俺に両思いは難しい
「で、どういうことなんだアイス」
冒険者ギルドに併設された酒場はいつものように騒がしく、雑然としていた。
俺はうなずく。
「コスモの能力なんだが」
俺たちは男女三人でパーティーを組んでいる。
俺、ライン、コスモの三人組だ。
三人とも魔法使いだが、俺とラインが魔法戦士、コスモが後衛の援護兼、魔力供給スキルという組み合わせで仕事をしていた。
「なにか問題か」
「その逆なんだ。コスモのスキルはもちろん知ってるよな?」
「魔力供給だろ」
「正確に」
「魔力供給Xだ」
「そう。そのXだ」
魔力供給は、魔法使いに重宝される、一生食いっぱぐれない優良スキルと言われている。
魔法使いが本人の能力以上の魔力を使えるため、冒険だけでなく、机仕事の研究職にも求められるのだ。
しかしコスモの魔力供給にはXという、不良スキルである証だとされる記号がついていた。
魔力供給量が極端に少なく、当たりの中でのハズレスキルと言われている。
「そのXだ。調べ物をしていて見つけたんだがどうやらコスモの場合、✕ではなく、Xというものらしいんだ」
俺は紙に書いた。
「同じじゃないか」
ラインは不思議そうな顔をする。
「これは別の記号らしい。一方は、低レベルを示すもので、もう一方は特殊性を表す記号らしいんだ。もしかしたら希少なものかもしれない」
「それって」
「そうだ。S級冒険者に加わるべき才能かもしれない」
冒険者は大きく、SABCDEでランク分けされている。だが実質Sだけは別枠で、生まれながらの才能で大きく常人を上回っている人間の集まりとされている。
人類の脅威に取り組むべき人材だ。
「図書館で調べたらそういう記述があった。もっと詳しく調べる必要はあるだろうが、程度の低いスキルということはない」
「コスモはなんて言ってるんだ」
「コスモは知らない」
「なに?」
「そこで相談なんだ。コスモに伝えて、どうなると思う?」
「それは……」
ラインも気づいたようだった。
そうなのだ。
単に、お前は貴重な人材だからこのパーティーを抜けろと言ったところで、素直にやめるとは思えない。
「そんなことは気にしない、私はいままで通り一緒にやる、と言うだろうな」
ラインの言葉に俺はうなずく。
「でも、いままでそんなにコスモの凄さを感じたことなかったがなあ」
ラインが首をかしげる。
「それは仕方がないことだろう。体が弱いと言われた人間が、岩を持ち上げたりしょうとするか? 意識の外にあるものに、熱心に取り組む人間はいない」
それに俺たちの意識もそうだ。
あたりまえにあることが、特別だなんて気づかない。
「でもいいのか? コスモが抜けて」
「S級は人類の宝だ。俺たちのパーティーで腐らせるわけにはいかない」
「お前の気持ちはどうなんだ。コスモがいなくなってもいいのか? ずっと一緒だったんだろう?」
俺とコスモは家が隣同士、それから家族同士の付き合いもあり、ほとんど同じ環境で暮らしてきた。
「それが?」
「いや、その、別にいいのかと言う話だが。その、一応、お前とコスモの関係を、正式にその、言ったほうが、関係がはっきりするというか」
なんだか言いにくそうにしている。
「たしかに、コスモは宇宙一可愛いが、だからこそ、適切な舞台で輝かせてやるべきだろう? 可愛さだけでもS級に選ばれていい人材だ。そうだろう?」
ラインが無言でハンカチを差し出した。
なにか? と思ったら、俺は涙を流しているようだった。
気づかなかった。
「悪いな」
「そんなに辛いなら……」
「いやコスモは、最大の活躍をすべきだ。そうだろう?」
「うーん」
「そこで考えたんだ」
「大規模クエスト?」
翌日の昼食、俺たちはやはりギルドの食堂にいた。
コスモは、想像を絶する可愛さでパンを食べる手、を止めた。
「そうだ。魔法使いが100人規模で魔物を討伐するクエストに参加することにした」
「いいんじゃない?」
俺はラインと、ちらっと視線を交わした。
「そこにはS級の、風の魔法騎士団が参加する」
