白い翼との邂逅
入学から数日。ついにクラス分けが発表された。
結果は――予想通り、俺とナエリアはAクラスだった。
Aクラスは、試験で上位10名に入った者だけで構成される特別クラス。
授業内容も他クラスとは比べものにならないほどハイレベルだ。
……つまり。
俺にとっては、地獄の始まりだった。
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「はぁ……完全についていけねぇ……」
初日の授業が終わった瞬間、机に突っ伏した。
黒板にはびっしりと書かれた魔法陣の数式、詠唱理論、制御波形の解析――。
「えーと、今日の課題は“複合詠唱陣の安定化理論”……?」
ナエリアが教科書を覗き込みながら呟く。
「なぁ、これ、“基礎”って言ってたよな……?」
「うん、先生は“復習だから軽くでいいよ”って言ってたよ?」
「復習てなんだよ!? 俺、こんなの見たこともねぇぞ!!」
俺は叫びたい気持ちをぐっとこらえた。
実技なら誰にも負ける気がしない。だが筆記は――まったくの未知数。
頭の中で詠唱を組み立てたことがない俺にとって、「構築式」だの「詠唱律」だの、未知の言語だ。
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授業が終わると、俺はすぐに闘技場へ向かった。
ストレス解消には、体を動かすに限る。
「――フレイムバースト」
轟音と共に炎の柱が立ち上る。
実技だけは完璧。これだけは、誰にも負けない。
稽古の後は、図書館へ直行だ。
ナエリアが一緒に来てくれるのが救いだった。
「算術はずば抜けてるのに、魔術学はからっきしだね」
ナエリアが苦笑しながらノートを広げる。
「“円を書け”まではわかる。……でも、その後が地獄だ」
「……円書くだけで終わってるじゃん!」
ナエリアは呆れながらも、丁寧に教えてくれる。
詠唱構築式、魔法陣の基礎、魔力流路の整え方――。
正直チンプンカンプンだが、彼女の説明だけは不思議と頭に入ってくる。
「ナエリアはどうなんだ? 筆記、余裕そうに見えるけど」
「ううん、私もそんなに得意じゃないよ。平均よりちょっと上くらい」
「……それでも俺より100倍マシだな」
ナエリアはクスッと笑った。
「でも、実技は絶対に私より上でしょ? 教え合えばいいんだよ、ね?」
……あぁ。
やっぱりこの子は、優しい。
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生活面でも少しずつ慣れてきた。
男子寮は快適だし、同室の連中も悪くない。
何人かとは自然と話すようになった。
特に、筆記満点の天才――ジニア。
見た目はひょろっとしてるのに、頭脳はバケモノ級。
毎日ノートを何十枚も埋めている努力家だ。
「メト、君の魔力波形は異常だね。僕、観測してて鳥肌立ったよ」
「お、おう……ありがと……(褒められてるのか、怖がられてるのか分からん)」
そして意外なことに――
俺の方がナエリアよりモテているという現実。
「ねぇ、メトくんって無詠唱で魔法撃てるんでしょ?」
「すご〜い、今度教えてよ〜」
「氷結魔法見たって噂、ほんと?」
休み時間のたびに、女子が何人も話しかけてくる。
……なんだこれ。
今まで“ぼっち”だった俺の人生、急にギャルゲーになったのか?
まぁ入試で目立ちすぎたせいだろう。
“無詠唱の天才”とか“雷を呼ぶ少年”とか、妙なあだ名までついてる。
そのせいか、一部ではこんな噂まで流れていた。
――「ナエリアと付き合ってるらしいよ」
――「え、あの二人、いつも一緒だしね」
――「美男美女カップルじゃん!」
……いやいやいや。
ナエリアに悪いって。そんなつもり、今はないし。
でも、あの子が否定しないのは――少し、気になる。
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そんな日々の中でも、俺は着実に力を蓄えていた。
授業での知識不足を、実技と研究で補う。
詠唱に頼らない魔法体系を、独自に組み立てる。
いつか必ず――あの魔人族の王を討つために。
それでも、笑い合える仲間ができた今、心は前より少しだけ軽い。
教室に戻ると、ナエリアが手を振って笑った。
「ねぇ、今日も一緒に勉強しよ?」
「……ああ、頼む」
復讐も、勉強も、未来も――
全部、俺の物語だ。
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放課後の教室。
授業が終わり、ナエリアやジニア、それに数人のクラスメイトと談笑していたときのことだった。
「エムリス・メトルナーサ殿、ですよね?」
突然、教室の扉が開き、見慣れぬ制服の生徒が立っていた。
漆黒の制服、腰には立派な剣。魔法学校の制服とは明らかに異なる。
「……誰?」
「剣術学校の者です。ウィング様がお呼びです」
教室の空気が一瞬で変わった。
剣術学校――魔法学校の姉妹校であり、武の精鋭が集う場所。
とはいえ、普段は関わりが少ない。まさか、向こうから呼び出されるとは。
「ウィング……?」
名前を聞いた瞬間、ジニアが眉をひそめた。
「おい、まさか“天人族のウィング”か?」
「ええ、その通りです。ウィング様が“共有闘技場に集合”と」
「……っ」
嫌な予感しかしない。
「え、ちょ、なんで俺?」
「それはウィング様にお聞きください」
そう言うと、剣術学校の使いは一礼し、静かに立ち去った。
……なんだ、これ。
まるで決闘状じゃないか。
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教室がざわつく。
