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異世界転生したら魔王軍の通訳官に転職しました 〜スキルなしおじさん、言葉で世界を変える〜  作者: 四郎


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9/19

第9話 勇者の影、迫る。外交の裏で揺れる。

交渉の翌日。

魔王城の執務室は、いつもよりざわついていた。

書簡が飛び交い、伝令が走り、魔族将校たちが怒鳴り合う。

――戦の気配。


俺はその中心で、ひたすら紙を訳していた。

和平会議の議事録、報告書、外交文書。

どれも人間語から魔族語、魔族語から人間語への往復翻訳。


(はぁ……翻訳の地獄だな。異世界でもデスクワークかよ)


椅子の背にもたれ、コーヒーの代用品――黒く濁った液体をすすった。

やっぱりコーヒーが恋しい。

どう説明すればいいんだ、この飲み物。


「セージ、集中しろ」

ヴェルドが横から低い声をかけてくる。

相変わらず無表情だが、机の上には俺と同じ湯呑み。


「……将軍も飲むんですね、それ」

「慣れると悪くない。飲みすぎると胃が焼けるが」

「ブラック企業の味ですね」

「ブラック……?」

「いや、気にしないでください。俺の世界の戦場用語です」


ヴェルドが小さくため息をついた。

「お前の言葉は時々理解不能だ」


(それ、前の職場でも言われてた)



そこへ、扉が勢いよく開いた。


「将軍、緊急報告です!」

若い魔族兵が駆け込んできた。


「人間領の動きに変化あり! 勇者軍が国境付近に再集結! 和平派を拘束し始めたとのことです!」


「……やはり動いたか」

ヴェルドが眉をひそめた。


「停戦のために交渉した連中を……拘束?」

「はい。勇者リュウガの命令です。“裏切り者を排除する”と……」


胸の奥がきゅっと締めつけられた。

昨日の勇者の笑みが脳裏に浮かぶ。

あの傲慢な笑いの裏に、すでに計画があったのか。


「……これ、完全に戦争準備ですね」


「否定できん。問題は――この情報が陛下の耳に届く前に、我々がどう動くかだ」

ヴェルドが立ち上がり、地図の上に手を置いた。


「セージ、お前には再び通訳を頼みたい。今度は“敵の捕虜”から情報を引き出す」


「……尋問、またですか」


「勇者の動きを掴むには、それしかない」



尋問室に入ると、前回よりも空気が重かった。

部屋の隅には松明。中央に縛られた一人の青年――

人間兵士だ。だが、見覚えがあった。


(あれ……? この顔……どこかで)


青年がこちらを見て、驚いたように叫んだ。

「……高槻さん!? やっぱりあなただ!」


「え?」

心臓が跳ねる。

その声、その口調――

地球で聞いたことがある。


「お前……佐々木か!? 総務の!」


青年――佐々木は泣きそうな顔でうなずいた。

「はい……俺も、あの飛行機に……!」


やっぱりだ。

まさかまた同じ便の人間と出会うとは。

けど、ここで“地球”の話はできない。

この部屋にはバルザークとヴェルドがいる。


「知り合いか?」

バルザークの声が低く響く。


「……同郷です」

「ならば、心を開かせるのも早いだろう。やれ」


俺は深呼吸した。

できるだけ自然に、できるだけ冷静に。


「佐々木。落ち着いて話してくれ。どうしてここに?」


彼の声は震えていた。

「勇者リュウガ様に仕えてたんです。でも……違和感があって。

戦を望んでない人まで、“裏切り者”扱いされて……。

逃げようとしたら捕まって、ここに……」


「勇者のスキル、わかるか?」

「えっと……【神威覇断】のほかに、“支配系”の能力も。

部下に命令すると、逆らえないんです」


「……洗脳スキルか」


「セージ、翻訳を」

「はい。――彼曰く、勇者は力だけでなく、精神を支配する力を持っているそうです」


その瞬間、バルザークの拳が机を叩いた。

「やはり奴は“狂信者”か!」



尋問が終わり、佐々木は地下牢に移された。

俺はヴェルドと廊下を歩きながら息を吐いた。


「……勇者が洗脳まで使うとなると、厄介ですね」

「ああ。だがそれより気になるのは――」


ヴェルドが横目で俺を見た。

「なぜ“お前の同郷”がここに現れた?」


「……偶然だと思います。

俺の出身は遠い異国ですが、たまたまこっちに来たんでしょう」


「……ふむ。だが、あの捕虜――お前を見る目がただの偶然には見えなかった」


「気のせいですよ。どこにでも似た顔の人はいるものです」


ヴェルドはわずかに目を細めたが、それ以上は追及しなかった。

「……そうか。なら、そういうことにしておこう」


廊下に残るのは、二人分の靴音だけ。

そのリズムが、妙に不安を掻き立てた。


(……偶然。そう言い切るしかない。

勇者は“異国の勇者”として人間国に力を貸している。

もし俺まで同じ出身だと知られたら――

人間側の間者か、勇者と通じたスパイだと疑われる。

本当のことを話したら、魔王軍では生きていけない)


やがてヴェルドが言った。

「……セージ。この戦、言葉だけでは防げぬかもしれん」


「わかってます。でも、まだ諦めません。

勇者が“言葉を信じない”なら、俺が“言葉の力”を見せます」


ヴェルドが小さく笑った。

「お前の口からそんな台詞が出るとはな。

まるで――戦士だ」


「いやいや、俺はただの通訳官です」


「そういう謙遜が一番危険だ」



その夜。

久しぶりに一人になって、部屋の窓を開けた。

遠くに街の灯りが瞬いている。

風が冷たい。


(佐々木……あの優しいやつが、戦場に立ってたなんて)


思い出すのは、地球のオフィス。

あの頃、彼は俺にいつもコーヒーを淹れてくれた。


『課長、ブラックですか?』

『ああ、頼む』


……もう、あの味はここにはない。


(だけど、あの頃よりも今の方が“本気で話してる”気がする)


言葉が、生きている。

この世界で、命を繋いでいる。


「……よし。次の交渉、絶対止めてみせる」


その誓いとともに、俺は静かに目を閉じた。

読んでいただきありがとうございます。

また次もよろしくお願いします。

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