「えっ、すご」
コスモは目を輝かせた。
風の魔法騎士団は5人組で、全員がS級スキルを保有していると言われている。
全員が風属性の魔法使いだが、それは根底にある魔法であり、それを応用して様々な魔法を使う。さらに魔力保有量も群を抜いていて疲れ知らずの魔法使いとしても知られていた。
しかし、そんな彼らにも当然限度はあるだろう。
魔力供給は、どんな魔法使いにも魅力的に映るはずだ。
風の魔法騎士団の最後のピースが、コスモなのではないだろうか。
コスモのスキルの凄さと可愛らしさを彼らに見せつければ、彼らも仲間にせずにはいられないだろう。もしかしたらそのまま結婚し、才能と才能が掛け合わされたとてつもない子供が生まれるかもしれない。
「アイス、どした?」
コスモがハンカチを差し出していた。
俺は涙を流していたようだ。
「いや、ちょっと目にゴミが」
「どんだけ」
コスモは天使のような笑顔を浮かべていた。
すべての人間の頭の上に、この笑顔の天使がいたら人類が幸せになるだろう。天使より天使なので、天使という定義を揺るがすことになる。
「彼らは強敵を相手にするから、そのまわりにいる魔物をどかすのが俺たちの役目だ」
「ふうん。難しそ?」
「風の騎士団だけでも突破できるらしい。これは王都案件でな」
「あー」
王都が出すクエストというのは、基本的に安全を重視している。難易度以上の人員を募集する。
さらに適正価格よりも高めの報酬が多く、狙い目だ。この案件もあっという間に枠が埋まっていた。
「いつ?」
「3日後だ。俺たちは申込みが早かったせいか、風の騎士団のすぐ近くに配属されることになっている」
「え、すご」
「コスモには、彼らの魔力供給もしてもらいたい」
「ええ? いいよいいよ、私はXだし」
コスモが困ったように笑う。
「いや、やってみてほしい。彼らも、コスモの才能には驚くはずだ」
「ふふ。もう」
コスモが照れたように笑う。
この照れ笑いは、銅像にして町の中心に展示してもいいほど可愛いと思う。噴水も追加すべきだろう。
「それまでは体調を整えて、早寝早起きを徹底しよう。特にコスモは体調に気をつけてほしい。これはレモンのはちみつ漬けだ。季節の変わり目に欲しい栄養が含まれているという」
俺はカバンから小さなビンを出した。
「ありがと」
「気にするな。コスモは俺のすべてだ」
「もう」
コスモが肘で俺をちょっと押す。
体の疲れが瞬時に消える刺激だ。
そのとき、誰かがぶつかってきた。
「きゃ」
「へへえ、お、嬢ちゃん」
ぶつかってきた男は片手にコップを持ち、赤い顔でふらついていた。
「こっちで酌してくれや」
「おい」
俺は立ち上がった。
「なんだ坊主、ああ? 大人の会話に入ってくるんじゃねえよ」
男は俺の胸ぐらをつかんだ。
「おい、そいつはアイスだ!」
すこし離れたところで別の男が言った。
酔っ払いは俺の顔をじっくり確認すると、飛び上がって驚いた。
「ひっ! わ、悪いあんたの女だなんて知らなかったんだ!」
「コスモは俺の所有物ではないぞ」
俺が一歩前に出ると、男は大げさに飛び退いた。
「ひっ」
「わかるな」
「わかる! すまねえ!」
「謝る相手が違う」
「嬢ちゃん、すまねえ!」
男は手をばたつかせながら走り去った。
「だいじょうぶか、コスモ」
「私は全然平気だよ」
「よかった」
「乱暴なことはしないでね」
「会話をしていただけだ。見ていただろう?」
声も荒げていないし、問題ないはずだ。
「アイスがケガをしたりしたら、私も辛いから」
「コスモを辛い気持ちにさせたりしない」
「うん」
着席すると、ラインが遠い目をしていた。
「どうした?」
「いや……。なんか、辛いものが食べたいな」
「急にどうした」
「甘いものを食べたら、辛いものが食べたくなるっていうだろ」
「はっはっは。まるで、もうレモンのはちみつ漬けを食べたみたいな言い方だな」
ラインのジョークはいつもおもしろい。
コスモがクスクス笑って、ラインは水を一気飲みした。
2
