第3話 ありすちゃん、連続殺人事件を解決する
どうも、ありすちゃんです。
今日は、ありすちゃんが実際にダンジョンに潜入して事件の犯人を追ってみる回となっております。わー、ぱちぱち。
さて、昨日の情報収集で、ありすちゃんは「雷帝」というB級探索者が今夜、秋葉原ダンジョンの7階層に『ダイアモンドウルフ』という珍しい魔物を探しに行くことを知りました。この「雷帝」という人物、実は雷系のスキルを持っているわけではなく、単に高価な電撃系魔道具を使って若い探索者たちを騙しているようですね。
ありすちゃんは、この手の「自分を誇張する」探索者が狙われているという情報をすでに得ています。この雷帝は、犯人にとっては絶好の獲物でしょう。
ということは、今夜、ありすちゃんが犯人に遭遇できる可能性も十分あるでしょう。
ふふふ、3000万円の懸賞金が、ありすちゃんのお財布に入る日も近そうですねっ。
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夕方、あらかじめ『盗聴』していた集合場所に向かうと、すでに「雷帝」と若い探索者たちが集まっていました。10人ほどの男女で、みな20代前半くらいでしょうか。若い探索者たちは、C級かD級の探索者バッジを腕に着けています。
そういえば、探索者のランク制度について少し説明しておきましょう。探索者は能力や実績によってS級からF級までランク分けされているんです。S級は世界でも数えるほどしかいない伝説的な存在で、A級も日本全体で100人もいないような超一流。B級になるとある程度の数がいて、プロとして尊敬される一流の存在。C級は一般的なプロの探索者で、D級はそれよりやや劣る三年目~五年目レベルといったところ。E級とF級は初心者と非公認探索者ですね。
ちなみにありすちゃんはランクを持っていませんので、F級にあたります。だって、ありすちゃんは探索者ではなく、普通の同人声優に過ぎません。
でも能力的には……うーん、どうでしょう? ありすちゃんのスキル『囁き』は単純な格付けは難しいかもしれませんが、まあ普通のスキルの範疇だと思うので、C級相当といったところでしょうか?
さて。今日のありすちゃんは先日信者さんから頂いた「影の外套」を着て、姿を完全に隠しています。この魔道具、周囲の影に溶け込むという優れものです。B級探索者でも見抜けないくらいの隠密効果があるので、ありすちゃんは安心してグループに近づくことができました。信者の献身に感謝ですねっ!
「雷帝」は相変わらず派手な金色の装備に身を包み、若い探索者たちに囲まれて得意げに話しています。
「今夜は7階層まで降りる。通常、7階層は最低でもC級以上でないと耐えられないとされる危険な所だが、B級冒険者の私がいれば問題ない。我がスキル「雷」があれば、どんな魔物も一撃で倒せる」
ふふふ、嘘つきさんですね。本当は雷系スキルなんて持っていないくせに。
ありすちゃんは『盗聴』の能力を使って、彼らの会話をもっとクリアに聞き取っていきます。
「雷帝さん、本当にダイアモンドウルフが出るんですか? めったに見られないって聞きましたけど」
「ああ、確かな情報筋からの情報だ。私のような上級探索者には、一般人には知り得ない情報が入ってくるのさ。ダイアモンドウルフを狩る事ができれば一財産だ。キミたちも、仲間達に自慢できる実績とお金が手に入るだろう」
なんだかうさんくさい雰囲気をぷんぷんとさせていますね。SNSとかで見かけるような情報商材屋とかに近い雰囲気を感じます。
さて、一行がダンジョン入口に到着すると、警察や自衛隊の警備が厳重に敷かれていました。通常、探索者はライセンスを入口で見せて入場するのですが、今回の事件の影響で、集団でないと入れないという制限がかかっているようです。
「すみません、登録をお願いします」
入口にいる警官が「雷帝」たちの探索者バッジをスキャンしています。ありすちゃんはその隙に、「影の外套」を使って彼らの後ろに忍び込みました。姿を完全に隠せる魔道具って便利ですね。あらためてこれをくれた信者ハムカツさんに感謝の念を送ります。
秋葉原ダンジョンの入口は、駅からそれほど離れていない川沿いにあります。普通の地下道のような入口ですが、一歩踏み入れると、空間が歪んで、別世界に繋がっているんです。
