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早咲きの蓮華は地面に咲いた  作者: 雨夜玲
それを望んだわけではない以降↓(設定中)
23/42

同じ人間の同じ花

 七月下旬。夏期休暇中のある昼過ぎ。

 僕のところに一本の電話がかかってきて、静かだった家に一つの音が響く。僕は昼食のうどんを食べる手を止め、スマホを充電していたリビングへ立つ。

 机の上で充電しているスマホを手に取る。画面に表示されている「 Gil 」という文字。想像はついていた。その想像でしかなかった。

「もしも」

「れーくん!」

 僕の声を遮るなり、あまりにも大きな声で言われてとっさにスマホを耳元から離す。ギルの電話に出ると五回中一回はとっさに離している。

「……うるさい。鼓膜破れるかと思った」

 静かな室内でうどんをすする音くらいしか聞こえなかったから余計に。

「れーくん耳敏感だもんねー」

 耳が敏感だとかより、そもそもの元凶がギルの意図か故意で出した声の大きさだと思うのだが。

「それで、用はなんだ」

「あ、そうそう。今日さ、こっちの家の近くでいつものお祭りするみたいだからさ」

「一緒に行こう、なんて言わないだろうな」

 念のために聞いた。けど、ギルからわざわざ連絡があったということはそういうことだ。

「もちろん、一文一区間違ってないよ。だから今日の四時半くらいに俺の家に来てね」

 ほら。

「まだ行くとは言っていない」

「聞こえませーん。じゃあ来てね! 約束だよ」

 そして切れる。

 反論する間もなく切られた。

 けど、毎年こうも行きたがらない奴を連れ出すには無理やり連れて行くしかないんだろう。本当に無理な都合が出来たとき以外、圧力に負けて思い通りに動くような人間なんて特に。

 食事に戻ろうとしたとき、再び電話がかかってきた。またしてもギルだ。自分からかけてくれるなんて。

 自らかけてくれるなら僕も反論しよう。そう思ったのに、

「ギル今日は買い物するからいけ」

「知ってるよ、れーくんがのんびりこの時間になってお昼ごはん食べてるの」

「……なんでそう思った」

「れーくんいつもこのくらいの時間に食べてるでしょ、休みの日とか。もう何年もずっといるんだからそれくらいわかるよ。れーくん学校ある日はしゃきってしてるけど、休みの日は人が変わったようにだらけてるからね」

 ギルの目の前で酷くだらけているところを見せた憶えはないんだが、僕の部屋に監視カメラでも設置しているのか……? 少し怖いぞ。

「それで、買い物しに行くときだけ早くっていうか、普通くらいの時間に食べるんだから。任せてよね、れーくんのこととなればぜーんぶお見通しなんだから」

 まるでGPSが体にでも内蔵されているかのようだな。

「僕の行動がギルに筒抜けだということはわかった。どうしてまたかけてきた」

「あぁ、さっき言い忘れてて、浴衣着て来てね!」

 一応もう一度反論しよう。

「僕はいか」

「じゃあね!」

 電話が切られた。

 まあ、これといった予定もなくて課題をするくらいにしか時間を使わないつもりだったから、今日くらいは付き合ってやってもいいか。ずっと課題をしていたからいい脳の休息にもなる。あそこの夏祭りをギルと行くのは三、四年ぶりか。

 浴衣を着て来いとのことだが、家に僕が着られる浴衣、あるか? 浴衣なんてずっと着てないが。

 その問いの答えを確認するために二階に上がろうとするが、まだ食べている途中だ。腹が空いて思いだす。

 ごちそうさま。

 デザートに市販で売っている抹茶の粉末の入った器に、ほどよい温かさの湯を入れて抹茶を作り、飲む。冷たいうどんを作ったから体が内側から冷えて寒かった。震えるほどに。冷えた体に温かいなにかを注ぐのは芯から温まった気がして好きだ。

 十分に体が温まったら、わざわざ使った食器類を今洗って浴衣探しの時間を遅らせる。そうだ。あるかもわからないものを探すのは面倒なことに値する。遅らせないわけがない。

 それでも洗い始めればすぐなもので、気づいたら洗い終えていた。

「…………」

 水浸しの食器が置かれる水切りラックを見つめる。

 探してくるか……。

 探す候補はいくらかあって、簡潔にまとめれば二階にある全部屋だ。もちろんある可能性の高低はあるが、あるかないかを確認するには全部屋見る必要がある。

 まずは僕の部屋だ。けどここは可能性は低いだろう。浴衣を着たのはうんと昔だ。明確には憶えていないが小学校低学年以下。そんな年齢の人間が簡単に着脱できない浴衣を着れるわけがない。もし部屋にあったとしたらそれは母親が入れたものだ。それに、そんなうんと昔に着た浴衣を今の年齢で着れるわけがなく、成長したあとのための買い溜めなんてことをしていなければ、今着れる浴衣は僕の部屋にはないとなる。

 僕の部屋、つまり普段使う自室はだいたいのモノの位置を把握している。だから確実にないであろうところは探す必要がない。候補としてはクローゼットの上に置けるスペースか、下に置けるスペースだ。クローゼットに入っているガラクタなんて普段は触らないから、そこになにがあるのか把握していない。整理がてら見よう。

 上は椅子に上って下はあぐらをかいて探したが、それらしきものはなかった。ただ、たくさんの要らないと思われるガラクタが出てきた。けどどれも捨てられないものだった。捨てたくないものだった。

 上には僕の幼いときに使っていたおもちゃがある。幼稚園に上る前に使っていた赤ん坊用のおもちゃ。

 下にはギルからもらったおもちゃやなにかのもの、石なんかもあった。親に見せても興味なんて示さないし、石なんて捨てられると判断した僕が数少ない物置のクローゼットにそれらを仕舞い込んだんだ。ギルはあげたなんてこと覚えていないだろうな。

 結局僕の部屋にはやはり幼児の浴衣しかなく、着れるものなんてなかった。

 次は母親の部屋だ。自分の子供の浴衣を自分で保管するなんてことあり得なくもない。それに僕が小学校低学年のときは……いや、いつだってあいつと同類だ。

 母親の部屋に入るのは最後にピアノを、アップライトピアノを中学二年か三年にあった合唱コンクールの伴奏の練習するのに入った日以来だ。それ以来は入っていない。暇があればまた弾いてやらないと……ピアノも可哀想だ。音もズレまくっているんだろう。

 僕の部屋とは違ってホコリが積もってる母親の部屋をあさり始める。父親の部屋もだが、母親の部屋のものはなにも動かしていない。

 浴衣が入りそうなタンス、クローゼットをズボンにホコリを付けながら探した。

 ときどきこんなものもあったのかと驚きながら探していれば、目的とは違うがアルバムを見つける。

『 YUKI'S HISTORY 』

 なんとなく中身を見ようとするが手を止める。

「…………」

 アルバムから手を離して、もとの位置に戻さずに浴衣探しに戻った。

 数十分ほどあさってたが結局女性用の浴衣しかなかった。まあここも可能性はもとから低かった。あっても子供用くらいだろう。

 アルバムを持って部屋を出て、アルバムは僕の部屋の勉強机に置く。これは持っておこう。なんとなく、なくしたくなかった。

 残るは物置と父親の部屋だ。どちらもあまり入りたくはない。物置はずっと入らず掃除せずでホコリしかなく、入った瞬間に鼻がムズムズしだすし、父親の部屋は……。

 けどホコリまみれになるのと、まみれにならないのだと、父親の部屋にあると思ったほうがいいはずだ。そこにあると願ったほうがいい。

 父親の部屋の前に立って深く深呼吸をする。手に力を入れて扉を開けた。

 母親の部屋と同じで無臭で多少のホコリが積もっている。けどやはり物置よりはマシだ。あそこは母親が死ぬ前からずっと掃除してなかったからもっと酷い。

 思えば父親は今は生きているのだろうか。母親と再婚した男を僕は親と認識していない。血のつながりもないただの他人。そう過ごしていたら母親と死んだ。だから再婚前の血のつながりのある男、父親は事故で死んではいない。でもいまさら父親の生死なんて、さらさら興味ない。もう関わることのない人間なんだから。

 父親の部屋は少しだけ再婚後の男が作った模様に変わってはいるが、父親の使っていた面影は残っていて、見るだけで気分が悪くなる。早く探して出よう。

 父親の部屋を探すわけは、もちろん男用で大人用の浴衣があるかもしれないからだ。ずっと昔に父親と行った記憶もある。その時に着ていたはずだ。むしろ、その日しか記憶がない。

 母親のときと同じくタンスとクローゼットを見る。どちらも男のものが数個入っていて、父親のも何個かある、そんな状態だった。父親は離婚後もなぜか少量の荷物をときどきにしか取りに来なかったからこんな状態になっている。

 一番下のタンスに手をかけて開ける。今までに見た景色とは少し違った。なにか木製の箱が入っていた。その箱は大きく、全部出さないと蓋を開けられなかった。出したあと蓋を開けてみる。そこには綺麗に畳まれた黒い浴衣が入っているようだった。しかも男用で大人用。浴衣探しに決着がついたみたいだ。

 箱だけ持ってそそくさと部屋を出る。あそこに長くはいたくない。

 一階に行くとき物置を少し覗き、ホコリの被り具合に見ていなかったフリをして一階に下りた。あそこの掃除はいつかする。……いつか。

 二階のどの部屋にも冷房はかけていなかったから、冷房をつけていた一階に下りれば涼しくなる。冷房は夏休みに入ると同時につけ出してエアコンのありがたさを実感している。

 丁寧に箱を床に置いてソファーに座り込む。もう疲れた。まだ今日は祭りなんてイベントがあるのに。

 ぼーっとして疲れを癒そうとすれば、テーブルの上でスマホが振動しているのに気づいた。ずっと鳴っていたのかもしれない。ギルからだ。

「もしもし」

『――――』

 声がない。代わりに人の声のようなノイズがかかっている。ギルからの電話ということを確認してから、もう一度言う。

「もしもし」

『――とだ。もしもしれーくん? 全然かからなくて気づかなかった。浴衣見つかった?』

「今さっき」

『ほんと! やった! これでれーくんとの浴衣姿を写真に納められる! それ着て俺の家来てね!』

「写真はなしだ。一人で撮れ。僕は撮らない」

 自撮り写真は好きじゃないんだ。

『うんん、撮るのー。思い出だよ思い出、残さなきゃ。ほら、れーくんも記憶力ないけど写真あれば思いだせるでしょ? そのためにだよ』

「……気が向いたら」

『あはは、ありがと! じゃあまたあとでね』

「ああ」

 電話を切る。

 僕は風景写真は好きだ。理由は特にないが。それと違って自撮り写真はあまり好きではない。だが、ギルの言ったことは確かで、僕のような短期記憶の奴には便利なアルバムだ。そう考えながらなら、撮ってやれる。

 少しの間疲れを癒やしたあと、浴衣の入った箱を開けた。中には浴衣を着るために必要なものだと思われるものがいろいろ入っていた。けど、どれをどう使うのかはわからない。とりあえず、全て揃っているかスマホで調べながら見ていこう。

 どうやら必要なものは全て揃っているらしい。専門用語が多くてなにを言っているのかわからず、写真を頼りに確認していたから少し手こずってしまった。

 時計の針は十五時三十分頃を指している。一人で浴衣を着たことがなくて、着るのにどれだけ時間がかかるかわからないから、もう着始めることにしよう。もちろんスマホで調べながら。スマホがなければ着て行くことを了承していなかっただろう。それこそ、頭を下げて断っていたかもしれない。電話越しに。

 スマホを片手に着替え始めた。

 ――形を整えて、帯を右に回転させて後ろに持っていく。背中の中心よりどちらかにずらしたほうがいいらしいのでずらす。……これで完成……のようだ。三、四十分かかってしまった。けど、約束の時間は十六時半だからちょうどいい。

 出来栄えを確認するために玄関にある大きな鏡で自分の容姿を見てみる。

「おぉ……」

 思わず感嘆の声がもれる。

 日本独自の文化にはもとから興味があって、こういった衣服にもだ。改めて身にまとえるのは少し興奮する。

 十分に目に収めたら、ソファーに戻って空になっていない箱の中身を確認する。中にはまだ巾着、扇子、手のひらより少し大きな箱が入っている。

 扇子は暑い屋外にうってつけだろうし持って行こう。少しはみ出すが巾着に入れた。……少しダサい。

 箱のほうにはどうやら下駄が入っているらしい。サンダルでも履こうと思っていたがあるならこれを使おう。ますます雰囲気が出る。

 ギルの家には徒歩で十分ほどで着くから、十六時十分くらいに出る予定だ。その間、巾着に財布やスマホ、ハンカチ、家の鍵、虫除けスプレー、念のためのエコバッグも入れておいた。

 虫除けスプレーは先に掛けたが、汗で流れるかもしれない。汗でも流れないものがあればいいんだが。もちろん効果があるのかはわからなくて、いつも疑心を抱きながら掛けている。

 箱から下駄を取り出し、巾着も持って玄関に行く。履きなれない下駄に不思議な感覚を持つが、部屋に腕時計とマルチツールを忘れているということを思いだして取りに行った。こういう日に限って必要になってくるんだ。こういうイベントがある日に。

 再び下駄を履いて同じ感覚を抱き、巾着の紐を持って、ギルの家に向かった。が、すぐに扉の鍵をかけに戻った。


 今日も空は綺麗だ。見飽きることのない、自然が作り上げた美しい作品。ギルの家に行くまで何度か空を見上げた。信号が赤に変わるたびに見上げていた。本当に綺麗だ。夕方なんて特に。