「えー、参加者のみなさんは、赤い札を掲げてくださーい!」
ギルドの前の広場には、魔法使いたちが集まっていた。
100人くらいいるだろうか。全員が、昨日ギルドで手続きをしたときにもらった札を掲げた。
魔法使いといっても、いわゆる、ローブにとんがり帽子という格好をしている者は少数派だ。
服装にこだわらないという意味もあるが、多くは魔法戦士だった。
当然ながら、魔法だけを使って仕事をするより、剣や弓を使えたほうが受けられる仕事の範囲が広がる。
また、魔力を持っていないけれども、魔力を帯びた武器や道具を使うことで、魔具使いとして登録を受けている者も多い。
魔法使い、魔法戦士、戦士の境目はあいまいになってきていた。
「風の魔法騎士団だ」
誰かの声に、ギルドの入口のほうがにぎやかになった。
手をあげながらリーダーのウィンダさんが出てくると、歓声があがる。
「本物だ」
コスモが小声で言った。感激している顔も絵画にする価値がある。
「こんにちは。僕はウィンダです」
「よろしくお願いします!」
俺が言うと、ウィンダさんは微笑んだ。
「よろしく。今日は北の峡谷でサイクロプス退治を行います。周囲には主にサンドリザードが現れます。魔力の使用をためらわず、ひとりの犠牲者もなくクエストを終えたい。よろしくお願いします!」
ウィンダの言葉に拍手が起きた。
言葉としては、ギルドで受けた説明と同じことなのだが、通る声や凛々しい姿で言われると違う。
「リリさんと目が合ったやばー!」
コスモが興奮したように言った。それを見た俺の心がやばい。
リリさんは、ローブ姿のオールドスタイルだ。武器を取って戦うような装備ではない。
それこそ、類まれなる才能を持っていることの証明だった。
普段隊列を組まない人間への練習を兼ねて、町の外で隊列を組み、そのまま進むことになった。
風の魔法騎士団を中心にして、四方を冒険者で囲む。風の魔法騎士団は馬を三頭用意している。他の冒険者も、10人ほど馬に乗っている者がいた。
言われていたとおり、俺たちは風の魔法騎士団の真後ろに配置された。
進みながら、ウィンダさんが馬でまわっていき、隊列の調整をしている。
「リリさんいるよ……!」
コスモが、すぐ前にいるリリさんに聞かれないよう小声で、はしゃいでいた。はしゃぎ顔は、ぬいぐるみにして販売するといいだろう。
「こんにちは」
リリさんが笑顔で振り返った。
「ひー、近! 死ぬ!」
「死なないで」
リリさんが笑った。
「我々はアイス、コスモ、ラインです。今日は微力ながらお手伝いをします」
俺は頭を下げた。
「あなたがアイスね」
「は? なにか不手際が」
ここでにらまれては困る。
「聞いたことがあるから。大きいわねえ」
「身長は平均より大きく、筋肉も多いと自負しています」
「ほんとに魔法使えんの?」
ヒールさんが言った。
噂通り、チンピラのような格好をし、挑発的な顔つきをしていた。
しかしこれは演技のようなものである。昨夜、迷子の子猫の飼い主を親身になって探してあげているのを見た。
「氷魔法を使います」
俺は手の上に小さな氷を作り、浮かべてみせた。
「ふーん」
ヒールさんは氷をつまんで口に入れた。
「お、冷たい冷たい」
「食べた!」
コスモが驚いた。驚き顔は生で見るのがいい。記録には残せない新鮮さが重要だ。
「ヒールさんは治療魔法も得意だ。氷に毒が含まれていたとしても問題ないだろう」
「うっ」
ヒールさんは喉を押さえた。
「えっ、えっ」
コスモが焦る。
「うっそー」
ヒールさんは手を広げた。
「えっ?」
「君かわいいねー」
ヒールさんはコスモに笑いかける。
「あ、えへへ」
「……おっと失礼」
ヒールさんは俺の顔を見ると、手をあげてちょっとさがった。
「なにか?」
「いやいや」
「そうだ。彼女は魔力供給スキルを持っているんです」
俺はコスモを紹介した。
「へえ、めずらしい」
「皆さんのお力になれると思うのですが!」
「たしかに、うちは魔力供給スキル持ちはいないけど」
「いない?」
これは?
