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即バレした演技

悪役公爵の演技が半日で破綻してしまい、アシュフォードは酷く動揺した。

逆にシルヴァールは少し驚いたようだが、すぐに契約の夫に向かって美しく微笑む。

その笑みの意味はアシュフォードには分からなかったが、とりあえず花嫁を寝室に入れ、廊下に人の気配が無いのを確かめて扉を閉じる。

それから、ソファに座るように促した。

「使用人に覚悟しておけと言われましたが、この事だったのでしょうか」

シルヴァールのどこか無邪気な問いに、頭を抱えてアシュフォードは呻く。

それからはたと顔を上げた。

「いや、使用人は知らん筈だ。……それは誰に言われた?」

「ジャネットという赤毛のメイドに」

シルヴァールの世話をするようにと命じたメイドだ。

「……あー」

くすんだグレージュの髪に手を入れくしゃくしゃと掻き回す。

ジャネットは主人であるアシュフォードにも分かるほどに、面白くなさそうにしていた。

しかし彼女で無ければならなかったのだ。


物語を進めるために。


「さっき玄関にいた使用人達は俺がここにいるのが気に食わないんだ。彼等は兄上を慕っていたから」

こことは、公爵家当主のための寝室の事だろう。

或いは、この屋敷の全ての場所か。

すっとシルヴァールの目が細まったのには気付かずアシュフォードは続ける。

「ジークフリードが継ぐべき爵位を、俺が横から奪ったからな」

ジークフリード・ネルベルクは先代当主の一人息子で、御者も従者も護衛すらも死亡した大事故の唯一の生存者だ。

末端貴族の、更に三男であるシルヴァールでさえその名を知っていた。

「俺が事情をお伺いしても、よろしいのですか」

「へえ、キミは俺と言うんだな」

妖精の生まれ変わりと謳われるが、アシュフォードに彼はもっと別のものに思えた。

男性にも女性にも見える、まるで聖なる使徒のような面立ちの青年の強調された男っぽさにアシュフォードは軽く目を瞠る。

「ご不快でしたらすぐに改めます」

少しだけばつが悪そうな顔をしたのに、アシュフォードは思わず笑ってしまった。

「ああ、いいよ。対外的な場で無ければ好きにしていい。そもそも俺の方が問題有りだ。ああ、事情だったな」

それから、テーブルのティーセットで2人分のお茶を用意をし始める。

あんなに素っ気ない態度で婚姻式を行った新郎の思いがけない姿に、花嫁は再び目を丸くした。

「旦那様自らお茶を……!?」

貴族ならば当然の驚きだろう。

目を丸くしても綺麗なんだなあ、と関係ない事を考える。

「2年前まで俺はいらんスペアでな。大概の事は自分でするさ」

次男は余程の事が無ければ家を継ぐ事は出来ない。

しかし後継者に何かあった時のために日の目を見る事の無いまま教育だけは施される。

まさか、この国最大の権勢を誇るネルベルク公爵家で、次男とは言え貴族男性が自らお茶を淹れるなんて。


主人の身の回りの世話もしないで、あの玄関にずらりと並んだ使用人達は一体何をしているのだろう。


「まあ、心配しなくても味はなかなかのものだよ。義姉様にも褒められた」

ほんの少し遠くをみるような視線。

すぐにシルヴァールに向き直り、アシュフォードはティーカップを差し出した。

金と銀で縁取られた、装飾は質素ながら完璧な形の美しいカップだった。


デザインが質素過ぎるが故に華美を好むビルネ王国の貴族には見向きもされなかった品物だが、アシュフォードが一目見て気に入り、それを作っていた閉業寸前の小さな工房を買い上げた。

そして隣国に売り込んだところ飾り気の無い美しさで人気を博し、今では領内で1、2を争う大工房に成長した。

当時、アシュフォードは15歳。

表向きは先代公爵クリスフォードの功績となっている。


シルヴァールは貧乏伯爵の三男だとは到底思えぬ美しい所作でカップを傾けた。

とても香りが良く、渋みの無い、金色がかったルビー色の美しい紅茶だ。

当然、これは当主用の最上級の茶葉を使用しているのだろうけど、シルヴァール付きのメイドの淹れたお茶はぬるくて渋かった。

「とても美味しいです」

そっとシルヴァールが囁くと、アシュフォードは目を細めて頷いた。

笑うと、実年齢より随分と若く見える。

自分の分のお茶も淹れて、シルヴァールの隣に座った。

シルヴァールは少し驚いた顔をしたが、アシュフォードはそれに気付かず話を始める。

「あれを見られて悪辣公爵を続けるほど俺の心は強くないんでね。申し訳ないがキミにも茶番に付き合って貰う」

「茶番」

聞き返したシルヴァールに、アシュフォードは悪辣公爵と周囲に言われる冷たい顔を向けた。

今はもうすでに『作っている顔』だとバレてしまったのだが。

「俺はキミの家族から金でキミを買った。そして今後大いに利用させて貰う」

シルヴァールは即答した。

「それは構いません」

儚げな雰囲気にそぐわないきっぱりとした口調だった。

「ほう」

「俺は三男で家にとって何の役にも立たない穀潰しです。本当ならすぐに家から出されてどこかで働き始めねばなりませんでした。でも、俺はこんな顔だった」

美しい指先が、美しい頬を撫でる。

今にも爪を立てて自らの頬を引き裂きそうで、アシュフォードの背中にぞくりと悪寒が這った。

「俺を嫁として買う予定だった男爵をご存知で?」

「……良い噂は聞かないな」

最大限に言葉を濁した返答に、シルヴァールは美しい微笑を浮かべる。先程アシュフォードに向けた笑みとは全く異なる、温度の無い微笑だった。

「見目の良い男を無理矢理去勢して女扱いして愛でる変態ですよ」

「ヒェッ」

想像を遙かに超えた単語が美しい唇から飛び出してきて、アシュフォードは文字通り飛び上がった。

「家に婚姻の申し込みに来た時、どんな風に俺のモノを切り落として、どんな美しい淑女のドレスを着せようか、花や蝶をあしらったアクセサリーの宝石は何がいいか、散々聞かせていきました。旦那様は俺を去勢なさいますか?」

「はぁ!?するわけないだろ!男の子の大事な相棒だぞ!?」

当然のようにアシュフォードは憤る。

そう、彼にとっては当然の事だった。

如何なる身分であっても、人は人として尊重されるべきなのだ。

前世から魂に染みついた『日本人の倫理観』は、時に貴族の常識や慣例がどうしても受け入れられなかった。

貴族として出来損ないだと親や家庭教師がアシュフォードを詰るのは、当然なのだ。

兄夫婦がアシュフォードのありのままを愛してくれたのが、奇跡なだけで。

「それに、変態男爵の去勢を免れたとしても、家にいる限り兄達に犯されるのも時間の問題でしたし」

「待って、軽く地獄放り込んでくるのヤメテ」

続いた言葉に、アシュフォードは頭を抱えた。




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