動力が得られた。
次に大規模なものを作った。大河の上流と下流を接続した。水量が桁違いだ。生み出される動力で都市一つの全需要を賄えた。
さらに大きく。山脈の頂上と海面を接続した。落差が千を超える。水ではなく、空気の流れだけで凄まじいエネルギーが生まれた。
都市が光り輝いた。夜が明るくなった。冬が暖かくなった。誰もが満ち足りていた。
だが、エネルギー炉の近くにいると、空気が震えていた。
最初は気のせいだと思った。大きなエネルギーを扱っているのだから、多少の振動はあるだろう。だが日を追うごとに、振動は大きくなっていった。炉の周辺の気温が上がっていた。地面が微かに揺れていた。
技術師団の会議で報告した。炉の振動が増大していると。点検チームが調査したが、接続は安定しているという報告が戻ってきた。魔法的な異常はないと。
だが、振動は止まらなかった。
炉に使っている接続点の周辺で、空間が歪んでいるように見えることがあった。水面のような揺らぎ。光が少し曲がっているような。近くにいると頭が痛くなった。
ある同僚が言った。「エネルギー炉は、取り出したエネルギーの一部を接続の維持に使っている。取り出す量が増えれば、維持に必要な量も増える。維持量が増えれば接続が不安定になり、不安定を補うためにさらにエネルギーが必要になる。循環だ」
つまり、炉は自分自身を加速させている。
報告書を書いた。上に提出した。
返答は「現状では問題ない。エネルギー供給を止めることは社会的に許容されない」だった。
そうだろうな、とは思った。今さらエネルギー炉を止められるはずがない。都市の全機能がこれに依存している。止めれば都市が死ぬ。
振動はさらに強くなった。
炉の周辺に立ち入り禁止区域が設定された。半径一。翌月、二に拡大された。翌月、五。
炉から離れた場所でも、空気が熱い日があった。
ある朝、出勤途中に炉の近くを通りかかった。いつもの道だ。立ち入り禁止区域の外だ。
空が白い。
いや、白いのではない。光っている。炉の方角が、光って──
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あとがき:
接続魔法は空間の二点を直接接続する。間の距離は無視される。これにより物流・通信・移動の全てが革命的に変化し、記録にある通り、文明は短期間で急速な発展を遂げた。
問題はエネルギーだ。
高低差のある二点を接続すれば、位置エネルギーの差は永続的に利用できる。通常であれば、高い場所から低い場所へ物を落とせば、位置エネルギーは運動エネルギーに変換される。落とした物を元の高さに戻すには、同じだけのエネルギーが必要だ。差し引きゼロ。
だが接続魔法は、この「戻す」工程を距離ゼロで行う。低い場所と高い場所が直接繋がっているのだから、物は落ちた先からそのまま高い場所に戻る。無限の落下。無限のエネルギー。
無限を受け止める器は有限だ。
記録の同僚が指摘した通り、エネルギー炉はフィードバックループに入っていた。取り出されたエネルギーの一部が接続の維持に使われ、接続が不安定になるとさらにエネルギーが投入される。炉は自己強化的にエネルギーを蓄積し、最終的には接続点そのものが崩壊した。
崩壊時に放出されたエネルギーは、蓄積された全量が一度に解放されたものだ。文明を数年間支えたエネルギーの総量が、一瞬で。
黄金期は、確かに黄金期だった。
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会話:
「永久機関じゃないっすか」
「そうだ」
「いや、地球だと永久機関は不可能ってことになってるんすよ。エネルギー保存則で。でも接続魔法は空間をショートカットするから、保存則の前提が崩れる。落とした物を持ち上げるコストがゼロ。ずるい」
「ずるい、という表現は初めて聞いた」
「だって物理法則から見たらずるいっすよ。タダでエネルギー取り放題なんだから」
「タダではなかった。接続の維持に魔力が要る。そして維持コストがフィードバックを起こした」
「そこは熱力学っぽいっすね。タダに見えて、どこかでツケが溜まってる」
「……あの時代は、しばらく見ていて楽しかった」
「え?」
「私は介入せずに見ていた。接続魔法が社会を変え、人々の暮らしが良くなっていくのを。学者が世界中の図書館を一日で回り、遠く離れた恋人が扉一つで会えるようになり、冬を恐れる人間がいなくなった。あれは──」
「…………」
「あれが終わったとき、少し惜しいと思った。禁忌に指定しなければならないのが、少し」
「……賢者様がそういうこと言うの、珍しいっすね」
「珍しいか」
「珍しいっす。いつもは淡々としてるから」
「淡々としているつもりはない。ただ、何度も見ていれば、大抵のことには慣れる。慣れないものが、たまにある」
「接続魔法の黄金期は、慣れなかった?」
「あの数年間だけは、世界が修復を必要としなかった。壊れる前だったから当然だが──壊れないでいてくれ、と思ったのは、あの時くらいだ」
「…………」
「……感傷だな。忘れてくれ」
「忘れないっす」
「……次の記録に移ろう」




