20-闇金事務所行こう!?
本当に大丈夫なのだろうかと心配しつつ、シンジは立てつけの悪いドアをノックした。
「はい、どうぞ」
非合法な高金利で貸金業を営む闇金事務所らしからぬ丁寧な返答あり。
「失礼します」と、官公庁へ出向く際と同じ礼儀正しさでもってシンジはドアを開いた。
第一の感想は煙草くさい。
第二の感想はとっ散らかっている。
第三の感想は、まぁ想像した通りだったな、というもの。
「あ、六華さんの」
目の前に立つのは事務所の事務員、すでにシンジとも面識のある綾人だった。
銀縁眼鏡をかけた、闇金業に似つかわしくない清潔感のある綺麗な男にシンジは会釈する。
「すみません、六華君と今夜会う約束をしていたんですが、仕事で遅くなりそうなのでこちらへ来るよう言われまして」
「ああ、そうでしたか、どうぞこちらに――」
「ふっざけんじゃねぇぞ、ああああ!?」
当の六華の怒鳴り声が耳に飛び込んできた。
パーテーションで来客スペースを仕切るという配慮に欠けた事務所内、客からは雑然極まりない仕事場が丸見えだ。
ごちゃごちゃしたデスクに両足をお行儀悪く乗っけた六華が携帯片手にお仕事の真っ最中だった。
「がたがた抜かすな、つべこべ言うな、言い訳する暇あんなら金用意しろ、てめぇ脳みそどっかに落としてきたのか、赤ん坊じゃねぇんだからわかんだろぉが、人から借りたもんは返すのが当たり前だろぉが、違うかよ、おい、泣いてんじゃねぇ、泣きたいのはこっち、あ、れ、おおおお、しんちゃん!?」
やっとシンジに気がついた六華、電話中であるにもかかわらず名前を呼んで手を振ってきた。
シンジは苦笑しながら手を振り返す。
「しんちゃん、来んの早かったな!!」
「いや、電話もらってから一時間は経ってるよ、ほら、そっちそっち」
「あ、おお、ああ゛? あんだと? 死んじゃえ? んなこと言ってねぇぞ、てめぇの耳は節穴か?」
(節穴なのは耳じゃなくて目だよ、黒埼君……)
革張りのソファへ案内され、間もなくして綾人がシンジの元へ湯呑みを運んできた。
「忙しそうですね」
「そうですね、師走は何かと多忙みたいで」
「支配人の黒埼さんはお留守ですか?」
「ええ、外回りで。彼はあまり事務所にいないんです。でも、そろそろ帰ってくる頃だと思います」
綾人と他愛ない会話をしていたらグッドタイミングで、いや、むしろバッドタイミングか。
六華の兄・黒埼が事務所に戻ってきた。
夜中でもサングラスをかけている彼はすぐにシンジに気づき、鋭い一重の双眸を軽く見張らせた。
「これはこれは。シンジさん、ご無沙汰しております」
一線を引いた物言いは丁寧な言葉遣いであるものの有無を言わさない圧力が感じられる。
立ち上がったシンジは二度目の会釈をした。
「こんな時間に突然すみません」
「あの子が呼んだのでしょう? どうぞごゆっくり」
そう告げてシンジの向かい側に腰を下ろした黒埼。
とてもゆっくりできる状況じゃないと、シンジは身構える。
「いつも弟がお世話になっています」
「いいえ、こちらこそ」
「弁護士の蜩先生はお元気で? お仕事の方、さぞ順調なのでしょうね」
「はい、お蔭様で」
「そうですか、一本、失礼しますよ」
黒埼は煙草を取り出した。
長く太い指で一本引っ張り上げ、向かい側のシンジにケースを傾けてくる。
「あ、いいえ、結構です」
「シンジさんは吸われないんですか」
「はい」
「最近、弟とはどうですか」
「はい?」
「最近の六華は口を開けば貴方のことばかりでして」
(多分、いや、絶対に知ってるだろうな)
黒埼君、何でもぽんぽん口にするから、ただの友人関係じゃなくなった俺との付き合いも大好きなお兄さんに話していそうだ。
「兄としては嬉しいんですよ」
シンジは今一度サングラスの向こうにある黒埼の一重目を見返した。
「自分よりも信頼できる相手を見つけてくれたこと。巣立ちを予感する親鳥のような気分とでも言いますかね」
親鳥。
鷲とか鷹とか、どうしても猛禽類を想像してしまう。
「恐縮です」
シンジの返事に黒埼は淀みなく笑った。




