嵐翼、墜つる前に
(鉄を“創る”って、つまり――鉄という元素を“構築”するってことだよな。)
(鉄。原子番号26。陽子が26、中性子が30前後、電子が26……
それを正確に、完璧に配置してやらなきゃ、存在しない。)
(電子配置は……1s² 2s² 2p⁶ 3s² 3p⁶ 4s² 3d⁶。
中心から外へ、層を築くように安定していく。
まるで魔術陣だ……魔力層を何重にも重ねた、完璧な“式”。)
手の中で練り上げた魔力が、次第に金属特有の重みを帯びていく。
淡い赤光が脈動し、形が定まると同時に、熱がすっと引いた。
(よし……できた。)
掌の上には、薄く光を反射する一本の刀身――
黒鉄のように深く、それでいて月光のように静かな輝きを放っていた。
「鉄魔法――《ソード》」
息を吐きながら呟いたその瞬間、刀身が“キィン”と鳴いた。
魔力の共鳴。完全な生成成功だ。
「メトルナーサ、作戦通りに行く。」
ウィングの声が風を切るように届く。
構えた彼の姿は、まるで風そのもの。
「了解。」
俺は頷き、ウィングの翼に手を伸ばした。
掌から風の魔力を流し込む。羽根一枚一枚が共鳴し、光を帯びていく。
「――付与、完了。」
ウィングが一歩踏み込み、翼を扇ぐ。
次の瞬間、世界が唸った。
「――“嵐翼”!」
暴風が弾け、空気が爆裂する。
巻き上がった砂塵の中から、巨大な竜巻が生まれ、トゥワロへと直進した。
空気の層がねじ切られ、周囲の岩肌が抉られていく。
しかしトゥワロは動かない。
ただ黒い靄を纏い、その中心でじっと竜巻を受け止めていた。
やがて――風が止む。
視界が晴れた時、トゥワロは無傷で立っていた。
「……だが、情報通りだ。距離を取れば、通る。」
(断魔の領域は近距離のみ――なら、間合いを変えながら探る!)
「ウィング、近づけ!」
「了解!!」
ウィングの翼が閃く。
風を切る音が一拍遅れて響くほどの速度。
「――《風切の太刀》!!」
閃光が交差する。
だが、トゥワロはその全てを“受けた”。
黒の剣がほとんど見えぬ速さでウィングの斬撃を弾き返している。
(速い……ウィングの太刀筋を完全に“読んで”やがる!)
俺は背後に回り、タイミングを合わせて踏み込む。
「――今だ!」
ウィングの一閃と同時に、トゥワロの胴がわずかに開く。
そこを狙って、俺は鉄の刀を突き出した。
だが、その瞬間。
「……遅い。」
足が閃いた。
蹴りが頭を貫くように入り、視界が白く弾ける。
俺の身体は数メートル吹き飛び、地面を転がった。
「ぐっ……そ……いくら“ダブル”でも……痛ぇな……!」
咳き込みながら立ち上がると、既にウィングとヤムルが連携していた。
ウィングが空中から斬りかかり、ヤムルが地上から槍のように突進する。
だが、その全てが見切られる。
黒い剣が“最短距離”で軌道を潰していた。
「はぁ……はぁ……化け物かよ……」
ウィングが息を荒げながら呟く。
俺は彼と視線を交わした。
(――合図だ。)
ウィングが頷き、一気に上昇。
風が逆巻き、彼の翼が光を帯びる。
「《柳流陵》!!」
上昇気流の勢いをそのまま斬撃に変換。
流星のような光がトゥワロへ降り注いだ。
だが、それでも足りない。決定打にならない。
その隙を逃さず、俺は踏み込む。
鉄と爆発の複合魔法――即席の“鉄砲”を形成しようとした瞬間、異変が起きた。
「……っ!? ガチで魔力が練れないだと!?」
魔力が“すり抜ける”ような感覚。
練ろうとしても形にならない。まるで粘土が急に水になったようだ。
(これが……“断魔”の領域……!)
その間にウィングが弾かれ、ヤムルもまた地面に叩きつけられた。
トゥワロがゆっくりとこちらを見る。
包帯の奥で、確かに笑った。
「お前……魔術師か?」
「そうですが……だからどうしたんですか?」
「厄介だ。――先に潰そう。」
黒剣を鞘に納め、静かに構える。
その姿勢、見覚えがある。ウィングが使う“風切の太刀”の構えだった。
「……“風切の太刀”……だと……!?」
次の瞬間、世界が切り裂かれた。
風圧が頬を裂き、視界が追いつかない。
ウィングですら防げない速度。まるで瞬間移動のようだった。
斬られる――そう思った瞬間。
「メトルナーサッ!!」
ウィングが飛び込み、剣で受け止めた。
二つの刃がぶつかり合い、火花が弾ける。
「魔法を放てる領域を――見極めろッ!!」
ウィングが怒鳴る。
だが次の瞬間、彼の剣がへし折られた。
黒の剣がウィングの首元に突きつけられる。
「恐らくお前たちが……ルシエルの最高戦力だな。
お前らを倒せば……後は容易い。」
静寂。
戦場の音が消え、ただ心臓の鼓動だけが響く。
(まずい……時間を稼がなきゃ。ウィングが斬られる!)
