2-焼肉食べよう
童謡「ちょうちょ」の歌詞の引用あり/JASRACで調べたところ、著作権消滅とのことで載せています
「なんだてめぇ、ケンカ売ってんのかぁ?」
待ち合わせ場所へ先に来ていた六華の正面に回り込むと、いきなりそんな台詞を浴びてシンジは目を丸くした。
六華は過剰に眉間に皺を寄せ、シンジを上から下まで睨みつけ、そして。
「あ、なんだぁ、しんちゃんか」
「殴られるかと思った」
「どっかのイキがった野郎がメンチでも切りにきたのかと思ってよ」
「俺の顔、そんなに覚えづらいかな……」
「あー腹減ったぁ、ビールビール!」
六華は複雑そうにしているシンジの肩に腕を回し、意気揚々と夜の街へ繰り出す……。
初めて会った日の翌朝、これも何かの縁だからとシンジから申し出て二人は連絡先を交換した。
初めて会った日の夜の記憶が未だに失われたままのシンジは、実のところ、何があったのか猛烈に知りたくて。
六華の口から聞き出せないかと、出会って半月後、自分から食事に誘ってみたわけだ。
もしかすると黒埼君はちょっと覚えていたりするんじゃないだろうか?
でも覚えているなら、こんな風に密着してきたりしないかな?
そもそも食事の誘いに乗ってこない?
本番には至っていないと思うけど。
だって、このコはオメガで極度のブラコンみたいだけど、女の子を連れていたし……やっぱりどう見てもノンケだよね……?
「生二つと特上カルビと特上ロースとタン塩とカクテキ!!」
「後、チャンジャも」
小汚い店内ながらもほぼ満席の焼肉屋。
テーブル同士の間隔が狭い座敷で向かい合って座るシンジと六華。
火の入れられた焼網の下から熱気が立ち上り、顔に直撃する。
「なぁなぁ、しんちゃん、聞いてくれっか!?」
「何?」
「今日の兄貴もすっげぇかっこよかったんだわ!!」
早速運ばれてきたジョッキ片手にそれはそれは嬉しそうに六華は兄を褒め称える。
成人済み。
鼻ピアスに金髪。
さもヤンチャそうな印象通り、彼はどうも闇金事務所でお仕事しているようだ。
シンジのいる法律事務所にソッチ系の借金で悩んでいるという相談が時折あるが、これはもう手遅れ、お手上げだ。
とにかく無視して逃げるしかないよ、というのが弁護士蜩の見解だった。
(非情なようだけど、法を守る自分達には、法をスルーするソッチ系と戦う術がない)
「しんちゃん、肉、焼いてくれ!!」
(まぁ、それはそれ、これはこれ、だ)
「ところでさ」
「なんだよ、もっと兄貴の話聞いてくれよ!」
「黒埼君、あの夜のこと、覚えてる?」
「あの夜っていつの夜だ?」
「焼き鳥屋で俺と初めて会ったとき、の、夜」
焼けた肉を皿に乗せてやると六華はすぐさま飛びついた。
濃い方のタレにぶちゃっとつけて一口で頬張る。
「うめぇ!」
(あ、このコ、肉のうまさで俺の質問もう忘れてる)
「ねぇ、黒埼君、焼き鳥屋からもう一軒はしごして、それから俺の部屋に行ったんだよね?」
「ん、もぐもぐ」
「それから……どうして服を脱いだんだっけ?」
「そりゃ暑いからだろ、寒くて服脱ぐバカがどこにいんだよ」
「それもそうだね……」
「でも脱いだら寒くなったから、しんちゃんのベッドに入ったんだわ」
「それから……」
「あ?」
「何か……」
「しんちゃん、次の肉焼いてくれ!!」
(だめだ、食事中に聞き出すの、無理そうだ)
シンジはてきぱき肉を焼き、六華に与え、自分は熱々からやや温くなった肉を食べていたのだが。
「あ!」
「え、ごめん、生焼けだった?」
突拍子もなく六華が大声を上げたので、シンジはチャンジャを摘まんだ箸先を空中でストップさせる。
「んにゃ、肉はうまい、そういや思い出した」
「え?」
「しんちゃん、俺の牡丹、毟ろうとしたんだぜ」
「え? え?」
「よっぽど酔っててホンモンに見えたんだろぉな、引っ掻いたり抓ったりしやがんの」
(それは多分……愛撫していたんだと思うよ、黒埼君)
「しまいには蝶々(ちょうちょ)の真似すっからさぁ、俺、笑えたわ」
「蝶々?」
六華はシルバーリングをはめた指についたタレを舐めて、言う。
「しんちゃん、俺の背中の牡丹の蜜、吸おうとしたのよ?」
「……へぇ」
「何でかうなじまで吸ってくっから、くすぐったくて、俺、死にそうだったわ」
「……ふぅん」
「もういっそ、しんちゃん、蝶々んなれば?」
急に前のめりになって腕を伸ばしてきたかと思うと、六華は、シンジの右の二の腕をワイシャツ越しに力強く掴んできた。
「この腕に派手な蝶、飛ばしたら、似合うんじゃね?」
そう言って彼は笑った。
蝶々のタトゥーなんて女の子がするものだろう。
そもそも、そんなものを入れようものなら即刻蜩さんにクビにされる。
いや、あの人のことだから「夏場は隠しとけよ」くらいで済むかもしれない。
「ちょうちょ~ちょうちょ~牡丹にとまれ~」
六華は上機嫌に歌いながら焼肉を食べている。
『しんちゃん、蝶々んなれば?』
不意打ちを喰らった。
思いがけないタイミングで二の腕を掴んできた掌。
その熱が胸にまでじわりとしみて、シンジは内心参っていた。
相手がノンケのブラコンなんて、これまでの恋愛経験において一度もなく。
打開策を模索するのに、これは時間がかかりそうだ……と、思った。