風の出発点
ナエリアとジニアのおかげで、なんとか卒業試験の模擬をクリアできた。
この調子なら、本番でも問題ないだろう
そういえば、俺が机にかじりついてる間にウィングはもう剣術学校を卒業していた。
暇を持て余しているらしく、最近はよく魔法学校に顔を出してくる。
「お前ら、筆記もあるのか……大変だな。」
そう言って、ウィングは俺の机の上に積み上がった参考書を見て、眉を八の字にした。
そして、すぐさま悪い笑顔を浮かべる。
「なぁ、石軍ゲームしようぜ。」
石軍ゲーム――この世界で言う“将棋”だ。
天人国では戦術教育にも使われていて、将官クラスでも愛好者が多い。
「メトは今勉強してるから、代わりに俺が相手するぞ。」
ジニアが冷静に言う。
「いやお前、ルシエル並みに強いじゃん。勝負にならねぇよ!」
ウィングがむくれる。
最近は二人でこのゲームをして、妙に仲良くなったらしい。
「……しゃーない。休憩がてらやるか。」
俺は苦笑しながら、図書室の隅に置かれた石軍盤を持ってきた。
「十五駒でやったら時間かかるから、十駒でいいな?」
「おっけー。手加減なしだぞ。」
盤上に駒が並び、静かな戦が始まった。
石でできた駒が打たれる音が、図書室の静寂に“コトリ”と響く。
⸻
◇石軍ゲーム 対局記
ウィングの初手は、軽騎兵〈ペガサス〉の前進。
その動きは速く、戦場の主導権を奪いに来る典型的な天人流の布陣だった。
「なるほど、攻め型だな……」
俺は呟き、中央の〈歩兵〉を二段前へ。
見た目は地味だが、ここを押さえれば相手の〈飛槍〉を封じられる。
ウィングが笑った。
「そうくるか。なら――風刃戦術!」
〈翼兵〉を両翼に展開。風属性の駒は機動力が高く、中央を避けて包囲に来る。
普通ならこれで押し切られる……だが、俺はその瞬間を待っていた。
「“雷槍布陣”、完成。」
俺の〈魔導兵〉が起動し、雷属性の陣を展開。
ウィングの〈翼兵〉が踏み込んだ瞬間、反射ダメージを食らい動けなくなる。
「なっ、そんな布陣アリかよ!」
「ルールには“反射禁止”って書いてないだろ。」
ウィングが悔しそうに舌打ちし、強引に中央突破を狙う。
だがその瞬間、俺の〈将軍〉が一歩進んで、王手。
「……“天降の一手”!」
駒が盤面の中心で光り、〈王〉が逃げ場を失った。
静かな図書室に、石の駒が倒れる音が響く。
「……詰みだな。」
⸻
「なんだよ、メトルナーサも強ぇのかよ。」
ウィングが口を尖らせる。
「まぁ、僕多才なんで。」
ドヤ顔を決めてみせると、
「それ、自分で言っちゃう?」
ナエリアが苦笑して突っ込んだ。
ジニアは小さく吹き出しながら盤を片付ける。
静かな図書室に、穏やかな笑い声が響いた。
つかの間の休息――けれど、それが不思議と心地よかった。
広場に出た瞬間、観覧席がどよめいた。
魔力計の針が、ほかの受験生の比ではない速さで振り切れていく。
「受験番号二六番、メトルナーサ=メト。魔術実技――開始!」
俺は深く息を吸い、詠唱をせずに魔力を放った。
“詠唱抜き”――この学院の教師でさえ習得していない領域。
それを当たり前のように使うのは、もはや俺の癖みたいなものだった。
「――《アイアン・ランス》!」
空気を切り裂いて、鉄の槍が十数本、標的を正確に貫く。
観覧席の教師たちがざわつくのが聞こえた。
(よし、完璧。)
「すごいよ、メト!」
ナエリアの声が響く。
彼女もまた、両手を掲げて魔法陣を展開していた。
「――《セレス・ブレイズ》!」
淡い光の帯が天へ昇り、次の瞬間、七色の炎が舞い散る。
攻撃と回復、相反する魔力を同時に制御するという離れ業。
観覧席の審査員たちの口が揃って開いた。
(……やっぱ、ナエリアはすげぇな。)
二人の実技試験は、圧倒的な差をもって終了した。
教師の一人がぽつりと呟く。
「この学院史上、最高の組み合わせだな……。」
⸻
筆記試験
問題はここからだった。
筆記、つまり俺の弱点。
(うぉぉ……地味にきついなこれ……。)
試験開始の合図と同時に、紙の上の文字が波のように広がって見えた。
だが、隣でナエリアが静かにペンを走らせているのを見て、
なぜか落ち着いた。
(……あいつの書く音、落ち着くんだよな。)
1時間目・国語。
