戦火に交わる二つの翼
「……あのカリウスが、やられたか。」
第一部隊の隊長が重い声で言った。
その一言が、まるで刃のように場の空気を切り裂いた。
「……隊長。ヒンテ軍に、そんな強い奴がいたんですか?」
隊長は険しい顔のまま、ゆっくりと首を振る。
「いないはずだ。
だが、ルシエル様の弟君――ヒンテは顔が広い。
“外”に助けを求めたのだろう。」
外。
つまり――異種の戦力。
(まさか……魔人族?)
胸の奥がざわつく。
カリウスの命を奪ったのが、ただの剣士や兵士であるはずがない。
あの人を殺せるのは、ウィングクラスか、それ以上の“怪物”だ。
⸻
夜になり、作戦会議が始まった。
天幕の中、中央に広げられた光の地図。
浮かび上がる王都の輪郭が、戦場の全てを示していた。
ルシエルの声が低く響く。
「情報によれば、ヒンテは王都の中心に陣を構えている。
第一・第二・第三部隊は、正面から突入する。
――ウィング隊は、カリウスを討った敵に備えろ。」
ウィング隊。
俺、ナエリア、ジニア、そして数名の天人族精鋭。
つまり、“特攻部隊”だ。
「これにて会議を終える。各自、戦闘に備えろ。」
ルシエルが最後の言葉を言い終えようとした、その瞬間――
サイレンが鳴り響いた。
天幕が揺れ、兵たちのざわめきが広がる。
「敵襲! 敵襲です!!」
「ヤムル軍が――ヤムル軍が攻めてきました!!」
一瞬、誰も言葉を発せなかった。
「……は?」
ウィングが目を見開く。
「ヤムル軍は壊滅したはずだろう!」
だが外から聞こえる羽音は確かに“味方ではない”。
ルシエルが剣を取る。
「ウィング隊、俺について来い。他は持ち場を守れ!」
⸻
外に出た瞬間、空気が変わった。
夜風が血と煙の匂いを運んでくる。
薄暗い月明かりの下、ふらつく影が一つ。
その中心に――ヤムルがいた。
血で染まった鎧。
翼には裂傷。
背後には、立っているのがやっとの兵が数人。
「兄上……何の御用で?」
ルシエルが問いかける。
ヤムルは顔を上げず、かすれた声で答えた。
「……ルシエル、俺は……戦う気はない。」
その瞬間、ウィングが剣を構えた。
緊張が走る。
「ウィング、下がれ。」
ルシエルが手で制す。
ヤムルは膝をつき、静かに頭を下げた。
その姿は“敗者”ではなく、“何かを失った男”だった。
「軍隊は……壊滅した。
カリウスも……あいつも死んだ。
あいつは、命を賭けて俺たちを守ってくれた。
でも……幼馴染だったんだ。
あいつの仇を討ちたい。」
声が震える。
喉の奥から漏れるのは、誇りではなく“痛み”だった。
「ルシエル……今まで敵として戦ってきた。
だが、もう戦う意味も理由もない。
俺はこの“王位継承戦”を降りる。」
彼はさらに深く頭を下げた。
「俺たちを、お前のもとに置いてくれ。
そして……“トゥワロ”を討たせてくれ。
カリウスの仇を――どうか……」
顔を上げたヤムルの目には涙が光っていた。
その目に嘘はない。
(……これが、兄弟か。)
俺は息を呑む。
戦場では何百の兵の死を見ても動じないはずのウィングでさえ、
この時だけは目を伏せていた。
静寂の中、ルシエルがゆっくりと歩み出る。
その姿は“王”ではなく、“弟”だった。
「兄上……顔を上げてください。」
静かに言う。
「どのみち、俺たちはヒンテと戦わねばなりません。
助けが増えるのなら、断る理由などありません。」
そのまま、手を差し出す。
ヤムルが顔を上げる。
「さぁ……立ち上がってください。兄上。
あなたは戦場で散るような人ではない。」
ヤムルはその手を掴んだ。
その瞬間、張り詰めていた何かがほどけるように、
大粒の涙が地面に落ちた。
「……ありがとう、ルシエル……
お前は……本当に強くなったな……」
ルシエルが微笑む。
「強くなったのは、お互い様ですよ。」
その場にいた誰もが、言葉を失っていた。
敵味方の区別が溶け、ただ“血の繋がり”だけが残る。
夜風が吹く。
焼けた鉄と血の匂いを運びながらも、
その空気には確かに“希望”が混じっていた。
⸻
こうして、兄弟は敵ではなくなった。
ルシエル陣営に、かつての王子ヤムルが加わる。
彼らの共通の敵――黒包帯の怪物。
その名が、次なる戦場の合図だった。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
面白かったら★評価・ブックマークで応援してもらえると励みになります!