約20年前、世界各地の主要都市に突如として「ダンジョン」と呼ばれる異空間が出現してから、すっかりダンジョンのある世界が日常になりましたね。東京だけでも「渋谷ダンジョン」「新宿ダンジョン」「秋葉原ダンジョン」の3つのダンジョンが存在していますが、こうしてダンジョンに入ってみると、なかなか楽しそうなところに思えてきました。
ダンジョンは基本的に階層構造になっていて、下に行くほど危険な魔物が出現する代わりに、貴重な魔法資源や魔物素材が手に入るらしいですね。
秋葉原ダンジョンは特に電気や音、鉱物に関連する魔物が多いのが特徴です。「サンダーリザード」「サウンドバット」「スチールワーム」など、どことなく秋葉原の電気街をイメージさせるような魔物がたくさん出現します。
ありすちゃんは「影の外套」で姿を隠したまま、「雷帝」グループの後をつけてそんな秋葉原ダンジョンの奥へと進んでいきます。
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秋葉原ダンジョンの内部は、電線や配管が無数に絡み合った工場のような空間です。壁や天井からは微弱な電気が流れ、青白い光を放っています。床は金属製で、足音が反響するため、探索者たちは基本的に静かに行動します。
1階層から3階層までは比較的安全で、初心者探索者の練習場になっています。サンダーリザードやスチールワームといった小型の魔物しか出ないので、F級やE級の探索者でも対処できます。
4階層から6階層は中級者向けで、「サウンドバット」や「ショックフロッグ」など、ある程度の戦闘能力が必要な魔物が出現します。D級やC級の探索者が主役です。
そして7階層以降が上級者向けで、「ライトニングベア」「ソニックグリフィン」などの危険な魔物が出現します。最低でもC級以上とされていますが、実際にはB級以上の探索者でないと厳しい難易度のようです。今回の目的地である7階層は、まさにそんな危険な場所なんですね。
「雷帝」たちのグループは順調に階層を下っていきました。途中、いくつかの魔物と遭遇しましたが、「雷帝」が腰に下げたピカピカ光る剣を振るうと、強力な電撃が放たれて魔物を倒していきます。
「さすが雷帝さん! スキル『雷』、本当にすごいです!」
若い探索者たちが感嘆の声を上げています。
ここで、雷帝さんの心の囁きを聴いてみましょう。
(ふん……この「雷と光の剣」があれば、馬鹿な若者をだますのは簡単だな。うっかりバレないよう、気を付けないと……)
ありすちゃんイヤーの前では、あれが単なる高級魔道具「雷と光の剣」だということがよく分かります。確かに強力な魔道具ではありますが、本物の雷系スキルとは比べ物にならないでしょう。「雷帝」は魔道具の力を自分のスキルだと偽って、若い探索者たちを騙しているわけです。
ありすちゃんは『盗聴』の能力をさらに強めて、「雷帝」の内心を探ります。
(これだけ簡単に魔物を倒せれば、連中も俺を尊敬せざるをえない。今日も高いガイド料をもらえるな。女の子たちの誰かを家に誘えるかもしれない……ぐへへ……)
なるほど、「雷帝」はガイド料をもらって若い探索者たちをダンジョンの深い層に案内しているんですね。自分のスキルを偽っているのは、より高額な報酬を得るためと、相手に尊敬されたいという見栄、そして異性への下心からでしょうか。
まあよくいる小者の範疇ですが、話に聞いた犯人の傾向から、今回の事件のターゲットになる可能性はなかなか高そうです。
グループが6階層を抜けて7階層に到達したとき、異変が起きました。突如として、濃い霧のようなものが周囲を包み込んだんです。
「な、なんだこれは? この階層にこんな霧は出なかったはずだが……」
「雷帝」が動揺した声を上げます。若い探索者たちも不安そうに周囲を見回しています。
「みんな、近くにいろ! はぐれるな!」
しかし、霧はどんどん濃くなり、視界がほとんど効かなくなりました。ありすちゃんも状況が掴めず、グループを見失いそうになります。その瞬間、「雷帝」の声が聞こえました。
「おい、どこだ? みんな、声を出せ!」
「雷帝」の声がありすちゃんの左方向から聞こえます。どうやら霧の中で、彼だけが集団から離れてしまったようです。ありすちゃんは『囁き』の能力を最大限に高めて、音を頼りに「雷帝」の方向へと進みます。
その時、霧の向こうに人影を見つけました。昨日見かけた黒いフードをかぶった人物が、「雷帝」の前に立っています。犯人でしょうか?
