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異世界転生したら魔王軍の通訳官に転職しました 〜スキルなしおじさん、言葉で世界を変える〜  作者: 四郎


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第1話 おじさん、飛行機で死んで異世界へ行く(予定になかったらしい)

――飛行機が落ちる瞬間、俺は一人の少女の笑顔を思い出していた。


名前は高槻たかつき誠司せいじ。三十九歳。

都内の商社で働く、いわゆる“中堅どころ”のエリートサラリーマンだ。


英語、中国語、フランス語、ロシア語、スペイン語、アラビア語、ドイツ語、韓国語。

――八か国語を操る。

語学に関してだけは、誰にも負ける気がしない。


仕事は多いが、結婚はできなかった。

恋人はいたけど、転勤と海外出張でいつの間にか疎遠になった。

気づけば三十九歳。会社では“グローバル部門の切り札”なんて呼ばれてるけど、

プライベートは空席のままだ。


その日も俺はスーツケース片手に、羽田空港の国際線ロビーを歩いていた。

目的地はアメリカ西海岸。企業買収の最終交渉――つまり、勝負の仕事だ。

だが、搭乗ゲート前で見つけた小さな影が、俺の運命を大きく変えた。


金髪の幼い女の子が、真っ赤な目をして泣いていた。

周りの人は見て見ぬふり。

俺は無意識にしゃがみ込み、英語で声をかけた。


「Hey, what happened? Where’s your mom or dad?

(やあ、どうしたんだ? お母さんかお父さんはどこにいる?)」


少女はびくりと肩を震わせ、涙で濡れた目を上げる。

そして、俺の袖をぎゅっと掴んだ。


「……I can’t find Mommy.

(ママが見つからないの)」


ああ、完全に迷子だ。


俺は空港職員に連絡し、迷子センターに連れていった。

英語で事情を説明しながら、彼女を安心させようと笑顔を作る。

――その時間が、後に“運命の分かれ道”になるとも知らずに。


親が来るまで待ってあげたい。だが搭乗時間は迫っていた。

職員が「もう大丈夫です」と言っても、少女は袖を離さなかった。

小さな指が、まるで助けを乞うように震えていた。


(……まあ、次の便でも間に合うか)


俺はチケットカウンターに行き、便を一つ遅らせた。

取引先への連絡も済ませる。スケジュール的にはギリギリだが、なんとかなる。


そして数十分後、ようやく少女の母親が走り込んできた。

彼女は涙ながらに娘を抱きしめ、何度も俺に頭を下げる。


「Thank you, sir. Really, thank you so much.

(ありがとうございます。本当に……ありがとうございました)」


その光景を見て、胸の奥が温かくなった。

ああ――こういうの、悪くないな。

もし俺に家族がいたら、あんなふうに守れるだろうか。

ふと、そんな考えがよぎった。


それが人生で最後に見た“現実の光景”だった。


――次の便、離陸直後に墜落。


誰かの声が遠くで響く。

白い光。意識が溶けていく。


そして目を開けると、そこは真っ白な空間だった。

まるで雲の上に立っているような場所。

目の前には、金色の髪を持つ女性がいた。

背には淡く光る羽。まさに“天使”か“女神”のような姿。


「……ここは、どこですか? 俺、死んだんですか?」


「ええ……正確には“死にかけ”ましたね」


彼女は困ったように微笑む。


「あなたは本来、あの便に乗るはずではなかった。

そのため、転生の枠に“イレギュラー”として入り込んでしまったのです」


「……転生? って、あの……“異世界転生”の?」


女神はこくりと頷いた。


「飛行機の乗客三百名は、全員異世界へ転生します。

それぞれが異なる“スキル”を授かり、新たな人生を歩むでしょう」


「おお、まさかのラノベ展開……! じゃあ俺は? どんなスキルを?」


女神は申し訳なさそうに首を傾げる。


「……あなたは、スキルを授ける対象ではないのです。

本来なら転生する予定ではなかった存在ですから」


「マジか……! チート無しのハードモードかよ」


「ですが、あなたの行いは確かに見ていました。

あの少女を助けた善意――それに報いるため、

スキルではなく“私の加護”を授けます」


「加護、ですか? どんな効果が?」


「それは、いずれ分かります。

あなたが“言葉”を信じる限り、必ず力になるでしょう」


女神がそっと手を差し伸べる。

眩しい光が包み込む。

耳の奥で、風のような声が響いた。


「転生先はランダムです。私でも、どこに行くかは分かりません。

どうか……生き抜いてください、“言葉の人”よ――」


光が弾け、視界が真っ暗になる。


――目を開けると、そこは森だった。


緑の匂い。鳥の鳴き声。

手を伸ばすと、ざらりとした木の幹。確かに“現実”だ。


「……マジで異世界、ってことか?」


立ち上がると、少し離れた場所で何かの声が聞こえた。

耳を澄ますと、どうやら人の言葉……いや、違う。

舌の使い方が妙に独特だ。

それでも、意味が――分かる。


『侵入者だ! 人間か!? 捕まえろ!』


武装した灰色の肌の男たちが、こちらへ走ってくる。


(なんで分かるんだ……? これ、異世界語だよな?)


女神の言葉が頭をよぎる。

“言葉を信じる限り、必ず力になる”。


――まさか、この“加護”って。


木の影に隠れながら、俺は小さく息を吐いた。


「……さて、まずは会話から始めようか。俺の得意分野だしな」


灰色の肌の兵士が、剣を突きつけてきた。

俺は両手を上げ、異世界語で告げる。


「話せば、分かる。……たぶんな」


こうして、語学おじさんの異世界生活が始まった。

――そしてこの会話が、“魔王軍の通訳官”への第一歩になるとは、まだ知らなかった。

読んでいただきありがとうございます。

次回もぜひお付き合いください。

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