第16話 再臨 。魔王、顕現す。
魔王城の上空に、再び“光”が走った。
「……うそだろ。あれ、まさか――!」
塔の上から見下ろすと、地平線の向こうで白い軍旗が波打っていた。
まるで“神の行進”のような光の帯。
数日前の戦であれだけ消耗したはずの勇者軍が、
もう次の戦を仕掛けてきていた。
「早すぎる……補給も治療も間に合ってねぇのに!」
「人間領のはずなのに、どうやってここまで――!」
前線からの報告が次々に飛び込む。
俺は書類の束を握りしめながら、呟いた。
「……リュウガ、お前……どこまで行くつもりなんだよ」
その名を呼ぶと同時に、胸の奥がきゅっと締め付けられた。
同じ“異世界転生者”――
けれど、俺と違ってリュウガは“選ばれた勇者”として召喚された男だ。
(……力に溺れたのか、リュウガ)
―
城の中庭では、クロとナカが必死に走っていた。
「パンの焼き直しは終わりました! あとは避難用の食糧庫に!」
「水門閉じます! 田んぼ、流されたら終わりです!」
「いや、米より自分守って!!」
俺の叫びにも、二人は笑って返す。
「だいじょーぶ! セージさんの声、聞こえてるうちは負けませんから!」
(……頼むから死ぬなよ。お前らの“明日”が、ここで終わらないように)
―
「勇者軍、接近距離三百!」
「光の矢、前衛到達!」
報告の声が重なる中、ヴェルドが俺に言った。
「通訳官。……お前の出番だ」
「いやいや、俺、通訳官であって指揮官じゃ――」
「“声”で軍を動かせるのはお前だけだ。やれ」
「うわ、雑な任命っ!!」
でも、ヴェルドの真剣な目を見て、
俺は言い返せなかった。
(……そうだ。やるしかないんだ)
喉の奥で息を溜め、風を吸い込む。
心臓が“どくん”と跳ねた。
――加護が、共鳴する。
空気が震え、俺の声が風に溶ける。
「全軍、聞こえますか! 恐れるな、足を止めるな!
後方支援班は避難誘導を優先! 前衛は、丘を死守!!
まだ生きてる、まだ――戦える!!」
声が、風を伝って広がる。
兵士たちの動きが揃い、混乱が少しずつ整っていく。
“届いた”。
そう確信した――ほんの一瞬だけ。
次の瞬間、空が裂けた。
――ドゴォォォンッ!!!
聖なる光が地面を貫き、
大地が抉れ、炎の柱が立ち上がる。
「ぐあっ……!!」
俺は吹き飛ばされ、土煙の中に転がった。
耳鳴りが鳴り止まない。
目の前で魔族の兵が倒れ、土の中に沈んでいく。
「セージ! 大丈夫か!」
ヴェルドが駆け寄るが、俺は首を振った。
「まだ……声を、出せる……!」
必死に立ち上がり、叫んだ。
「退くなぁッ!! 守れぇぇ!! 俺たちの城を!!」
けれど――もう声が震えていた。
加護の力も揺らいでいる。
喉が焼け、呼吸が苦しい。
(……俺は、ただの人間だ)
(戦場で、命令なんてできる器じゃない)
(でも、誰かが言わなきゃ……誰が言うんだ!)
「戦えぇぇ!! 生きろぉぉ!!」
声が裏返る。
兵士たちの返事が聞こえない。
光の奔流が迫り、
地面が震え、世界が焼けた。
(ダメだ……間に合わない!)
勇者リュウガが、白光の中で聖剣を構える。
その姿はまるで“神の化身”だった。
「セージ。――その声、沈めてやる」
剣が振り下ろされる。
世界が止まった。
光が、真上から俺を飲み込もうとする。
(ここで終わりか――)
その瞬間。
ズゥゥゥゥゥゥン……
空気が反転した。
耳が割れそうなほどの低い音。
地面が震え、光が一瞬だけかき消える。
黒い風が、俺の前に立ちはだかった。
その中心に――“影”がいた。
漆黒の外套を纏い、背からのぞく二枚の翼。
地を焼くほどの魔力が渦巻き、
空気そのものが跪くように沈んでいく。
「……下がれ、通訳官」
低く響く声。
聞くだけで胸が圧迫される。
黒い瞳がわずかに輝いた。
その瞬間、勇者の光が霧散する。
ヴェルドが膝をつき、頭を垂れた。
「魔王陛下……!」
(……魔王……!?)
俺は息を呑んだ。
人でも、神でもない“圧”が全身を包む。
魔王はゆっくりとリュウガを見上げた。
「人の子よ。神を名乗り、何を裁く」
リュウガの顔が歪む。
「俺は神の代行者だ。魔を滅ぼす、それが正義!」
「違うな」
魔王が静かに言葉を落とした。
「お前が求めているのは、“救い”ではない。“支配”だ」
リュウガの剣が輝きを増す。
「黙れ。魔の言葉に、神は耳を貸さぬ!」
「……耳を塞いでいるのは、お前のほうだ」
次の瞬間、空気が弾けた。
光と闇がぶつかり、雷鳴が落ちる。
二人の間に走る衝撃波で、地面が裂けた。
俺は吹き飛ばされながらも、
その光景から目を離せなかった。
(神の剣と、魔の闇……
その間にあるのは、“言葉”だけなのに)
心の奥で、誰かが囁いた。
――『あなたの声は、まだ届く』
(女神様……)
俺は泥の中で拳を握りしめ、
小さく呟いた。
「……言葉で、守ってみせる」
戦場の空が、再び震えた。
光と闇のぶつかる音が、
世界の鼓動みたいに響いていた。
読んでいただきありがとうございます。
最終回まであと3話です。