ありすちゃんは「影の外套」で身を隠したまま、静かに近づきます。犯人はゆっくりと「雷帝」に向かって歩いていきます。
「お前は……連続殺人事件の犯人か!?」
「雷帝」が恐怖に震える声で叫びます。彼は慌てて腰の「雷と光の剣」を抜き、犯人に向かって電撃を放ちました。しかし、電撃は黒いフードの人物に届く前に、強烈な光りの刃で切り捨てられます。
「偽物の雷で、本物のスキルに勝てるわけがないだろう。そんな事もわからんのか?」
低く歪んだ声で犯人がつぶやきます。その瞬間、「雷帝」の周囲に無数の光の刃が現れました。それは肉眼では捉えられないほど鋭く、一瞬で「雷帝」の首に向かって飛んでいこうとします。
ありすちゃんは咄嗟に、認識を歪ませる意図を持った音波を囁きとして送りました。
(はぁああああ……)
ありすちゃんの発した特殊な呼吸音で集中が乱れたのか、光の刃は逸れ、かろうじて雷帝の髪の毛を切り裂いたにとどまりました。
「なんだ……? 誰かいるな……?」
ありすちゃんの存在に、今の干渉で感づいたようです。
ありすちゃんは、位置がばれる前に敵の能力を特定すべく、心の声の囁きを聴き続けます。
(精神干渉系スキルか……? 雷帝のものではないな……だが、その手のスキルは俺にとってはカモもいいところ……精神干渉スキルの持ち主は、基本的に強い『罪悪感』を持っているから……)
罪悪感? 罪の意識が関連した能力なのでしょうか。ありすちゃんは実験すべく、雷帝に囁きを送ります。
(あなたに罪の意識はない……あなたは一切悪い事をしていない……あなたは正義の化身であり、敵はあなたに何もする事ができない……)
『洗脳』モードで発された囁きで、雷帝の意識を塗りつぶします。雷帝の精神のスペックは低いようで、瞬く間に思い通りになりました。
「偽物の雷などない! わたしは常に正義を行っている! わたしに悪いところなどいっぺんたりともない!」
ちょっぴり頭がおかしくなっている「雷帝」が、突然叫びました。
すると不思議なことに、犯人の男が、なにか焦ったような様子を見せます。
「この短時間で能力を看破するだと……! くそっ、腐ってもB級冒険者かっ!」
犯人の声には戸惑いと焦りが色濃く混じっています。どうやら「雷帝」の言動が、犯人のスキルを致命的に邪魔しているようです。これは重要な情報です。
そのとき、犯人がありすちゃんの方向を向きました。まさか、「影の外套」を着ているのに気づいたのでしょうか?
「なるほど、影の外套か。その外套には欠点がある。お前の精神が発する微弱な魔力波長を隠すことはできない」
見ると、犯人の手にはいつの間にかセンサー系の魔道具と思しきものが握られています。なかなか手ごわそうな犯人です。ありすちゃん、不覚にもわくわくとしてきました。
犯人は、雷帝を無視して、ありすちゃんの方に突進してきます。こちらがより脅威であると判断したのでしょう。
ありすちゃんは『囁き』を使います。
(あなたの目の前には誰もいない……あなたの能力について、雷帝に聴かせて冥土の土産にしてあげましょう……)
しかし、犯人は歩みを止めません。ありすちゃんの『囁き』がうまく効いていないようです。精神干渉か音波を防ぐタイプのスキル、あるいは魔道具を用いていますね。
犯人はフードの下から光るギラギラとした目でありすちゃんを見つめ、そして口を開きます。
「お前は人の心を操るスキル持ちだな……偽りを生む、悪しき力だ。お前の罪を数えろ」
ありすちゃんはここが正念場だな、と覚悟を決めます。この状況、ワクワクしてきますね! ありすちゃんの『囁き』が効きにくい相手との対決、刺激的です!