余裕。元の世界の国語のテストの日本語をこの世界の言語に変えただけだ。
2時間目・算術。
簡単だ。
三角比だの関数だの――こっちの世界ではまだ“未開拓”の概念も多い。
3時間目・詠唱学。
(……これは、苦手だ。)
詠唱を使わない俺にとって、理論はどうしても感覚的すぎる。
だが、ナエリアが夜な夜な教えてくれた内容を思い出す。
「詠唱はね、“自分と世界を繋ぐ言葉”なんだよ。」
(あぁ、そうだったな……。)
手を動かす。
魔力理論と詠唱法則を文章化する。
昔の大学受験を思い出して、少し笑いそうになった。
4時間目・地学、歴史。
これは完全に得意分野だ。
ジニアとナエリアの特訓の成果がここに出た。
(ふっ……完璧だな。)
⸻
午後、全ての試験が終わり、夕方の光が校舎を染める。
校庭に出ると、ナエリアが立っていた。
風に銀髪が揺れ、少し疲れた顔で笑っている。
「終わったね、メト。」
「……あぁ、なんか、やっと一息つけた気がする。」
卒業試験には無事合格した。
筆記・実技ともに文句なし。
そして、数日後――俺たちはついに卒業式を迎えた。
講堂には、見慣れた顔と、懐かしい声。
仲間たちがそれぞれの道へ進む中で、俺たちはもう次の一歩を踏み出していた。
「メトルナーサ君、君は本当に変わったね。」
担任の先生が、笑いながらそう言った。
「昔は授業中、魔法理論のノートより寝癖の方が目立ってたのに。」
「え、それ褒めてます?」
「もちろんだ。卒業おめでとう。」
笑いながらも、胸の奥が少し熱くなる。
たぶん、こういう“別れ”が、いちばん現実味を帯びる瞬間なんだろう。
お世話になった教師たちに挨拶をし、俺たちは校舎を後にした。
門の前で、ジニアが待っていた。
手には研究科の制服を持っている。
「……行くんだな。」
「おう。ジニアは残るんだっけ?」
「うん。僕はこっちで魔術理論をまとめたい。お前たちの旅の支援も兼ねて。」
俺は懐から一つの小さな石を取り出した。
「遠隔通話魔石。これで繋がるだろ。」
ジニアがそれを受け取り、わずかに笑う。
「これで、世界のどこに行っても話せるな。」
「もちろん、悪口も聞こえるからな。」
「やめろ、それは困る。」
そんなくだらないやり取りが、妙に名残惜しかった。
「じゃ、またな。」
「――ああ。気をつけて。」
俺、ナエリア、ウィングの三人は、
そのまま長耳族の里――リュミナスへと向かった。
⸻
森を抜けた先に広がるのは、懐かしい景色。
高い樹々の間に吊るされた家々。
鳥の鳴き声と木漏れ日が交差する静かな村だった。
俺の祖父母は、俺たちを見るなり目を丸くした。
「もう……卒業したのかい!? 早すぎやしないか?」
「飛び級制度ってやつですよ。」
「……ほんと、あんたの母さんに似てるねぇ。行動力が。」
祖父母は、俺の母がかつて旅に出たことを覚えている。
だからこそ、止めはしなかった。
ただ一つだけ、祖父が言った。
「死なずに帰ってきてくれ。それだけ約束してくれればいい。」
「――はい。」
その言葉を、胸に刻んだ。
⸻
ナエリアの家にも挨拶に行った。
最初は、彼女の両親に思いっきり睨まれた。
「ナエリアを、危険な旅に連れ出すのですか?」
「ええ。けど、俺一人じゃ無理なんです。ナエリアの力が必要で。」
彼女の父親は腕を組み、母親は困ったようにため息をついた。
ナエリアは横でそわそわしている。
(……いや、完全に“結婚挨拶”の空気だよなこれ。)
必死に言葉を選びながら、誠実に頭を下げた。
「命を懸けて、必ず守ります。」
少しの沈黙のあと、父親がふっと笑った。
「……君、顔つきが変わったね。」
母親も静かに頷く。
「ナエリアを頼みます。」
その瞬間、ナエリアが小さく俺の袖を引いた。
目が合った。
少し照れくさそうに――でも、嬉しそうに笑っていた。
⸻
家々を後にし、丘の上に立つ。
眼下には森と風の流れ、そして遠くに見える大陸の影。
「これで全部の準備が整ったな。」
ウィングが風を読みながら言った。
「後は、前に進むだけだ。」
ナエリアが頷く。
俺は鞄の紐を締め直し、深く息を吸った。
(――ここからが、本当の旅の始まりだ。)
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