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交差する言葉 2日目

 目が覚めた。

 体になにかが乗っていて少し重いが、そのまま体を起こせば落ちてくれる。ギルの腕だったみたいだ。

 まだ外は暗く、部屋に陽の光が入ってこない。カーテンを開けていないから入るはずもないが。

 スマホを手探りして見つけた。時刻を確認するために画面をつけるが、突然の光は眩しくて目を(つぶ)る。細く目を開けて見れば、画面には三時五十六分と書かれていた。一時間半ほどしか寝れていないが、眠気もない。起床時間まであと約二時間。どうしようか。

 昨夜には金縛りに遭っていたが、いつの間にか眠りについていた。もともと金縛りというのは脳が覚醒しているだけで体が眠っている状態だから、半分眠りにはついていたんだ。

 今日なぜこの時間に起きたのか、なんとなく目星はついている。考えられる要因としてはこの修学旅行だ。完結に言えばストレス。直接的な苦痛ではない。間接的に。

 普段から動かさない体をいきなり動かしたこと、人が多いところに行ったことや、いつもの就寝具を使っていないこと。つまりは、慣れない環境にいるから今日の眠りが浅く、金縛りにもあったのだろう。

 それともう一つ。

 すぐ横で寝ている人間に目を移す。ギルは気持ちよさそうに寝息を立てて寝ている。

 さっきまでギルに抱かれた状態で身動きがあまりできなくて、睡眠の質が落ちたのだろう。……睡眠についてよく知っているわけではないから憶測だが。睡眠についてはきっとケイのほうが詳しい。

 一度あくびをする。

 寝ようかと思ったが、質のいい睡眠ができる保証はない。それなら読書をするほうがいい。それにきっと、もう寝つけない。本を読んで起床時間まで待っておこう。

 ギルたちの顔に光が当たらないように、体を踏まないようにしながら、スマホのライトを頼りに移動して本を取り出す。窓の下にある文机まで行ってあぐらをかいた。

 窓の外をチラッと見てみたが、まだ星は輝いている。が、真夜中よりも少し明るい気がする。これくらい朝早くに散歩をして、徐々に明るくなる様を見届けるのはさぞ心地が良くて清々しい朝を迎えられることだろうが、今出たら確実に怒られるだろうからしない。……いや、逆にバレないか?

 あぐらをかき直して、スマホのライトを本文に当てて読み始めた。

「…………」

 寒い。……無理もないか。冬へと向かう日本は日中でも寒い。こんな陽も出ていない時間はもっと寒い。

 ……けど、そんなことも構わずに本を読み進めた。集中していれば寒さなんて感じなくなると思った。それに、もう取りに行くのが面倒臭い。取りに行けばせっかく温まった畳が暖をなくす。

 しばらく読んでいると、

「っ……!」

 誰かが飛び起きるような音がした。構わず本を読む。

「蓮……おはよ。早いな」

 若干鼻声で声を出したのはケイだった。振り向いて姿を捕らえる。

「……おはよう。……大丈夫か」

 ケイはあまりいい顔をしていなかった。例の悪夢を見て飛び起きたのだろう。

「……まあ。……朝起きてかけられるのが心配の言葉なんて、情けないな……。酷いときは寝つけないし途中で目覚めるし悪夢見るしで最悪だから、今日はまだマシなほう」

「……そうか」

 寝つけないことはときどきあるが、途中で目が覚めるとか悪夢を見ることなんてほとんどない。ケイや類似の症状を持つ人にしかわからない苦悩。

 人間の三大欲求にも含まれる睡眠が、毎日のようにストレスを感じていれば、欲求どころではないんだろうな。

 ケイはガサゴソと布団をどけて立ち上がり、背伸びをする。僕は本を読むのに戻った。

「そんなところで本読むなよ。風邪ひくだろ。それに俺みたいに目悪くなる」

 そう言いながら自分のカーディガンを肩に掛けてくれる。

「悪いな。……本はもういい。話し相手ができた」

 本にしおりを挟んでパタンと閉じる。

 ケイが(そば)にあるカーテンを覗き込む。まだ、完全に明るくなったわけではなく、薄暗い。

「六時でこの暗さ。さすが冬というか秋というか」

「まだ秋じゃないか」

「……定義はない」

「左様」

 ケイが今の時刻を見たらしく、あと三十分くらいか、と呟いていた。きっと起床時間までだろう。そう思うと、ずいぶん小説が読み進んだものだ。

 今回の小説は長いものを持ってきた。本の取り替えができないことをわかっていて。読み終わってしまえば待ち時間を退屈に過ごしてしまうから、ずっと手を付けずに置いていたまあまあ分厚い本を持ってきた。

 ケイはすぐ隣に座って肩を引っ付けてくる。寒いのだろうか。肩に掛かっていたカーディガンをケイの肩に移す。移せば、ケイが不思議そうな顔をしていた。

「もういいのか?」

「……肩を寄せるものだから寒いのかと」

「そんなことない。全然使って」

 再び肩に掛けられる。

「欲しいならあげるし、な」

「要らない」

 欲しいなら自分で買うし、わざわざ他人のところから転売を願う必要もない。

「浴衣さ……崩れてるけど」

 そう言われて胸元に目を落とす。確かに。けどそのうち脱いで着替えるんだ。気にもならなかったしケイにはそうかと言って流した。

「…………」

 さっきからケイがベタベタ触ってくる。肩を引っ付けて、腕を絡めて、首に触れて顔を埋めて。なんなんだ。少し……。

「蓮」

「……なんだ」

「…………」

 返答がなく、ケイのほうへ顔を向けてみれば、

「っ……」

 肩をがっしり(つか)まれて痛みを感じると同時に、後ろにあったケイの布団に体を倒された。胴に跨がって、手首を握って、顔には甘さに操られたような表情を貼り付けていた。

「……いきなりなんだ。離せ」

 手を動かそうにも力が強くて全然動かせない。ピクリともケイの手が床から離れることがない。

「無理だろうな。そんな細い腕じゃ」

「…………」

 妙に微笑んで……本当になんだ。少し……怖い。

「本当になんなんだ。……なにが目的だ」

「…………」

 パッと表情が変わって突然手首が開放された。掴まれたところが痛くてさする。

 なにがしたかったんだ。久しぶりに警戒した。

 ケイの顔はさっきと違って、不満そうな、悲しそうな、悔しそうな、そんな顔をしていた。そしてゆっくり僕の胸に近づいてきて顔を埋める。本当にどうしたんだ。飛び起きたときにでも頭ぶつけたか?

「……ごめん。……でも蓮も悪い……」

 反省しだしたのか、弱気な声で言う。……いや僕も悪いとは。

 まるで少し大人っぽくなったが、構ってほしいギルみたいだな。構い方は大いに違うが。

 ケイがこんな言動をするなんて思いもしなかった。犬や猫が甘えているような……。

 ……もしかして、甘えたいのか? 睡眠へのストレスで、甘えを我慢し続け、今限界になってしまってこうなったのか? もしそうならば、

「よく頑張ったな」

 ケイの頭を撫でる。撫でればこちらに目を向けて目が合う。悲しそうな顔だ。

「やっぱり……伝えたいことは伝わらないな」

 正気に戻ったか……?