「ありすちゃんのスキルに抵抗できるのは、どういう手品ですか?」
ありすちゃんは「影の外套」を脱ぎ、犯人の前に姿を現しました。犯人は少し驚いた様子で、ありすちゃんを観察しています。犯人の目に、一瞬どこか好色な色が浮かんだのを見逃しません。どうやらありすちゃんは好みの女の子だったようですね。
(ふん、音が関係していると読んでサイレンスキューブを消費したが、当たりのようだな)
ありすちゃんも、自分のスキルを無効化できる可能性がある魔道具くらいは当然の警戒心として調べています。サイレンスキューブは消費型魔道具で、周辺での音系スキルや魔道具を30秒間無効化する効果を持っています。犯人も、音系攻撃への対処の一環として、所持していたようですね。
「あなたが連続殺人事件の犯人なんですよね。『ちょっきんぱっ』って何ですか? 何の意味があるメッセージなんですか?」
(ふん、罪の化身である男性器を切断しただけだが、その事を教える必要もない。すぐに殺してやろう)
なるほど、実は被害者は全員男性器を切断されていたのですね。警察が公開しなかったのは、なんらかの配慮でしょうか?
犯人は無言のまま、再び光の刃をありすちゃんの周囲に出現させます。空中に浮かぶ無数の刃が、ありすちゃんを取り囲みました。
「人を欺く悪女に、裁きを与えよう」
犯人が『裁き』という言葉を繰り返します。これが彼のスキルを発動させる呪文なのかもしれません。ありすちゃんは冷静に状況を分析します。
「雷帝」の例から推測すると、この犯人のスキルは「罪」あるいは「偽り」などを裁くような能力なのでしょう。「雷帝」は自分の罪がないと宣言した事で、犯人の対象から一時的に外れました。「罪」さえなければ、攻撃を無効化できる可能性がありそうです。
ありすちゃんは『盗聴』の能力を最大限に発揮して、犯人の思考を読み取ろうとします。
(罪の意識……罪の意識さえあれば、このスキル『罪の刃』が断罪する……)
なるほど、犯人のスキルは「罪の刃」か。どうやら罪の意識を攻撃の起点にしているようです。対象が自分の罪や偽りに対して罪悪感を持っていれば、その罪悪感に比例して攻撃が強くなるタイプでしょう。だから「雷帝」が罪の意識を失ったあと、攻撃が止まったのかもしれません。
ですが……
それなら、ありすちゃんには効果はありませんね。
「ば、馬鹿な……」
犯人の『罪の刃』スキルは、すべてありすちゃんを素通りして、明後日の方向に飛んでいき消滅します。
「ふふふ、ありすちゃんには効かないですよ、そのスキル」
ありすちゃんは余裕の表情を見せて宣言します。犯人の驚いた表情が、フードの下からも伝わってきます。
「なぜだ……人を騙し、支配する力を行使してきて、罪の意識がないだと……」
「ありすちゃんは別にだましてませんよ? ただ、この力で信者のみんなを喜ばせているだけですから。だって、信者の人がありすちゃんに支配されたいのは当たり前の事ですよね?」
ありすちゃんは本当に不思議に思いながら言います。犯人はさらに困惑した様子で、もう一度光の刃を集中させようとしますが、効果がありません。
「お前の心に罪の意識が一切ない……そんなはずはない……馬鹿な……」
「よく考えたらありすちゃんに罪の意識なんてかけらもありませんでした。ありすちゃんは、あなたの天敵ですね?」
ありすちゃんは犯人のスキルの正体を完全に理解しました。犯人のスキルは「罪の刃」、対象の罪悪感を鋭利な刃に変換して攻撃する能力。しかし、罪悪感がなければ、刃も生まれないというわけです。
ありすちゃんは一歩、犯人に近づきます。
「あなたのスキルのテーマは『裁き』ですか? それとも『断罪』? ちなみに、ありすちゃんのテーマは『聖女』なんですよ」
犯人は混乱した様子で後ずさります。おそらく、自分のスキルが効かない相手に初めて出会ったのでしょう。
「聖女……」
「聖女として言いましょう。あなたは自分の行いについて、誤解していると思います」
ありすちゃんは優しく微笑んで、犯人にとっておきの『囁き』を届けます。サイレンスキューブの効果はとっくに切れていますが、犯人の精神状態はそれどころではないようです。
(あなたは本当に正義を行っていますか? 罪のない人々を殺すことが正義ですか? あなたの『裁き』は、本当に正しいものなのでしょうか……)
犯人は身震いし、頭を振って抵抗しようとします。しかし、ありすちゃんの『囁き』は少しずつ彼の心に染み込んでいるようです。
「私は……偽りで人を欺く悪党に、正当な裁きを……偽りは、許されていいはずがない……」
(でも、『雷帝』さんは仲のいい若い探索者たちを守るために、自分を強く見せていただけかもしれませんね? あなたが殺した人たちも、それぞれの事情があったはず。偽りのない完璧な人間なんて滅多にいませんよ?)