 夕方……。先月のことを思いだすな。祭り、一緒に回りたかった。

 浴衣を着た人を何度か見かけながらぼんやりと歩いていれば、ギルの家に着いていた。何回も来たことがあるから、無意識でここまでたどり着いていた。

 インターホンを鳴らしたあと、すぐにドタドタと階段を下りる音、そして玄関の鍵を開ける音がした。扉が開くと同時に声もする。

「やっとき……た」

 浴衣姿で左耳上で髪を編み込んでいるギルが出てきた。

 ギルが着る浴衣は切り替えのある浴衣、右手側に黒色、それに被さるようにして左手側に白色がある浴衣だ。よく似合っている。

 そんなギルは僕の姿を見るなりフリーズする。

「……どうした」

「かっこいい……」

「…………」

「めっちゃくちゃかっこいいよれーくん!」

 ギルから言い出したことだろ。そんなことは言わず、言葉を選んで言う。

「お気に召したようならよかった。ギルもよくお似合いだ」

「そ、そうかな……。俺が着てもヘンじゃないかな」

「……ものの好き嫌いは自分や他人が勝手に決めているだけでなにが正しいとかはないんだ。着たいものを着ればいい」

「……うん! そうだよね。えへへ、ありがと!」

 照れくさそうに笑う。

 第一、本当の笑顔は誰が作っても価値があるんだ。

 汗を流しているのを見つけたのか、すぐ中に入るよう言われて、そのままなぜかギルの母親の部屋に連れられた。場所は合ってるのかと聞いても合ってると言われてしまう。……冷房がきいていて涼しい。

 この部屋は甘ったるいくらいに甘いニオイがするからあまり好きではないんだ……。甘いニオイを出しているのは、いつ見てもあるリードなんとかとかいう数本の細長い棒と色付きの液体の入った容器からだ。

「そこの椅子に座ってちょっと待っててね」

 部屋に僕を置いたら早々に部屋を出ていく。

 指定された椅子は前に化粧台がある椅子だ。それ以外だとベッドにしか座れないから仕方なく椅子に座る。鏡を背にして。

 なんで僕はここに連れてこられたんだ。椅子を指定したんだから部屋を間違えたなんてことはないんだろうが。

 暇で部屋の中を見渡すが、大量の漫画が並んでいる棚があるだけで特に目立つものはない。漫画はどれも日本語で書かれているようだ。ギルの母親は読めるのだろうか。

「…………」

 この部屋に来たときは毎回思いだす。

 小さい頃にギルの家でかくれんぼをしたとき、僕が隠れた場所がこの化粧台の下だった。そして見つかって出ようとしたとき、そのまま立ち上がってしまって頭を思いっきりぶつける。そんな記憶を思いだす。ギルの親から酷く心配され、今考えると本当に申し訳ない……。隠れ場所を異性の部屋にしたということにも。当時の僕にものすごく失礼だと言ってやりたい。

 少ししたあと、ギルが母親を連れて戻ってきた。一緒にクシ、ヘアゴム、ヘアピン、ヘアワックス、ヘアアイロンが化粧台に置かれる。

「なんで後ろ向いてるの? 普通前でしょ」

 椅子の向きを正されて、さっと下を向く。が、ギルに問うことをいいことに斜め後ろを向いた。

「今からなにするんだ」

「おしゃれだよ! せっかくの浴衣だからおしゃれしなきゃ。れーくんそれだけでもかっこいいけど、もっとかっこよくね!」

 無加工でいいのならもうそれでいいだろ。

「一応考えてるの二つあって、おでこ出したほうがかっこいいからそれでいい?」

「嫌だ」

「えー? こんな感じだけどしない?」

 前髪を触られる。

「しない」

「鏡見てないじゃん」

「…………」

「見てくれないとこれにするよ?」

 仕方なく見る。

 ほぼ額が見えるように前髪の三分の二を上げて左に流されて、残りの三分の一は右に流している。

「誰がこんなのするか。額が出るのはなしだ」

「えー。じゃあ編み込みでいい? するのここ」

 ギルが編み込みをしていた位置だ。

「それでいい。とにかく額を出すのは駄目だ」

「見せたほうが絶対かっこいいのに。ついでに編み込みだと、ここをこうやってわけるからね?」

 目の上あたりから小さく分けられて、少し額が見える。だから聞いてきたんだろう。

「……それくらいなら」

「よし決まり! じゃあお母さんここに編み込み作るの、お願い」

「マカセナ」

 そのために母親を呼んできたのか。僕の後ろに母親が立つと、早速髪をクシで解かされる。

 ときどきクシに引っぱられる感覚を覚えたあと、今度はヘアアイロンで型が作られる。目を│つぶって待つことにした。

「よしできた!」

 その言葉に目を開けると一瞬誰だ、と言いたくなった。それくらい変わっていた。ギルの言っていたように耳上で編み込みをし、左目の上のあたりから分け目が作られている。

 後ろに立つ人も変わっているようだ。

「どう? すっごくかっこよくない?」

「さあな」

「ワックス付けてるから今日は絶対にお風呂に入って髪洗ってね。落とさずに寝たら傷んじゃう」

 さすがに夏に何時間か出るんだから、風呂は入る。汗でベタベタな状態で寝たくない。と言っても、気力があればだが。

 そんな思考を巡らせていることがバレたのか念を押された。

「入ってね?」

「……トイレ借りる」

 誤魔化すようにそこから逃げた。なにをするにしても気力次第なんだ。

 トイレから出てギルの部屋の扉に手をかけたが、今日は母親の部屋なんだ。かけた手を離して母親の部屋の扉に手をかけた。

「ベビーキャッスーじゃなくて、ベビーカステラ」

「カステラ……。 oh カステラ! ニホンノオカシ、オイシイ」

「そうそう。お母さん好きだったよね」

 部屋に入るが、二人は気づいていないらしい。静かに会話が終わるのを待つ。

「イルイル」

「じゃあ買ってくるね」

「ナンエン?」

「んー、百円から千円の間。あはは、ちょっと覚えてない」

「……リョウカイッ!」

 母親は僕の横を歩いて部屋から出ていった。そして母親を視線で追っていたらしいギルは僕に気づく。

「あ、れーくん帰ってきた。あとちょっとで出るから準備しててね。俺まだできてないけど、あはは。準備してくるね」

 ギルはそそくさと部屋を出ていった。友人を母親の部屋に置いていくな。それにカステラ代は貰わなくていいのか?

 立ってギルの帰りを待っていれば、母親が戻ってくる。手には千円札が握られていた。

「ギルクン?」

「 In his room 」

「 Oh…… レンクンアリガトー」

 また出ていく。

 甘いニオイに嗅覚を蝕まれながら、待っていた。

「よし、れーくん行こ!」

 扉に顔を覗かせながら言う。巾着を持っていることを確認して部屋を出た。ギルの後ろを歩いて玄関まで行く。

「ギルクン、レンクン、イテラシャイ。タノシメ!」

 後ろから声がして振り返る。

「うん、行ってきまーす!」

 先にギルが行ってしまうので、一礼して家から出た。

 二つ分のカランコロンという心地いい音を出しながら、ギルの隣を歩いて祭り会場へ向かう。

「れーくんと行くの三、四年ぶりくらいだよねー。楽しみだなー。……そういえばね、れーくんのその髪型とちょっとだけ同じ人がいるんだけど、誰かわかる?」

「……ギル」

「あれ、気づいてたの?」

「ギルが家から出てきたときから気づいていた」

 確かに特徴的な浴衣が先に目についたが。

「そうだったんだ。まあ髪型決めるときれーくんが編み込みのほう選んだからたまたま一緒になったんだけどね。おそろいの髪型になるかは俺の運試しみたいなところあったんだよね、あはは。……あれ、ってことは浴衣だけじゃなくて髪型も含めて、さっきお似合いだって言ってくれたの?」

「それ以外にあるか」 

「そうだったんだ。さすが俺の親友……! ありがと!」

 えへへと嬉しそうに笑う。

 昼間よりは気温も下がっているが、それでも歩いていたら汗をかいてくる。手で顔を仰いでいたら、こういうときの扇子じゃないかと思いだして、巾着から取り出した。開けば黒と白の金魚もしくはべつの魚が描かれている。ヘンな柄じゃなくてよかったといまさら思った。

 さっきギルが言っていたように、ギルと祭りに行くのは三、四年ぶりになる。僕のような短期記憶の奴は三、四年前に行った祭りの会場を憶えていない。ギルが右に曲がれば曲がり、左に曲がるなら曲がって付いていくしかなかった。

 しばらく歩いていれば屋台が見え始めてくる。同時に人が増えるとともに、歩くペースも落ちていった。扇子を仰げなくなって一度閉じる。

「会場も大きいからやっぱり人多いね」

「そうだな」

「はぐれないようにしないとね」

 そう言って僕の袖を│つかむのがわかったから、手を握った。こちらのほうが安全だ。僕が自らこんなことをすると思っていなかったらしく、隣では意外そうな顔で見てくる。僕はそれに気づかないフリをした。

 歩く歩幅が狭くなっては、ついに止まる。

「……さすがに人が多いな」

「あつーい」

 気温に加えて人混みで人口密度も高い。ギルと手を握っていれば、すぐに汗を手のひらで挟んでいた。

 何分かわからない。長い間、人に埋もれていればいつの間にか鳥居もくぐり、次第に人も少なくなっていった。魔法で消えた、なんてことはなくて鳥居をくぐった先で道が十字に分かれているからだろう。ずっと奥まで屋台が並んでいる。右には少し行けばお化け屋敷。左にも道が続いている。

「左に曲がるよ。あとでこっちまで戻ってきて、前の道とかに行くからね」

 左に行くのには理由があるのだろう。やりたい屋台があるなどといった。僕は三、四年ぶりにここへ来るし、屋台の並び順なんてものを憶えていない。だとしても、ここへ来たら一番にすることは憶えている。そのすることが今から向かう左手にあるのだろう。

「あったあった」

 左に折れて少し歩いたところだ。屋台ののれんには「射的」とある。

 人が並んでいなく、すぐにできるようなので三〇〇円払った。

 ここの射的は菓子やぬいぐるみを狙うのではなく、銅製の人形が的になっている。そして倒した数で相応の景品が貰える仕組みだ。

 五個コルク玉を貰う。鉄砲の側面にあるレバーを力いっぱいに引いて、コルク玉を一つ詰める。この鉄砲は当たりかもしれない。悪いなギル。

「よし、準備できた……ね。じゃあどっちがどれだけ取れるか勝負!」

 そう。僕らは一番初めにここへ来て、人形を倒した数を競い合う。

 台に肘をついて、銅製の人形に銃の狙いを定める。そして数秒後に僕は撃った。

 発砲音のあとに人形が台から落ちて、手元の台に置かれる。一つ目。

 ギルも撃つ。僕同様、発砲音のあとに人形が台から落ちた。それを数回繰り返し、撃つたびに一体の人形が落ちる。

 そしてこれが最後の一発。一度ギルのほうを見る。ギルも最後の一発を鉄砲に詰めているところだ。手元には四体の人形が置かれている。視線を戻す。

 銃口を斜めにあわせる。僕がやりたいことは一つの玉で二つの人形を落とすこと。正直できるかはわからないし、そんな挑戦せずに一体を確実に落とすほうがいいとも思っている。けど、それだと決着がつかないんだ。

 力を抜いて、息も忘れるくらいに集中した。

「…………」

 長い沈黙のあと、一つの発砲音がした。人形が倒れる音が一つ。その数秒後にもう一つの発砲音。人形が倒れる音が二つ。

「負けたぁー!」

「よし……!」

 結果は一体差で僕の勝ち。思わず右手に拳を作った。

「れーくんズルいよ!」

「玉は平等に五個ずつだ」

「そうじゃなくてー! れーくんやるの久々だと思って劣ってるかなって思ってたのに、一回で二つ落とすとか……もうチートすぎるよー」

「悪かったな。今年は勝ちを貰った」

 チートという言葉はよくわからないが。

 ギルは悔しそうに頬を膨らませて、指定された場所から景品を選んでいる。僕も指定された場所の景品を眺める。

 渡されるコルク玉の数は五個だ。だから一つの玉で一つ狙うとすれば、最高五体の人形を落とせることになる。

 けど、僕のように一つの玉で二つ落とす場合は数少ないらしく、六体以上落とした人が貰える景品は少し豪華に見えた。十体の景品は今より一つ古いゲーム機やゲームカセット、八個以上はなにかのキャラクターのフィギュア、菓子の詰め合わせ、ラジコンカーなど、六個以上は肩から肘くらいの大きさのぬいぐるみ、個装の菓子が数個入ったもの、柄物水筒、トートバッグなどがあった。

 ギルが嬉しそうに「これにするー」と見せつけてきたのは菓子だった。個装の菓子が数個入ったものではなく開けたら食べきらないといけないタイプのものだった。

「れーくんはなににするの? ……やっぱり数多いと豪華になるね」

「そうだな」

 僕は景品を犬のぬいぐるみにした。これが一番欲しいものだと思った。趣味の合わないトートバッグや柄物水筒は正直要らない。

「あはは、かわいい」

 ギルがぬいぐるみに触れようとするが、後ろに人がいることに気づいて、人のいない外れに移動した。

 移動したら、今度こそ触る。

「ふわふわしててかわいい。ワンちゃんいいよねー」

「これやる」

「……え、いいよ。れーくんが貰ったんだし」

「犬はあまり好きではない。家にあってもホコリが被るだけだから貰ってくれ」

「……そう? じゃあ、貰うね」

 受け取るなり嬉しそうに胸に引き寄せた。その幼稚の姿にかわいらしさを覚えて、微笑みを作る。

 ギルが貰った菓子は巾着に入ったようだが、ぬいぐるみは入らなくて抱えて歩かないといけないらしい。だから僕があげたものだから僕が持とうと言ったのに持たせてくれなかった。「持ってあげたほうが、ぬいぐるみがかわいいって思うでしょ?」とのことらしい。けどすぐに、「……でもそれだとれーくんが持ったほうがもっとかわいく見えるじゃん!」と、持たせようとするので断った。

 次の行き先が決まるまでの間、ギルにも風が当たるようにして扇子を仰いでいた。

「……れーくんって扇子持ってたっけ?」

「巾着に入れていた」

「あ、巾着に? でも扇子って普通帯に入れるんじゃない?」

 帯に?

