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19-閑話/闇金事務所の慰安旅行

 

 波音が聞こえる。


「贅沢な眺めですね」


 客室に備えらえた露天岩風呂の縁に両腕を乗せ、手摺りの向こうに広がる夜の海を眺めながら、綾人は呟く。


「慰安旅行でこんな贅沢していいのでしょうか」


 竹灯篭の薄明かりに浮かび上がった、湯を弾く艶やかな背中を視界で堪能しつつ、現在彼の雇用主である黒埼は答えてやる。


「これまでのあんたに相応しい見返りだと思うが」

「……そんなこと」


 夜の海に点々と散らばる漁火を数えていた綾人は肩越しに振り返った。

 濡れた髪をオールバックのようにきっちり撫でつけた黒埼を見、小さく笑う。


 出会った当初に引き摺っていた厭世的な濃い翳りはその表情からもう窺えない。


 人生に失望しきっていたはずの切れ長な双眸は、今は、照れくさそうな微笑を湛えていて。

 夜気に曝した背中を黒埼に撫でられると仄かな熱を宿した。


「……黒埼さん」


 ふと湯船が波打った。


 綾人により近づいた黒埼は掌で撫でていた場所を、今度は、唇でなぞる。

 源泉から引いているという無色透明な湯には微かな塩味があった。


「塩でも振ったみたいだ」

「それはお湯の味ですよ」

「砂糖も振ってやろうか」

「食べるつもりですか?」


 くすくす笑う綾人のうなじを舐め上げ、本当に食べたらどんな味がするのだろうかと、黒埼は他愛ない妄想を抱く。


 正面から岩風呂の縁にもたれていた綾人の向きを変えて顔を合わせてみた。

 銀縁眼鏡を外すと、斜め下へ落ちかけた視線が、鋭い一重の眼へそっと寄せられる。


 黒埼は声もなく笑い、眼鏡を簀の子の上に置くと、綾人にキスをした。


「……ん」


 かけ流しである湯の音と波音が鼓膜で溶け合う中、綾人の上擦った声が新たに落ちる。


「ぁ……ふ……」


 湿った髪を耳の後ろへ梳く。

 同時に柔らかな耳朶を抓り、こりこりと刺激した。


「んっ」


 綾人は喉を詰まらせた。

 唇を自由にしてやれば、すでに涙目で、ちゃぷんと顎の下まで湯に沈んでしまう。


「ここでやろうか、佐倉さん?」


 黒埼がそう問いかけると綾人は唇のすぐ下まで湯に浸かってしまった。

 すると黒埼は笑い、ざばりと一人先に岩風呂から上がって、耳まで赤い綾人に告げた。


「じゃあベッドで待ってる」と。





 板間に設えられたベッドの一つに入っていた黒埼は、開けたままにしていた襖の向こうに現れた綾人を見、また笑った。


「佐倉さん、あんた、わざわざ浴衣着たのか」

「……裸でうろうろするわけにはいかないので」


 白地に濃紺の縦縞が走る浴衣をきちんと着用した綾人は、すでに眼鏡を外していた。

 足裏をぺたぺた言わせてダブルベッドまでやってくる。


「ほら」


 黒埼が上布団を持ち上げると湯上がりの頬を紅潮させながらも入り込んできた。

 素肌の感触に出迎えられてまたさらに肌を熱くさせる。


「……何も着てないんですか?」

「パンツは履いてるぞ」

「……」

「……もしかして佐倉さん、浴衣の下、ノーパンか?」

「そんな言い方やめてください……私、何か間違えたでしょうか」


 黒埼の腕の中で恥ずかしそうに縮こまる綾人。

 さらさらした布団の触り心地にも勝る綾人の滑々した頬を撫で、黒埼は囁くのだった。


「浴衣を剥いでいくのも悪くない」と。



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