最終話 言葉は時を越えて。
――眩い光が、世界を包んだ。
温かく、柔らかく、それでいて胸の奥を貫くような光。
意識が遠のく。
重力も、痛みも、何もかもが溶けていく。
(ああ……これで本当に、終わるんだな)
「セージさん。……やっぱり寂しいですね」
「はい。でも、これでいいんですよ。
帰る場所があるって、幸せなことだと思います」
光の中に三人の影が溶けていく。
そして――世界が音を取り戻した。
―
――ゴォォォ……!
耳をつんざく轟音。
金属の軋み。ざわめき。風の音。
「っ……!?」
目を開けた瞬間、視界に見覚えのある景色が飛び込んできた。
座席。通路。機内アナウンス。
そして、窓の外――白い雲の海。
「……ここ、飛行機の中……!」
クロが震える声を上げた。
「戻ってきた……本当に……!」
俺は息を詰め、前の座席を見つめた。
小さな液晶モニターに映る時刻と日付。
――2025年11月16日 13:42。
……あの、事故の日付。
「……まさか、戻ったのが……ここ!?」
喉の奥から変な声が出た。
「おいおい、よりによって“墜落前”!? 神様センス悪すぎだろ!!」
その瞬間――機体が大きく揺れた。
警告音。
客室乗務員の叫び声。
『乱気流に入ります! お座席のベルトを――!』
「ちょ、待て待て待て待て!!!」
俺はベルトを掴みながら叫んだ。
「これ、デジャヴとかじゃないよな!? 本番だよな!?」
ナカが青ざめた顔で俺を見る。
「セージさん、もしかして……また死ぬんですか……?」
「縁起でもないこと言うなぁぁ!!」
クロが泣きそうな顔で叫ぶ。
「女神様ぁ! 帰還地点の設定ミスってますぅぅぅ!!」
「落ち着け! 冷静に死ぬ準備を――いや違う! 落ち着け!」
ナカが顔を真っ青にして窓を見つめる。
「この高度……これ、もうすぐじゃないですか!?」
「知ってる!! 知ってるけど言わないで!!」
そのとき――少し離れた席から声がした。
「……なんだここは……俺、また夢か?」
振り向くと、見覚えのある顔。
リュウガだった。
制服姿のまま、寝ぐせつき。
完全に“ただの高校生”に戻っている。
「おいリュウガ、起きたか!」
「セージ!? なんでお前が……てかこの揺れなに!?」
「うん、懐かしの“あのとき”だ」
「……あの事故の!? おい、ふざけんなよ!?」
「俺もそう思う!!!」
ルシア(今はCAの制服)が通路で叫ぶ。
「勇者様、シートベルトをお締めください!」
「勇者じゃねぇよ!!」
クロが手を合わせる。
「女神様ぁぁぁ!! 今度こそ安全運転でお願いしますぅぅ!!」
その瞬間――頭の奥で、聞き覚えのある甘ったるい声が響いた。
『大丈夫です♡ 今回はチュートリアルですから』
「命がけのチュートリアルすんなぁ!!!」
『セージ。言葉は世界を変えるって言いましたよね?