「魔力で困ることはないわ。5人もいるし、魔力は売るほどあるよ。それに触ってる時間もないしね」
「いや、でも」
触っている時間?
「それに人数を増やす気もないよ。売り込みを受け付けると、人が来ちゃってね」
リリさんの笑顔。
待てよ。
もしかして、仲間に入れてくれと売り込みをされることは多いのか?
俺に経験がなかったので気づかなかったが、手っ取り早く名声を得たいと、短期でも加入したい人間は少なくないかもしれない。
「失礼しました」
「ううん、いいのいいの」
ここは引いておくべきだろう。
どちらにしても、コスモの実力を見せないかぎり無理だ。ならば強引な話はすべきではない。
「サンドリザードだ」
周囲が岩場に変わり、見晴らしが悪くなってくると魔物が出てくるようになった。
サンドリザードは小型犬ほどのサイズだが、体は硬い鱗におおわれている。一般的な刃物はなかなか通らない。
だが魔力をぶつけると体の緊張が緩んで攻撃が容易になる。魔法使いか、そうでないかで難易度がまったく変わる相手だった。
「右手前方の岩場から引き続きサンドリザード。右翼は撃退にあたってくれ! 前に出る必要はない、隊列を守って!」
ウィンダさんが指示を出す。
リザードが続けて10体ほど出てきた。リザードの体は岩場と同系色の灰色だが見分けられないほどではない。
俺たちは中央で、全体の様子を見ながら歩いていく。
「なんかサボってるみたいだね」
コスモが小声で笑う。秘密の共有。プライスレス。
「そろそろかしら」
リリさんが右手で魔力を練っていた。
手の上の円盤で光が広がる。中央にたくさんの光点があった。そして奥のほうに大きな光点がある。
「地図ですか?」
「大きな光がサイクロプスよ」
俺は視線を前方と円盤で往復させた。
この先は岩の壁がせまってきて道が細くなる。そのあたりと、大きな光点が重なっているようだ。
「全体止まってくれ! その先にいる!」
100人がゆっくり止まった。
「どうするか覚えてるか?」
俺はコスモに言った。
「サイクロプスは、風の魔法騎士団が戦う。私たちは魔物」
「うん」
「まずウィンダさんが誘い出しに行く。一緒に魔物がたくさん出てくるから、遠くへ魔法攻撃ができる人たちも協力して魔物に魔法をぶつける。それから矢を当てるか、魔法でとどめを刺しながら減らす。隊列はずっと守って、剣の人は前に行かない」
「そして?」
「絶対にサイクロプスには近づかない」
サイクロプスと戦ったことはないが、動きは遅いが攻撃力と防御力が非常に高いことで知られている。直撃を受けたら人間なんてひとたまりもない。
頭にある角が非常に貴重品で、薬として使われるらしい。
また体の骨が大きく頑丈で、加工すると武具や家具などに活用される。
倒すと急速に体の肉は劣化し、崩れていくので処理もそれほど難しくない。
A級でも倒せるらしいが、一度のミスが死者につながる強敵だ。
「よくできたな」
「でしょ?」
得意げなコスモ。得モと略して広く共有したい。
リリさんがそんなコスモを見ていた。魅力に気づいたか。
コスモはいるだけで価値があるということに。
「行くぞ!」
ウィンダさんが剣を掲げると、周囲から歓声が上がった。
華があるというのか、演劇かなにかを見ている気分になる。
あの中にコスモがいると考えると誇らしい気持ちだった。
また涙を流していたようで、コスモにハンカチをもらった。
「なあ」
ラインが久しぶりに発言をした。
「どうした」
「サンドリザードってこんなに出るのか?」
俺はまわりを見た。
前方からは引き続きやってきている。