「……言わなければな。なにか言いたいことがあるのなら聞くが」

 少し間が空いたあと左右に頭を振る。

「……また、もっと計画錬ってからにする。失敗したくない」

 失敗するものなのか。

「そのときまで、待ってて」

「…………」

 気が済んだのかケイは体を起こして、ニコリと笑う。けどまたすぐに顔を埋めて、埋めたかと思えば頭を抱いてくる。ケイの頭のネジ、どこかに落ちていないだろうか。

 しばらく抱かれて時間を過ごす。

「っ!」

「きしょーじかんだー」

 ノック音で、ケイはとっさに体を起こして離れて座り込む。相当びっくりしたらしい。軽く息を荒げている。

 扉から顔を覗かせたのは担任の先生だった。

「ん? 影島と新藤起きてる。他のみんな起こしておいてくれー。七時には食堂集合だ」

「は、はい」

 バタンと扉が閉められ、部屋は暗くなる。

「……焦った……」

 他人に甘えている姿なんて誰にも見られたくないだろうからな。僕も嫌だ。そもそも……甘えたりしない。

「またしたいなら……ときどき受け付ける。ストレスを溜め込むのは良くない」

「……ストレス?」

「……違うのか」

「い、いや……まあ、それでいいよ。ごめんな、ヘンなの付き合わせて」

 ケイは顔を逸らす。ヘンなことに付き合わせている自覚はあったのか。

 いつもどこか強気な顔、もしくは眠たそうな顔をしているケイが、恥ずかしがった顔をするなんてな。

 ケイは最後にほんとごめんありがとうと言って、壁伝いに洗面所に入っていった。

 そういえば、眼鏡をかけていなかったな。今まで前見えていなかったのか? それなのに、起きたときに僕だとわかったのか。……本当はすごく悪いわけではないんじゃないか?

 まあなんだっていいか。

 立ち上がって背伸びをした。

 修学旅行二日目の始まりだ。


 寝ている奴を起こしておけと言われたが、朝っぱらから声を張りたくない。ケイに頼めるか? いや、ケイも声を張りたくはないだろう。

 ……となれば、一番起こす手間を減らしてくれそうな奴を起こして、寝ている奴を起こしてもらおう。

 ケイの向かいの布団にしゃがみ込む。下条と違って掛け布団が乱れておらず、静かに寝息を立てている。……眼鏡を外した姿は新鮮だ。

 気持ちよさそうに寝ているなか、起こすのは申し訳ないが声を出す。

「総務。起きろ。朝だ。起きてない奴起こしてくれ」

「…………」

 起きない。……総務と呼ぶのが悪いのか? 本当の名前はなんだったか……。か、か……加藤? 違う。四文字だった気がする。「か」から始まるのは憶えているんだが。

 か、川……か……か、加藤……か、貝塚……。なにを思いだしているんだったか。それすらも忘れてしまった。

 ケイが洗面所から出てきた。今度は壁を伝うことなく自立している。コンタクトを付けたのだろう。ちょうどいい。ケイに起こしてもらおう。……あぁ、総務を起こそうとしていたのか。

「ケイ。総務のこと起こしてくれないか。ギルと下条はきっと手強いから後回しだ」

「手強いは面白いな。下条なんかでかいいびきかいてるもんな。わかった」

 ケイと場所を代わった。今度は下条の間を挟んだところにいる柊の傍にしゃがみ込んだ。柊は掛け布団で口元まで隠して、優れない表情をしている。

「垣谷。朝だぞ」

 ああ、垣谷か。柊の名前を呼ぼうとしたとき、ケイの総務を呼ぶ声が聞こえた。続いてゴソゴソと起き上がって眼鏡をかけた。

「いまなんじー」

 起こす手間が一人減ったみたいだ。総務の寝起きの声が聞こえる。いつも爽やかな声の総務が出す眠たそうな声はどこか新鮮だ。

「六時」

「……ぼくまだねる」

「いや、寝んなよ」

 思わずツッコミを入れるケイ。総務が眼鏡を外して崩れ落ちた。起こす手間が一人増えた。

「蓮、垣谷があれだぞ。他の奴起きると思うか?」

「あまり思わないな」

「……ほっとけよ、そいつは」

 僕が柊を起こそうとしているから言ったのか。ケイは相当柊のことが嫌いみたいだ。

「悪いが、起こさないで時間に遅れるのは勘弁だ。とにかくケイも誰でもいいから起こしていけ」

「…………」

 明らかに機嫌を悪くしたみたいだ。ケイは知らないだろうが、柊は柊なりの悩みがあってだな……。言ったところで、ケイは聞こうともしないかもしれない。

「ひいら……」

「……どうかした?」

「……いや。なんでもない」

 柊は目に涙を添えて寝ていた。少なくとも心中を察する。

「柊、柊。起きろ」

 呼びかければ、細く目を開けた。なにも理解していないようで、動かない。

「起きたか」

「っ……!」

 意識がハッキリしたのか、バッと起き上がった。僕の顔を見て少し安心しているように思えた。

 涙の存在に気づいて拭う。

「……おはよう」

 その言葉に少しの驚きを見せていた。

「お、おは……よ」

 そして再び涙を見せて、まんざらでもなさそうな表情をする。

「ありがと。蓮くん」

「……どういたしまして」

 人間、普段誰からも挨拶をされないのに、いきなり挨拶をされるのはすごく驚く。同時に、なぜか涙を出しそうになる。僕も驚きと涙を見せてしまったことがある。

 僕と類似する家庭なのだろうか。

 立ち上がって、今度はギルの近くにしゃがみ込んだ。深夜に起きたことは憶えていないかのように、気持ちよさそうに寝ている。僕の掛け布団を抱きながら。

 抱きつくものがなくなったから、代償として掛け布団を、か。

「ギル、起きろ。朝だ」

「…………」

「ギル」

「……れーくん」

 寝言か。

「ギール。起きろ」

「れーくんは……」

 さっきからなんだ、その言葉は。僕がなんだ。

「れーくんはぁ……」

 いきなり目が開かれたかと思えば、

「俺のものー!」

「ばっ」

 抱きつかれて、敷き布団に叩きつけられる。そして当然かのように上に乗られる。

「えへへへ。れーくんおはよー!」

「なに考えてるんだ。馬鹿か。それに、朝からそんな大きな声出すな。うるさい。耳に響く。あと僕はギルのものではない」

「れーくんに馬鹿って言われたー! うるさいって、耳に響くってー! 俺悲しくなっちゃったー」

「本当にうるさい。黙れ一旦」

「あはは。ごめんごめん。れーくん気づいたら布団になってたから、寂しくなっちゃって」

 ギルは寝ているとき、僕に抱きついていたが、気づいたらいなくなっていた、ということか。僕が布団になることはない。

「こんなに朝早くに起きなくていいでしょー。また寝てていい?」

「起きろ。七時には食堂に集合だ」

「あはは。駄目かー」

 本当に声が耳に響く。それとも僕の耳が敏感になっているのか?

