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16-告白しよう?

 兄貴とは年が離れている。

 兄貴が十五の時に俺は生まれた。


「あの子って利用されるためだけに生まれてきたんでしょ?」


 二番目の母親が言っているのを偶々聞いた。

 俺は一番目の母親の顔を覚えていない。


 運命の相手だったはずの男から裏切られて心が故障したその女は俺を放棄したらしい。

 何としてでも男を引き留めたくて、強請ったセックスで俺を腹に孕んで、わざわざ産み落としたっていうのに。

 愛する男は前と変わらず家に帰ってこない。

 結局、男はより新鮮な女と一緒になることを選択して、お古の女を廃棄することにしたんだと。


 よく知らない一番目の母親はともかく、俺のことを電話でベラベラ喋っていた二番目の母親も、父親である男のことも、俺は信用していない。


 とにかく匂いそのものが嫌いだ。

 何か嫌な匂いがする。


 俺は道具じゃねぇんだわ。

 ガラクタでもねぇんだわ。


 そんで大好きな匂いは見失わない。

 結構長いこと我慢してきたけど、やっと、俺は待ち侘びていた居場所に到着することができた。


「中学卒業おめでとう、六華、今日から一緒に暮らそう」


 兄貴、俺、ハチ公並に健気じゃね?



 ■ ■ ■



「シンジ、訴状添付の計算書に誤りあったから簡裁まで訂正行ってきて」


 上司に命じられたシンジは訂正に必要な文房具やら訂正印を用意して事務所を後にした。


 簡易裁判所のロビーでバッグの内ポケットに入れていたスマホが振動を始めた。

 通話に出れば前置きもなく用事を追加される。


「ついでに印紙と切手買ってきて、メールで内訳送るから」

「わかりました」

「あと法務局の私書箱見てきて、午前中に申請した書類が入ってるはず」

「わかりました」

「あとコーヒー買ってきて、今日は甘めの気分」


(やれやれ、今日も一日忙しい)


 でもまぁ、うん、今日は黒埼君に会える日だから。

 残業がなければ残り五時間、頑張ろう。





 結局残業があって残り六時間頑張ることになったシンジ。


 ちゃんとメールで知らせてはいたものの、懸念が頭を過ぎり、駆け足で待ち合わせの場所へと向かう。

 待ち合わせ相手の六華は駅前広場のベンチ……ではなく、茂み前にヤンキー座りでシンジを待っていた。


「おう、しんちゃん」

「ごめん、遅くなって」

「残業か?」


(ああ、やっぱり。黒埼君、俺が送ったメール見てない)


「メール送ったんだけど見てない?」

「メールぅ? あんなんガキがするもんだろ」

「お兄さんとはメールしないの?」

「する!! 毎日ばりばり!!」


 二十二歳の成人男性にして重度のブラコンである六華の支離滅裂な回答にシンジは一日分の疲れを忘れて笑った。


 派手な金髪、ノストリルの鼻ピアス、手首や指先にはシルバーアクセサリー。


「督促で大声出した後の生はやっぱうまいわ!」


 六華は兄と共に闇金事務所を切り盛りしている。

 つまりバックには玄人の団体さんがいる。

 パラリーガルのシンジは複雑な立場ゆえにあまり突っ込まず、その手の話題はさり気なくスルーしていた。


「まーた詐欺に引っ掛かって返せねぇ、ほざくから、職場の同僚部下上司掃除のおばちゃんら全員に頭下げて借りてこい、言ってやったわ」

「ほら、黒埼君、俺の突き出しあげるよ」

「おお! タコワサ!!」


 ぱっと見にはヤンチャ、仕事面でも相当ヤンチャなようだが、オフの六華はそんなことはない。


 女の子に付き纏うストーカーを撃退したり、回転寿司の炙りサーモンが大好きだったり、お化け屋敷では顔も上げられなかったりする、芯の通ったおちゃめなコだ。

 待ち合わせで一時間遅れようと携帯もチェックせず、理由も知らずに待たされようと「残業か?」の一言で済ませてしまう。


 シンジはそんな六華に惚れていた。


(バイの俺は異性よりも同性との恋愛経験が多い)


 黒埼君はこれまでのリサーチ上、ノンケで、相当なブラコンだ。


「今日の兄貴は昨日よりかっこよかったから、明日の兄貴はもっとかっこいいぞ、どうしよう!!」


(ほら、また、お兄さんの話)


「じゃあ明後日は?」

「もっともっとかっこいい!!」


 一も二もなく断言する六華にシンジはこっそりため息をつく。


(俺と黒埼君の間には見えない壁が(そび)え立っている)


 無理かもしれない、彼と恋愛するのは。

 告白して、変に意識させて、嫌われるのも寂しい。

 こうして一緒にご飯を食べて、飲んで、無難な時間を楽しく過ごす関係に留めておいた方がいいかもしれない。


「しんちゃん、見ろ、この完璧な炙り具合!!」


(この想いを告げられないのも寂しい気がするけれど)





「ちょうちょ~ちょうちょ~牡丹にとまれ~」


 ハシゴした二軒目のこぢんまりしたバー。

 壁際のテーブル席で匂い立つミントの浮かぶモヒート片手に六華が歌う。

 歌っていたかと思えばシンジの二の腕をツンツンしてくる。


「しんちゃん、いつになったらこの腕に蝶飛ばすん?」

「うん、そこに蝶が飛ぶことは多分永遠にないから」


 何故だか六華はシンジに蝶のタトゥーを彫れとやたら勧めてくる。

 毎回、シンジはやんわりあしらっているが彼はなかなか諦めてくれない。


「永遠とか、かっけぇな、しんちゃん」


 適度に酔いの回った六華は斜めから壁にもたれて笑った。

 彼の背中には(あで)やかな牡丹が咲いている。

 彼と初めて出会った夜、その翌朝にシンジは満開の牡丹を目の当たりにしていた。

 六華いわく、泥酔いしたシンジは牡丹の蜜を吸おうとしたらしいが、当人はそのことを全く覚えていなかった。


「俺、蝶々、好きなんだわ」


 シンジはどきっとした。

 自分の好きなものを肌に刻んでほしいという欲求に、何らかの期待を抱いていいものだろうか、なんて思ったりした。





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