では、今度は“空”を変えてみましょう』
「……そういう無茶ぶりをさらっと言うのやめて!!」
機体がさらに傾く。
悲鳴。
金属の悲鳴。
俺は深呼吸をして、目を閉じた。
「――“墜ちない”」
それだけを言葉にした。
静寂。
次の瞬間、機体の揺れが――止まった。
乗客がざわめき、誰かが泣いた。
窓の外、光がやわらかく差し込む。
クロがぽかんと俺を見た。
「い、今の……」
「たぶん、“言霊”」
「やっぱチートですよそれ!」
リュウガが隣の席から笑った。
「ははっ、結局最後までセージらしいな」
「お前も笑ってる場合か!」
「だって、もう泣き尽くしたからな。次は笑う番だろ」
機内に安堵の笑いが広がる。
CAたちが慌ててマイクを取る。
『……き、機体は安定しました。皆さま、ご安心ください……!』
俺はシートに沈みながら、空を見上げた。
「……終わったな」
「うん。けど、なんかさ」
リュウガが笑う。
「まだ“あっち”でパン焼いてそうな気がするよな」
「だな」
「ヴェルド将軍、絶対パン買ってる」
「間違いない」
クロが鼻をすすりながら笑った。
「帰ってきても、あの世界が恋しいなんて、変ですよね」
「変だけど、いいことだ」
ナカが静かに言う。
「俺たち、どっちの世界にも根を残せたってことです」
――ゴォン。
軽い衝撃。
アナウンスが響いた。
『皆さま、ただいま着陸いたしました。おかえりなさいませ』
窓の外には、日本の街並み。
灰色のビルと、遠くの海。
懐かしくて、泣きたくなるほど現実だった。
クロが深呼吸をして笑った。
「……帰ってきた」
ナカが頷く。
「はい。やっと、本当の意味で」
俺はゆっくり立ち上がり、言った。
「じゃ、降りようか。俺たちの“二周目の人生”へ」
リュウガが苦笑する。
「なんか、そう言われるとまた異世界始まりそうだな」
「それはそれで楽しそうじゃん?」
ルシア(CA)がにこやかに言う。
「皆さま、通路までお気をつけてお進みください♡」
「キャラ崩れてるって!」
俺たちは笑いながら通路を歩いた。
ドアの向こうに、光があった。
外に出た瞬間、風が吹く。
暖かくて、懐かしい風。
その中で、ふっと声が聞こえた。
『――言葉を信じる限り、あなたたちはどこにいても繋がっています♡』
「……最後までうるさい女神だな」
「聞こえてますよ?」
「うわっまだ通信中!?」
『Wi-Fiです♡』
「神界にWi-Fiあんのかよ!!!」
みんなが吹き出した。
空に笑い声が混ざる。
俺は空を見上げて、手をかざした。
「女神様。あっちの世界、ちゃんと残しておいてくださいね」
『もちろんです。
言葉がある限り、“物語”は終わりませんから♡』
風が髪を撫でた。
青い空が、まるであの異世界の空と重なって見える。
俺は笑った。
「じゃあ、また話そう。――どこかの世界で」
そして、俺たちはそれぞれの道へ歩き出した。
パン職人はパン屋へ。
農家は畑へ。
勇者は普通の高校へ。
そして俺は――翻訳アプリを起動して、つぶやいた。
「“言葉”で、世界を救う。
……あながち嘘じゃなかったな」
スマホの画面に、“翻訳完了”の文字が浮かぶ。
風が通り過ぎ、空にひとすじの白い雲。
それはまるで、もうひとつの世界へ続く道のようだった。
―
数年後。
都心の朝。ガラス張りのオフィスに陽が差し込む。
「はい、それでは“新人研修”を始めます!」
会議室の前に立つのは――高槻誠司。
かつて異世界で“通訳官”として戦った男だ。
今は一企業の研修担当、言葉を教える講師になっていた。
「今日のテーマは、“ありがとう”という言葉の力です」
新入社員たちが笑う。
「また高槻さんの“言葉の魔法”講座だ〜!」
「バカにするな、それで世界救ったんだぞ」
会議室に笑い声が広がる。
誠司は照れくさそうに苦笑しながら、スライドを切り替えた。
画面には、一枚のスケッチ。
田んぼで泥だらけの男――ナカ。
石窯の前でパンを焼く、笑顔のクロ。
そして、どこか遠い空の下で肩を並べるヴェルドとバルザーク。
それは、誠司が自分の記憶を頼りに描いた絵だった。
あの世界の風景を、少しでも忘れたくなくて。
その絵を見つめながら、誠司はマーカーを走らせる。
ホワイトボードに、ひと文字。
――言葉。
「人は、言葉で繋がる。
たとえ国が違っても、世界が違っても。
“伝えよう”って想いがあれば、奇跡は起きる」
静かな空気が流れる。
誠司はゆっくり笑って言った。
「だから――信じてください。
あなた自身の声を。必ず、誰かに届きます」
その言葉と同時に、エアコンの風がふっと動いた。
まるで、あの異世界の風が一瞬だけ通り抜けたように。
そして――頭の奥に、やっぱり聞こえた。
『……チョコ入りクロワッサン、まだですか?♡』
「だから職場にまで出てくんなっての!!」
「高槻さん!? 誰と喋ってるんですか!?」
「気にするな! 神様だ!」
会議室がどっと笑いに包まれた。
誠司は笑いながら、心の中で呟く。
(言葉は、まだ俺を繋いでくれてる。
あの世界と、この世界を――)
窓の外、青い空が広がっていた。
その先に、確かにもうひとつの世界が続いている気がした。
――完。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました!
また新しい物語で、どこかの世界でお会いしましょう!