犯人への『洗脳』がじょじょに進行していきます。
ありすちゃんはさらに『囁き』を強めます。
(あなた自身も、自分の行いに疑問を持っているのでは? 本当に正しいことをしていると、心の底から信じていますか? もしそうなら、あなた自身にも罪悪感があるはず。あなた自身を、あなたのスキルで裁いてみてくださいよ?)
この言葉に、犯人はついに膝をつきました。彼の周囲に、光の刃が現れます。自分自身の罪悪感が、自分を攻撃しようとしているのでしょう。
「私は……間違っていた……だと……」
ありすちゃんは犯人に近づき、やさしく肩に手を置きます。
「大丈夫ですよ。悪いのはあなただけじゃありません。でも、これ以上罪を重ねる必要はありませんよね。ありすちゃんと一緒に警察に行きませんか? 自首すれば、少しは罪が軽くなるかもしれませんよ?」
犯人はゆっくりと顔を上げ、フードを取りました。30代前半くらいの男性で、疲れた表情をしています。
「私は……自首する。もう十分だ」
ありすちゃんは満足げに微笑み、『聖女』として、最後の『囁き』を放ちます。
(あなたはありすちゃんのおかげで罪から救われました。これからは聖女ありすちゃんのために、あなたのすべてを捧げて恩返しをしていきましょう。まず警察には、ありすちゃんが自分を説得して自首させたと伝えてください。3000万円の懸賞金が、ありすちゃんのお財布にきっちり入るよう……)
犯人の目がハッと電撃が走ったように光り、そして穏やかな表情に変わります。
「わ、わ、わ、わかりましたぁあああああああっ! すべてありすちゃんの言う通りにいたしますぅううううううううう!」
これで完璧ですね。ありすちゃんは、すっかり忘れていた「雷帝」の方に意識を向けます。
「俺は正しかった! 俺に罪などみじんも存在しない! 俺こそこの世の正義を体現した男! ふーはっはっはっはー!」
どうやら無事頭がちょっぴりおかしい状態のまま、突っ立っていたようですね。
犯人と雷帝を連れて、ダンジョンから脱出します。途中で迷子になっていた若い探索者たちも合流し、状況を説明。混乱している様子でしたが、ひとまず全員無事にダンジョンを出る事ができました。
*****
警察署に到着したありすちゃんは、こう言いました。
「これ、連続殺人事件の犯人なんですけど、3000万円もらえますか?」
当然、大騒ぎになりました。突然の知らせが瞬く間に広まり、多くの警察官が集まってきます。
「3000万円、もらえるんですよね?」
警察官たちは唖然としていますが、ありすちゃんはニコニコとそう問いかけます。
と、犯人が穏やかな表情で自ら前に出ました。
「私が『連続殺人事件』の犯人です。自首します。ありすちゃんに説得されて、自分の過ちに気づきました。私が間違っていました」
ありすちゃんの『囁き』による洗脳が完璧に効いています。効きすぎているくらいですね。犯人は淡々と自分の犯行を認め、動機とこれまでの経緯を説明します。彼の名前は切原良悟。テーマは『裁き』で、スキルは『罪の刃』。『偽り』に対して並々ならぬ憎しみを持っていて、探索者の中に『偽り』の力でいい顔をしている奴が多すぎる事が許せず、彼らを「裁く」ために殺害を繰り返したとのこと。犯罪心理には詳しくないですが、こういう人は結構いるものなんでしょうか?