「それより、体調は大丈夫?」

 突然の質問に困惑するが、すぐに思い返す。

「……今のところは。ギルのせいで今は重たいが」

「あははは。それはー知らない! 俺悪くないもーん」

 朝から元気なことだ。

「もぉーうるせぇーぞ、そこ」

 声のするほうに目を向けてみれば下条が不機嫌そうな顔をして起き上がっていた。起きたみたいだな。やっぱりギルの声はうるさいんだ。

「あ、真也くんおはよー」

「はよ。……せっかく気持ちよく寝てたのによー。イチャイチャすんなら違うところでしろよ」

「い、イチャイチャなんかしてないもん!」

「……とにかく、俺はもう寝るから」

「寝るな。起きろ」

「あはは」

 まあ、これで全員起きたみたいだな。ちょうど、ケイが総務を起こしてくれた。

 起きてからはそれぞれ支度をしていく。洗顔する者、着替える者、スマホをいじる者、荷物を整理する者、髪をくくる者、コーヒーを飲む者……。

 僕は軽く洗顔したあと、制服に着替えてコーヒーを飲んでいた。ケイが勝手に奢ってきた。自販機に行ったついでにとか言って。けど、朝が冷え込んでいたからちょうどいい。座椅子に座りながらカーテンを開けて見える窓の外を眺めながら見ていた。

 見える景色はどこも見たことのない景色で、見たことのない景色は新鮮に感じる。ここは京都のどこのあたりなのだろうか。

 今日は大阪にあるテーマパークに向かうから、ここを出たら戻ってくることはない。今晩にはまたべつのホテルに泊まることになる。つまり、またべつの朝の景色を見ることになる。

 ゆっくりと飲んでいたら、誰かに頭を触られる。こんなことをするのはギルくらいだ。いや、今となってはケイもあり得てしまうか?

「れーくん髪戻ってないね」

「……誰かのせいでな」

 昨日ギルにヘアアイロンを当てられたから、こんな触り心地の髪になったんだ。さらさらな髪を触るのはギルくらいでいい。

「あはは。でもいいじゃん。昔のれーくんの髪型をみんなに見せれるよ」

「見せる必要ないだろ。戻らないのかこれ」

「お風呂入って髪乾かせば戻ると思うよ。あとは湿気とかでね。でも、またアイロンしたらこれになれる」

「もうするな」

「あははは。れーくんが俺の家に泊まったときしてあげるよ」

 ギルに耳は付いているのだろうか。

「うーん、でもそれだと前見づらいよね。……分ける?」

「……風呂に入らないと戻らないのであればなんなり見やすいようにしてくれたらありがたい」

「じゃあセンター分け……いや、れーくんは七対三か六対四のほうが似合うからそっちかな。これくらい分けるのと、これくらい分けるの、どっちがいい?」

 特に鏡を見せられているわけでもなく、感覚でしかわからない。

「好きなようにしてくれ。違いがわからない」

「あはは、そっか。じゃあ六対四にしよ! ちょっと待っててね」

 ギルは髪をいじるのが好きなんだろうな。

 ずずずとコーヒーを飲んで待つ。

 準備ができたらしいギルは早速僕の前髪をいじりだした。なんとなく目を瞑る。アイロンを扱うものだから、コーヒーは飲めない。

「絶対似合うんだから」

 らしい。

「ワックス付けていい?」

「好きにしろ」

 前が見えやすくなるのであればなんでもいい。

「えへへへへ……」

 妙な笑い声が聞こえたあと、目を開けてみてと言われて開ける。

 目の前にはギルが常備してる手持ち鏡があって、それで自分の姿を捕らえる。が、そこまで自分の顔をまじまじと見たいわけでもない。さっとどんな感じになったのかだけ見て逸らした。

「いい感じでしょ? めちゃくちゃかっこいいよ」

「ギルがそれでいいのであればいいんじゃないか」

「素直じゃないんだからー。明日もしてあげるね」

「するな」

「あはは」

 出してきていたヘアアイロンやワックスなどをしまいにギルは離れる。その間に飲めなかったコーヒーを飲む。

 やっぱり朝は冷え込む……。今ならブレザーを着ていてもいいが、それを着て今日一日は動けない。ブレザーを着ると動きにくくなるんだ。と言っても冬に近づくなかでブレザーを着ずに学校生活を過ごすというのはできないの確かだ。

 日中は晴れて暖かければいいのだが。

「れーくん寒くない?」

 手を空にして戻ってきたギルが言う。

 ときどき思う。ギルはなにかの超能力者なのかと。

「少しだけ。コーヒーでなんとか温まっている」

「なら俺の上着貸そうか? 一応持っていったらーって、お父さんに言われて」

「……構わない。そのうち温かくなる。それに僕も持ってきている」

「そう?」

 その上着はギルのためにあるんだ。僕は僕なりで対策はする。

「あ、柊くん帰ってきたね。じゃあ、食堂行こっか」

 もうそんな時間だったか。時計を見れば集合時間の十五分前だった。飲みかけのコーヒーを文机に置いて、立ち上がる。家以外で食べる朝食はどのようなものか。

 部屋を出て、一番後ろに付いて総務たちのあとを追った。

「ねぇれーくん。朝ごはんはなにが出ると思う?」

「和食じゃないか。夕食がそうだったように」

「魚丸ごととか出るかな。出たら俺食べれないよ」

「……ギルは魚食べれなかったか」

 記憶にない。なにかしらの野菜が嫌いだとは言っていたが。

「ううん。食べれるんだけど、丸ごとだったら骨があるじゃん。俺あれ取るの下手くそなんだよね」

「……僕が取ってやろうか。魚の骨の位置はだいたい決まっている」

「いいの! じゃあ、もし出たらお願いしようかな。さすがなんでも知ってるれーくんだね!」

 なんでも知っているわけではないんだがな。例えば、もう十数年とギルといるのに場所で憶えてしまっているからギルの家の住所を憶えてなくて言えない。

 食堂の入り口にいた先生に止められる。なにやらバインダーを持っている。

「班の全員いる?」

「はい」

「何組の何班?」

「B組の三班です」

 バインダーに挟んである紙を二枚めくり、なにか書き込んでいく。

「……おっけい。じゃあ、君たちはあそこ。一番右奥の六つよ。もしわからなくても書いてあるわ」

「はい。ありがとうございます」

 食堂に入ると生徒が半分ほどおり、各机に朝食が綺麗に並べられていた。どうやら予想通り和食で、鮭のおいしそうなニオイがする。

 机はここらしい。「B組3班」と、紙の札が立っていた。

 一番端の壁側に陣取れば、ギルがその横に来る。向かいにはケイが来た。

 目の前でおいしそうなニオイを漂わせているのはやはり焼き鮭と、味噌汁だろう。焼き鮭には大根おろしが皿の端に置かれている。この組み合わせをいただくのは初めてかもしれない。

