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買われた花嫁のささやかな願い。

原作に書かれてなかった設定がヤバすぎる。


「旦那様は十分すぎる『良き夫』です。どうぞ俺を利用なさって」

美味しいお茶も頂けましたし、と、もう一口飲む。

束の間カップに隠れたその美しすぎる顔の裏に、どれほどの思いを隠しているのか。

「不細工な俺がいうのも何だが、綺麗すぎるというのも厄介なんだなあ……」

思わず溜息が零れた。

妖精の生まれ変わりと謳われ、どれほど周囲から愛されていたのかと思えば、向けられていたのは欲と劣情で、去勢だとか身内からの強姦だとかに怯えて過ごさねばならなかったとは。

「不細工……?」

「すまんがそこは耐えてくれ。美人は3日で慣れると言うが、不細工も3ヶ月もすれば多少は慣れるだろう。それ以外ではキミには不自由させんようにするから」

シルヴァールの手の中のカップが僅かに軋んだのにも、アシュフォードは気付かなかった。

「それで、俺はどうすれば」

カップをソーサーに戻し、シルヴァールは訊ねた。

「悪役公爵に無理矢理娶られた憐れな契約花嫁を演じて欲しい」

「悪役公爵」

「ああ、俺が便宜上そう呼んでるんだが」

アシュフォードは説明する。

不細工で悪辣な、兄の事故に乗じて公爵家当主の座を奪った男。

自分はそれにならねばならないと。

「恐らくキミには同情と、それ以上に好奇の目が集まると思う。だいぶ居心地の悪い思いをするだろう」

そう言いながら、空になったシルヴァールのカップにアシュフォードは新しいお茶を注ぐ。

無意識だろう旦那様の行動に、シルヴァールは目を細めた。

「ふふ、好奇の視線にも好色な視線にも値踏みの視線にもなれておりますので」

小さく笑ってシルヴァールは2杯目も変わらず美味しい紅茶を口に運ぶ。

さすが主人公、仕草一つとっても美しいな、とアシュフォードはどうでも良い事を考えながらシルヴァールを眺めた。

「なんというか……キミは思ったよりも強いんだな」

原作の主人公シルヴァール・ネルはもう少し儚げな人物像だった気がする。

悪役公爵に買われるシーンから始まった原作には書かれていなかったが、目の前の彼のように、実家では居心地の悪い思いをしていたのかもしれない。

(最大限に言葉を濁したのはアシュフォードがどちらも生理的に受け付けなかったからである)

「したたかにならねば生きていけぬと、昔恩人より教わったのです」

「ほう、それは至言だ」

「多少は、旦那様のお役に立てるかと」

申し訳なさそうにシルヴァールに頭を下げるアシュフォード。

原作に沿わねばならないとはいえ、本当ならあんな素っ気ない婚姻式を行う前にこうして頭を下げて、自分の馬鹿げた行動なんかに心を痛めないようにと言い含めておきたかった。

「本当なら何も知らせずに過ごして貰おうと思ってたんだが。すまんな。……ただ、俺は少し気が楽になった」

思わず本音が零れた。

慌てて口を手で覆うが、一度放たれた言葉はなかったことには出来なかったし、シルヴァールはその言葉を丁寧に拾い上げる。

「悪役公爵は、ご無理をしておいでですか」

諦めて、アシュフォードは肩を竦める。

出会って3日のしかも10も年下の青年に、どうにも情けない所を晒しすぎだと自分を叱咤するが、もはや取り繕っても無駄な気もするのだった。

「……元来小心者でなあ。はっきり言って向いてない」

幼馴染みで、義理の兄弟で、信頼できる人物だと知っている、従僕兼護衛のヴィクトールにさえ言った事の無い本音がするりと零れるのは、きっとシルヴァールの聖なる使徒のような、主人公の慈愛の気配のせいだ。

「俺と2人の時は、どうぞ素のままで」

「キミを無理矢理連れてきた男だぞ」

もう、この露悪的な返しは滑稽かもしれない。

「去勢と強姦から救ってくださいました」

「地獄ぅ……」

身震いするアシュフォードに向かって、シルヴァールは美しく微笑む。

「公爵家の名を汚さねば、何をして良いと仰いましたね。我が儘を言っても?」

「ああ、かまわん。宝石でも、ドレスでも……失礼、キミにドレスは不要か」

「着ろと仰っていただければ。誰よりも美しくなってご覧に入れます」

シルヴァール程の美貌で言われると誇張でも傲慢でも無い、単なる事実に聞こえるから不思議なものだ。

「男に女性の装いをさせる趣味はないが」

「無理矢理連れてきた男の花嫁に女性の華やかなドレスを着せて連れ歩けば『悪役公爵』の悪評も広まりましょう」

アシュフォードが考えつきもしなかった『悪役公爵の悪役部分』にぎょっとする。

「ぬ、いや、しかし……」

シルヴァールは何でも無い事のように笑うのだ。

「旦那様、利用なさいませ」

寧ろ、悪戯をする子供のように楽しそうですらある。

立場は公爵家当主と貧乏伯爵家の三男とはいえ、シルヴァールは物語の主人公である。

サブキャラである自分に、勝てるはずがない。

「……俺は初夜から嫁に尻に敷かれるようだな。まあ俺には過ぎた若く美しい嫁だ。仕方ない。で、我が儘というのは何を聞いてやれば良いんだ?」

打って変わった真剣な表情。

「どうか、俺と日々の食事を共に」

思いがけない申し出に、今宵何度目かも分からぬ驚きの声を上げてしまった。

「は?こんな男とか!?」

誰もが陰で嘲笑う容姿だ。

この誰もが美しい物語の世界で、自分だけが典型的な日本人顔なのだから仕方ない。

自分の膝の上にあった手をシルヴァールに両手で握られて、アシュフォードは口をパクパクさせる。

「『どんな男』でも旦那様でございましょう。俺は幼い頃から家のための商品で、こう見えて団らんの食卓に憧れがあるのです」


家のための商品。


あってはならない言葉だ。

それはこの世界では何も珍しくない言葉であったが、アシュフォードにはどうしても許容できなかった。

だからこそ、美しすぎるが故に彼の意思など顧みず主人公を求める無作法な男達による無体からシルヴァールを守ってやりたいと思ったのだ。

「はあ……こう見えて、とは思わんが」

ここ不本意に花嫁にさせられた青年の望むままにしてやろう、とアシュフォードは息を吐いた。

「キミは物好きなんだな。そんな綺麗な顔を前に俺の方が緊張しそうだ」

「どうぞ3日で俺に慣れてください」

そういうシルヴァールの輝くような美貌には、3日程度では到底慣れそうに無いな、とアシュフォードは真顔で答えた。


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