さて、切原は自ら詳細な供述書を書き、警察の取り調べにも素直に応じているようです。
ありすちゃんは別室で事情聴取を受けていますが、あまりにも時間がかかるのですっかり飽きてきました。
「あのあの、もう行ってもいいですか? 懸賞金はいつもらえますか?」
ありすちゃんの言葉に、一人の刑事が怪訝な顔をしています。この男は有川修という名前の刑事らしく、非常に鋭い目つきをした、イケメン、あるいはイケオジです。年は20代後半くらいだと思うので、イケオジなんて呼んだら怒られそうですが、ちょっと老け顔というか、人生経験を感じさせる彫りの深さがあります。
「お前。どうやってあの犯人を説得した? 犯行を認めるどころか、お前の事を崇拝するような話ばかりだ」
「普通に話しただけですよ? ありすちゃんはちょっぴり、人とお話するのが得意なんです」
有川刑事はますます疑わしげな表情になります。
「言い方は悪いが、お前に洗脳されてるみたいな状態だ。通常、こんな重大事件の犯人が簡単に自白する事はあり得ない。お前、何か特殊なスキルでも持って……」
ありすちゃんは可愛らしく首を傾げます。
(あなたはありすちゃんのことを怪しんだりしません。ありすちゃんはただの普通の女の子で、犯人をけなげに説得しただけです。早く事情聴取を終えて、ありすちゃんに懸賞金を支払ってあげましょう)
有川刑事の表情が一瞬、ぼんやりとしますが、すぐに元に戻りました。どうやら彼はありすちゃんの『囁き』に対する抵抗力が強いようです。
「今、何かしたな?」
「え? 何もしてませんよ? 早く終わらせたいだけです」
有川刑事は深く息を吸って、ありすちゃんをじっと見つめます。
「今後も捜査に協力してもらうことになるかもしれん。連絡先を教えてくれるな?」
ありすちゃんは仕方なく連絡先を伝え、ようやく解放されました。懸賞金については、正式な手続きを経て後日振り込まれるとのこと。
警察署を出ると、もう深夜でした。ありすちゃんは満足げに伸びをします。
「ふふふ、無事事件解決、ありすちゃん大勝利ですね! 3000万円も手に入るし、とっても楽しい副業でしたっ」
しかし、ふと背後から視線を感じます。振り返ると、有川刑事が遠くから見つめているのが見えました。
(この女、とんでもない奴かもしれんぞ……)
有川刑事の思考を、ありすちゃんはスキル『囁き』で拾います。
うーん、少し面倒な人が現れたのかもしれませんね。
まあでも、なんとかなるか! ありすちゃんは持ち前の楽観性で、有川刑事について考える事をやめました。
家に帰る道すがら、ありすちゃんは今回の事件について考えます。犯人のスキル『罪の刃』は興味深いものでした。対象の罪悪感を攻撃に変えるというのは、『裁き』というテーマをよく表しており、強力なスキルに育ったのも頷けます。ありすちゃんには効きませんでしたが、その辺りはややラッキーだったと言えましょう。
ダンジョンが出現してから約20年、人々の中にスキルが目覚め始め、それが社会に大きな変化をもたらしています。探索者はダンジョンから魔物素材や魔法資源を採取し、それを使って企業の魔道具師が魔道具を作ったり、特殊な技術に応用したりしています。
そんな中、探索者による犯罪も増えています。通常の警察では対処できない『探索者犯罪』が多発し、社会不安を引き起こしているんです。秋葉原ダンジョン連続殺人事件もその一つでした。
ありすちゃんはアパートに戻り、パソコンを開きます。明日の配信タイトルを考えなければなりません。
「ありすちゃん、3000万円を稼いだ件のご報告」
いいタイトルですね。視聴者も増えそうです。配信で事件の詳細を話せば、さらに稼げるかもしれません。もちろん、『囁き』のスキルは秘密にしなければいけないので、話せる内容は限定的になりますが。
ふふふ、ありすちゃんの副業は、思った以上に順調な結末を迎えることができました。これからも、ありすちゃんのスキルを使って世の中の事件を解決していくのもいいかもしれませんね? できれば懸賞金がほしいですがっ。
でも有川刑事のことは少し気になりますね。
ありすちゃんの『囁き』がナチュラルに効きにくい人間というのは、これまであまり出会ったことがありません。そんな珍しいタイプの人間が、ちょうど警察にいるなんて……何かの魔道具ですかね?
まあいいでしょう。なるようになると信じます。
さて、ありすちゃんの冒険はまだ始まったばかり。次はどんな事件に遭遇するでしょうか? 乞うご期待!
つづくっ!