だが、横の岩場、後方からも、数十体のサンドリザードがやってきていた。
「リリさん」
「たしかに多いけど、これくらいの数なら問題ないわ」
「こいつら、サンドリザードじゃない!」
隊列の端の方から声が上がった。
3
「グレーリザードだ!」
「グレーリザード?」
リリさんは知らないようだ。
ラインが解説をする。
「グレーリザードは、サンドリザードと外見も生息地も似ていますが、特性がまったく違います。魔力を弾き、鱗は非常に硬いです。生息地はこのあたりですが、2、3回しか見たことがないです。群れて行動する個体は見たことがないです」
グレーリザードがどんどん押し寄せてくる。
行動は噛みついてくるだけの単調な攻撃だが、とにかく矢も刃が入らないから、どんどん隊列が狭まってくる。
「サイクロプスが」
奥の岩場から巨体が姿を見せた。
一ツ目の、人間の倍以上の身長で、手足は太い。
生えていた木の、枝を払っただけのような丸太を棍棒として持っている。
こちらへ歩き始めた。
ウィンダさんがいったんもどってきた。
「たいちょー、どうするよー?」
ヒールさんがのんびり言う。
「サイクロプスは充分成長している。ほうっておくと他のレベルが高い魔物を呼ぶかもしれない。町の近くに移動されたらやっかいだ。ここでやる」
「おっけー」
「リザードの対応の指揮はヒールとリリに任せる。完全に倒す必要はない。引きつけつつ、危険なら全体で後退してくれ。サイクロプスを倒すめどがつきしだい、合図するから離脱してくれ」
「うす」
ヒールさんが親指を立てた手をあげた。
「行くぞ!」
ウィンダさんと、あと二人も馬に乗ると、サイクロプスに向かっていった。
「三人でいいんですか」
リリさんがうなずく。
「サイクロプスとやるだけだったらね。でもさすがに、わたしたちでもこれだけの数のリザードがいたら無理だったよ。助かる」
風の魔法騎士団の噂からすると、全力を出せばどうにでもなると思う。
ただ、この用心深さと、来てくれた人への配慮が成功を続けるのかもしれない。
「リザードは硬え! 必ず三人がかりで攻撃しろ! 魔法は跳ね返すが氷で殴ったり風で吹き飛ばすことはできそうだ! 物質を作り出せる者は物理的に止めろ!」
ヒールさんが馬でまわりながら指示をする。
「後方が押されてるな」
前方に、リザードが押し寄せてきたときのために剣や槍を使う魔法使いが固まっていたせいか、後方の、長距離援護をするつもりだった魔法使いたちが押されている。
指示通り氷の壁を作るなどしているが、リザードは素早く動く。それに壁を作りすぎてはこちらの進路もふさがってしまう。
「俺たちも行こう」
コスモのいいところを見せるチャンスだ。
「待って」
リリさんが言った。
「あなたたちはもう少し様子を見て、調整役を頼みたいの」
「いまがそのときでは」
中央には、リリさん、ヒールさんを含めて7人残っていた。
「それより、あなたたちはどうやって戦うのか教えて」
「ラインは槍です。コスモは魔力の補助。俺は大鎚です」
二人の視線を感じる。
俺が持っているのは金属の太い棒だ。太さは俺の手首ほどあり長さは身長くらい。
刃物のついていない槍と言われたほうが納得できるだろう。
「ここに」
端に氷魔法で大きな塊を作る。
これで大槌のできあがりだ。
「なるほど」
「あそこが崩れた。行ってくれ」
ヒールさんが指したのは、意外にも武器を装備した魔法使いの多い右翼側だった。
俺は走り出す。
「どいてくれ!」
道が開いた。
さっそく飛びかかってくるリザードの頭に振り下ろす。
一撃でしとめたが、氷が割れた。
