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15-回想しよう

「にいにぃぃぃい!!」


 黒埼がドアを開くなり玄関で待ち構えていた弟の六華は長い足に飛びついた。


「先月振りだな」

「うん!! にいに、いい匂い!! おひさまの匂い!!」

「元気してたか、六華」

「うん!! にいには!? にいに、おめめかたっぽ、どしたん!?」


 日曜日の正午過ぎだった。

 片目に眼帯をしている黒埼に六歳の弟はきょとんとする。


「またケンカしたん? にいに、ケンカしたん? あいて、ビョーインおくりにしたん!?」

「これはものもらいだ」

「ものもらいぃぃ? それなんてワザ!?」

「だから約束していたプールに行けなくなった、悪い」

「えぇぇぇぇえ~」


 盛大なブーイングを上げる六華を足にくっつけたまま黒埼は部屋の中へ進んだ。


「今日は何か食べたのか」

「あんぱん!!」

「あのママはどうした、またブランド品でも買い漁ってるのか」

「ばーばはエステ!!」


 ダイニングテーブルに置かれていたあんぱんの包装以外、開放感ある広々としたその部屋は。

 隅から隅まで綺麗に片づけられていてゴミ屑一つだってなかった。

 まるでチラシに載っているモデルルームのような。


「ばーば、じゃない、ママだろ」

「おれ、ばーばママもおやじもきらい!! にいにだけでいい!!」


 放っておくと延々と足にしがみついていそうな弟を抱き上げた黒埼。

 大喜びする弟を小脇に抱え、その足で部屋を出、閑静な立地に佇む高級マンションを後にした。


「おれ、にいにのバッグみたい!!」


 夏、白昼の暑さもどこ吹く風で六華は大口を開けてきゃっきゃと笑う。

 途中、黒埼は片方の手に掴んでいたサンダルを歩道に並べ、弟に履くよう促したのだが。


「えぇぇぇ~! おれ、にいにのバッグだもん! あるくのヘンだもん!!」


 それもそうかと思い、黒埼はまたしても弟を小脇に抱えて歩行を再開した。


「ねぇねぇ、にいに、どこいくん!?」

「お前、今、何が食べたい?」

「やきにく!!!!」 


 弟のリクエストに応え、黒埼は最も近くにあった全個室の高級焼肉屋へ。


「すげーうまいであります!」


 弟の食べる肉を焼いてやる黒埼。

 二人は血の繋がった、年の離れた兄弟だ。


 両親は五年前に離婚した。

 現在、弟は父と、その再婚相手と三人で暮らしている。

 黒埼は一人で暮らしていた。

 心の安静が必要な母親は実家に籠もっていた。


「ねぇねぇ! にいに!」

「カルビ追加か?」

「かきごおり食べたい!」


 メニューにカキ氷が載っていなかったので、焼肉屋を出た黒埼は幾分重くなった弟を肩車して、最も近くにあったファミレスへ。


 冷房の効いた店内で並んで座ってカキ氷を一つ注文。

 テーブルに届くまで弟は兄の手で遊んでいた。


「にいにの手はでっかいぞ!」

「お前よりはな」

「この手でケンカあいてのあたまをぎゅってしちゃうんだな!」


 黒埼が無駄に喧嘩に明け暮れていたのは弟が生まれる前の話だ。

 弟が生まれると、その存在に毎日心身を傾け、喧嘩どころではなかった。

 ミルクやげっぷやおむつのことで頭がいっぱいだった。

 当時、十五歳のときのことであった。


「わぁぁ! まぶしぃぃぃ!!」


 イチゴの練乳がけカキ氷にまたテンションの上がる弟、そんなに喜んでくれるのならいくつだって頼んでやる、黒埼はそう思った。

 しかし。


「……ぐぅ……」


 カキ氷を半分食べた辺りで小さな頭はこっくり、こっくり、遂には完全にガクンと落ちた。


 スプーンを握ったままテーブルに突っ伏して寝始めた六華。

 ちょっと行儀が悪いが仕方ない、黒埼はサンダルを脱がせて弟に膝枕してやり、残りのカキ氷を食べた。


「……ハンパねぇな、このツーン感は」




 黒埼は寝たままの弟をおんぶして弟の家へ向かう。

 夕方になっても夕涼みには程遠く、西日に横顔がじりじり焦げつくようだった。


「ん~……」


 マンションのエントランスまで来たところでタイミングよく弟が目を覚ました。

 黒埼はサンダルを並べ、まだ眠たそうにしている弟に履かせると、その場にしゃがみ込む。


「上まで一人で帰れるな?」


 そう問いかけた瞬間。

 寝惚け眼だった双眸がまん丸に見開かれたかと思うと。

 ぶわりと大粒の涙が。


「おれぇ……にいにのバッグだもん……にいにのおうち一緒かえるもん」

「……」

「にいにと……う゛う゛っ……一緒いるもん」


 磨かれた大理石のエントランス、住人の姿は見当たらない、どこまでも静まり返っていた。


 片目に眼帯をした黒埼は無言で弟を見つめた。

 かける言葉がまるでない。

 まだ兄弟一緒にいられる時期には至っていない。


 だけどいつか必ず。


「……」


 黒埼の目の前で六華はぐっと涙を拭った。

 まだしゃくり上げていたが、窮屈そうにしゃがみ込む黒埼をじっと見つめ返し、ちょっと背伸びをしたかと思うと。

 兄の頭をぽんぽん撫でた。


「にいに!! おれ、にいにとはやくいっしょなれるよう、がんばる!!」

「頼もしいな、六華」


 二十一歳にして裏社会に半身が浸かっている黒埼は唯一の大切な家族に笑いかけた。



 ■ ■ ■



「佐倉さん、ちょっと休憩したらどうだ」

「この分を入力したら一段落つきそうなので、もう少し」

「コーヒー飲むか」

「え? あ、いえ、自分で淹れますから」

「アイス奢ってやろうか」

「あぁぁぁぁあ! にいに、俺にも構ってぇぇぇ!!」


 事務員にばかり構う兄に居ても立ってもいられなくなり、つい昔の呼び方をなぞった六華。

 パソコン画面に釘づけである綾人の肩に手を乗せたまま、今や裏社会にどっぷり浸かっている黒埼は、サングラスをずらして弟に言う。


「お前のアイスはもう買ってある」

「……にいにぃぃぃぃ……!!!!」



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