4-回転寿司食べよう
その夜、シンジが待ち合わせ場所に向かうと六華にはまたしても連れがいた。
「そちらが<しんちゃん>さん、ですか。うちの者が世話になっていると聞きましてご挨拶に伺いました」
薄い色つきのサングラス、ダークスーツが嫌味なくらい似合っている。
丁寧なようでいて牽制を強いる淀みない言葉遣い。
ただならぬ雰囲気である男にシンジは一つの予感を抱く。
(ひょっとしてこの人は例の)
「兄貴ぃっ! 俺お寿司が食べたい! お魚食べたい!!」
甘えたな恋人じみた振舞で六華がしがみついた相手は、そう、兄の黒埼凌だ。
(まさかいきなり家族に引き合わされるなんて)
いや、違う違う、恋人紹介のノリじゃない、そもそも彼とは健全なお付き合い、友人同士じゃないか、うん。
「今からしんちゃんさんと飯に行くんだろう。俺は邪魔じゃないのか」
「邪魔じゃないないない!! な、しんちゃん!?」
「はい、お兄さんもぜひご一緒に」
(明らかに俺<<<<お兄さんだ。こうも見せつけられると、ちょっと凹むかも)
かくしてシンジは黒埼兄弟と夕食を食べることに。
てっきり高級寿司店に行くのかと思いきや。
「炙り~炙り~俺のためにもっと炙られろ~」
全国チェーンの回転寿司で小学生の如くはしゃぐ六華を横に、無駄に揺るぎない物腰の黒埼は、向かい側に座るシンジに悠然と話しかけてきた。
「見ての通り、弟は垢に塗れていないといいますか」
「はい」
「真っ直ぐで純粋なところがありましてね」
「そうですね」
「仕事面はともかく。私生活に至っては、一度信用した相手にはとことん尾を振るような一途な性分でして」
口元は笑っているがレンズ向こうの一重の双眸は冷ややかな炎を点している。
「このサーモンは炙りが足りねぇな、却下だ!」
「何でもシンジさんは弁護士事務所に勤めていらっしゃるとか」
「はい。パラリーガルです」
「消費者金融関連の相談事は絶えないでしょう。訴訟もほぼ毎日の話では?」
「そうですね」
「法定金利を無視した悪徳業者を対象にすることもあるのでしょうね」
(探りを入れられている)
俺が調査のため黒埼君に近づいたとでも思われているのか。
実際、近づいてきたのは黒埼君の方なんだけど。
「すみません、自分にこれといった特定の目的があるわけでは――」
「この炙り具合は完璧だぞ、しんちゃん!!」
突然、目の前に炙りサーモンがのった皿を置かれた。
六華の正面には何枚もの皿が積み重ねられている。
いつの間に食べたのか、デザートの容器もあった。
「なぁなぁ、兄貴兄貴!! しんちゃんに清八さん紹介してやってくんねぇ?」
「セイさんを? どうしてだ」
「セイハチさん……?」
きょとんとするシンジの右の二の腕を無断でがっしり掴むと六華は兄に嬉々として言うのだ。
「ここに蝶彫ってもらう!!」
(いやいやいやいや。それは本当無理だよ、黒埼君)
「ほら、しんちゃんはさ、顔がシュッとしてっから! シンプルっつぅの? あっさり顔っつぅの? だからド派手なくらいの刻んでも全然いいと思うんだわ!」
(全然よくないから、むしろ全然駄目だから)
「確かに似合いそうだ」
(お兄さんまで何を言い出すのやら)
内心焦りながらも、それを表に出さないようポーカーフェイスでいたつもりが。
黒埼はシンジを見、弟に言った。
「シンジさんは困ってらっしゃる、やめとけ」
ぶすっと頬を膨らませて腹に抱きついてきた弟の頭をぽんぽん叩き、やはり揺るぎない物腰の黒埼は、シンジに笑いかけてきた。
気のせいだろうか、サングラスの下、鋭い目に宿っていた冷ややかな炎が少しだけ和らいだような。
「素人様に刺青を彫れと煽るなんてこと、そうそうしない子でね」
「はい?」
「日常生活に明らかに支障を来たすでしょう。そこを踏まえた上で勧めるとは、余程そちらの体に蝶を舞わせたいのでしょうね」
シンジを素人呼ばわりし、裏社会に属する自分の立場を明らかにするような言い回しをした黒埼。
警戒を解いた証かもしれない……?
「だってさぁ、兄貴ぃ、しんちゃん刺青に興味あるみてぇだったから!? 俺の背中の牡丹の匂いフンフン嗅いでたし!!」
「お兄さん、あの、何かお酒頼みましょうか?」
焦りを露にしたシンジ、六華の発言を有耶無耶にするべく黒埼に早口で問いかけたのだった。