謁見と翼
王都の謁見の間。
かつて戦火で荒れ果てた城壁は修復され、再び金色の光が差し込んでいた。
ルシエルは玉座に座り、王冠を受け取る。
その瞬間、王国に新たな時代が訪れた。
「これにて、ルシエル=ヴェル=アーク王の即位を正式に宣言する。」
重臣たちが一斉に頭を垂れる。
戦乱の王位継承戦は終わった。
生き残った者たちが、その勝利の代償を胸に刻みながら、
これから歩むべき“平和”という未知の道を見据えていた。
ルシエルの左右には、第一部隊隊長を筆頭に各隊の将たちが並ぶ。
皆、かつて命を賭けた戦友であり、今は王国の柱だ。
「第一部隊隊長、王直属護衛の任を命ずる。」
「はっ!」
跪いた男の声が、謁見の間に響いた。
「第二、第三部隊隊長には、王都防衛と再建の監督を任せる。」
「承知いたしました!」
次々と任命が続く。
その表情には誇りと同時に、かつて戦場で見せた覚悟が宿っていた。
そして――ルシエルの視線が兄、ヤムルへ向けられる。
「兄上。あなたには、王の補佐としてこの国の政治を支えてほしい。」
ヤムルは静かに頭を下げた。
「……ルシエル。お前が王になったこと、父上も喜んでおられるだろう。
俺は、王としてのお前を支える。」
かつて剣を交えた兄弟が、今は共に王国を支える。
その光景は、まるで運命が新たに編み直されたかのようだった。
そして――ルシエルはゆっくりと立ち上がり、最後の名を呼ぶ。
「ウィング。」
翼を持つ青年が前へ出る。
彼の瞳には、長年仕えてきた主への敬意と、別れの予感が入り混じっていた。
「お前には……メトルナーサの旅に同行してもらいたい。」
静寂。
ウィングの表情がわずかに動く。
「……俺は、先代陛下――あなたの父上に仕えるよう命じられた身です。
護衛を離れるわけにはいきません。」
彼の声には揺るぎない忠義があった。
だがルシエルは、穏やかに微笑む。
「父上はもういない。
そして、父上を殺したのは――恐らく、魔人王の配下だ。」
ウィングの瞳が見開かれた。
その一言で、王の命令が“願い”へと変わる。
「メトルナーサの旅についていけば、いずれその者たちと相まみえるかもしれない。
お前の剣で、その因縁を断て。」
一瞬、ウィングは黙ったまま目を閉じた。
長く、深く、呼吸を整え――そして、答えた。
「……わかりました。」
その言葉には決意があった。
忠義を捨てたのではない。
忠義の形を、次の世代へと繋いだのだ。
ルシエルがわずかに笑う。
「助かる。お前ほど信頼できる者はいない。……頼んだぞ。」
ウィングは一歩前に進み、俺の前に立った。
そのまま右手を差し出す。
「これから――よろしくな、メトルナーサ。」
俺はその手を握り返した。
力強い、だがどこか温かい手だった。
「こちらこそ、よろしく頼む。」
その瞬間、心の奥に灯がともるような感覚があった。
戦場で得た仲間ではない。
“未来”を共に歩む同志が、今ここにいる。
ルシエルが玉座から立ち上がり、俺たちを見下ろした。
「正式な発表の場は後日設ける。
ウィングの同行はその時、王命として伝える。
――それまで、少し休め。長い戦いの前に。」
王の声が、柔らかく響く。
それは命令ではなく、友のような優しさを帯びていた。
そしてルシエルは背を向け、静かに言った。
「お前たちの旅は、この国の希望そのものだ。
どうか、生きて帰れ。」
⸻
謁見の間を出たあと、外には春風が吹いていた。
戦火で焦げた大地から、新しい芽が顔を出している。
空を見上げる。
遠くに浮かぶ雲は、まるで旅立ちを祝福するように流れていた。
謁見が終わり、俺は宿に戻った。
明日の朝には、学校に戻るつもりだ。
俺のギルドは「天人国発」という形で登録されたらしい。
つまり――スポンサー付きの独立隊。
一介の学生だった俺が、王の支援を受けるなんて、数ヶ月前には想像もできなかった。
(……ここまで、だいぶ来たな)
静かに息を吐く。
緊張が解けた途端、どっと疲れが押し寄せる。
ベッドに体を沈めると、意識はゆっくりと闇に溶けていった。
⸻
――その時だった。
「……ッ!!」
重い“衝突音”が響いた。