 貸して、と言うので貸したあと、閉じた扇子を僕の帯との間に挟み込む。

「ほら、こっちのほうがかっこいいよ」

「そうかもな。それで、次はどこに行くんだ」

「んー、ヨーヨーかスーパーボールか金魚すくい。すくいシリーズのどれか。全部でもいいけど、ちょっと荷物がパンパンになっちゃう」

 金魚すくいは却下。そもそも水槽なんてものが家にない。それに僕なんて餌を与え忘れて無惨に殺してしまうかもしれない。そんなこと絶対にできない。

 残るはヨーヨーかスーパーボール。ヨーヨーは大きさもあってかさばるから巾着に入らない。水も入っているから割れたとき水浸しになる。

 消去法で、

「スーパーボールにしようか」

 スーパーボールは小学生くらいの子供に人気らしく、少し並んだ。子供を連れた親もいたが、中学生や高校生はあまりおらず、大人の姿をした子供は少し目立っているようだった。

 順番が来たら三〇〇円払ってポイを貰う。ポイなんて懐かしいな。

 一つすくって一箇所破れたことで思いだす。こういうすくい系はあまり得意ではなかったんだ。いつもすくった数だけ穴が開く。ギルはそんなことないのに。

「…………」

 ポイが完全に破れた。桶を見ると六つ。今回ばかりは取れたほうだと思っておこう。以前取った数は憶えていないが。

 店主に数を言えば、景品として流れるスーパーボールから二つをやるとのこと。パッと見たときに綺麗な色だと思った二つを選んだ。黄色と黒色。

 ギルはまだ続いているようだ。ポイは二カ所破れているだけだ。

 邪魔にならない場所でギルを見ていると、袖が濡れそうになっていた。濡れないように手で押さえておく。それと、腹と膝で挟んであるぬいぐるみも預かった。

 周りの子供と同じくらいに楽しそうだ。

「あ、破れちゃった」

 桶の底をスーパーボールで埋めてそう言う。すごいな。

 結果は、

「お兄さーん。俺二十一個!」

「お、イケてるねー。そこの兄ちゃんはこの中のどれか一つと、下のところから二つね。終わった? はいよ」

 ギルは十から三十個と書かれている容器から一つと下で流れているところから二つ取って、貰った袋にニコニコしながら入れた。混んできたから、腕を引いて人の少ないところへ移動する。

「れーくん何個取れたの?」

「六個」

「前より取れてるね!」

 よく他人の前取った数なんて憶えているな。

「俺二十一個で、この三つ貰ったんだー」

 スーパーボールが三つ入った袋を見せてくる。容器から取ったものは水で流れていたものより一回りほど大きい。色はどれも青系統のものだった。ギルは他の色が好きだったと思うんだが、僕の憶え間違いか?

 少し気になって、次の場所、輪投げの屋台まで向かってる途中に聞いてみた。

「ギルは青が好きだったか」

「ん? 普通かなー」

「ならなんでさっき青系統のものを選んだんだ」

「あー、スーパーボールのでしょ? それはね、話せば長くなるんだけど」

「ならいい」

 そこまで気になっていない。

「えー、最後まで聞いていってよ」

「なら簡潔に」

「……えーっと、れーくんは青いから」

「…………」

 簡潔すぎて意味がわからない。

「悪かった。もう少しだけ詳しく説明してくれ」

「え? んーっと、れーくんって俺にとって青のイメージあるから、それで好きなれーくんのイメージの色の青色系を選んだの」

 それくらいの説明でよかったんだ。さっきのは簡潔すぎた。

「でもね、実際れーくんって青にぴったりで、青色ってクール、知的、調和とかあるんだよ」

 青色が持つ意味や象徴のことを言っているのだろう。

「確か黄色は明るい、元気、素直、幸運、希望などあったはずだ」

「れーくんも知ってるんだ。でもなんで黄色?」

「ギルを色で例えたら黄色だと思ってな。実際、黄色がこれのおかげで強調されている」

 ギルの頭に手を置く。薄黄色の、綺麗な砂色をした頭に。

「これのせいでしょ。なんでおかげになるの」

「……人にはそれぞれの個性がある。ギルの場合、これがその一つでもあるんだ」

「……ないでほしい個性だよ」

「……個性は素敵なものなんだ。一人ひとりにそれぞれの個性がある。個性がそれぞれになければ、世界は同じ奴ばかりで面白くない。個性があるからこそ、こんな面白くて醜い世界が出来たんだ」

 そう、醜いくらいにくだらない世界が。

「……確かにそうかもしれないけど」

「第一、黃色の意味で『希望』というものがあるんだろ」

「うん」

「……僕にとってギルは生きる希望……とでも言えば少しは満足するか」

 ギルを納得させるつもりで言ったのに、静かに肘で腹を突かれた。わけがわからずに顔を覗き込むと、頬を膨らませているようだった。同じ生物でもわからないことはわからない。

 輪投げはなぜか()いているようで、金を払って輪を三個貰う。

 僕はそこまで不得意ではない、と勝手に思っている。が、同じ投げるもの、例えばソフトボールはうまくなどない。だから本当は不得意なのかもしれない。

 ギルが早速投げ始めていた。ギルは意外とこういうのは得意だと思う。なんとなく。けど結果は、

「ほい! ……えい! ……よっ……。あー、全部入らなかったー。ちゃんと腕振ってたのになー」

 最後の言葉は僕がピッチングをして、遠くへ飛ばなかったとき、心中で言う言い訳だ。

「れーくんも早くやりなよ」

 ギルを見る。僕がピッチングをしていたときを思いだしていた、なんて言えば怒るだろうから言わない。

 僕も投げ始める。結果は、

「二つね。じゃあ、ここからどれか選んでね」

 ギルよりはうまい。三分の二が入るのは上出来だと思うんだ。

 指定されたところから適当に鈴を選ぶ。景品は正直要らないものばかりだから、どれだっていいんだ。ギルと遊べたのなら。

 景品を選んだあと、一度道の外れに行く。同時に、貰った景品を巾着に入れた。ギルは豚の置物を選んだらしい。

「れーくんさっきの輪投げ二個くらい入ってたよね? なんでそんなにうまいの?」

「僕を見ていたらそのうちできるようになるんじゃないか。……一緒に運動もできなくなっていくかもしれないが」

「代償でかすぎない? それならべつにいいや」

 最後の言葉を付け足しておいてよかった。ギルのことだから、僕のことならいくらでも見られるとか言って冗談抜きで私生活を見られる未来を送るところだった。さすがに勘弁してほしい。

「れーくん次なにする?」

「そうだな。……決まってないのならお化け屋敷とかはどうだ」

「お、お化け屋敷……。べ、べつにいいけど? 全然怖くなんてないし」

「決まりだな」

 こんなに余裕そうなら行かない手はないな。ギルを見てニヤリとする。ギルは言ったことを少し後悔しているように見えた。

 一度初めに来ていた十字路に戻って、お化け屋敷が立つ道に入った。お化け屋敷は建物が大きければ並ぶ列も大きく、すぐに存在がわかった。

「混んでるね」

「ああ」

 この時間で他のところにでも回れそうだ。でも、そんなことを言えばギルが嬉しそうに、そして逃げるように列から外れてしまうだろうから言わない。

「あ、あそこになにか書いてるよ」

 列が進んで、入口付近に貼られている紙を見つける。

「『今年の屋敷はひと味もふた味も違う! 屋敷がグレードアップして帰ってきた! 君はこの最恐から抜け出すことはできるのか!』だって。……やっぱりやめない?」

「やめない。もしかしてその見せかけの文字で怖くなってきたなんて、ギルが言うわけないだろうし」

「い……言うわけないじゃん、そんなこと……あははは」

 気づいたら右腕をがっしり掴まれている。まだ入ってもいないのに。

 ギルはお化け自体が怖いようだ。だが、僕がお化けなんて信じておらず怖がりもしないから、食い下がるのは負けたような気がしていつもお化け屋敷に入っているらしい。馬鹿らしさもあるが、遊び心を失っていないようでかわいらしさも感じる。ついでに、お化けが苦手なこともあって暗闇で一人なことも怖いらしい。

 僕は毎回怖がっているギルを影で見て微笑んでいる。だが、今回ばかりは僕も驚くかもしれない。いや、驚きはするが怖がりはしない。……怖くなんてない。

 待っている間、外の装飾を細かいなとか思いながら眺めるが、そんななかで屋敷内から叫び声が聞こえてくる。叫び声に驚いたギルも小さく叫んで、僕の腕を掴む。本当に出口を通れるのか心配だ。

「次のお客様」

 やっと僕らの番が来た。危うくギルは精神を、僕は脚をやられそうだった。

「ご説明させていただきます。屋敷内では走らないようご注意してください。この屋敷での携帯電話やスマートフォンの使用はおやめください。また、お渡しするライトの光をお化けの目に当てないでください。では幸運を祈ります」

 すぐ横のカーテンを開けたのでギルの腕を引っ張って入った。カーテンが閉められ、光がなくなる。本当に暗い。思いだしてライトをつけるが弱光で、ときどき点滅もしてあまり役立たない。このライトの使い道といえば、すぐ下に床があることを確認するくらいだ。

「ライトの意味ないよ!」

 そんなことを言うが、僕の手からライトを奪って自分の前を照らす。奪われて実感するのは、この屋敷内がほとんど真っ暗で、どこに壁があるのかもわかりにくいということだ。

「いたっ」

 ライトを持っていてもギルは壁に当たる。

「もう出ようよ……」

 すでに涙声だった。

 目が慣れてきたのか、そこになにがあるのかわかるようになってくる。例えば見られ続ける人物画や壁の隙間からはみ出る髪の毛など。

 そんななか、突然プシューという音と同時に白い霧が吹き出した。

「うわっ!」

 ギルに右腕を支配される。歩きにくい。

「は、早くここから出よ……」

 微かな光を頼りに道を歩いた。

 いつかからか、壁には「いけない子は逃さない」という赤文字で埋まっていた。いけない子?

 扉をくぐったあと、なんだか明るくなる。どうやら青い火を灯す火玉が明るくしているらしい。そして火玉はゆっくりと進み出す。僕らを導くように。ギルはそれを小動物のようにかわいがって小走りで追いかけ、僕から離れてしまう。

「ギル、浴衣で走ったら」

「いてっ」

「……転けるぞ」

「あはは……」

 心中で溜息を吐いた。

 ギルはすぐに立ち上がって再び火玉を追いかけようとするが、火玉が少し進んだあと止まってしまう。ギルが「あれ?」と声を出したあと、来た道を戻るように動き出した。

 ギルもそれを目と体で追って僕に近づいてくる。よそ見をしていたから僕とぶつかったことで、火玉が僕のすぐ横にあることに気づく。なんとなくその火玉を目で追う。

 視界の端に来て、体を動かして後ろに振り向いたときに気づいた。火玉が後ろにいるお化けに気づかせようとしていたことに。

「れ、れれーくん、う、うし、後ろ」

 ギルも気づいたようだ。僕のすぐ後ろには血を頭から被って、頭に矢が刺さっている人間がいた。そしてそいつは一歩近づいてきて、僕は一歩あとずさりする。けど、そいつは一歩では留まらず、叫び声を上げたあとに僕らを追ってきた。僕も反射的に小走りでいたが、ギルはもう全力で走っているみたいだ。浴衣が乱れることもお構いなしに。

 小走りで走るなか、お化けがなにか言っていることに気がつく。

「いけない子……いけない子……」

 そうか、ルール説明に走るなとあった。そのルールを守らない奴、そいつが「いけない子」だ。いけない子は逃さないとあったから、走ると余計に追いかけられてしまうんだ。

 もうずっと向こうにいるギルに向けて、大きな声を出す。

「ギル、走るな」

「今はそんなこと言ってること暇じゃ」

「いいから止まれ」

「わっ!」

 ギルがつまづいてやっと追いつく。腕を掴んで逃げられないようにした。

「は、離して! お化けが来ちゃう!」

「いいから見てろ」

 震えるギルの腕をしっかり掴んで、壁に寄る。さっきまで走っていたお化けも今は歩いて、今すぐ横を通り過ぎようとしていた。

 けど、ここはお化け屋敷だ。そんな都合よく通り過ぎてくれるわけがなく、一度ぎょろりと僕らの顔を覗き込む。僕の腕はギルの爪が食い込むほど強い力で握られていて痛い。

 お化けがぎょろりと見たあと静かに僕らが向かう先に歩いていった。

「うっ……」

 相当怖かったのか、お化けが行っても腕を解いてくれることはなく、小さく泣き出す。

「……ギブアップするか」

 そんな機能あるのか知らないが。

「うんん。……さ、最後までいける」

 その泣き声でずいぶんと不安を煽られるが、本人が言っているんだ。先に向かうことにする。

 鼻をすする音だけになったとき、今度は部屋に入った。そこは実験室を思わされる場所だ。部屋に明かりがついていて安心したのかやっと絡められるギルの手の力が弱くなった。

 それでもここが屋敷内なのは変わりなく脅かしに来て、その拍子にギルが腰を抜かした。

「もーやだよー」

 また涙声になっている。

 ギルの声を聞きつけたようにカーテンの奥からお化けが脅かしに来た。

「うわっ!」

 即座に僕の後ろに回り、盾にしてくる。

 薄らと照らされる道を進んでいく。今回はずいぶん静かだ。聴覚も視覚も刺激されない。それがさらに不気味さを増してか、ギルがさきほどよりも強く腕に抱いてくる。

「ギル、少し力を弱めないか。少し痛い」

「…………」

 話しかけてもギルはどこから脅かしに来るのかと周りを警戒して、なにも言わない。ギルがここまで怖がるのを見るのはあまり面白いものではない。正直もう出たい。

 ライトを預ける場所まで来たら最後の廊下だと思われるところに来た。ギルはライトを取られたことでよりいっそう怯える。

 明かりはさきほどの水色や赤色に光る火玉だけで、ほとんどなにも見えない。それでも蛍光塗料で描かれたらしい矢印の奥には「EXIT」と緑の背景に赤い液体が被った光る看板があった。