必死に考える。
トゥワロの言葉。動き。癖。
わずかな会話の中に、ヒントはあるはずだ。
(“魔術師は厄介”……つまり、魔術を恐れている。
なら、断魔の範囲外では通る――!)
トゥワロが剣を振り上げた。
その瞬間、俺は上空に両手を掲げ、叫ぶ。
「――鉄魔法、《ランス・フォール》!!!」
空中に無数の鉄球が生成される。
それらが落下する軌道を描き、黒包帯の男を狙う。
トゥワロが顔を上げ、わずかに笑った。
「……気づきやがったか。」
鉄球をいなす間にウィングは素早く体勢を立て直し、空中を滑るように回避した。黒包帯の男――トゥワロは、俺たちの小細工にほとんど動揺を見せない。だが、ウィングの動きは確かに外堀を埋めた。
「やっと範囲がわかったのか」ウィングが短く言う。
俺は首を振る。胸の中の解析はまだ粗い。目視で捉えたデータと、魔力の“感触”を照らし合わせて頭の中で組み立てていく。
「恐らく平面的に見れば――予測だけど、直径は五十メートル前後だ。俺の通常魔術じゃ、その内側に直接練り込めない」
ウィングの眉が寄る。「なら、どうする」
「範囲外で完全に魔術を構築して、それを“運搬”して領域内に投下する。勢いを殺さないように、重力を利用する」俺の声は冷静だが、身体の芯は熱く疼いている。ジニアの解析と先生の助言が、今ここで結びつく瞬間だった。
トゥワロの断魔――断つ、という名の通り、領域内での魔力の『練成』と『発散』を自動的に阻害する。だが、領域外で確立した魔術そのものを持ち込むことはできる。これがジニアが指摘した“抜け道”だ。
「俺は少し魔力を練る。――最高火力をぶつける。協力してくれ」
ウィングが軽く頷く。ヤムルの顔つきにも意思が宿った。全員が一瞬だけ、呼吸を合わせるように静かにうなずいた。
空気が張り詰める。俺は視界を上に向け、限界ギリギリの魔力量を一点に集め始める。構築は“遠隔”で行う。領域外の遥か上空、トゥワロの領域の外縁――そこに“質量”としての魔術を作る。イメージは隕石だ。単なる岩でも、魔力で圧縮し、運動エネルギーを与えれば破壊力は天と地ほど違う。
(重力場を局所的に操作して、作った“岩”を一気に落とす。落下する運動エネルギーを魔力でさらに圧縮して爆発的な打撃に変換する――隕石衝突の原理だ)
掌の中で魔力が渦を成す。赤黒い光の渦が形成され、次第に“塊”としての質感を帯びてくる。表面は冷たく、内部は圧力と熱の潜在を孕んでいる。これをただ落とすだけでは足りない――俺は重力のイメージを“付与”する。周囲の空気を一点へ引き寄せ、圧力場を作る。魔力で作った“容器”に対象を閉じ込め、落下加速を付与する。
ウィングが上空で風を纏い、軌道を調整する。ヤムルは前衛でトゥワロの注意を引きつけ続ける。全てが同時に動く。
「俺が風で軌道を安定させる。メトは“着弾”の瞬間に魔力の位相を切り替えろ。爆心化――分子レベルでエネルギー変換させるんだ」
合図はウィングの翼の一振り。俺は深く息を吸った。遠くの空が、ほんの僅かに歪むのを感じる。作った“隕石”が、重力の渦に呑まれて加速を始める――まさに落下体そのものだ。
だが、心の片隅に警戒が残る。断魔の領域が“移動する物体”にどう反応するかは未知数だ。もし途中で魔術が干渉されれば、失敗は即ち全員の命取りになる。
(成功させる……だって、これが唯一の突破口なんだ)
俺は魔力の位相を緻密に調整し、着弾瞬間の“変換”を脳裏に組み立てる。隕石が下界の空気を蹴って加速する――それはもう魔法というより物理の暴力だ。落ちてくる質量が、十トン、百トンに相当する運動エネルギーを持って――その一点に俺の魔術が火を噴く。
ウィングの声が背中で炸裂した。「いくぞ!」
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