 他に白米、醤油の掛かった豆腐、大根おろしが皿の端に置かれているだし巻き卵、そして漬物があった。今度の漬物はたくあんだ。鮮やかな黃色をした。

 待っている間、総務が温かい茶を入れてくれた。

「はい、新藤くん」

「悪いな」

 わざわざ一番遠いところからここまで来てくださり……。

 受け取った湯飲みに手を添えて手を温める。熱すぎず、ちょうどいいくらいだ。両手で持ってずずずと、その茶を数口飲む。あったかい……。

 その様子を微笑まれながらケイに見られており、目が合えば、スッと逸らされた。悪かったな、汚い音出して。

 少しすると食堂内はいっぱいになり、学年主任の先生が前に立つ。誰か生徒が立ったかと思えば、この一日半世話になった云々言い、また先生が立った。

「さん、ありがとうございました。お茶は各自で入れてください。なにかあればスタッフの方か近くの先生方に言ってください。……では食事に、作ってくださったスタッフの方々に感謝して、いただきます」

 あとに続き食堂内の生徒たちが感謝を述べる。隣にいるギルも言う。

「いただきまーす!」

 手を合わせて心の中で呟く。いただきます。

 もう一度茶を飲み、箸を持って突き始めた。

 初めに味噌汁を飲もうとしたが、器が思ったより熱く、諦めた。先に鮭を食べよう。温かいうちに食べたほうがおいしい。骨を取り除いて白米のお供にする。おいしい。朝に鮭などといった魚を食べるのはいつかに食べたおせち以来だ。

 そういえば、大根おろしもあったな。それも一緒に食べてみようか。

 ……ずいぶんと合う。大根おろしを加えるだけで、これほど変わるのか。家で鮭を焼くことがあれば、大根をおろしてもいいな。

 半分ほど鮭を食べてから、さっきからおいしそうな湯気が立っているだし巻き卵を半分に割り、また半分に割った。

 一口サイズにすれば、大根おろしを少し載せて口に運ぶ。……大根おろしはなんにでも合うな。どこで食べても提供されるだし巻き卵はおいしい。どうすればこれほどおいしくなるのか聞きたいくらいだ。

 最後の一口を白米と一緒に飲み込んで、忘れていた味噌汁をかき混ぜた。味噌が下に溜まっていた。もうそろそろいい具合に冷めたと思うんだが。

 手で触れて熱さを確認し、持って口に付ける。……いい具合に冷めている。それでも少しばかり熱い。ずずずと音を立てて口に含んだ。……少し味が薄いか……? でも、これくらいでもいい。他者が作る料理は参考になる。

 半分ほど味噌汁を飲んだら、再び鮭と一緒に白米を食べる。やはり焼き鮭を白米のお供にして食べるのは最高においしい。日本人の口によく合う。

 鮭を食べ終わって、味噌汁を飲もうとしたとき、ギルの手が止まっているのが目に入った。少し悲しそうな顔をして箸を持っている。

「ギル、どうかしたか」

 見れば、魚は一度も手を付けていないらしい。そういえば言っていたな。早く気づけばよかった。

「魚の骨だな」

 ギルはぶわっと泣きそうな顔をして頷いた。

「ど、どうした? 腹でも痛いのか」

 否定する。

「れーくん食べてるから、邪魔しないように言えなくて……言えなくて時間過ぎて、食べれなかったらどうしよ……って……ごめんね」

 僕がのんきに食べていたからか……。ギルは少なからず「命」という存在は認知している。ここで食べなければ命が無駄になってしまうと思って、怖くなったんだろう。

「そんな顔するな。それに、僕の迷惑なんて考えずに話しかけろ。ギルのことを迷惑なんて思わないから」

 ……ときどき迷惑だが。

「次から言いたいことはきちんと言うんだ。わからないからな」

「うん……」

 あふれ出た涙を拭う。

 ギルの頭を一つ撫でて、骨を一つ一つ抜いていった。

 ああギルに言ったが、忘れていた僕も悪い。食堂に向かっているときに話していたことなのに。

「……これで、全部取れたと思う……が、心配なら白米と一緒に食べろ」

「……ごはん食べちゃったよ」

 ギルの皿には魚と味噌汁、漬物以外残っていないみたいだ。

「……僕のでよければやる」

 ギルが僕ほど少食ではないから、これくらいの白米が加わっても食べれると思う。無理そうなら食べるが。

「でも、れーくんは? 食べないの? お腹空いてないの?」

「ちょうど腹が膨れてきた頃なんだ。貰ってくれたほうがありがたいまでもある」

「……じゃあ、貰っていいの?」

「ああ。だが、無理に食べるようなら僕が鮭をいただくから、その分白米で満たせ」

「うんっ……! ありがと。やっぱりれーくん優しくて大好き」

 白米の入った茶碗を持ったとき、抱きつかれて落としそうになって少し焦る。かと思えば、離れて茶碗を持っていかれた。そして鮭と一緒に食べていく。

 優しい……のだろうか。

 ギルとのやりとりを見ていたらしい、ギルの向かいにいる下条が、魚の骨を取れとねだってきた。

「ほ、ほら、言ってただろ? 夏休みに水着買ったあとカフェ行った時に、骨取ってくれるって」

「…………」

 ……本当に記憶にない。いつの話だ。

「虚言か」

「違うわ! 言ってたって! 取ってくれよ。ギルの取ってたんだし」

「……下条は……なにか対価を貰わないと、する気になれないな」

「なんだよそれ! ギルだけズルいってー」

 ギルは一度キョトンとするが、すぐにっしっしと笑う。

「じゃあ……このあと行くテーマパークで、なんか奢ってやる。だ、だから取れって……」

「ふっ、面白いな。べつにいい。奢られるほうが困る」

 下条の無残な魚の姿がある皿を近くに持ってきて、取っていく。

「え、えっとじゃあー修学旅行終わったらゲーム貸して」

「だから、要らないと言った。対価なんて要らない。無料だ」

「言ってないって!」

 魚の骨を取れないことヘの羞恥が湧いたのか、下条の顔が少し赤い。下条のこんな顔を見るのは初めてだな。

 下条の魚は、かなりぐちゃぐちゃにされていた。無理やりに骨を探ったのだろう。そうされたら見つけるのも大変になるんだ、わかるか? それでも、探れる分だけ取っていった。