「れーくんあそこまでダッシュね」

「また襲われるぞ」

「うっ。で、でも大丈夫だよ。ね? 走ろ?」

「ギル、知ってるか。お化け屋敷のお化けは必ず客に触れることはないんだ」

「え、そうなの? じゃあ余裕じゃん! 歩くからね」

 そう言ってラストの廊下に挑む。が、やはりボロボロで走ろうとしたギルの肩を掴んで歩かせた。

 後ろでゾンビのように│うなっている声は聞こえるが決して振り向かない。振り向いたら、夢にでも出てきそうだ。

 歩いて追われながらも、緑の光を灯す「EXIT」と書かれた看板の下にある扉を押す。見えたのは安心させるような笑顔の女スタッフ、太鼓の音で盛り上がっている祭り会場。

「お疲れさまです。こちらのお化け屋敷は以上となっております。ありがとうございました」

 スタッフがいかにも台本らしきものを言う。

 そんなスタッフに一礼をして、近くの石垣にギルを座らせた。最後のが相当怖かったのか、泣き出すか出さないかの間を行き来している。

「怖かったけど……楽しかった……」

 今にでも泣き出しそうな顔をしているのに、よくもそんなことを言えるものだ。


 ギルが落ち着いた頃、同時にギルの腹がぐーっと唸り声を上げた。

「あはは。お腹空いちゃった。散々お化けにびっくりしちゃったからいっぱい体力使っちゃった」

「なにか食べようか。なにがいい。買ってくる」

「買ってきませんー。俺も一緒に行くんだから。んーっと、俺ね、焼きそば食べたい! あとフランクフルトとか、かき氷とか、クレープとか」

「待て。順に回ろう」

 とりあえず、すぐそこにあったフランクフルトと唐揚げを買って、邪魔にならない裏道まで移動した。

 フランクフルトはコンビニで見るものより大きいものだ。ケチャップとマスタードは各自で付けるタイプだったから、均等になるように掛けた。ギルはケチャップだけを掛けている。

 唐揚げはギルだけ買っている。容器いっぱいに入った唐揚げを僕が一人で全部食べれば、このあともうなにも食えなくなるのは明白だったからだ。

「あふっ。ふあんふふうほ、すほいあふい」

 ギルは持っていたフランクフルトを一口かじって、どこか日本語じゃないべつの言語を喋る。

 僕もフランクフルトを口に入れた。焼きたてで、口を火傷しそうになったが、噛んだときに肉汁があふれ出て、すごくおいしい。

「……すごい熱いけどすごいおいしい!」

 今度こそ日本語を喋る。

 ギルはいつの間にかフランクフルトを食べきっていて、唐揚げを食べ始めていた。フランクフルトから出た棒のゴミを僕に渡して。

「れーくん! この唐揚げすっごくおいしいよ! 食べてみて」

 爪楊枝に刺された唐揚げを差し出すので、口の中にあるフランクフルトを飲み込んでからかぶりついた。大きさ自体はあまり大きいわけではないが、外はカリッと中は肉厚だ。

「……おいしいな」

「でしょ! まだまだあるから、もう一つあげる」

 まだ若干口に残っているのに再び唐揚げを差し出してくる。早い、と内心思いながらも再びかぶりついた。

 手にゴミしかなくなれば、ゴミを捨てに行って焼きそばの屋台の列に並ぶ。焼きそばは人気なのか、少し並んでいるみたいだった。べつのところでもよかったが、この辺りではここしかないようで、仕方なく長蛇の列に並ぶ。

「ギル。大盛りを一つ買って、一緒に食べないか。一人で食べれない気がする」

「また? まあいいけど」

「僕が出そうか」

「いや、そこは割り勘でしょ」

 そんなことを言っているうちに順番が来た、わけではないがギルの話に相槌を打っていればすぐだった。

「大盛り一つ、お願いします」

「五〇〇円」

 ぶっきらぼうにそう言われ、僕は千円を出した。

 出来上がるのを待っている間に要らないと言った二百円をギルから渡される。

 その間もギルは、この屋台の店の一人から視線を逸らさなかった。ずっとヘンな生き物でも見るかのようにどこか一点を見つめていた。

「……どうかしたか」

「あの人真也くんに似てるなーって思って」

 人名を言ったとき、手を動かしている店の一人がパッと顔を上げた。首にタオルを掛けている人間だ。

「……ギル!」

 どうやらギルの知人らしい。僕は知らない。

「それに蓮も」

 ん、僕の名前を知っているのか。顔や名前に憶えはないんだが。

「やっぱり真也くんだったんだ! やっほー。バイト?」

「まー、そんなとこ。ほらよ、大盛り出来たぞ。箸は二個でいいか?」

「うん、ありがと!」

 ギルがまだ話したそうだったので、さっきの空いているところには行かず、焼きそば屋のすぐ横で食べ始めた。

「でもあの面倒臭がりの蓮が夏祭りに来てるなんてな」

 僕の面倒臭がりを知っているのか。

「俺が無理やり連れて行ったの。あはは。この焼きそばすっごくおいしい! れーくんも食べなよ」

 ずっと容器を独り占めしていたのによく言えたものだ。割り箸を割って数本掴んで食べる。確かにおいしい。祭り会場で食べるからというのもあるかもしれない。

「ところでギル。誰だこいつ」

「え?」

「ん?」

 二人から疑問符の付いた一文字が返ってくる。そこまでおかしいこと言ったか?

「れーくん、真也くんのこと言ってるの?」

「……こいつのことだ」

 手を動かしながらも器用に喋っている目の前の男を指差す。

「俺のこと言ってるのか?」

「そう、お前だ」

「あーなるほどー」

 ギルはなにかを理解したようで、ぽんと手のひらに拳を置く。僕はさっぱり。

「真也くん。れーくんね、勉強できるのに人を覚えられないの。だから、真也くんのこと忘れてるみたいなんだ」

「勉強できるのにもったいねー」

 なににもったいなく感じたのかはわからない。

 そして、焼きそばを混ぜる手を止めていきなり自己紹介をし始めた。

「しょーがねーな。俺の名前は下条真也だ。同じクラスで初期席の、蓮の二個前くらいにいた奴だ! っていうか二回ぐらい授業で一緒にやっただろ」

「……さあ」

「いや、さあじゃなくてやったんだよ。とりあえずよろしくな!」

 下条と名乗ったそいつは右手を差し出す。握手を求めているのだろう。が、僕は一度下条をちらりと見て焼きそばを頬張った。

「っておい!」

「真也、接客しろ」

 下条の隣で静かに手を動かしている帽子を被った人が言えば、その人のことをきちんと聞いて淡々と手を動かし始めた。ギルも僕に焼きそばを食べさせるために手を動かす。

 並んでいる客も見ている中ではしたくなかったのに、無理やり口に入れられた。並んでいる浴衣を着た女子に見られていたらしく、口元を隠して友人とキャッキャッと騒がれる。

「はい、並盛二つ。ありがとーござっしたー。……ふぅー」

 長蛇の列も一旦の終りを迎え、下条から一息漏れる。帽子を被ったもう一人の店の人が下条になにか言って去っていった。手にはたばこの箱とライターがあるようだったから、きっと吸いに行ったのだろう。

 ギルに残りの焼きそばを食べてもらうことを任せて、下条に聞く。

「下条はどうしてここでこんなことをしているんだ。僕らが通う高校は基本バイト禁止だったはずだが」

「いや、これはバイトじゃなくて手伝い。兄ちゃんとかの」

「真也くんお兄さんいたんだ」

「……その兄はどこにいるんだ」

「さっき隣にいたのが俺の兄ちゃん。ちょー無愛想だろ? いっつもあんな感じなんだよ。あ、すいません。一つな。三〇〇円でーす」

 接客をするために一度会話を区切る。

 今は下条兄がいなくて下条だけで店を動かしているが、たばこを吸うたびに下条に任せていたのだろうか。

「はい、一つ。ありゃとーましたー」

「れーくんこれ捨てに行ってくるね」

「ああ」

 ギルが人混みの中に消えたことを確認したあと、下条に話しかける。

「……下条兄はたばこを吸いに行くたびに下条に仕事を任せていたのか。今のように一人にして」

「まーな。兄ちゃん自分勝手なところあるから。俺だってもとは友だちと行く約束してたんだけど、行く直前で兄ちゃんから手伝えって言われて、この様。兄ちゃんほんと人使い荒いんだから」

 友人と約束をしていたのにも関わらず、無理やりに仕事をさせるくせして、自分はたばこを吸いに行くなんて休憩をするのか。人使いが荒いというより……。

「もとは兄ちゃん、もう一人の店の人とやるつもりだったらしいんだけど、その人に急用が出来て、行くから閉めてもいいって言ったのに兄ちゃんはわざわざ俺呼んで続行してるってわけ。……回りたかったなー」

「……休憩は取っているのか」

「俺はつえーからお客さんが来てないときが休憩時間だぞ」

 強いなんてものじゃないと思うが。

 下条兄がいなくなってから三組目の客が来て接客をしているとき、本人が帰って来た。けど、用具を持ったりする様子はなく、金を受け取るなり突っ立っている。容器に入れる作業をするのかと思ったがそんなことなく、下条に渡すだけだ。

 そして客が去ったあと、額の汗を拭う下条に言った。

「しばらく空けるからやっとけよ」

「え? でも」

「いいから黙ってやれ」

「…………」

 威圧的に放たれた言葉で下条は黙り込む。それでも来た客には笑顔で接する。

 そんな笑顔を向けられる客を背にして、下条兄はやはり手伝うことなく帽子を置いて顔の汗を拭いている。口内に口臭スプレーのようなものも吹き掛けたり、なにかのタブレットも口に入れているようだった。

「れーくんただいま。真也くんになにか買っていこーよ」

 下条兄はタオルも置いて、スマホと財布を持って裏道に行ってしまった。

「……悪いが一人でできるか。あと、できそうなら下条のこと手伝ってやれ。すぐ戻る」

 僕は屋台が並ぶ表通りとは反対にある石垣に登って、息を潜めながら下条兄を尾行した。

 表通りとは真逆へと進むが、人が一人もおらず暗かった。見失わない程度に距離を開けて進む。下駄の鳴らす音も極力出ないように歩いた。

 下条兄は一度通りかかった男子トイレに寄ったあと、再び歩き始める。管理が整っているからか、外見から見ても綺麗だと思わされるトイレだった。

 少し歩くと小さな古びた滑り台が見えて、│そばに一人の浴衣を着た女性がいた。スラッと立っていて、髪も綺麗にまとめ上げられてかんざしが刺さっている。下条兄と同じくらいの年齢に見える。

 腕時計は十九時を指している。

 下条兄は女性に近づくなり腕を回す。同時に唇を重ねるので、とっさに目を逸らした。さすがに見れない。それでも足元だけ見て、いつの間にか見失うなんてことはしないようにする。女性の足はじっとしていたが、苛ついているのか下条兄の足は一定の速度で右足のつま先をタンタンと浮かしては地面に付けていた。けどすぐに落ち着きを見せる。キスをして癒しを貰ったのだろうか。

 二人の足が少し離れたことを境に視線を上げる。……どちらもとても幸せそうな表情をしている。

 口を開けてなにか喋っているが、ここからだと聞こえない。

 そしてまた短く唇を重ねたあと、女性は去っていった。下条兄は女性が見えなくなるまでその場に突っ立っている。そして完全に見えなくなったあと、溜息をして肩を下ろし、たばこを吸い始める。

 きっと、店から離れる前に口内にスプレーやタブレットを入れたのはあの女性を気遣ってなんだろう。たばこを吸ったあとはしばらくたばこ臭いニオイがする。そんなニオイをさせたくなかったからあれらを口に入れた。そんなところだろう。

 そしてつま先をタンタンする足の動きはたばこを欲して苛立っていた。それくらいしか考えられない。今はたばこを吸って落ち着きを見せている。下条にその悪い煙を吸わせていなければいいんだが。

 たばこが短くなったらそれを地面に捨てて足で地面になすり付ける。そしてすぐ近くにあったトイレに、多目的トイレに入っていった。遊具のすべり台が古びていればトイレも古い。開き具合の悪そうな音や堅さをしていた。

 さっきもトイレに入っていたが、多目的トイレになんの用があるのだろう。それに男子トイレに入る人間が多目的トイレに入る意味がわからない。

 一つ、思いついたのがあのさっきの女性の他にもう一人の女性が多目的トイレの中に潜んでいて、今もイチャついているなんてことだが、たばこの口臭に気を遣う人間が再びたばこを吸ってべつの人間に会うとは思えない。そうなれば本当になにをしているのだろう。

 しばらく経っても下条兄は出てこない。中から音も聞こえない。遠くから太鼓の音が響いてくるくらいだ。

 もしかして僕の尾行に気づいて、どこかべつの僕から見えない出口で、もうべつの場所に移動しているのかもしれない。今までそんなトイレ見たことがなかったからありえないと思っていたが、古いものだとあるのかもしれない。

 少し警戒心を解きながら多目的トイレに近づく。本当に物音はしなく、人がいるのかも疑うくらいだ。扉には長方形の型板ガラスがあって、そこから人の気配があるか見ようとする。が、そのときカランと下駄が鳴ってしまった。気づいたときには遅く、扉が開かれたそこには人が立っていた。下条兄だ。

 言い訳をする間もなく胸ぐらを掴まれてトイレ内の壁に叩きつけられた。浴衣だったから大きく足を開けられなくて床に手を付きそうになった。

 ガチャリと鍵をかける音がする。

「……お前、なんの用だ。こそこそとあと付けやがって」

 バレたのならもういいか。

「店を置いてどこへ行くのかと思いまして」

「…………」

 黙って僕を睨みつける。

「ご存知ですか。あなたの弟さん、シンタさんでしたっけ」

「……真也だ」

 ……失礼。

「……真也さん、今日友人と祭りを回る約束をしていたみたいなんです。ですが、あなたが店を手伝えと言って、友人と回れなくなってしまった」

「なにが言いたい」

「まだ話を聞いていただけますか。手伝えと言ったのは店の人が店を開けなければならない理由があったと聞いています。それで、店を閉めていいとも。

 しかしあなたはその選択をせずに弟さんを連れてまで店を開け続けた。店思いでいいことだと思います。ですが開き続けたくせに、あなたの休憩を取る行動にはいいとは思いません。もちろん、たばこをお吸いになられる方は定期的にたばこの悪い成分を体に入れないといけないのはわかっています。その理由で少しの間抜けるのはまだ許せます。

