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 会社帰りのサラリーマンや女性のグループ、同伴と思しきカップルなど、客層が社会人を占める焼き鳥屋。

 大繁盛で賑わう中、二十七歳のシンジは調理場をぐるりと囲むカウンターに一人座り、生ビール片手に遅めの夕食をとっていた。


「どう、仕事は相変わらず?」と、顔なじみの店員に問われてさらっと答える。


「私用まで頼まれてパワハラすれすれではあるね」


 長々と愚痴るのは好きじゃないシンジ、それだけ告げるとチャンジャとハツをツマミにして生ビールをぐいっと飲んだ。


「ぱわはら?」


 思わぬところからの問いかけにシンジは目を丸くする。

 混んでいるために皆が詰めて座るカウンター、シンジの隣には金髪、ノストリルの鼻ピアスをした若者が座っていた。


「ぱわ原って変わった名前だな」

「……パワハラっていうのは、職場で目上の人間から精神的身体的イヤガラセを受けるって意味だけど」

「へぇ!」

「テレビやネットで一回くらい見聞きしたことない?」

「ねぇ! どっちも見てねぇ!」


 金髪鼻ピアスの若者こと六華は、黒髪に色白の肌、ノーネクタイに腕捲りしたワイシャツ姿でさっぱりした顔立ちのシンジを遠慮なく眺め回した。


「お前、上司にイヤガラセされてんのか? 俺の上司は最っ高にかっこよくて頭よくて優しくてかっけぇぞ」

「ふぅん。いい上司に恵まれてるね」

「俺の兄貴だ!」


 シンジはそれから六華の兄に纏わる自慢話を長いこと聞かされた。

 スタジャン姿の六華には露出度の高い女性の連れがいたのだが、初対面のシンジにばかり話を振る彼にぶちぎれ、単身店を去っていった。

 それでも六華は兄への想いに漲る熱弁をやめなかった。


「たださぁ、最近入った事務員といい仲になっちまって」

「ふぅん」

「前は借金返済代わりに体売らせて金稼がせてたデリ的人材だったんだよなぁ」


(ああ、このコ、やっぱりソッチ系か)


「それがいつの間にか、あ、兄貴と……慰安温泉旅行とか、二人でダブルなんかに泊まりやがるし」

「君は置いていかれたの?」

「……一人で隣に泊まってた」

「一緒に行きはしたんだ」

「チクショー、俺も兄貴と一緒にしっぽりしたかったのに!」


 六華は熱々の手羽餃子を生ビールで流し込むとジョッキをカウンターに勢いよく下ろした。


「わ、びっくりした」

「今日は飲むぞ! お前も付き合え!」


 初対面で何でそうなるかな、とシンジは首を傾げる。


(でもまぁ、面白いし、明日は午前休とって昼出勤だし)


 付き合ってあげようか。

 このコ、ワンコっぽくて放っておけない。







 頭も体も重い。

 目覚めるなり鈍い頭痛を覚えてシンジは呻いた。

 瞼を持ち上げれば見慣れたワンルームマンションの天井。

 酒で嗄れた喉が猛烈に水を欲している。


 カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しく、身じろぎし、顔の前に腕を掲げようとしたら。

 肘が何かに当たった。


「んが……」


 シンジは瞬きした。

 ゆっくり、隣に、視線を移すと。

 昨夜出会ったばかりの六華が寝ていた。


「……」


(えっと、これは、どういうことだろう?)


 そういえば俺、パンツしか履いてない……?

 彼も裸っぽいな……。


(えっと、寝起きで頭が追いつかない、どういうこと?)


 静かに混乱するシンジの視線の先で六華は寝返りを打つ。

 羽毛布団を巻き込んで、そのまま、ベッドの向こう側に落下した。


 ごん!!


「いでぇっ……誰だコラぁっ、ケンカ売ってんのかぁっ」


 床で寝惚けて喚く六華に、シンジは、現状を忘れてつい吹き出す。

 すると彼は乱れた金髪の向こうでパチリと目を見開かせた。


「誰だ、お前」

「そこまで忘れる?」

「どこだ、ここ」


 六華は辺りを繁々と見回す。

 彼もシンジと同じくボクサーパンツ一丁だった。

 よく見れば脱ぎ散らかされた服を尻で踏んづけている。


「ここは俺の部屋。あのさ、焼き鳥屋で話したのは覚えてる?」

「あ! ぱわ原さんがどうとかってやつか!」

「ぱ……まぁ、いいや、それで俺達どうしたかな」

「あ?」

「確かショットバーで飲み直して、それから」

「それから? 覚えてねぇよ? てかシャワー借りんぞ、自分がくせぇ」


 自分自身の煙草臭い髪や体をフンフン嗅いで顔を(しか)め、六華は、すっくと立ち上がった。


 現れた褐色の背中にシンジは釘付けになる。

 背中に彫られた(あで)やかな牡丹。

 そして、うなじから肩にかけて新鮮なキスマークが複数。


「おい、風呂どこだよ、ここ物置じゃねーか」

「……浴室は玄関側だから」


 場所を教えてもらった六華は鼻歌を口ずさみながら浴室へと入っていった。

 シンジはベッドから動き出せずにひたすら虚空を見つめる。


(俺はバイだけど)


 本番には至っていないようだけど。

 あのキスマークは俺がつけたのかな?


「思い出せない」


 浴室から聞こえてきたフルボリュームの鼻歌にシンジは失笑した。

 あんな大型犬もしくは凶犬がどのようにして自分に急所を許したのか。

 それを想像すると、まぁまぁときめいてしまい、慌てて自重した……。




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