「これできっともうない。もしかしたら潜んでいるかもしれないから、きちんと噛んで食べろ。鮭の骨はまだ柔らかいから噛み砕けはする」

「マジで取ってる……。すっげぇー。マジありがとな!」

 下条は嬉しそうに皿を引き上げていった。骨を取っただけなのに本気で感謝されるのは、こっちとしてもやりづらい。だからやめてくれ。

 もう骨を取ることをねだる奴がいなくなったから、味噌汁を飲みきってしまってぽりぽりとたくあんを食べていた。やっぱり最後は漬物で閉めるのがいい。

「……ケイ。なんだ」

「……いや」

 ずっと向けられる視線が気になって言ったが、なにもないわけないだろ。

「言いたいことがあるなら言え」

「…………」

 ケイはどこか、不満そうな顔をしていた。僕と目を合わせようともしない。

 やっぱり僕とケイは相性が悪いんだ。特にイベントごとがある日にはケイとなんだかんだ対立してしまう。

「なにを思ったのか知らないが、言いたいことは言わないと伝わらない。ケイも自分で言っていただろ。黙っているだけではわからないから」

「蓮に!」

 机に拳を振り下ろされてドンッと、ガシャンと大きな音がする。落ちてはいない。

 少なくとも僕の心臓は早く鳴りだしている。

「わかるわけないだろ……」

 自分の声や音の大きさに気づいたようで、声が小さくなる。

 僕にわかるわけがない? 言わないとわからないって言っただろ。ケイはいつもそうだ。なにか言いたそうな顔をして、言ったと思えば怒ったような言い方をする。

「……ごめん」

「…………」

 こんなにすぐに謝るとは珍しい。いつも事が過ぎてからなのに。

 謝ったあと、食器を除けて机に伏せた。食後で眠たくなったんだろう。いや……どうでもいい。

 僕は急にわけのわからない怒られ方をして、ケイに少しばかり腹を立てているらしい。

 五分五分で、どちらかが原因だったりするが、先に謝るのはいつでもケイだ。ケイが原因だったときは、こういういった謎の怒り。僕が原因だったときは、僕自身への注意不足など。……ケイは僕のために怒ってくれているんだよな。

「ケイ。僕がなにかした記憶はないが、気に障ることをしたのなら、謝っておく。悪かった。直してほしいところがあるなら」

「いらないそんなの」

「…………」

 はぁ?

 ケイがその気ならもう謝るもんか。せっかくケイへの感謝を込めて、改善を配慮して言ってやったのに。もういい。もう知らない。修学旅行中はもう、絶対にケイに感謝も謝罪もしない。今決めた。絶対にしない。

 たくあんを食べるのに戻った。ケイのことを考えるだけで腹が立ってくる。早く気を紛らわそう。

「なんか、敬助と蓮が喧嘩してる」

「喧嘩ではない。対立と言え。それに、ケイが一方的に怒ってきたんだ。僕も……多少は悪いのかもしれないが、改善点を言わないくらいだ。知るものか」

「おぉ、こえぇー。蓮が怒ったら怖いな」

「怒ってなどいない」

 なんだ、下条まで僕を腹立たせる気か。

 ……駄目だ。落ち着こう。他の者を巻き込むわけにはいかない。これは僕とケイの対立だ。下条は関係ない。

 気を紛らわせるためにほとんど冷めたお茶を飲んでいく。下のほうに茶葉が沈殿していて、なくなるにつれ味が濃くなっていった。

「どうして喧嘩したの?」

「だから喧嘩ではない。対立と呼べ」

 対角線上にいて、物理的に一番遠いところにいる総務に言われる。

「ケイが一方的に……いや、総務は関係ない。加わろうとするな」

「でもずっとこうだと……やりづらくない?」

「知るか。僕はべつに、これでもいい。昔もこんなことはよくあった。……巻き込むつもりはないから、首を突っ込もうとするな。下条もな」

「……そう」

 確実に空気を悪くしてしまったな。申し訳ない。本当に、なんでいきなり怒ってくるんだ。

 目の前にいるケイの姿を捕らえないように、もう食べ終わってスマホを触っているギルに、目を向けて頬杖をついていた。

「仲直りしたら?」

「だから、ケイが勝手に怒っただけだ。僕はなにもしていない」

「…………」

 なんて、ギルに言っても困らせるだけか。ギルに目を向けるのをやめて、反対側にある、窓の外の景色を見ていた。どうやら、割り振られた部屋の窓が付く方角と同じみたいで、景色が同じだ。強いて言えば見える角度が少し違う。けど下からの景色なこともあって、眺めは良くない。

 なんとなく、嫌なことが続きそうだ。

 部屋に戻るよう言われて、立ち上がって椅子を入れる。久しぶりにおいしい朝食を食べた。

 ぞろぞろと出ていくなか、ケイは椅子に座ったままだ。寝ていて気づいていないのだろう。

「…………」

「れーくん?」

 後ろを歩かないことに気づいたギルが振り返る。

「あ、敬助くん。おーい敬助くーん。部屋戻るよー。もー、れーくんも起こしてあげなよ」

「……知るか」

 一人、出口に向かった。

 いきなり怒ってきたのはケイだ。それに、ケイを起こす起こさないは僕の自由だ。ギルがケイを起こしたように。

 ギルが隣を歩き出したかと思えば、後ろから足音が聞こえる。ケイだろう。チラッと後ろを見てみたら、眠たそうな顔と目が合い、さっと逸らした。

 部屋に戻ってからは、残っていた缶コーヒーを飲みきった。もう温かくはなく、冷たい。


 大阪にあるテーマパークには昼前に着いた。電車の座席は下条と場所を代わってもらい、ギルの後ろに座っていた。ケイの隣をいつまでも座れると思えなかった。

 下条と席を代われば柊が話しかけてきた。ただ、どれも返答が「ふーん」と興味がなさそうだった。

「なんで影島と喧嘩したの」

「喧嘩と呼ぶな。対立だ。それに、ケイが勝手に怒ってきたんだ」

 何度も言ったことだ。

「ふーん。……影島とよくけん……対立するんだね」

「昔から僕との相性は合わないらしい」

「……その割には影島が転校してきた時抱きしめ合ってたけどね」

「合ってはいない。勝手に抱かれたんだ」

「……ふーん。……でもこれで……」

 ん。これで、なんだ? 柊の顔を覗いてみたが、なんだか嬉しそうな顔をしていた。口角がほんの少し上がっているところから読み取っただけだから、それ以上は探れない。

 あの言葉のあとは、なにかを問うてくることもなく、静かに本を読ませてくれた。柊は隣でスマホをいじったり、窓の外を見たりを繰り返していた。

 そういえば旅館を出る前、荷物を持ってロビーに集まり、スタッフに向けての感謝や指示などを生徒代表や先生が言っていく時間があったが、そのとき窓の外に立て札があった。もしかしたら、あれなのかもしれないな。深夜の二人の女性の声は。

 一部消えていて、見える文字は限られてくる。それでも、ここで二人の女性が自死を選んだことが書かれていた。そして、悩みやつらいことなどがあれば誰かに相談しろと、厚生労働省などの電話番号も添えられていた。

 こういった宿泊施設や交通機関での自殺は迷惑だと世間では批判する。それでも、ここの旅館は迷惑なんてマイナスなことを書かず、寄り添うような言葉が書かれていた。

 小さな寄り添いで、救われる命はある。

 僕は目を瞑って短く黙祷をした。

 一度トイレ休憩の時間を挟んでバスに乗り換えてからは本を読まず、目を瞑っていた。なんだか集中できない。乗り物に乗っているからだろうか。普段しないことには疲れが出てしまう。

「蓮くん寝た?」

「……寝ていない」

「……酔い止め飲んでたよね。もしかして酔った?」

「……少し疲れたみたいだ」

「……今から疲れるものなの」

「僕にとってはな」

 物理的に揺られることにも、精神的に揺らされることにも疲れた。

 目を瞑っていれば、眠っていたらしい。柊に肩を叩かれて起こされた。今朝は四時前に起きてからずっと起きていたし、その前にはギルに起こされた。睡眠時間が十分、とは言えないだろう。