 ですが、今ここにいる事実は許せるとは言えません。さきほどの女性、恋人でしょうか、あの方と会っていましたが、偶然にも居合わせたなんてことは言わないでしょう。時刻も十九時ぴったり。待ち合わせの約束をしていたんですよね」

「してたらなんだ」

「……おわかりになりませんか。あなたの弟さんも友人と回る約束をしていたのです。手伝うことを強いられた弟さんは約束を守れず、手伝うことを引き受けたのにも関わらず押し付けたあなたは約束を守ってあの方と会った。……行動が無道なんです」

 いきなり目を見開かれるので、ドキリとする。

「お前に関係ない」

「ないかもしれません。それでも、弟さんの自由を奪ったのですから、あなたもそれ相応に償ってほしいのです」

「償い? 真也は俺の言ったことに頷いただけだ。真也が自分で自分の自由を奪ったんだ。俺はなにもしてない。それに」

「頷いたのではなく、頷かせた、の間違いではなくてですか」

「…………」

 呆れて一つ溜息を吐く。

「自分勝手に動くところ、責任を果たさず他人に押し付けるところ。……醜いんです」

「っ……!」

 いきなり下条兄の拳がこめかみに飛んできて、足がカラッカラッと音を鳴らしながら躍る。殴られた痛さとは違った痛みが胃の辺りを酷くぐるぐるさせて吐きそうになった。

「わざわざそんなことを言いに来たお前のほうがよっぽどみにけぇんだよ!」

 壁に支えてもらっていたのに、後ろから背中を蹴られたことで前に倒れ込む。

 最後に、開いた扉の横でニヤリと笑う下条の兄を見て、目の前が暗くなった。


 酷い頭痛か酷い吐き気で目を開けて、すかさず便器に顔を覗かせた。けど、醜い僕の顔が映るだけだ。

「…………」

 気持ち悪さを袖にして顔を上げるが、頭がクラクラと揺れる思いをする。

 トイレ内に下条兄の姿はなく、便器の傍に僕がいるだけだ。せっかくギルたちが整えてくれた髪もぐしゃっとなっていることは右目に髪が掛かっていることでわかる。

 便器の蓋を閉じてそこへ座り込む。もうトイレの床に寝そべっていたから変わらないが、いつまでも床に浴衣を付けたくなかった。たぶん汚い。

 なにがあったのか思いだせないほど頭ははっきりせずぼんやりしていて、ただ頭痛と吐き気が治まるのを待っていた。下条兄がいたのは憶えている。けど、その記憶は今の現状を否定する。

 遠くで太鼓の音が聞こえるから、そこまで時間は経っていないはずだ。なにより花火の上がる音が聞こえない。

 座りながら髪型を整えて、クラクラするのが軽くなったのを確認したあとゆっくり立ち上がった。ギルにあの髪型のままで会ってしまえば必ずなにがあったのか問われる。それは遅くに戻ってきたときも同じだ。

 なんとなく尻をはたいたあと、扉に手をかけて横に引く。が、扉は開いてくれない。なぜかと思ったが、すぐ下にある鍵の開閉を示すものが「閉」を指していた。なぜか鍵の取っ手にセロハンテープが付いている鍵をガチャリと開けてもう一度扉を引く。

 だが、それでも開いてくれなかった。再度鍵を確認しても「開」を指している。古くて扉が歪んでいるだけかもしれないと、力強く引くが。それでも開かない。

 鼓動が速くなってきて体に熱を帯び始める。

 ただ古いが故に開かないのか、下条兄が作為的に加工をして開かないのか。その二つが頭に浮かぶ。

 古いだけなら力尽くで出られるかもしれないが、作為的に加工したのなら外からでしか開けられないようにされているかもしれない。例えばこの横に引いて開ける扉なんて、閉まった状態でレーンの上に棒かなにかを置かれてしまえば、それを動かさない限り出られなくなってしまう。

 どうしようかと焦りを覚え始めたとき、巾着の中で振動するものがあることに気づく。振動源はスマホだ。ギルから電話がかかってきていたらしい。

『あ、れーくん! やっとつな――。人が多くてか、なかな――がらなくて。今どこにいるの?』

 これは好都合だ。ギルに外から開けてもらおう。もし歪んでいただけなら二人の力で開けられるはずだ。

「今、さっきの焼きそば屋の奥にある公園の多目的トイレにいるんだ。わけはあとで言うから、とにかく来てほしい」

『どこの――って? 聞こえな――』

「焼きそば屋の奥の公園だ。古びたすべり台がある」

『滑り台? なん――』

 駄目だ。思う存分伝えられないまま切れてしまった。どこのトイレかもわかっていなかったようだから、正直ギルがここに来ることは望めない。一人でここから脱出しないといけないみたいだ。

 リアル脱出ゲームなんてものを一度はしてみたいと薄らと思ったことはあるが、こんな謎のないリアル脱出ゲームなんてしたくなかった。いや、脱出方法を考える点では謎解きなのかもしれない。

 嫌なリアル脱出ゲームの始まりだ。

 まず、脱出の基本。一周ぐるっとトイレ内を見渡した。この多目的トイレは手すりのある洋式便器と洗面台の他に、オストメイト用トイレ、折り畳みのおむつ交換台、ベビーチェアがある。おむつ台の左手に引き戸の扉があって扉はこれしかない。扉から右回りにおむつ交換台、ベビーチェア、オストメイト用トイレ、洋式トイレ、洗面台がある。そしてオストメイト用トイレと洋式トイレの間にの壁には型板ガラスが横長にある。

 この部屋を見てまず確認できたことがあった。さっき下条兄に外から扉のレーンに棒かなにかを置かれてしまえば、開けられなくなってしまうなんて思っていたが、それはあり得ない。この横扉、レーンが中にあるものだ。だから外からレーンの上になにか置くなんてことはできず、それによって密室を作られるなんてことはできないんだ。

 この室内を見て思いついた脱出方法を整理しよう。

 僕は運がいいことにマルチツールなんてものを備えている。ナイフ、波刃ナイフ、マイナスとプラスドライバー、缶切り、ハサミ、釘外し、カラビナの八機能を備えたマルチツールを。使えるかは今から試す必要があるが、あの時忘れて家を出なくて本当によかったと思う。それすらもなかったら脱出の糸口は見えないまま諦めていたに違いない。

 そんな一つ目。マルチツールを使って扉を壊す。これはまだ脱出できる可能性がある。

 二つ目。オストメイト用トイレと洋式トイレの間にある型板ガラスを割る。これもマルチツールを使ってだ。けど、これはあまり可能性を高く見積もれない。マルチツールなんて言っても所詮数センチしかない道具だ。それを使うのは力のない僕。この型板ガラス、見てわかるほど分厚いようだ。数センチの道具を力のない僕が使って窓を割れる気がしない。「窓」と言えば簡単に割れそうな気がするが、「分厚い窓」なんて言えば割れそうにない。可能性は低い。

 三つ目。財布はあるから、扉の下から紙幣を覗かせながら人が来るのを待つ。一番体力も使わずなにかの罪に問われない安全なやり方だが、正直待っている間に飢え死にしそうだ。なんたってこの多目的トイレがあったのは古びた公園に人が通りなさそうな道の奥にある。誰がこんなところに足を運ぶか。今日のように祭りで人が多い日でも誰一人としてここの多目的トイレ、男子トイレや女子トイレも含めて来る者はなかった。この方法も可能性は低い。

 四つ目。今まで挙げたやり方でできなければやるしかない方法だ。マルチツールを使って壁を掘る。僕が通れるくらいの大きさの穴を。三つ目の人を待つやり方を試すよりマシで、一つ目の扉を壊すより面倒なやり方だ。ろくに備わっていない数センチの道具じゃ一晩で穴を開けることすら及ばないだろう。拳くらいの穴を削ると言ったほうがいいかもしれない。それくらい時間がかかるであろう作業で、多少の可能性はあるやり方だ。けど、やはりこれはどれもできなかった場合のものだ。

 五つ目。諦める。こんなところで飢え死になんてするつもりはなかったが、これは本当になにもうまくいかなかったときの手段だ。扉も壊れず、窓も割れず、人も来ず、壁も破れなかった場合、僕はここで飢え死にする。けど、飢え死にする可能性はないとは言い切れないが、可能性は低いだろう。扉はどうにかしたら壊れるだろうし、窓も削って薄くすればいつか割れる。

 とにかく、脱出できる可能性が一番高い、扉を壊す一つ目の方法を試そう。もしかしたら後々器物損害なんて罪を問われるかもしれないが、そのときはもちろん無罪を主張する。この扉が開かなかったのが悪い。もし下条兄が扉を開かないようにしたのなら、殺人的行為をした下条兄が悪い。僕はなにも……悪くない。

 さっそくマルチツールを片手にどう壊そうかと考える、前に、もう一度助けを呼べないかギルに電話をかけた。が、かからない。よし、壊そう。口元が緩んだことに気づいて頭を振って口元を締める。

 手の中をスマホとマルチツールで入れ替えた。

 この扉は、扉を開閉する手すりとその下につまみながら回して開閉できる鍵がある。今その鍵は「開」を示している。が、もちろん力強く引いても開かない。壊れているのか細工されているのか。

 ……けど、開かないと言ってもよく見たらほんの数センチ開けられるらしい。それに今気づく。数センチと言っても第一関節が入るくらいしかないが。なにかにつっかえているのかどうか。

 その数センチの隙間に目を近づけて覗き込む。

 隙間から見えるのは葉しか見えない木。その他に細い糸のようなものが左右に伸びているのも見えた。木は離れた場所にあるが、その糸は扉のすぐ目の前にあって認知するのに少し離れなければ目が苦しい。

 こんなところに糸があるのはおかしく、作為しか感じられなかった。こんな扉の近くに糸を付けられるところなんて外にある扉の手すり以外に考えられない。

 つまり扉が歪んでいるのではなく、下条兄にやられたらしい。

 脱出するにはまず、この糸を切る必要があるが、切った途端にトイレが破壊されるような仕掛けがないかだけ確認したい。どうやったら外の様子を見られるか。

 隙間を見ながら顔を左右に動かして見るだけでは限界があって、周りの状態がよく見えない。こういったときに役立つのは鏡だ。けど、今どきの手持ち鏡を持つような女子ではない僕はそんなの持っているはずがない。

 このトイレに鏡があるとすれば洗面台の壁にある少し汚れた鏡だ。けど、どこか割れてその破片を使えるなんてことはなく、どこも割れていない。マルチツールのマイナスドライバーあたりで割ってもいいが、やはり壊すという行為には抵抗するものだ。この扉が歪んでいなくて壊す必要がなくなった扉が目の前にあるならなおさら。

 鏡と似たような機能があるものはないか、トイレ内を見渡すが、そんなものなさそうだ。もしかして偶然に手持ち鏡が巾着の中に入っていたりしないかと、そんなのないだろうなと思いながらも巾着をあさるが、もちろんなかった。

 早速行き詰まっていたとき、巾着の中を探っていたときに邪魔で持っていたスマホのレンズと目が合う。……あるじゃないか。スマホのカメラ機能を使えば外の様子が見れるかもしれない。

 早速扉の隙間に入れようとするが、手帳型カバーと一緒に入るわけがなくカバーから取った。取ってから隙間に入れてみたら本当にギリギリに入って、脱出するための一歩を踏み出せたみたいだ。

 一度抜き取って、カメラを開いて手すりがあるだろう向きにしてもう一度隙間に入れる。うまく写っているみたいで、少し小さくなった画面には手すりに糸が何十にも結ばれてある様子が見れた。

 カメラを逆方向に向ける。糸が続く様子がわかるが、途中で画面の外で見えなくなってしまっている。スマホの角度を変えて画面外の糸も見えるようにする。細くて途中から見えなくなっているが、位置的に木の枝に糸が結ばれているらしい。結ばれているのはさっき肉眼で見たときに葉しか見えない木のようだ。

 糸を切った途端にトイレが破壊されるような仕掛けがないことがわかった。

 この密室から出るには扉の手すりと枝に結ばれる糸を切る必要があって、糸ならマルチツールのハサミやナイフで切れる。本当に今日持ってきていてよかった。今後もなかなかないと思うがこんな日のために常備しておこう。

 巾着からマルチツールを取り出して刃の面積的に切りやすいであろうナイフを引き出す。外に落としてしまわないようしっかり握って糸を切ろうと隙間に入れて、刃を糸に当てようとする。が、かすることなく通り過ぎてしまった。予想外のことで一瞬寝ていたのかと思った。でも何度やっても虚空を音もなく切るだけだ。

 でもよく考えてみればそうだ。手すりとは逆方向にスマホを隙間に入れたとき、糸は途中から画面の外に見えなくなってしまった。それはつまり手すりと木の枝までの直線が〇度、もしくは一八〇度になっているのではなく、何度か傾いているんだ。

 しまった。もう出られると安心していたが、さっきまでの焦りが戻ってきた。けど、まだ希望はある。つまりはその何度か傾いている糸に触れて、切ることができたらいいんだ。

 今この現状で切れないのは刃が糸に届いていないから。だから持つ柄を長くしてしまえばいい。さっきはマルチツールのナイフなどを収めるところを広大に握っていた。だから今度はナイフとは逆に出てくる一番距離を稼げるツール、缶切りを持ち手にすれば刃が糸に届くはずだ。缶切りの先を指先で持って隙間に入れるが、指先で持っているからかプルプルと震えている。それでも刃が糸にあたった。

 慎重に下に引きながら前後ろと動かす。引く力が弱いせいか全く切れている感じがしない。もう少し下に押す力を加えて少しでも切れやすくする。が、

「っ……」

 マルチツールが手から滑り落ちて、扉の外に落ちてしまった。けど、まだきっと手の届く範囲だ。指先を隙間に入れて引き寄せようとするが、指先を掠めるだけで近づいてはくれない。いくら触れても近づいてくれなくて、これ以上触ったら余計に奥へ行ってしまうことを恐れて、引き寄せようとするのをやめた。

