第4話 魔王軍に通訳官として採用されたのに、次の仕事は“尋問”でした。
翌朝。
魔王城の天井はやたら高い。寝返りをうつたび、石壁に自分の寝息が反響する。
異世界転生して四日目。ようやくベッドの硬さにも慣れてきた……けど。
(あー……味噌汁飲みたい。あと白米。ついでに焼き魚と漬物……)
胃が鳴った。
この世界の食事、色がカラフルすぎる。昨日の夕食なんてスープが紫色だった。
しかも甘いのに辛い。なんだあれ、味覚への挑戦状か?
(コーヒーも恋しいなぁ……ブラックで。あの苦みが恋しい。
こっちの飲み物、全部まずいんだよな……)
思わずため息をつく。
異世界ってもっとこう、ステーキとか冒険者飯みたいなのを想像してたんだけどな。
現実はファンシーで健康志向の魔族食。
ベッドから起き上がり、髪をかきあげる。
鏡に映ったのは三十九歳、独身。
スーツからローブに着替えたサラリーマン――通訳官、セージ。
異世界キャリアチェンジ、順調(?)進行中である。
そんな自虐を心の中でつぶやいた瞬間、部屋の外からノックが響いた。
「セージ殿、第四軍団より召集命令です!」
(うわ、朝から会議!? 魔王軍、意外とホワイトだと思ってたのに……!)
寝ぼけ眼をこすりながら上着を羽織り、ため息まじりに呟いた。
「了解です……出勤しまーす」
―
魔王城・第四軍団作戦室。
重厚な扉を開けると、ヴェルドがいつもの無表情で待っていた。
その背後には見知らぬ数名の魔族。どの顔も険しい。
「セージ。よく来たな。……座れ」
「はい」
促されるまま腰を下ろすと、すぐに一人の魔族が声を上げた。
灰色の肌に鋭い牙。どう見ても“部下に優しくなさそう”なタイプだ。
「ヴェルド殿。こやつを通訳官として置くのは危険ではないか?
昨夜の交渉で、やけに人間側に肩入れしていたように見えたぞ!」
(あー、出たよ。どこの世界でも“新人が目立つと槍玉にされる”やつ)
俺は心の中でため息をついた。
社内政治、異世界にもあるのかよ。
ヴェルドは腕を組んで静かに言う。
「肩入れ? そうは思わん。セージがいなければ交渉は決裂していた。あれは必要な通訳だった」
「だが、人間を信じてはならん! 奴らは我らを迫害してきたのだ!」
「……事実だ。しかし、戦を続ければ滅ぶのは双方だ」
低く通る声。参謀たちが言葉を詰まらせる。
その隙に俺は軽く手を挙げた。
「ひとつ、発言しても?」
「許す」
「ありがとうございます。……昨日、俺が感じたことを正直に言います」
部屋の視線が一斉に集まる。
胃のあたりがキュッとなるけど、逃げない。
「人間たちは、確かに魔族を恐れていました。
でも、恐れているからこそ“話そう”としていた。
怖い相手と対話できるのは、勇気のある証拠です」
「勇気、だと?」
「ええ。俺はいろんな国の言葉を学んできました。
でも、どんな国でも“最初の一言”は同じなんです。
『話せる相手には、敵意より先に理解が生まれる』――それだけは世界共通ですよ」
沈黙。
数秒後、ヴェルドが小さく頷いた。
「……言葉の重み、か。確かにそうだな」
参謀の一人が咳払いし、もう一人が小声で「なるほど」と呟く。
空気が少し和らいだ……と思ったその瞬間――
「だが、上層はそうは思わぬだろう!」
ドンッ!
扉が勢いよく開いた。重い音が石壁に反響する。
現れたのは、漆黒の鎧に身を包んだ長身の魔族。
二本の角が光を受けて鈍く輝き、空気が一瞬で張りつめる。
「バ……バルザーク殿!」
参謀の一人が椅子を蹴る勢いで立ち上がり、頭を垂れた。
部屋の空気が一気に凍りつく中、ヴェルドが静かに立ち上がった。
「第一軍団の将軍殿がわざわざ、第四軍団まで。いかなるご用件で?」
(第一軍団? 将軍? 肩書きからしてヤバい人っぽいな……。
これ、会社で言えば“本社の常務クラス”とかじゃないの?)
バルザークは冷たい視線を俺に向けた。
その瞳はまるで獲物を見据える獣のようだ。
「人間との交渉が行われたと聞いた。その場に“人間”がいたと知っては、黙っていられん」
その声には威圧というより、“存在そのものが命令”のような重みがあった。
「貴様……本当に人間か?」
「ええ、一応は。見た目も中身も、普通の日本人です」
「“にほんじん”? どこの国の者だ、それは」
「あー……海の、だいぶ向こうの国ですね。超遠いです」
「ふん……ならば、どの国にも属していないか。道理で言葉の癖が妙だ」
(いや、“妙”って言われても、これが標準語なんだけど……)
バルザークは一歩前に出て、低く言った。
「貴様のような者を置くなど、裏切りの種を育てるようなものだ」
「もし俺が裏切るなら、昨日の交渉でとっくに人間側に寝返ってます。
でも俺は“話し合い”を選んだ。どっちか一方を選ばないために、通訳になったんです」
「……ほう」
「どちらの言葉も、正しく伝える。それが俺の仕事です」
沈黙。
バルザークの紅い瞳が俺を見つめ――ふっと笑った。
「ふっ……言うじゃないか、人間。
いいだろう。貴様が本物かどうか、次の任務で確かめてやる」
「次の任務……?」
「“人間の捕虜”が城に運ばれてきた。
貴様の仕事は、その尋問に立ち会い、真意を聞き出すことだ」
(尋問!? 通訳官って、外交だけじゃないの!?)
背筋に冷たい汗が流れる。
ヴェルドは目を細めて頷いた。
「……いい判断だ、バルザーク将軍。セージなら務まる」
「上司、簡単に引き受けないでくださいよ……!」
「不安か?」
「もちろん。不安でいっぱいです。でも、逃げる気はありません」
ヴェルドの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
「ならいい。通訳とは、言葉を“聞く”だけでなく、“引き出す”者だからな」
その言葉が、胸の奥に静かに残った。
(言葉を引き出す……。たとえ、恐怖の中でも)
こうして俺の“第二の任務”が始まる。
舞台は交渉の場ではなく、暗い尋問室。
そこに待つのは――人間の捕虜。
そして、俺の“過去”を知る人物だった。
読んでいただきありがとうございます。
また次回も覗きに来てください。