 重たい荷物を持ってホテルに向かう。ホテルには約五分と、そう遠くはなかった。本当にありがたい。

 ロビーでホテルのスタッフの方々に向けての言葉を生徒代表が言い、各部屋へと向かう。

 今度のホテルは昨日泊まったところとは違い、洋式そのものだった。どこも豪華を漂わせていて、なぜか天井にカジノに置いてあるルーレットがあったくらいだ。

 部屋まで少し窮屈のなかエレベーターで上がり、班員六人で指定された二部屋の前で止まる。入らないのにはわけがある。

「じゃあ、グッパーで決めるよ!」

 部屋は三人部屋で、もちろん三人ずつに分かれる。

 修学旅行の部屋割りを決めるとき、ギルが言いだしたんだ。「せっかくだから、直前にグッパーで決めよ!」とか言って。なにがせっかくなのかわからないがこっちのほうが面白いじゃんとか言い、それに下条や総務も賛成しこうなった。

 重いから荷物を置いて片手を出す。

「いくよ! ぐっとパーで」

 僕はグーを出そうとする。が、

「え?」

「なんだよそれ」

 なんとなく嫌な予感はしていたがやはりか。

「グーチーで分かれましょ、じゃないの? グーとチョキで……」

「違うだろ? ぐっとっぱ、のタイミングで出すだろ」

 グーとパー、もしくはチョキで分れるとき、地域によって言い方が違うとは知っていたが、こうも違うとは思っていなかった。

 僕はギルとともに育ったから、ギルと同じかけ声だ。あれの続きは総務と同じだな。教えられたのもギルからだ。

「え? ぐっとパーで分かれましょ、じゃないの?」

「違うぞ」

「僕のところも違うよ」

「えぇー!」

 初耳だったのか、地域でかけ声が違うというのは。

「もういっせーので出そうぜ」

 それがいいだろう。

「そういえば、指スマも呼び方違うみたいなのあるよね」

「それはあとだ。今は部屋割りを決めることを先にしろ」

 話を広げようとするな。

「あははは、はーい。じゃあ、いっせーの、で出すね? いっせーの!」

 ケイは出さず、それでも拳が三人分並んだからこれでいこうと決まった。が、

「…………」

 なんでこの二人なんだ。苦笑いしかできない。

 総務からもう一方の部屋の鍵を渡される。鍵といっても、シリンダーキーのようなものではなくヘンなカードだった。

「れーくんと違う部屋になっちゃったー。グッパーで決めようなんて言わなかったらよかったー」

 言いだしたのはギルだ。残念だったな。

「三十分には集合だから、十五分前には廊下に出ててね」

「ああ」

 総務たちはカードでなにかして扉からピッと音を出して入っていった。

「蓮くん、入ろ」

 目の前の扉に鍵穴はなく、渡されたカードを見て思う。

「……どうやって開けるんだ」

「ぶっ」

 僕の間抜けずらを見て柊が噴き出す。そして、しているつもりはないんだろうが、小さく馬鹿にして笑う。

「蓮くんほんとに今の時代に生きてる人?」

「早く開けろ」

 柊にカードを突きつけながら言った。悪かったな、今の時代を生きていない奴で。

 柊は笑いながらそれを受け取り、場所を代わった。カードを持って、ハンドルの上にある黒い四角いところに当てて、

「これで開くんだよ」

「…………」

 なにをした? カードを当てたら音が鳴った。そして扉を開ける。……一瞬のうちになにをした? そのカードでシリンダーキーのように見えない鍵穴に差してひねったのか? その一瞬で。

「ほら、蓮くんも入らないと入れなくなるよ」

「あ、ああ」

 荷物を持って柊が招く部屋に入った。

 部屋はもちろん暗い。だいたい入ってすぐに電気のスイッチがあるだろうと見回していたが、いきなり電気がついた。誰も電気のスイッチに触れた様子はない。これは、人感センサーでつく照明なのか? そう思いながらも、ケイが靴を脱いで先に進むので、僕も脱いで上がった。

 奥まで進み、端に置かれていた荷物の隣に僕の荷物も置く。やっと解放された。

 壁沿いの中央にはテレビが一台置いてあり、風呂とトイレは別、ポット、冷蔵庫や狭いがクローゼットもあり、スリッパも中に入っていた。

 新しい場所で好奇心が湧きいろいろと歩き回っていれば、柊に「そんなにはしゃぐ蓮くん初めて見た」と笑われ、じっとした。今の時代を生きていない奴だから、こういうのには興奮してしまうんだ。悪かったな。

 それにしても、柊の笑顔が見れるとはな。

 ケイは入って一番近くの、柊は一番遠くのベットに腰掛けていて、僕は必然的に真ん中のベッドを使うことになる。柊の使うベッドはソファーベッドになっているらしい。選んでそれにしたのか、遠慮したのか。

「柊、ソファーベッドでいいのか」

「いいよ。端っこのほうが好きだし」

 僕も端っこが好きだが、ケイと柊を隣同士にするのはやめるべき行為なんだろう。ここでいいか。

 ベッドに腰を下ろしてみれば、弾力で体が跳ねた。初めての感覚で感心する。もう一度立ち上がって、今度は軽く飛びながら座ってみれば、もっと跳ねて、後ろに倒れ込んでしまった。これほど跳ねるベッドがあるのか……。すごいな、今の時代。本当に僕は今の時代を生きていないのかもしれない。

 時間になれば荷物を持って部屋へと出る。ケイが先に静かに出ていったことで気づかされた。

「蓮くん行こ」

 柊は、僕と二人になればずいぶんと話しかけてくるようになった。僕がそういう存在であるのは少しばかり嬉しいと思うが、僕でいいのかとも思ってしまう。

「忘れ物ない?」

「ああ」

「なら、そのカードキー抜いて出てきて。忘れたら入れなくなるよ」

 このカードキーはいったいどんな仕組みなのか気になる。壁に付いているカード置きのようなところから抜きながら思う。

「っ……」

 カードを抜いたら電気が消えた。柊が消したのか? いや、柊は扉に手を添えていて消していないはずだ。なら、人感センサーが壊れたのか? ……それとも……。

 もう一度そこへカードを挿した。そうしたら、電気がつく。やはり、これをここに挿すことで、電気がつくようになっているんだ。すごい。

「なにしてんの?」

「今行く」

 カードを抜いて扉をくぐった。振り向いて鍵をしようと思ったが、

「…………」

 どうやって……? そう思っていれば、廊下にいた総務に鍵を寄こせと言われた。

「鍵をまだしていない」

「鍵? あぁ、オートロックだから大丈夫だよ」

「オート、ロック……」

 オートとは自動、ロックとは施錠。自動で施錠をしてくれるのか。

「新藤くんこういうの初めて? 今はこの鍵で扉を開けることができるし、部屋の電気もつけることができるんだ。試しに、ちょっと貸して」

 言われた通り、カードキーを渡した。総務はカードキーを持って僕の隣に立った。

「ここにこのカードキーをかざしたら……こうやって開くし、扉を閉めたら……自動で鍵がかかる、ね。部屋に入ってすぐに、壁に四角いのあったでしょ? あそこにこのカードを挿したら、カードの持ち主が部屋に入ったっていう証明で、電気がつくようになるんだ」