 マズイ、マズイ。あれがなくなったら本当に出られなくなってしまう。本当にマズイ。どうにかして確実にあれを僕の手の中に入れないと……。

 トイレ内を見渡すが、確実にあれを引き寄せるものなんてない。あったとしてもあの隙間に入るかどうか。再びマルチツールが落ちた隙間を見る。奥にナイフが伸びていて、こちらには缶切りが伸びている。

 缶切り……。それだ。缶切りはフックのような形をしている。そこに紐かなにかを通して引き寄せれば確実に手元に帰ってくる。初めに思い浮かんだのは巾着の紐だが、少し太い気がしてフックに引っかかるか怪しい。

 代わりにこの部屋に紐のようなものはあるかと見るが、もちろんない。……紐のようなものはないが、この扉からあそこになにかを引っかけられたらいいんだ。引っかけるものならこのトイレにいても作れる。

 まず、引っかけるものの候補として頑丈なトイレットペーパーの芯を本体から抜こうと思ったが、ここのトイレットペーパーは芯が出ない作りのものだった。けどまだ手はある。

 トイレットペーパーを引き出して、二つ目のミシン目で切り取る。真ん中にあるミシン目で折り込んで細い長方形になるようにもう一度折った。そして片方の端に、フックが引っかかるように鍵で穴を開ける。離れないよう少量の水を穴の周りに塗り込んで接着剤のように貼り付ける。これでフックに引っかけられたら……。

 作ったものをしっかり握ってフックに引っかかるよう向きを変えたら、

「……よし」

 うまく穴に入ってくれた。それを慎重に引き寄せ、トイレ内に全部入ってくれたら手の中に収めた。よかった。これで出られる。

 今度こそ落とさないようにさっき使ったトイレットペーパーをもう少し濡らして持ち手となる缶切りに巻き付けた。一応フック部分が隠れないようにして。これで滑り止めになるはずだ。

 数分ぶりに糸を切る作業をやっていれば、マルチツールを落とすと同時に糸が切れた。目は落としたマルチツールを追っていたが、再度確認しても糸は張っていない。扉に付く手すりを横に引けば、重々しく、ガタガタと言って開いた。思わず安堵の溜息を吐く。やっと出られた。

 改めて仕掛けを見てみるが、やはり外の手すりと木の枝に糸が結ばれていた。手の込んだことをして。

 ここへ初めてきたときより辺りが暗くなっている。が、相変わらず太鼓の音は鳴り続けている。ギルが心配するだろうから早くギルのもとに行こう。道外れで足元が見えづらかったからスマホのライトで照らしながら表通りに向かう。

 来た道を真っ直ぐ戻れば下条兄弟がやっていた焼きそば屋があるはずだ。そして改心していればもう閉めている。

 どこを通ったか思いだしながら歩いていれば、表通りが見えた。そして、あったはずの焼きそば屋がなくなっている。ギルたちももちろんいなかった。なんとなく安心する。

 さっきは密室から脱出するゲームをしていたが、今度はギルを探すゲームが始まったらしい。右や左から人が流れていく通りを見ながら思う。

「…………」

 ここから探すのか? いや、無理だ。さすがに探したくない。どこか場所を指定して来るか行くかしてもらわないと見つけ出せるわけがない。

 なら、どうやって場所を指定するか。そんなことを考えていたら巾着が振動する。中からスマホを取り出せばギルから電話が来ていた。そうか、スマホがあったんだ。一度電話が途中で切れたことでスマホは役に立たないと思い込んでしまっていた。

「もしもし」

『あ、つながった。今人少ないところにいるからつながるかなって思って。それで今どこにいるの? さっきの電話でトイレとかなんとか言ってたけど』

「その話は終わった。下条もいるのだろ。僕が出向くから今いる場所を教えてくれ」

『今ね、わたあめ屋さんからかき氷屋さんに向かってるの。真也くんがやってた焼きそば屋からそんなに離れてないと思うんだけど、待ってるね』

「ああ」

 わたあめにかき氷。どれだけ食うんだ。今はかき氷屋に向かっていると言っていたな。

 電話が切れたあと、表通りを改めて見てみるがやはり人が多い。わざわざ表に出て進まなさに苛立ちを覚えるより、今立っている場所、石垣で段違いになっている裏通りから、かき氷を指すのれんを見つけたほうが早い。裏道からこの周辺のかき氷屋を探そう。

 ひとまず、焼きそば屋に足を運ぶ前に見た気がするかき氷屋を探す。

 ここの石垣は屋台が並ぶ道とは段違いになっていて少し高い。そして上には木の植え込みがあって、地面から根っこが覗いているものがときどきあって歩きにくい。が、慎重に歩けばそうそうひねることはない。

 少し歩けば、かき氷の屋台が反対側にあるのが見えた。それにどうやらギルと下条もいるようだ。屋台と屋台の間の空いている場所でかき氷を頬張っている。運が良い。ここのかき氷屋で合っているらしい。

 合っているらしいが、ギルのもとに行くには右から左からと流れる人の波を渡らないといけない。まだ花火も始まっていないから打ち上げ場所に向かう人が多いのだろう。人の波にのまれないためには波が止まったときに合間を縫って通るのが一番なのだが、そんな隙なんてあるのだろうか。

 実際、そんな隙がなくて渡ることに面倒臭さを覚えていれば、タイミングを図ったように隙ができた。タイミングを逃すまいと、急いで石垣から降りて行こうとしたが、

「っ!」

 石垣を降りてすぐ下に大きくて丸い石が転がっていて、そいつで足を踏み外して右足をひねってしまった。なんでこんなところに……。ここは表通りとは違ってあまり光は差し込まれない。石があるなんて相当気づけない。

 体勢を立て直すが、立つだけでも痛みがする。それでも隙を逃したくなかったから、石を見えやすい位置に移動させ、足を引きずりながらも人の波をくぐってギルのもとにたどり着いた。捻挫なんて、ほうっておけばそのうち治る。

「あ、れーくん。来た来た」

 ギルと下条は片手にかき氷を持っていた。下条は兄からの束縛が解かれたらしい。

「蓮ずっとどっか行ってたよな」

「ほんとだよ。心配したんだからね。罰としてかき氷を一口あげまーす」

 それは果たして罰なのかと思いながら、ギルの罰を受けた。

「どう? おいし?」

「ああ」

 抹茶味だ。それぞれギルは抹茶味、下条は……掛けていないように見えたがきっとみぞれだろう。かき氷に抹茶味があるとは思っていなかったな。

「れーくんもう来れるのかなって思って抹茶にしたんだ。れーくんどうせ丸々一つ食べれないとか言うと思ったから、俺が抹茶頼んで食べさせよって思ったんだ」

 ギルが一人で食べたらいいものの。

「れーくんあーん」

 でも、せっかく僕のために抹茶を選んでくれたんだ。奢ってもらったようなものだし、食べないわけにはいかない。ギルの要望に応えることにする。

「……れーくんが素直に食べてくれた」

 ギルの目が丸くなる。普段ギルのその食べさせる行為を受け入れないからな。

「食べなくていいのであれば食べない」

「嫌だ、一緒に食べよ」

 左足に体重を掛けすぎて疲れてきた。が、右足に掛ければ痛みがして声を抑える。座る場所はないかと辺りを見たら、ここも渡る前と同じく石垣になっているようで、そこに腰掛けた。二人も自然と座る。

 ギルからまたかき氷を食べさせてくれたあと、下条が口を開けた。

「お前ら、仲良すぎてカップルみたいだな」

「誰がカップルだ」

「カップルじゃないよ!」

 ギルと声が重なる。

「いや、だってギルがあーんとか言って食べさせてんだぞ? それカップルがすることな?」

 僕も薄々思っていたが、ギルが気づいている様子もなく嬉しそうに食べさせてくるから今まで黙っていた。

「す、スプーンが一つなだけだもん」

「渡せばいいだろ」

「それは面倒なんだもーん。もう真也くんのも食べるもん!」

 今回ばかりは本当になにが「もう」なのかわからないが、下条の持つスプーンに載っていたかき氷にかぶりついた。

「あ、ギルに食べられた!」

「んふふー。真也くんがあーんしたもん」

「いやしてねーよ! ギルがかぶりついてきたんだろ!」

「したのはしたの! ……ぷっ、あははは!」

「ふははは!」

 喧嘩が始まるのかと思ったが、始まらないようでよかった。けど、僕以外と対立したことがないギルの言い合うところを見てみたかったかもしれない。ギルは昔から優しいから怒声を上げるなんてことめったにないと思うが。

「あーたのし。真也くん、俺のもあげるよ。はいあーん」

「自分で食うって!」

 と言っても、ギルが手からスプーンを離すことはないので、ギルの手を近づけて口まで運んでいた。下条も食べさせられるのは嫌らしい。

「んっ! 抹茶うめ! 抹茶も買おうかな」

 かき氷を二つ食べるのは相当体が冷えそうだ。考えるだけで身震いする。

 そういえばギルは母親からベビーカステラを買ってくるよう使いを頼まれていたな。ベビーカステラがある屋台を見つけて思いだす。

「ギル。ベビーカステラはもう買ったのか」

「え? うんん、まだ。まだ屋台見つけてないし、あとででいっかなって思って」

「……目の前にあるが」

「え? ……ほんとだ! あはは。全然気づかなかった。れーくんこれ持ってて。買ってくる。あ、べつに食べててもいいからね」

 目の前にあるのに気づかない点、ときどきギルの目は節穴かと思うが、本当に節穴なのかもしれない。ギルはかき氷を僕に預けてベビーカステラの屋台に向かった。

 下条と二人になって一気に静かになる。クラスメートらしい下条と仲がすごい良いというわけではないから、ほんの少し気まずさを感じる。相手はそんなことちっとも思っていなさそうにかき氷を頬張っているが。

「なあ蓮。俺の兄ちゃんとなんか話した?」

 気まずさを紛らわせるためにも、意味もなくスマホのホーム画面をスライドさせようかと考えていたとき、下条から話しかけられた。

「……なぜそう思った」

「だってよ、蓮さ、なんか兄ちゃん追いかけて行っただろ? それで蓮戻ってこねーなってギルと話してたとき兄ちゃん帰ってきて、もう手伝わなくていいって言って追い払われたんだ。だから蓮が追いかけて言いに行ったのかなーって思って」

 確かに言った。言って殴られて閉じ込められた。が、

「開放されたのならそれでいいじゃないか」

「……兄ちゃんからなんもされてねーか」

「……ああ、なにもさ」

「俺、兄ちゃんが俺の友だちに手ぇ出したとき、そんときは殴り返す。ほんとに、なんもされてねーか」

 怒りに満ちた力強い目を向けられ、そっと目を逸らす。

 下条はギルと同じで友人思いだな。……友人。そうか、下条は僕のことを友人だと……。

 それでも今さっきあったことを言ってしまえば、下条の家庭に影響が出てしまうかもしれない。家にいて休めない家庭になんてなってほしくない。それは苦しいことだから。いくら能天気な下条でも、いつかきっと限界が訪れる。

「なにもされていないから、安心しろ」

「……そっか」

 安心したように肩の力が抜けて、安堵の溜息をもらす。けど、いずれ下条が兄に手を出すときが来るかもしれない。そんなことがないように、もう一度下条兄と話しておきたい。一つでも苦しませる家庭が出ないように。

 下条が安心したら、いつもの能天気な下条に戻っていた。今もかき氷を食べながら甘いものを食べたいなんて言っている。

 ギルは想像よりもたくさんのものを持って帰ってきた。カステラを一袋と思っていたのにもう一袋、他に腕にはお面をぶら下げているようだった。

「お待たせー。れーくんちょっと待ってね。えっと、これ持って」

 渡されたのは二袋のカステラ。焼き立てで袋が温かい。袋の口からいいニオイがしてくる。……食べたくなってきたな。

 カステラを渡したら、残りは腕にぶら下げているお面だけになる。それぞれ色が違うが、どれも狐の面だ。その一つを手に取ったら、

「れーくんはい、前向いて」

 頭を上げさせられ、狐の面を右こめかみ辺りに付けられ、反対側にはゴム紐が回ってくる。

「わー! れーくんそれっぽい! すっごいいい感じ! 真也くんも付けよー!」

 カステラを預けたまま僕の前を去った。

 お面か。けど、お面って普通正面に付けるものじゃないのか? かき氷を石垣に置いて、正面にずらす。どうやらこれは口までない半面のお面らしい。穴を目の位置に合わせたら夜の祭りの風景が見える。

 ……お面ってなかなかにいいものだ。これを付けていたら相手が誰かと判断するには声と髪、体格でしかわからない。自分から相手は見てわかるが、相手から自分は見えなくてわからない。そんな関係でいいなら、いつまでもそうがいい。

「れーくん見て見て!」

 向くと、ギルと下条にもお面が付けられている。どちらもやはり半面でギルは白と赤色の面、下条は白と青色が使われているお面だ。

「よく似合っている」

「せっかくなら真也くんも浴衣だったらなー」

「べつにいいって。浴衣動きにくそうだし。俺が着てもそんなにかっこよくねーし」

「絶対真也くんが着てもかっこよくなるよ! 俺が着てもかっこいいって言ってくれたし」

「それはギルのもとがいいからだろー。ギルちょーイケメンだもん」

「えへへそうかなー? でも真也くんもかっこいいから浴衣着てても」

 どちらも楽しそうだ。

 かき氷が溶けるということを言えば、思いだして石垣に置いてあったかき氷と場所を変わり、一口食べた。まだ僕の腿にはカステラが着座している。いいニオイをはなって僕の腿に座っている。

「あ、そうだ。れーくんそのカステラ、一袋は俺の家に持って帰るけど、もう一袋は俺らで食べよーって思って買ってきたんだ。一緒に食べよ! 真也くんもね」

 そのためだったのか。あとで金を返そう。

 僕らの分だと言っても、ギルも下条もまだかき氷を食べているから食べないで……一つだけ食べて二人が食べ終わるのを待った。もうニオイに誘われて口に入れないように袋の口も閉じる。