ナエリアが心配そうに俺の腕を掴んだ。
「メト……行くの?」
「行かないわけにもいかないだろ。向こうが正式に呼んでるなら、無視はできない」
「でも危ないかも……!」
「大丈夫。最悪、逃げる」
そうは言ったものの、内心は穏やかじゃない。
ジニアが真剣な顔で口を開いた。
「メト、あのウィングは――ただの生徒じゃない。
天人族王子の護衛であり、剣術学校の主席入学者だ。
剣の実力は学院内トップクラス……いや、“天人の翼”と呼ばれてる」
「……天人の翼?」
「彼は天人族特有の翼を操り、空中戦を得意とする。
そのスピードと反応は、下手な魔法使いじゃ追いつけない」
やべぇ、完全にバトルモードじゃん。
さらにジニアは声を落として続けた。
「それに――最近、天人族の王が暗殺されたって話、聞いたか?」
「え……?」
ナエリアが息をのむ。
「王の死をきっかけに“ある人物”を探してるらしい。
……もしかしたら、お前が関係あると思われてるのかもしれない」
「ちょっ、俺関係ないぞ!? 王とか、天人族とか知らんし!!」
「だが、ウィングの目は誤魔化せない。主席合格の噂は、もう剣術学校にも伝わってる。
“無詠唱の天才”――それだけで、警戒対象になるには十分だ」
……最悪だ。
俺はただ勉強についていけなくて苦しんでるだけの生徒だぞ。
なんでいきなり“王の死”とか“剣術学校の番長”とかに巻き込まれてんだよ。
でも――逃げるわけにはいかない。
「……わかった。闘技場に行く。
でも、ただ殴り合う気はない。相手が何を考えてるのか、話を聞いてからだ」
ナエリアが不安げに見上げた。
「絶対、無茶しないでね」
「しないよ。……たぶん」
そう言って、俺は寮に戻り、準備を始めた。
⸻
「……万が一に備えて、いくつかの魔法を試しておくか」
指先で軽く魔力を流し、詠唱の必要ないイメージを確認する。
背中に冷たい風が吹く。
夕暮れの空が赤く染まり、雲の間から光が差し込む。
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闘技場に着くと、既に数名の生徒が観客席に集まっていた。
ひそひそと囁きが飛び交う。どうやら、俺とウィングの一戦が噂になっているらしい。
中央のステージ。
そこに立つ青年の姿に、思わず息を呑んだ。
柔らかな銀の髪、目尻と頬に刻まれた紋章、背中には広がる純白の翼。
静かな佇まいの中に、圧倒的な威圧感が宿っている。
(……あれが、ウィング)
剣術学校の生徒が案内してくれた。
「あちらがウィング様です。……お気をつけて。」
ウィングの隣には、天人族の王族らしき少年が控えていた。
その眼差しは冷たくも、何かを見極めようとするように鋭い。
「……エムリス・メトルナーサ、だな?」
「はい。初めまして、ウィング先輩。
本日はどのようなご用件で?」
一礼しながらも、背中を伝う緊張が止まらない。
近づいた瞬間、全身の感覚が「勝てない」と告げていた。
「天人族の王が暗殺されたことは、知っているな。」
「……はい。深くお悔やみ申し上げます。」
ウィングの声が低く、重く響く。
「目撃された暗殺者の特徴――銀髪、黒目、長耳族の血。
……お前に一致する。」
観客席がざわめく。
俺は慌てて手を振った。
「ま、待ってください!それは誤解です!
俺はそんなこと――」
「言葉は信じない。剣で真を測る。」
一歩、ウィングが踏み出した瞬間、空気が震えた。
その体を中心に、“気”の流れが渦を巻く。
まるで空間そのものが彼の鼓動に合わせて脈打っているようだった。
「――気功術・三段解放」
ビキッ――!
ウィングの体から眩い光がほとばしる。
筋肉の収縮音が響き、床がひび割れた。
気によって肉体が限界を超えて強化される。
速度・反応・力、三つを同時に高める禁断の技。
観客の一人が息を呑む。「……気を三段で扱えるなんて……!」
俺は歯を食いしばり、即座に魔力を脚に込めた。
(気……魔力とは違う。でも、魔力で迎え撃つしかない)
「アースウォール!」
地面が隆起し、分厚い土の壁がウィングとの間に立ちはだかる。
しかし――
ガキィィィィン!!!
次の瞬間、二刀が土壁を容易く両断。
空気が爆ぜ、ウィングの姿が視界から消えた。
「――早ぇ!!」
背後。反射的に氷結魔法を展開。
「アイスバリア!」
氷の盾が咄嗟に生まれるが、ウィングの斬撃が氷を粉砕。
刹那、頬を浅く切られ、血が一筋流れる。
「くっ……!」
ウィングの眼は冷静だった。
「悪くない。詠唱も構築もなしにここまで反応できるか。」
(こっちは必死だっての……!)
俺は一気に後退し、距離を取る。
魔力を空気中に流し込み、電位差を形成。
「ライトニング!」
痺れさせて時間を稼ごうと思ったが、
気を纏った翼で受け止められ
彼の刀が俺の肩をかすめた。
「メト!!」
ナエリアが心配している。
くそっ明らかに手加減されてこれかよ
すこし浮いているから氷結は通用しない。
雷魔法は翼で防がれる。
これ詰んだくさいな。
「メトルナーサ」
ウィングが攻撃をやめ俺に言った
「次の攻撃で俺はお前を倒す。」
「先に言っといてくれるんですか。
お優しいですね」
深呼吸をした。
久しぶりに使うからだ
「フィジカル・シングル!!」
ウィングが驚いた顔をした
しかしすぐに直った。
「いくぞ」
ウィングが地を蹴った。
翼が一閃、風圧が大地を裂く。
その動きは目で追えない。
“見える”のは、ただ一筋の白い閃光。
俺は全魔力を注ぎ土魔法で防御を固めた
しかし足りなかった俺の視界は白い光に包まれた