「すごいな……」

「あはは、れーくん本気でびっくりしてる。れーくん時代遅れだからなー」

 話を聞いていたらしいギルが、部屋から出てきて言ってくる。

「時代遅れとか言うな。……確かにそうなのかもしれないが言うな」

「あははは」

「このカードは一緒に先生に渡しておくね」

「ありがとう」

 各クラス、揃ってからテーマパークへと向かった。向かうと言ってもホテルを出てすぐに、それらしき高い門があった。きっとあれなんだろう。

 クラスで並んでその門をくぐり、回る地球儀の前で集合写真を撮るようで、並ばされた。写真に映るのは嫌なのだが、一度それを言ったら記念などとはぐらかされて、今もこう撮られている。笑えと言われても笑わなかった。

 記念写真のあとは、班で集まり次第自由行動開始だ。


「じゃあさ一番始めは、混まないうちにジェットコースター乗ろ!」

「よしきた! そう来ると思ってた! 早く並ぼうぜ!」

 誰の反応も待たずに、ギルと駆け出していく。四人も置いていくな馬鹿。はぐれる。

「ふふっ、あの二人ならやると思ってたよ。見失わないうちに追いかけよ」

「はぁ……」

 少し早足で総務が歩き出すので、従わざるを得ない。そもそも、僕は乗るとは言っていないんだからな。

 着けばもう二人は並んで、数人後ろに並ばせていた。

「あ、きたきた! 早く入って入って!」

「集まってから並べ。それに、僕は並ばない」

 柊を残して、総務とケイはギルたちの前に並んでいた。

「え、なんで? れーくんも乗るよ!」

「……乗らない」

「……あ、そっか。れーくんこういうの苦手だったっけ? でも大丈夫だよ。これぐるんって一回転するやつもないし、そこまで速くないよ」

 列から抜け出したギルは、僕の手首を握って再び列に並んでいた。ギルの引く力が強すぎた。一緒に柊の手首も握っていたらしく、いつの間にか列に並んでいる。

 僕が明らかに嫌そうな顔をしていたはずなのに、ギルは笑って返してくる。

「大丈夫だって。……柊さんも無理に連れて来ちゃったけど、こういうの苦手じゃなかった?」

「……べつに?」

 僕以外と話すときは本当に別人みたいになるんだな。相変わらずギルに顔を合わせようとしない。僕と話しているときは合っていたはずなのに。僕のほうこそ逸らしていたまでもある。

 柊の配慮はしてくれるのに、僕の賛否は聞きもしない。手首を掴まれて、並ぶ列の隣に壁ができてしまってもう抜け出せない。……乗るしかないようだ。

 リュックから取り出した酔い止めを一錠飲む。怖くて意識を飛ばしてしまうのはまだしも、乗車中に吐いてしまうのは本当にいけない。

 一度してしまいそうになって、本当に焦ったことがあった。そのとき乗った、いや乗らされたのはさきほどギルが言っていた一回転するものだった。そこまで把握せずに乗ったものだから、どうなったのか状況が把握できないと同時にものすごく気持ち悪くなってしまった。

 結局、降り場で待っていてくれたギルの両親が出してくれた袋に。フラフラで脚も立たず、降りた瞬間ひざまずいて。

 袋……すぐ出せるように上のほうに入れておこう。いや、ズボンのポケットのほうがいいな。もう少しだけ小さく折ってズボンのポケットに入れておいた。

 順番が来て、荷物を置いて乗り込む。絶叫系が余裕らしいギルと下条が最前列、その後ろにケイと総務、そのまた後ろに僕と柊。

 総務がなんでこんなに前なのかと言っていた。確か、総務は絶叫系が苦手……だったはず。プールに行った日、すごく嫌がっていた。が、今回は自ら列に並んでいた。克服でもしたのか? 僕は今でもあの浮遊感は耐えがたい。

 安全バーの装着の確認後、スタッフの「いってらっしゃーい!」という元気なかけ声のあと、進んでいった。まだスピードは遅く、上っているらしいカッカッカッカッという緊張を煽る音で、僕の鼓動が速まっていく。安全バーを掴む手は、もう手汗でびっしょりだ。次にここに乗る人よ、悪いが迷惑をかける。

 徐々に傾きを見せていけば、

「っ……!」

 真っ逆さまに落ちていく。落ちて落ちて、上がって、落ちて……。右に、左に、上に下に……。

 薄らとしか目を開けられず、どうなっているのかもわかりにくい。……ただ、またあのでかい急斜面があるのだとはわかる。また上っている。

 酔い止めは聞いているらしく、気持ち悪くはあまりなっていない。ここからもう一週するとなればさすがに無理だ。絶対にめまいを起こして吐く。

 今度の斜面は初めのものより長い。あれよりもっと急斜面になるのか……? そう思っても、ここから逃げ出すことも時間を早めて終わらせることもできない。僕にこの安全バーを破壊するほどの力もなければ、どこかの物語の中の正義のヒーローでもない。ただ、時を待つしかない。

「おかえりなさーい!」

 スタッフの声が遠く聞こえて、安全バーが外される。今の僕の顔はどんなものだろうか。ただ、どこか魂が抜けたような顔をしているだろう。本当に、口から魂が出ているかもしれない。

「れ、れーくん!」

 笑いながら僕を呼ぶのはギルだ。

「早くしないと待たせちゃうよー。それに柊さんも出られない……し」

 そうか、柊が横にいるのか。ところで、なんださっきの間は。

「やっぱり柊さんこういうの苦手だったの! 言ってくれたられーくんと一緒に待ってもらってたんだよ!」

 なら初めから待たせろ。

 ギルに支えられながら降りて、手を離される。あぁ……もう今日一日分の体力を使った。荷物置き場に向かっていれば、誰かに当たってしまった。

「すいま……せん」

「…………」

 すぐに離れようとしたが、なぜかその人に腕を軽く回される。悪化させないようにも顔を上げることはしなかったが、出口まで一緒に歩いてくれた。なにかの壁を背に、座らせてくれる。その行動に甘えて、脚で顔を埋めていた。ギルが来るのを待とう。