棒を振り上げてから氷を再生し、振り下ろす。氷の密度を高めた特製だが、鱗ごと潰すためには相応の力で振るわなければならない。
「はっ!」
リザードの頭と氷が割れる。
このペースでは俺の魔力は足りなくなるが。
力がもどった。
ちらっと見ると、後方でコスモがうなずく。
リリさんが、おや、という顔をしていた。
そう、コスモは離れたところから魔力の供給が可能なのだ。
さっきリリさんが、触っている時間、と言っていたときに思った。通常の魔力供給は、触れていなければ供給できないのではないか。
コスモの総魔力量はそれほどでもないのかもしれない。しかし急激に魔力を失う場面などはあるはずだ。
風の魔法騎士団に、魔力量が少ないものがいる、など自分から言うはずがない。
誰か少ない人はいるはずだ。だからコスモを求めるはず。
まわりには折れた剣や槍が落ちている。
考えてみれば当然のことだ。リザードは硬い。物理攻撃部隊では相性が悪かったのか。
武具を使う魔法使いは、たとえば鋭い氷を使って攻撃する、といったことはあまりしない。繊細なコントロールをするためには、集中力と魔力を必要とするからだ。だから用意した武具を使う。
俺も大ざっぱな氷塊を作るだけだ。
俺はリザードを潰していく。
気づくと周囲は、俺の攻撃の邪魔にならないような隊列に変わっていた。
周囲が人数の密度を上げているので、リザードを俺のほうへ流れてくる。さらに誰かが俺の体力を回復してくれていた。
おかげでただ、力任せにリザードを叩くだけですんでいた。
形を作れたことで、不要になった人員は他にまわされているようだ。
リザードの進行をしっかり受け止められているように見える。
リリさんやヒールさんの視線も何度も感じた。
これはコスモが評価される流れ……!
4
「それでは、お疲れ様!」
ギルドの食堂には、今回のクエストに参加した100人がそろって、ジョッキを掲げた。
ウィンダさんが爽やかに微笑む。
「今日は僕のおごりだ! 好きに飲んで食ってくれ!」
「おおお!!!」
ギルドが揺れるようだった。
「おごってもらっちゃっていいのかな」
コスモは遠慮がちにしている。
「気にしなくていい。今日はたくさん働いたんだ」
「そうそう」
ジョッキを持ったリリさんが俺の向かい、ラインの隣に座った。
「お疲れ様です」
「あなたこそ。ずいぶん楽しちゃったわ」
リリさんはジョッキに口をつけた。
というか、ちょっと口をつけたくらいの動作で、半分以上飲んでしまった。
目がとろんとする。
「俺は他の人と変わりませんよ」
「ふふ、おもしろい冗談。ねえ、次は魔法が使えないクエストがあるんだけど、あなた、参加してみる?」
「俺は魔法戦士ですよ」
「魔法いらないじゃない。頑丈な大槌ならわたしたちが買ってあげるわよ。あなたの力に耐えられる武器がないから、あれで戦ってるんでしょう?」
そういう意味もなくはないが、俺がその場で武器を形成するのは、魔族の体液がついた武器が変質し、ガスが発生した、などの二次被害を警戒している。
また汚れた武器を持って建物に立ち入られるのを断られる場所もある。その点、ただの棒なら貴族のいるような屋敷に入るときの抵抗もあまりされない。
「魔法が使えない場所では、コスモが輝かないじゃないですか。それよりコスモはどうですか? 離れた場所に魔力供給できるのは貴重でしょう?」
「さっきも言ったけど、魔力は足りてるの」
本当に足りていたのか。
「残念です」
「あなたって……。まだD級なんだって? どうして?」
「相応の実力だからですよ」
「アイスは研修をやってないんで」
ラインが言った。
研修というのは、他のパーティーでクエストを行うものだ。
