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初夜を迎えて

「本当に……あれを聞いた後でこれを言うのは不本意なんだが……」

申し訳なさそうな顔を隠そうともせず、言いにくそうな口調も隠そうとせず、アシュフォードは言葉を紡ぐ。

同性婚は建前上『白い結婚』だが、無理矢理に傍に置いたという事実を家人に見せねばならないのだと。

「それで共寝を、と」

「うむ……」

贅を尽くした天蓋付きの大きなベッドだ。

2人が筋骨隆々の大男だったとしても、並んで寝るのに問題はないだろう。

しかし相手は10歳も年下の青年で、18歳で成人とされるこの国ではまだ未成年である。

しかも出会って3日。

更に言うなら未遂とは言え性的虐待に等しい不快な欲望を向けられていた。

「せめて眠りの魔法をかけようか」

アシュフォードの提案に、シルヴァールはぱちぱちと瞬きをした。

「寝付きは良い方です」

「だが不愉快だろう」

「……は?」

低く聞き返す声には妙に迫力があって、アシュフォードは慌てて取り繕う。

「ああ!寝ているキミに無体を働こうなどとは思ってない」

「起きてる時にしてください」

そのシルヴァールの言葉は余りにも微かで、アシュフォードには届かなかった。

「え?……あ、そうか。俺自身にかければキミも安心できるんじゃないか!」

名案だとでも言いたげに弾んだ声を、無理矢理に連れて来られた花嫁は無慈悲に切り捨てた。

「いえ、そのような気遣いは不要です。正式に婚姻を結んだ旦那様なのですから」

旦那様、と使用人達もアシュフォードをそう呼ぶ。

しかしシルヴァールの言葉は明らかに別な響きで、そういえば彼は伯爵家の応接室で出会った時から自分の顔をちゃんと見ていたな、と気が付いた。

本人が余りにも美しすぎるから、彼にしてみれば並も下もあまり変わらないのかもしれない。

「……なんというか。すまん」

不埒なエピソードから守ってやりたいと言いながら、自分も同じ事をしている。

罪悪感と、シルヴァールのまっすぐな瞳が、更に胃を痛くする。

「俺を眠らせようとした謝罪なら受け取ります」

「強く聡明なキミを縛り利用する事への謝罪を」

「不要です」

「いや、それでも」

「ふ・よ・う・で・す」

不満げな顔のアシュフォードに、怖い笑顔を向けるシルヴァール。

「ならば俺は旦那様がお眠りになるまで男の矜持と純潔を守ってくださった事へお礼を申し上げましょうか」

「やめて」

「お茶をご馳走様でした。大変美味しかったですよ」

「そちらの、礼は、受け取ります」

ぎこちない言葉を返すが、やっぱり主人公には勝てそうになかった。

「旦那様の手ずからのお茶をいただけるなど、俺は幸せな花嫁になれそうです」

シルヴァールは不意にアシュフォードの手を取り、その手の甲に恭しく唇を寄せた。

きゃあと貴婦人のような悲鳴を上げそうになって、アシュフォードは口元を押さえる。

今度は何とか阻止できた。

「なんか……今……貴婦人のときめきを学んだ気がする……」

「奇遇ですね、俺もです」

シルヴァールも酷く真面目な顔をして頷くものだから、アシュフォードは声を上げて笑った。


「それでは旦那様、金で買った花嫁を無理矢理抱いたという痕跡を残してくださいませ」

「こ、痕跡!?」

シルヴァールの口から出るのはアシュフォードが想定すらもしていなかった事だった。

「キスマークでも、殴打の跡でも。ああ、縄で縛ってくださっても結構ですよ。さあ、どうぞ存分に」

「未成年がそういう事言わないぃぃぃぃ!!」

「ではどこか目立たぬ所を切ってシーツに血を垂らしておきましょう。俺は女ではありませんが所謂処女ですし、余程丁寧にしなければ怪我を伴うものらしいので」

「切るってどこをぉぉ!?なにをぉぉ!?」

「そうですね。服で目立たぬ場所を……脇腹や腿辺りが良いかと」

「どっちも怪我したらダメなところだろ!!」

「旦那様、そんな大袈裟な。軽くナイフを滑らせる程度ですよ」

ふふふ、と口元を手の甲で隠すような仕草でシルヴァールは笑った。ホンモノの悪役公爵ならばそれくらいするだろう。

去勢されることに比べたら、薄い切り傷くらいはなんでもない。

シルヴァールは本気でそう思っていたのだけど。

「シルヴァールくん、ちょっとソコに座りなさい」

アシュフォードは温度の無い笑顔でベッドを指さした。

「はい」

言われるままにベッドに座り、アシュフォードを見上げる。


妖精のように美しい青年が質素な夜着を身に纏い、豪奢なベッドにいるのは、なんだか現実的ではなくて、淫らな夢を見ているかのようだ。

それなのに、アシュフォードの次の行動は、シルヴァールへの説教だった。

そんな事を軽々しく言うなとか、まずは自分を大切にしろとか、とても『悪役公爵』の言葉とは思えない。


その説教は明け方まで続き、疲れ果てた2人はそのまま同じベッドに眠った。

翌朝、普段の時間を大分過ぎても起きてこないアシュフォードを心配したヴィクトールが主寝室を覗いたが、吹き出しそうになるのを必死に堪えねばならなかった。

アシュフォードはシルヴァールの華奢な肩を抱き寄せ、所謂腕枕をして眠っていたのだ。

金で買われ、無理矢理に連れて来られた花嫁であるはずなのに、シルヴァールもまた安心しきったようにその腕に頭を預けている。

2人にとって初夜であったが同性同士であるし、そういう事には至らなかったのかもしれない。

ネルベルク公爵の座に着いてから、アシュフォードはずっと忙しかった。

寝不足の様子など欠片も見せなかったが、明らかに睡眠は足りてない筈だ。

それが、花嫁を腕に抱いてこんなにも無防備に眠っている。


なんだよ。結局は好いた結婚か。


幼馴染みの義兄弟が水臭いと思いながらも、ヴィクトールは2人を起こさないようにそっと部屋を出て、使用人達に呼び出しがあるまで主寝室には誰も近付けないように命じた。

先に目覚めたアシュフォードが、昨夜聞いたシルヴァールの願いを叶えるべく朝食を部屋に運ばせた。

朝食とは思えぬほどの豊富な食事の様々な美味しそうな香りに、花嫁が目を覚ますまでもう少し。


夫と食事を共にしたいという、新婚の妻のなんともささやかな願いを早速叶えただけなのに、アシュフォードがシルヴァールを寝室に軟禁したという噂が使用人達の間で瞬く間に広まった。


それはヴィクトールの根回しなのか、世に言う物語の強制力というやつか。

それはアシュフォードの願った通りだったのだけど。

シルヴァールの白磁のような滑らかな肌を傷付けずに済んでほっとしているのだけど。


「解せぬ」


アシュフォードは思わずぼやいた。

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