 道を歩いている人のなかには恋人らしき男女がいる。恋人……。

 もし、あの道を先輩と歩けたら、僕は……どうしていただろう。誘っていたら僕の気持ちに気づいていたのだろうか。変わらず「後輩」として接してくれていたのだろうか。

 あの先輩の浴衣姿、少し見てみたい。女ものの浴衣だったら、きっと綺麗なんだろう。男ものの浴衣だったとしてもかっこよく着こなせていた。

 前まではきっと先輩の女の姿に惚れたと思っていた。けど、よく考えたら僕ははっきりと女の姿だった制服姿より、男らしい私服姿の先輩のほうがよく見ていた。だから、きっと性別なんて関係なく「先輩」という存在に惚れたのかもしれない。短髪で低身長で男らしい服装に男らしい喋り方で、僕を特別だと言ってくれた先輩に。

 もともと、好きなら男や女なんて関係ない。好きだから好き。そんな単純でいいんだ。そんな単純な気持ちで好きな対象を好きになったらいいんだ。

 先輩とあの道を歩けたら僕は――。

「れーくん、おーいれーくん……なにぼーっとしてたの?」

「……いや」

「珍しー」

 駄目だな。もう縁を切ったはずなのに、ふとしたとき思いだして先輩と隣を歩けたら、なんてことを考える。先輩とはもう赤の他人なんだ。同じ学校の同じ生徒。ただそれだけだ。

「れーくん、はいあーん」

 ヘンな願望をかき消すために、勢いよくギルの差し出すスプーンにかぶりついた。今は、今ある幸せを感じればいいんだ。


 かき氷を食べ終えたあと、やっと腿に置いていた一つの袋が取られて、カステラを食べ始めた。一つだけ食べたときより少し冷めている。が、おいしさは変わらない。

「真也くん一緒に花火見るよね」

「おうよ! ……もとから約束してた友だちと今から会っても気まずくなるだけだろうし」

「……じゃあ、その友だちと楽しめなかった分、残りの時間楽しも! 今から回ろうよ!」

「今から行ってもいいけど、花火もうそろそろ上がるぞ? 花火楽しみにしてたよなギル」

「れーくん時計見せて」

 カステラを口に運ぼうとしていたにも関わらず、左腕を引っ張り出される。

「……ほんとだ」

「回るのはいいから、一緒に花火見ようぜ。俺はそれだけで十分だ!」

「……うん!」

 下条もたまにはいいことを言うんだな。下条兄は弟の時間を奪ったこと、理解しているのだろうか。

「あのね、ここのお祭りの花火見るときね、いつも神社に上ってるんだ。それで今回もそこに行こうかなって思ってるんだけどいい?」

 それは三、四年前に来ていたときに知っている。下条の確認かと思っていたが、僕にも首を傾げてきた。

「……べつに構わない。好きにすればいい」

「俺もいいぞ。ギルが行く場所ならいい場所に決まってる!」

「そんなに期待されたら困っちゃうけど、きっといい場所だよ!」

 カステラも食べ終えたら二人はゴミを捨てに行った。僕は少しの待ちぼうけを食らう。

 花火か。ギルが言っていた神社は階段を上る必要がある場所に立っている。しかもやけに長い階段。この足で上れるだろうか。足をひねったことを言えば確実に神社で見ることをやめようと言うだろう。けど、花火を楽しみにしている二人の前でそんなことさせない。意地でも平気なフリをしよう。

 そう思っていた。

 二人が帰ってきたあと、早速その神社に向かおうと言うのでゆっくり立ち上がる。座って体重をかけていなかったときよりやはり痛みがして、いざ歩き出せば片足に全体重乗せるわけで、声を出してすぐにしゃがみ込んでしまった。痛む足に体重を掛けないよう足も伸ばす。

「れーくん? どうしたの」

 そう聞かれるが、伸ばす足を見てすぐにわかったらしい。スマホを取り出してライトで照らされる。

「わっ、足腫れてる。いつから? ……とにかく座って」

 肩を貸されながらさっき座っていたところに連れられて座らされる。腫れた足を隠すように垂れていた浴衣もめくられて、下条に押えておくよう言う。

「どうしたのこれ」

「……ギルたちと合流する前に、見えなかったところにあった大きな石で踏み外して……ひねった」

「……そっか。……なにか固定するのあるかな」

 ギルは悲しそうにしながら巾着の中に手を入れた。僕が自白しなかったからだろう。けど、可能な限りギルを心配させたくないんだ。今回もバレないようにしたかった。なんて、言い訳したところで、悲しませたのには変わりない。僕がもっと素直に物事を言ったら、こんなことにならなかったんだ。

 いつまでも僕が変わろうとしないから。いつまでも未熟だから。

 下条がギルに渡したタオルで足を固定されていく。その頃にはギルも固定できたことに満足したのか、悲しそうな顔は見せなかった。

 足に怪我をした人間を目の前に今から山を登ろうなんて思うわけがなく、当然ながら神社へ行くことをやめてここから見ようと言われた。

「僕は大丈夫だ。これくらいの怪我、大したことない。それに久しぶりにあそこからの花火を記憶に植え付けたい。だから……僕を優先して考えないでくれ」

「でも」

「蓮がそう言ってるならいいんじゃね? 俺もその神社から花火見てみたいし。捻挫なら肩貸せば歩けるし、な!」

「……うん。そこまで言うなら……。でも絶対無理しちゃ駄目だからね」

「ああ」

 神社に行くとなれば、早速歩き出すことになって、下条の肩を借りる。僕と同じくらいの身長なのに、腕の筋肉がしっかりしている。僕と違って休日も運動とかしているのだろう。……少し羨ましい。

 人の波に混じって歩くと、スピードの遅さに迷惑をかけるだろうし、足を引っかければより悪化すると思って、裏道を通ってもらっている。こっちはこっちで足元が不安定だが、足元に気をつけていれば問題ないというものだ。

 表通りの人が少なくなれば、そろそろ見えてくる。例の神社と階段が。ギルの先導が階段の前で止まる。

「真也くん、ここだよ」

「こんなところに神社あったんだな」

 明らかにこれを上るのか、と言いたそうな顔をしていた。僕も改めて見て思った。もうここでいいんじゃないかと。過去に上ったとき、ギルはどう僕に上るよう説得したのかと。

 下条に「ちょっと」と、手すりに掴まるよう言われて掴めば、離れていった。この階段を見て逃げたかと思ったが、来た道を少し戻って焼きとうもろこし屋ののれんの下にいた。確かにいいニオイがしていたが。ギルも呼びに行ったのか、同じくニオイに誘われたのか、下条のもとに行ってしまう。

 今の足だと上るのにも時間がかかるだろうから、先に上り始めよう。手すりに支えてもらいながら、階段を上り始めた。

 ここの神社の階段が急すぎなくて助かった。神社に階段があれば、なぜかどこも急だ。ここも普通の階段に比べれば少し急だが、手すりがあるだけマシだ。それに、場所に寄れば階段がボコボコで本当に上りにくいところもあるが、ここは比較的綺麗で上りやすい。

 手すりと怪我をしていない左足ばかりに体重をかけていたから、上っていると手がやけに疲れてくる。もちろん歩くときよりも足を上げるから太腿もキツイ。足が上がらない。

 いつも以上に息を上げていれば、ガッと音を出して捻挫した足が滑った。滑ったことで足首には刺激を受ける。反射的に地面から足を離せばもちろんバランスも崩れ、後ろに体重がかかってくことがわかる。

 手すりに手を伸ばす。それでも掴めなかったとき、

「っ……」

 幾度目の死を覚悟した。

 覚悟をしたが、その覚悟はすぐに必要なくなった。背中に触れられ、落ち着いた声が聞こえた。

「足元ちゃんと見ろ。そんな面付けてたら下見えないだろ。外せ馬鹿」

 聞いたことのある声。

 僕が手すりに手を預けたことを確認したら、その人は僕の横を通って、階段を上っていった。顔にあった面を横にずらす。

 なんで、殺そうとしていた僕を下条兄は助けたんだ。

 さっきの様子を見ていたのか、誰かが駆け上ってきて、名前を呼ばれる。

「れ、れーくん……だ、大丈夫だった?」

 息を切らせて駆け上ってきたのはギルだった。片手には少し食べられているとうもろこしの入った袋が握られている。

 続いて下条も来た。こっちはギルほど息を切らすことなく、のんきにとうもろこしを口にしていた。

「通りがかった人に助けてもらった。悪かった」

「ほんっと怖かったんだから……。もう一人で行かないでよ。ほら、手貸して」

 今度も肩を借りながら続きを上った。上り終わる前には狐の面を付けて。

「ふぅー上った上った」

「長すぎだろこの階段」

 ギルにベンチを勧められて座る。隣にギルが座り、下条もその隣に座った。

 長い階段を上ってまでして高台で花火を見たいという人がいないのか、ここは来るたび人がいない。ただ誰にも知られてないのかもしれないが。ここからだと十分に花火が見れそうだ。夜の家々に光が灯っているのを見て思う。

「ギル、何時から始まるんだ」

 とうもろこしを食べてるギルに聞く。

「れーくんも食べていいよ。花火はね、七時半から始まるよ」

 渡されたとうもろこしを右手に移して腕時計を見る。もう始まるじゃないか。

 そして渡されたとうもろこしをどうやって食べるのか、ギルに教えてもらっていたとき、パンッと鳴って夜空に一つの花を咲かせ、闇夜を照らした。

「あ! 始まった!」

 次々と夜の町に光り輝く花が咲いては散る。やっぱりテレビで見るのとは違う。肉眼で見たほうが綺麗で美しい。見とれてしまう。

「きれー……」

「でっけー」

 見とれていた花火の合間に、後ろのほうからザッと音が聞こえた。二人には聞こえていないらしい。振り向けば、さっき助けてもらった下条兄が顔を少し覗かせていた。お面越しに目が合えば、さっと本殿の影に隠れてしまう。

 花火に目を移したあと、ギルたちにも目を移す。二人は花火に夢中らしく、僕の視線なんて感じていないらしい。

 音を立てないようにギルたちから離れ、足を引きずりながら後ろの本殿まで行き、軽く支えてもらう。そして、下条兄が顔を覗かせたところまで足を運んだ。

 運べば下条兄はいて、隠れることなく本殿に体を預けていた。僕の出したカランという音でこちらに顔が向けられる。

「さっきの……。なんだ」

「助けられたことには心から感謝します。本当にありがとうございました。……ですがきっと、相手を間違えましたね。これを付けていたから僕とわからなかったんですよね」

 ウソつきの象徴である面を横にずらす。僕の顔を見た下条兄は目を丸くして驚いてみせた。

「危うく殺されていました。なかなかに面白い脱出ゲームでした」

「…………」

 後ろの美しい世界が花を咲かせては散らすから、下条兄の顔が照らされてはまた見えなくなる。そんな美しい世界からの光はどうでもいいかのように、下条兄の目線は僕ばかり見つめ、鋭く目を細めている。

 次に会ったとき、言ってやりたかったことがあった。けど、今その言葉は必要なくなった。またべつの言葉を探す必要があって、その言葉を絞っていた。

「どうしてここにいる」

「そんなのどう」

「と、聞きたげですね」

「…………」

 下条兄がここにいる見当はついている。ここは花火を見るのにちょうどいい。人もいなくて、高い場所から見れて。待ち合わせにもうってつけだ。

「僕がここにいるのはたまたまです。あの時あなた方の会話を聞いたわけではありません。なにも聞こえませんでした。それは信じていただきたいです。そして、今あなたと正面でお話をしたいことも」

「今度は腹にでもいれてやろうか」

 本当にただ、話がしたいだけなのに。腹を殴られた感覚を脳が勝手に再生して胃を押さえる。

「……お話を聞いていただいたあとでなら、いくらでも……いれたらいいじゃないんですか」

 下条兄の足がザッと動いてドキリとする。それでも一度息を吐いて口を開けた。

「いつかのときはあなたを無道なんて言ってしまい申し訳ございません。もっと知るべきでした。ですが、あなたの弟さんにしたことは変わらなく無道です。それは変わりません。けど、今度はそんなことを言いに来たのではないのです」

 片足で立つことに疲れ、その場にしゃがみ込む。

 下条兄は変わらず立っていて、花が開いて光ったとき鋭く僕を見下ろしているのが見えて再びドキリとする。けど、その恐怖心に負けないよう気を強める。

「あなたも僕も一人の人間であって、それぞれの意思はあります。けど、その誰もが楽をできるわけではないんです。あなただけの世界ではないから。

 あなただけの世界ならいくらでも、自分を甘やかして楽をして好きなことだけして生きればいいです。ですが、今あなたが生きる世界はあなただけの世界ではないんです。あなた以外にあなたの弟さんや僕もいます。あなた一人の世界ではないんです」

 突然足を動かしたかと思えば、伸ばす右足首を踏みつけられ、顔をしかめてしまう。

「だからなんだ。お前らが俺の世界で生きているからなんだ。だから俺はお前らの言動に我慢して生きろってか。笑わせるな。俺はお前らのことなんて知らない。これは俺が生きてる世界なんだ。お前らの生きる世界なんて知らない。俺の世界なら俺がなにをどうしたっていい。お前がお前の世界で俺に話しをすることと同じだ。だから俺もお前と同じように、お前と同じことをする」

 足首を強く踏まれたあと、ついでかのように手も踏まれて木の傍に立つ。足元には僕が捻挫する要因となったものと似たような石が転がっていた。

 それを持ち上げ、振り返る。下条兄がなにを企んでいるのか見当がついて、喉元をゴクリと鳴らす。

「お前言ったよな。俺だけの世界なら楽して生きたらいい。そう言ったよな。けど、この世界は俺以外にお前らもいる。だから楽なんてできない。そう言いたいんだろ。だから楽せずにお前を殺す。腕も足も粉々にしたあと次は腹、それで頭。即死する頭を初めにやらねぇって言ってんだ。楽なんてしてないだろ? なあ」

