20-2
「ところで」
「はい?」
「シンジさん、いつ清八さんに会われますか」
「え? セイハチさん……? ……あ」
いつぞやの回転寿司屋で交わした会話を思い出し、シンジはぎょっとした。
「彫り師のセイさんですよ」
(あれ、お兄さん、あの時はやんわり反対してくれた気がするんだけど?)
「いえ、あの、そのお話は」
「弟は早く貴方の腕に蝶を飛ばしてあげたいと息巻いていますよ」
「えー……と」
「弟のために彫っていただけるんですよね」
(これって、ひょっとすると、雛を奪われた親鳥による腹いせ? 仕返しなのか? 俺、外敵扱いされてる……?)
見えない翼に威嚇されている気分で、さすがのシンジも萎縮しているところへ。
愛しの雛が舞い降りてきた。
「しんちゃん、待たせたな、悪ぃ!!」
六華はシンジの隣にどさっと座った。
今までは兄の元へ迷うことなく突き進んでいたのが進路を変えて。
かつて手の中で翅を休めていた蝶と同じ匂いに導かれて。
「怒鳴り散らして喉乾いた、これもらうぞ!」
客に出されていたお茶を一気飲みした弟に兄は言う。
「六華、もう帰っていいぞ」
「おう! 兄貴お疲れ、アヤさん明日もタコさんウィンナーつくれ、そして俺お疲れ!! 飯だ飯!!」
デスクに戻り、背もたれに引っ掛けていたモッズコートを羽織り、その拍子でペンやら大事な契約書やら床に落とした六華。
一切気にせずにシンジの腕を掴むと意気揚々と事務所を出ていく。
「夜分に失礼しました」
かろうじて振り返ってシンジが告げれば黒埼は浅く頷いた。
「タコさんウィンナー?」
「アヤさんの弁当に入ってた!! あんなすげーの初めて見た!! う!! クソ寒!!」
凍てついた夜風に首を窄める六華を隣にしてシンジは頬を緩める。
弁当はさすがに無理だが、今度自宅に来たとき、山ほどタコさんウィンナーを作ってあげようと心に誓った。
綾人は六華が落としていったペンを元の場所に戻し、大事な契約書をまとめ、黒埼に手渡した。
「俺達もそろそろ帰るか」
「はい」
空になった湯呑みを両手で持った綾人は微笑んで頷く。
「ところでタコさんウィンナーってなんだ」
「タコさんに見立てて切れ目をいれたウィンナーです」
「それくらい俺だってわかるぞ、佐倉さん」
「あ……私のお弁当に入れていたら、六華さんが可愛いと、とても気に入って」
「可愛い?」
「可愛くて食えない、食う奴は鬼だと言ってました」
黒埼は笑った。
こんなにも純粋な弟を掻っ攫っていく人間に腹いせの一つや二つ、十か二十、百、しても許されるってもんだろう、そう思った。