仲間がいない人や、自分の今後について広く考えられる制度でもある。
またそれをやることで協調性の診断もされるなど、冒険者の等級の上限にも関わる制度でもあった。
「どうして?」
「コスモがやりたくないというので」
「私、アイスと一緒に冒険できてれば満足なんです」
「なるほど」
リリさんが微笑んだ。
「アイス君もやりたくないの?」
「コスモから離れたくないので」
「……」
リリさんは残りの酒をあおった。
「ふう。あなただったらもう少し上のランクのパーティーに入れると思うけど……」
「不要です」
「でも、コスモちゃんをわたしたちのパーティーに推薦していなかった?」
「はい。コスモは最高なので」
「ちょっと、恥ずかしいって」
コスモが小声で言った。
「仲がいいのね」
「そう見えるなら嬉しいです」
「でも、コスモちゃんがあなたから離れてもいいの?」
「……」
「あらあら」
リリさんがハンカチを出した。
涙を流していたようだ。
「失礼しました。洗って返します」
「いいえだいじょうぶよ」
リリさんは優しい人のようだ。
「さっきも言ったように、わたしたちはこれ以上仲間を増やすつもりはないから」
「まあ、うちもこれから二人だけになるので、いろいろ考え直すことになりそうです」
ラインが言う。
「二人? 俺はやめないぞ」
「おれがやめるんだよ」
ラインは言った。
「なぜだ」
「うん。そろそろ結婚しようかと思って」
「結婚?」
「彼女の親が病気で、毎日は働けなくなったんだ。それを手伝いたい。ついでに結婚をしたいと思ってな」
「おめでとう!」
俺は立ち上がった。
まわりが何事かとこっちを見る。
俺は座った。
「おめでとう!」
「おめでと」
「おめでとう」
「ありがとございます。もちろん、いますぐやめるっていうわけじゃない。ちゃんと準備期間は用意する」
「いやすぐ彼女の力になってやれ!」
「だから、彼女と話してる。だいじょうぶだ」
「そうか、そうか」
俺は何度もうなずいた。
「それにしてもめでたいな!」
「毎日熱々なのを見せつけられちゃって、結婚願望盛り上がっちゃったのかな?」
リリさんが笑う。
ラインが苦笑いを浮かべた。
戦いの話だろうか。
生命がおびやかされるようなストレスを受けると、脳が、命の危険のストレスを別のものとすり替えて、心を安定させようとするという話を本で読んだことがある。脳への熱い刺激が、生存本能を刺激しているのかもしれない。
そのまで激しい仕事はしていないのだが。
「これからは二人だが、がんばってくれ。ギルドからヘルプに入ってもらうことだってできるはずだ」
「ああ。必要ならそうする」
「アイス君たちはしないの? 結婚」
リリさんが笑う。
「いずれ結婚はしたいですが、相手の気持ちもあります。名前は伏せますが、俺には心に決めている人がいるんです」
「うん?」
「ですが恋愛関係になるための申込みもきちんとしているわけではなく、相手の気持ちを確認するタイミングを外してしまったら、という恐怖もあるので。絶対に彼女を失いたくないのです」
リリさんはコスモを見た。
コスモが顔を赤らめている。
「暑いか?」
人の数が多い。室温はいつもより高いだろう。
まさか誤って酒を飲んだか?
「すみません、水を一杯ください」
俺は手を上げて店員を呼んだ。
「……コスモちゃんも大変ね」
「へへ。でも、とっても大事にしてくれます」
「うらやましいわあ」
二人は笑った。
うまく打ち解けられたようだ。
結婚か。
どうしたらこの思いを伝えて、それに応えてもらえるだろうか。
リザードを倒すよりずっと難しい問題だった。