 足で肩を蹴られて、地面に背を付けてしまう。すぐに起き上がろうとしても胴にまたがれて、防がれる。

 狂気に満ちた目を見て、喉の奥がきゅっと閉められた。まだ、言うことが残っているんだ。

 合図もなしに手に持つ石を振り上げたのを見て、反射的に閉まる喉を開けて叫んだ。

「優しさが!」

「…………」

 花火と同時に発された言葉は、下条兄に聞こえたことか。けど、いつ振り下ろされるか緊張を抱えながら、続けた。

「下条……弟さんのことも気にかけてあげてください。彼女さんに気を遣えて、見知らぬ人間の命を救える優しさが、あなたにあるのなら。……身内に対して優しく接するのは気恥ずかしいことなのかもしれません。身内だからこそ雑に扱ってしまうのかもしれません。けど、それ以上にあなたの弟、真也は苦しんでいるんです。……どうか、お願いします」

「…………」

 振り上げられた石はドンッと頭のすぐ横に置かれる。それでも拳を作られて、それは僕の腹に向けられた。

「っ……」

 何度か殴られる。けど、その強さは頭で食らったときよりも弱いものだった。

「ガキのくせに、どんなとこ見てやがる」

 最後に強く殴られたあとまたがれなくなり、僕はすぐにうずくまった。気持ち悪くて、酷い動悸がする。

「もうすぐ待ち合わせがある。……返り血なんて被りたくなかった」

 うずくまる僕を無理やり起き上がらせ、影から追い出される。

「さっさと失せろ。二度と目の前に現れるな」

 腹の痛みが、息苦しさが落ち着くまで花火の光に照らされる本殿の正面に体を預けていれば、階段から誰かの顔が覗かれる。ギルたちも一瞬そちらに顔を向けたが、すぐに花火に戻していた。

 階段から現れたのは、多目的トイレに閉じ込められる前に下条兄と会っていた女性だ。その女性は僕の前を通って、さっき僕が出てきたところへ入っていった。

「――そくなっちゃった。これ――で買ってきたとうもろ――どうし――か元気ないよ?」

「ごめん」

 僕も、あの石で殺されなくてよかった。大切な人がいるなら、人殺しなんてなってほしくなかった。血を被った愛なんてもっとだ。

 意識を花火に向ける。二人はなにも気づいていないように、片手に持つとうもろこしも忘れて花火に夢中だ。そっと腹を抱えて足を引きずりながらギルの隣に戻っても、気づく素振りも見せず花を咲かせている。

 やはり、火で咲かせる花よりも守って咲かせる花のほうが美しい。

 犠牲の花は肉眼で、か。


「あー、花火終わっちゃったー」

「すっげぇ綺麗だった!」

「また一緒に行きたいね! れーくんと真也くんも友だちになったことだし」

 いつ下条と……。いや、なったのだろう。

 ――俺、兄ちゃんが俺の友だちに手ぇ出したとき、そんときは殴り返す――

 あんなことを言ってくれたんだからな。

「……帰るか」

「れーくんなんか冷たくない?」

「さあな」

 けど、帰ると言ってもまだ二人の手にはとうもろこしが残っていたから、それを食べ切るよう言った。意外と大きなゴミになるとうもろこしの芯を持って帰ってこられても困るだけだ。ここで捨てたほうがいい。

 ときどきギルに食べるよう言われながら、二人が食べ終わるのを待っていたら、後ろから二人分の足音が聞こえ、それは次第に僕の横を通って階段を下りていった。下条兄とその連れ。

 できれば僕も二度と会いたくない。けど、また下条になにかするようであれば同じことを言いにいく。いくら殴られようとも。

 壊れた機械を何度殴っても壊れたままなことに変わりはない。同じことだ。

 二人が食べ終えたあと、なぜか下条の分のとうもろこしをギルが持ち、僕は下条におんぶしてもらうことになってしまった。二人曰く「こっちのほうが楽」とのこと。どう楽なのかはわからない。

 でも楽というのは嘘だろう。下条に負担がかかっている。やはり誰かが楽をすれば、その分誰かに負担がかかるだけなんだ。自分だけの世界じゃないから。

「うおっ! かっる! もっと重たいと思ってた。ちゃんと飯食ってるかー?」

「……食べている」

「怪しー。俺が毎日食べてるかチェック週間しちゃうよ?」

 なんだそれ。

 おんぶは階段を下りたあと、やめてくれると思っていた。けど二人は家に帰るまでと思っていたらしく、階段を下りても降ろされることはなかった。

「ママーおっきなお兄ちゃんがおっきいお兄ちゃん抱っこしてるー」

「足怪我してるからでしょ? ほら帰るわよ」

 滑稽な姿にもほどがある。

 家に着いたら降ろしてくれるかと思っていたが、ギルが降ろさないでとか言って鍵を奪い取られた。そして開けられたあとソファーまで運んでと下条に命令する。

「おじゃましまーす。……って誰もいねーじゃん」

「……仕事が遅くまであるからな」

 こういう嘘は欠かせない。

「悪いな片付いていなくて」

「べつにいいぞ。てか普通に綺麗だし。蓮の家初めて来た。食べるところにある椅子とかすっげー高そう」

「大して変わらない」

 ギルが初めて来た時もそんなことを言っていた気がする。どこが高そうなのだろうか。

「れーくん、確か捻挫したときに貼るテープって薬箱の中にあったよね。薬箱ってどこだっけ」

「なんでテープがあることを知って薬箱の場所を知らないんだ。いつも同じ場所だ。収納扉の中にある」

「えー? いつも同じ場所にないよ。……あ、あった」

 言ったじゃないか。

「だって、いつも同じ場所にないよ? それにほんとたまーにしか見ないし」

「そのたまにの記憶で一度でもあの場所から変わったことはあったか」

「覚えてませーん」

 呆れる。

 目の前のローテーブルに薬箱が置かれ、中からテーピングテープと肌のかぶれを防ぐアンダーラップテープを取り出してもらった。

 自分でするつもりでスマホで調べたのに、スマホを奪い取られたあげく、俺がやるなんて言う。が、たまにはいいか。

「よし、黄色いテープはこれでいいかな。真也くんセロハンテープ持ってきて」

「どこにある?」

「れーくんどこだっけ」

 本当に呆れる。

 文房具類はほとんど僕の部屋にしかないから、巻き済みのアンダーラップテープを手で押さえて、ギルに取りに行ってもらった。

 セロハンテープのテープディスペンサーごと持ってきて、ドンとテーブルに置いたら一枚切り取ってアンダーラップテープに貼り付ける。そのあと、テーピングテープを貼り出す。

「よし、これでいけるかな。れーくん固定されてる感じする?」

「……大丈夫そうだ。ありがとう」

「れーくんお水飲むね」

「ああ」

 ギルがテーブルの上を放置したまま行ってしまうので、二種類のテープを薬箱に入れ、テープディスペンサーも端に置く。

「なんか、ギルが蓮の家来たことあるって言ってたけど、何回か言ったことあるってレベルじゃないよな。もうここに住んでるくらい」

 隣に座っていた下条が口を開けた。

「無理もない。中三くらいからは事あるごとにギルが家に来ては泊まられる。ギルにとっては二つ目の家みたいな感覚だろう」

「ふーん。気軽にお泊り会とかできるのいいなー。俺もしてー」

 その「気軽」にできる理由は、ここに住んでいるのが僕だけだから。なんて友人になりたての人間に吹き込めない。まだ半信半疑でしか僕は下条のことを信頼していない。

 コップを持って戻ってきたかと思えば、そのコップには水が入っていて、一言飲んでと。一度ギルを見る。下条がいるところまでコップをスライドさせ、どうぞと言えば素直に飲んだ。

「れーくんに入れたのに」

「来客が先に飲むべきだろ」

「ふーんだ。もう一回、今度はれーくんに入れるけど塩入れるもんね」

 おい。

 少しのんびりしてもらったら、帰るよう言った。もちろんさっきから自分を泊まらせることを促していたギルも。壁に支えてもらいながら二人を玄関まで送る。

「一日くらいいいじゃん夏休みなんだし」

「駄目だ。帰れ。下条もここまでありがとう。タオルは洗って返す」

「おうよ! これからも友だちでいてくれるなら、どうってことないぞ。じゃあな!」

「じゃあねー」

「ああ。気をつけて帰れよ」

 扉が完全に閉まったら、静かに鍵を閉めた。小さく溜息を吐く。数時間が丸一日のように思える。少し疲れた。

 そういえばギルが今日は絶対風呂に入るようにとか言っていた気がする。けど、せっかくテーピングもしてもらったし、疲れたからもう明日でいいか。体がベタつくから濡れタオルで拭くだけ拭こう。扉に鍵をして替えの肌着だけ取りに行く。

 足をひねったのがこの夏期休暇中でよかった。平日なら学校まで行くのにどう足掻いても目立たざるを得ない。悪化さえしなければ始業式にはもう完治しているはずだ。

 体を濡れタオルで拭いて肌着も着替え、ソファーにほうっていた部屋着に着替える。そして汗を拭いたのに階段を上がれば汗をかく。そんな愚にもつかないことに諦めを覚え、やっとベッドにたどり着き、ベッドに体を放り投げた。やっぱり疲れた体には安心するニオイのつく自室のベッドに寝転ぶのが一番の薬だ。

 もう寝てやろうと毛布を腹まで掛けて照明をリモコンで消し、目を瞑った。

「…………」

 けど、いつも寝る時間が遅いからか、寝つけるにはほど遠かった。それと扇風機もつけていないから暑い。

 諦めて体を起こし、小説が並ぶ本棚を見、次に夏季休暇中の課題が置かれる勉強机を見る。どちらをしようか。こういうとき、眠気に応じて決めている。眠気が多少あるときはリラックス効果を出す小説を読み、眠気が皆無に等しいときは勉強机に向かう。今回は後者だ。体を起こして勉強机に向かった。一緒に扇風機もつける。

 眠気でシャーペンが動かなくなった頃、ベッドに寝転びに行く。そしてなにか連絡が来ていないか確認する。案の定ギルからなにか来ていた。もちろん友人なんてギルくらいしかいないから、ほとんどギルからだ。

『今日楽しかった! [にこにこ]来年も行こ! 来年こそは射的でれーくんに勝つんだから! [的]』22:03

『あっ! 写真撮るの忘れてた! 撮ろうって思ってれーくんに浴衣着てもらったのに[カメラ]』22:06

『来年までお預けかー。悔しいっ!』22:06

 [イヤイヤスタンプ]

 確かに僕はギルの写真を撮りたいという理由で着替えさせられた。けど、忘れていたと。

『写真ならいくらでも撮ってやる』

 送ったあと、すぐに返信が来た。

『うん! って、れーくん撮ってくれないじゃん! ていうか何時まで起きてるの!』

 いつまで起きているのか聞きたいのはこちらのほうだ。どうせゲームに夢中だったんだろう。

『記念写真だけは撮ってやる。そう言っているじゃないか。記念写真なら僕も思い出の品と認識する』

『嘘だー。それなら日常の写真も一枚一枚思い出になるよ? 一秒一秒が俺にとっては思い出なんだから』

 そういえばギルはそんな奴だったな。

『そうか。おやすみ。早く寝るんだぞ』

『あ、逃げられたー! れーくんも早く寝るんだよ? あ、でもスマホ触ってるならもう寝るのか。おやすみー』

 最後にかわいいイラストの少年が寝ているスタンプが送られ、なにも送られなくなった。画面と│まぶたを閉じる。


 目が覚めた。暑さで目が冷めた。被っていた毛布を蹴飛ばして肌との接触面を減らす。汗が乾いたら、もう一度目を瞑った。眠たい。

 時計を見るために瞼を開ける。時刻は十時前だ。起床時間の遅さに驚いて体を起こす。寝すぎた。

 目を覚まそうと、カーテンを開けるが、脳が眩しい閉めろと言うので閉めた。寝起きの目には優しくない。

 ベッドから出ようとするが、右足を床に付いたときに痛みが走って、ひねっていたことを思いだす。早く治ってほしいものだ。右足を軽く上げ、ベッドに支えてもらいながら左足だけで立ってバランスを取る。

 一階に下りたら壁伝いに洗面所まで行く。不意打ちで鏡に僕の顔が写った。嫌悪が増すと同時にあることに気づく。昨日ギルたちにいじられた髪がそのままだ。ある程度寝ているときに押し潰されてボリュームはなくなっているが。改めて見ても思う。よくこんな器用なことができたものだ。

 なんとなくこの髪型を残したいと思う。が、風呂に入るときには解く必要がある。せっかくだ。浴衣に着替えてギルに送ってやろう。昨日連れ出してくれた感謝も込めて。

 このあと祭りがあるわけでもないのに浴衣に着替え、髪も少し整えた。玄関に姿見があるから、それに写したら全身が映るはずだ。

 早速足を引きずりながら出しっ放しだった下駄も履いて、スマホのカメラに写す。けど、画面に顔が映るのが嫌で、スマホで顔を隠して髪型だけ見えるようにした。

 玄関にシャッター音が響く。いい感じだ。自撮りを送るのは癪だが、勢いに任せて送信ボタンを押す。

 珍しくすぐにギルからの返信は来なかった。それでも外につながる扉がすぐ傍にあるとリビングよりも暑く、早々に玄関から撤退した。

 部屋着に着替えたあと、写真を送ったあとのギルとのチャット欄を見て思う。せっかくなら花火も写真に納めていればよかった。

 けど、それはやはり肉眼で見るのとは迫力が違って、薄っぺらな画面で見たらそれはテレビで花火を見るのと同じだ。それにテレビだと主役の花しか映らない。他の花には興味を示さないように。

 きっと夜空に大きく咲く花よりも、地面に咲く花のほうが価値があるだろうに。

 「早咲きの蓮華は地面咲いた」の三作目、「同じ人間の同じ花」を投稿しました。

 前作より文字数を抑えられて嬉しく思っています。

 「身内」だからこそ気恥ずかしく思うことがあれば、必ず言う事を聞く、命令できるなんて考えもあるかもしれません。悔いのない人生を。


 最後まで読んでくださり、ありがとうございました。どんな評価でも、ご感想でもお待ちしています。続きが読みたいと思った方はブックマークもよろしければ……!

 ありがとうございました!

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