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5-ランチ食べよう

「シンジ、ランチおごってあげましょう」


 上司である弁護士・蜩令二郎(ひぐらしれいじろう)からのお誘いをシンジは有難く受け入れた。

 さっぱりしたものにしようと蕎麦処に入店する。

 昼時ということもあって店内は混んでいた。

 フロアはテーブル席と座敷に分かれていて、靴を脱いで座敷に上がり、蜩と向かい合う。


「来週訴訟分の準備書面、作成できた?」

「はい。後でチェックお願いします」

「午前中に届いた取引履歴の過払計算、もう済んだ?」

「済みました、元金、今日付けの利息で金額出してます」


 蜩は有能な部下の返事に満足そうに頷いて「よしよし、どれでも好きなものを頼みなさい」とおしぼりで手を拭きながらシンジに言った。


 ストライプ柄のワイシャツにフォーマルベスト、適度にセットされた髪、シャープな輪郭で顔立ちは甘やかに整っている蜩。

 ただ目つきは妙に鋭い。

 そんな三十四歳の彼には秘密の恋人がいる。

 お相手は何と現役男子高校生ときていた。


「アイスクリームもあるんだ、ここ。アイスといえばさ、僕の(なぎ)君、食べ盛り育ち盛りでアイスやたらと食べるんだよなー」


 約一年前、成年後見人関連の仕事で財産管理のため海辺の別荘を訪れた際、蜩は砂浜で飼い犬と散歩していた彼に一目惚れしてナンパした。

 その場に居合わせたシンジは上司のぶっ飛んだ真似に閉口したものだった。


 もちろんプラトニックなお付き合い、だ。

 ぶっ飛んだ真似に至った弁護士だが、相手が成人になるまでは色々と我慢するつもりらしい。


 シンジが蜩の事務所に入って数年が経つ。

 公私ともに付き合いがあり、お世話になっている……次から次に私用を頼まれたりとお世話する場合も結構ある。


 どちらかと言えば硬派というより軟派(なんぱ)な、いや、断然軟派であった蜩が「待て」しているなんてシンジには信じられない話だった。


(まぁ、一回り以上も年下の相手にそれだけぞっこん、というわけだ)


「ご馳走してもらえるんなら天ぷら付にしようかな」

「おーおー、おいなりさんだってじゃんじゃんつけたまえ」

「おおおお! しんちゃんじゃね!?」


 聞き覚えのある声にシンジはどきっとした。

 視線を向ければ二人掛けのテーブル席に座ろうとしていた六華の姿が。


「え、黒埼君?」

「ん、シンジのお友達? こっちに来てもらったら?」



 かくして弁護士とパラリーガルと闇金業者という不思議な顔触れの昼食が始まった。



「黒埼君、この人は俺の職場の上司で、ひぐら――」

「あ! ぱわ原さんってやつか!?」

「ん、パワハラ?」

「違うよ、パワハラすれすれ上司の蜩さん、だよ」

「手厳しい紹介の仕方だねぇ、シンジ?」

「ひぐらし? 田舎でよく鳴くセミみてーな名前だな、つくつくぼーし、って」

「それは違うセミだよ、黒埼君」


 蜩は、鋭い目つきを誤魔化すための伊達眼鏡越し、意味ありげな視線で六華を見つめながら説明してやる。


「蜩はねぇ、カナカナカナって、鳴くセミ」


 シンジに手渡された箸を口に咥え、ぱきっと割って、六華はぐるりと首を傾げてみせた。


「カナカナ? 朝とか夕方に山から聞こえてくる? あれって鳥じゃねぇの?」

「鳥じゃないよ、黒埼君」


 シンジは慎重に箸を割って運ばれてきた蕎麦を(すす)った。

 普段は遠慮している、値段が高めの海老天を吟味する。

 すると横合いからマナー違反なる箸先が伸びてきた。


「ああ、駄目だよ、海老天は。椎茸ならいいけど」

「俺、ヤラシー話、キノコ系無理」

「黒埼君、それ、別にヤラシイ話じゃないから」

「僕の海老でよければあげようか」


 天丼を食べていた蜩は海老天を一つ、六華が頼んでいたぶっかけおろしそばの上にちょんと置いた。

 お裾分けしてもらった六華は。


「兄貴みたい」


 聞き捨てならない台詞にシンジはポーカーフェイスを保持しながらも内心気が気じゃなくなった。

 横目で窺ってみれば六華は興味ありげに蜩を眺めているではないか。


(確かに蜩さんと黒埼君のお兄さんは、ちょっと、本当にちょっとだけ似ているかもしれない)


 目つきが鋭いところとか。

 今は髪を綺麗にセットして眼鏡をかけて、海外ブランドをさり気なく着こなしているけど。

 休日の蜩さんの見た目ははっきり言ってガラが悪い。

 つまりオフのときだとお兄さんにより近づく。


(しまったな、海老天の一つくらい、すんなりあげればよかった)


「黒埼君、俺の海老もあげようか?」

「ん? もういらん。よく見たら俺のぶっかけにも海老天付いてたわ」

「あ、そうなんだ……」


 他愛ない遣り取りを交わすシンジと六華を前にして蜩はニヤニヤしている。

 上司の反応が歯痒いシンジは海老の尾までボリボリと噛み砕いて丸呑みにした。





「ぱわ原さん、おごってくれてどーもです」

「違うよ、黒埼君」

「あ? ああ、そーだそーだ、カナカナカナの人、どーもです」

「どういたしまして」

「カナカナカナの人、入ったばっかのホテルの部屋の匂いがする」

「「入ったばっかのホテルの部屋の匂い?」」


 六華は大袈裟に片手を振りながら去っていった。

 人通りの絶えない表通り、残されたシンジと蜩は近くにある事務所へ二人並んで戻る。


(入ったばっかのホテルの部屋の匂い、って、どんな匂いだろう。蜩さんは喫煙者じゃないしタバコ臭いってわけでもないけど……謎だ)


「面白い子だねぇ、彼」

「そうですね」

「シンジのこれまでのタイプと全然違うくなーい?」


(ああ、やっぱりばれた)


「……そうですね」

「何か気に入っちゃったなぁ」

「そうですね……、……は?」

「今度またご飯でも食べようよ、僕の大事な大事な凪君も呼んでさ」

「はぁ」


(この人、普段は名前で呼んであげているのに、本人の前では飼い犬の名前で「ポチ」呼ばわりなんだよな)


「あ、今日は凪君が遊びにくる日だから、後で駅ビル地下にあるアイスクリーム屋の全フレーバー買って、ウチに届けて。それからざっと掃除しといて。それから金曜日の焼肉予約。凪君とデートなんでーす」


(この人、本当、改名してぱわ原さんになればいいのに)



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