まるで、巨岩が地面に叩きつけられたような音。
心臓が一瞬で跳ね上がる。
目を開けた瞬間、闇。
部屋の中は真っ黒で、月明かりすら差し込まない。
(地震……じゃない。何かが、ぶつかった音だ。)
火魔法を指先で展開。
小さな火球が生まれ、橙の光が部屋を照らした。
その光が壁を揺らめかせると、
隣の部屋から、足音と声がした。
「メト? いまの……聞こえたよね?」
ナエリアが怯えた声で言った。
彼女の長耳が、微かに震えている。
「うん。……上の方からだ。」
「なんだったんだろう……落雷?」
ジニアも出てきて、眠そうな顔のまま額を押さえた。
「いや……雷なら、もっと響くはずだ。」
三人で顔を見合わせる。
宿の廊下は薄暗く、火球の灯りだけが頼りだ。
空気が、やけに重たい。
まるで“何か”がこの空間に潜んでいるような圧迫感。
「……上から、したよな?」
俺が言うと、二人が同時に頷いた。
階段の先――
上階へ続く木の段が、きしむ音を立てている。
誰も上がっていないのに。
(……誰か、いる。)
喉が乾く。
だが、逃げるという選択肢はなかった。
この状況を放っておけるほど、俺たちは無関係じゃない。
「よし、僕が確認してくる。」
言葉に出した瞬間、
自分でもわかるほど声が震えていた。
火球を少し大きくする。
階段を照らすと、木の壁に黒い影が走った。
「……っ!」
足を一歩踏み出す。
階段が“みしっ”と鳴る。
その音が、夜の静寂に異様なほど響いた。
背後でナエリアが小さくつぶやく。
「気をつけて、メト……」
俺はうなずき、
火球を前方に放った。
光が、二階の廊下を照らす。
そして――
ほんの一瞬、何かの「足」が見えた。
人間よりも少し長く、鱗のような皮膚に覆われた“脚”。
(……なんだ、今のは。)
鼓動が早くなる。
魔術師としての直感が、静かに警鐘を鳴らしていた。
“この宿には、何かが紛れ込んでいる。”
俺は反射的に立ち上がり、即座に“ダブル”を纏った。
体の内部を圧縮するような重圧とともに、気の殻が二層に重なる。
空気が震え、床板が軋む。
(……魔獣か? いや、それにしては気配が違う。冷たい……まるで“生”を感じない。)
階段を上り、廊下を進む。
音はもうしない。
だが、空気が重く淀んでいる。
嫌な感覚だ――まるで空間そのものが見張っているような。
曲がり角を曲がった瞬間、
廊下の先は行き止まりだった。
誰もいない。
(……おかしい。確かに“いた”。)
汗が額を伝う。
(まさか……見間違いか?)
次の瞬間、
“上”から白い影が音もなく降りてきた。
(――ッ!?)
反射的にバックステップ。
火花のように床を蹴る。
目の前の影は、まるで霧のように形を変えながら、こちらを見ていた。
光を反射する白。
人のようで、人ではない。
「何者だ……!」
返答はなかった。
ただ、空気が歪む。
その瞬間、背後に“気配”――
(早い!!)
振り返る間もなく、腹部に激痛。
視界が一瞬で白に塗りつぶされ、
遅れて焼けるような痛みが走った。
「ぐっ……!」
手を伸ばすが、力が入らない。
ダブルの殻が破れ、気が漏れていく。
世界が遠ざかる。
(……こんな……ところで……)
倒れ込む俺の耳に、声が届いた。
「今のままじゃ……魔人王には勝てないよ。」
その声は、男とも女ともつかない――
だが、どこか懐かしい響きだった。
「君にはもっと頑張ってもらわなきゃ……
三輪――圭一く――」
聞き取れない。
最後の音が霞んで、意識が途切れた。
⸻
……そして。
瞼を開けたとき、
見慣れた宿の天井があった。
「……夢か。」
息を吐く。
冷や汗で背中が濡れている。
胸に手を当てると、そこには――
確かに、痛みが残っていた。
「……よかった、じゃないな……」
火球を灯す。
掌が震える。
その震えが、“ただの夢”ではないことを告げていた。
やっと王位継承戦編が終わりました
初めてここまで続けられた気がします。
ここまで見ていただいてありがとうございます!
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