 ……いやそうだ、リュック。結局手に持っていなかったんだ。顔を上げてみれば、出口のあるほうへ長い赤みがかった茶髪が流れていくのが見えた。

「…………」

 それに、すぐ横にリュックが置かれていた。

 本当に余計なことをする。


「あはは。敬助くんありがと。そういえば総務さんも苦手だったよね。ごめんね、忘れちゃってた」

「大丈夫だよ。……僕から乗ったんだし。前に似たようなの乗ったから、もう慣れて乗れるかなって思ったんだけど、全然無理だった……」

 声に顔を上げれば、ケイが総務を、ギルが柊を支えながら歩いていた。下条は少し離れたところで同じ学校の生徒となにか話していた。

 さっきよりマシになってきた。もう、絶対にこう言った系統のものは乗らない。絶対に。

「れーくんお待たせー。全然大丈夫だったでしょ?」

 それが素なのか、悪意を込めたのか表情からは読み取れないが、

「もう絶対に乗らない。乗らせたら……もうギルを家に泊まらせない」

「えぇー! そ、それは駄目! 絶対!」

「ならもう無理に乗らせるな。柊や総務を含めてな」

「わかったよー」

 柊は壁を背にしたらすぐにリュックからペットボトルを取り出して、グビグビ飲んでいた。本当に大丈夫だろうか。心配になってくる。総務はもう平気そうで、ギルと一緒に一人一枚ずつ貰っているパーク内のパンフレットを見ている。下条は相変わらずだ。相手を変えて話している。ケイはなぜか、僕のすぐ近くでチラチラとこちらを見てくる。

 僕は顔を逸らして空を見上げる。空は太陽を隠してくれているが、曇りというほどでもない。それでも、あたりは暗く感じる。

「うん、そうしよ! ちょうどいいよ」

 ギルと総務の話に決着がついたらしく振り返る。下条を呼んで声を上げた。

「次は近くにある、水流滑りってところ行くよ! 場所によってはすごくお水掛かっちゃうかもだけど。あはは」

「水流滑りとかちょー面白そう! 早く行こうぜ!」

「新藤くんと柊くんは、もう歩けそう?」

「ああ、まあ」

「…………」

 柊はもとから聞いていませんでした、とでも言いたげにスマホから目を離さない。

「柊くん?」

「…………」

「具合悪い? 大丈夫?」

「…………」

 もうこれ以上はケイをまた怒らせそうだ。今の現状では怒らないかもしれないが。

「柊、スマホを一旦置け。せっかく大阪という普段行けない来たのだから、少しくらい楽しんでもいいんじゃないか」

「……ほっとけよ」

 やっぱり僕には耳を傾けるんだな。

「ほうっておけないから聞いているんだ。動けるか動けないか。どっちなんだ」

「……きも」

「…………」

 僕に向けられた言葉なんだろう。べつにそれは構わない。言って気が済むならいくらでも言え。ただ、

「れーくんにそんなこと言わないで!」

 言うときを間違えたな。

「……は」

「……れーくんは……俺の大切な人なの。……れーくんを傷つけないで……柊さん」

 ギルは涙声に言う。意図せずとも、僕以外を傷つけたんだ。

「……うるさ」

 柊はギルたちに背を向けて、耳を塞いでしゃがむ。

 柊は、自分から壁を作るタイプなんだろう。だから、直接本人には言えないが、支えてくれる友人がいないのだろう。つまり、自業自得。

 ギルはきっと目的地に向かう。ケイもだ。実際、ケイはギルの腕を掴んで歩いていった。迷ったあげく、下条もあとを付いていく。それでも、こちらを窺っているようだった。

 僕は立ち上がって、今頃どうしようかと悩んでいるだろう総務に近寄り、耳打ちする。

「先に行ってろ。僕がなんとかしておく」

「でも」

「僕には口を利くんだ。なんとかする」

「……ごめんね」

 第一、総務が謝ることではない。

 最後の足音が聞こえなくなった頃、振り向く。まだ耳を塞いで俯いている。かと思えば、耳から手を離し、振り上げた拳は壁に向けて殴った。立ち上がって振り向けば、

「は? なんで……」

 僕の存在に驚いたらしい。一瞬目が見開かれた。

「な、なんでお前が……一緒に行ったんじゃ……」

 お前……か。本当はそう呼ばれていたのかもしれない。

「いち班員を置いて行動ができると思うか。この団体行動を強いられたなかで」

「なん……で」

 柊の目は潤っていき、頬に水滴を伝わせる。

「なんで、なんで……。ぼく……酷いこと言ったのに……。なんで、ねえ、なんで。おか……しいよ」

「…………」

 柊の涙は止まらなくなっていく。近寄って、頭を包む。

「大人ぶる必要なんてないんだ。子供なら子供らしくいたらいい。苦しいのに泣くのを我慢する必要もない。

 今はうまく話せないかもしれない。だが、きっと大切に思える人間が現れるはずだ。その人間を大切にしろ」

「ぼくにそんな人できるわけない。……ぼくなんか誰も必要としてない。誰も……。こんなの死んだほうがマシ。いたってどうせ、捨てられる。ぼくを殺さないと生きていけない。……いっそ、ぼくを本当に、蓮くんの手で殺してよ。ぐちゃぐちゃに切り刻んで、燃やして、深い海に沈めて」

 微かな希望に手を伸ばすように僕を見上げる。

 いつかの誰かみたいだ。反吐が出る。あの時、あいつはどうしたんだったか。

「僕を犯罪者にでもさせる気か。……まあ、もしいつまで経っても見つけられなければ、そのときは考えてやる。……今は、腕の中(ここ)で息をするだけでいいんだ」

「……本当に蓮くんはキモチワルイ」


 ギルから連絡が来た。今どこにいるのかと。アトラクションを一つ乗り終えたらしく、柊と仲を戻したいともあった。

 次に行くところで合流しようと送れば、「からくり屋敷」というところに行くらしく、パーク内マップと一緒に送られてきた。

 温かいコーヒーを柊から、飲めないからと貰ったので、リュックの中に入れる。

 泣き止んだ柊の目は赤く腫れていて、そんな状態で歩くのは目立つだろうと思い、タオル越しに温かい缶コーヒーを当てて少しでも腫れているのを治めた。べつに柊が飲んでくれたらいいと思っていたが、飲めないらしい。

 ギルからの連絡内容を伝えれば、行こうと言われ今向かっている。柊とのヒビを少しでも修復できたみたいで安心する。

 ……安心? ……どこから、そんな言葉が出るようになったのだろうか。

「――――!」

 ギルが走って近づいて来たのに驚いて、柊が身を引く。

「柊さん、さっきはごめんね。……でも、本当に大切な人だから、れーくんを悪く言わないでほしいの……」

「……べつに、虚言だし。……蓮くんを傷つけたいなんて、初めて話したときくらいだけ。それ以来は……思ってない」

「え? でもさっき……」

 きっと、柊はあの場で独りになりたかったんだろう。自分で深く傷つけてしまって怒りや悲しみといった感情を制御できず、泣いてしまうだろうとわかったから。他人にそんな姿を見られたくなかったから、ギルや僕を遠ざけたかった。だからあんなことを言った。

 僕もよくギルにしてしまった。もう時効が過ぎてしまっただろうから、いまさら謝ったところで、ギルは憶えていない。

「とにかく、英川が謝ることじゃない。ぼくこそごめん。……ごめんなさい。蓮くんには絶対傷つけないから。安心して」

 ……うまく話せているじゃないか。

「どうかしたの?」

 総務がギルの後ろから現れる。

「垣谷も。ごめんなさい」

「っと……」

 一瞬困惑するが、一笑してすぐ笑顔になった。

「いいよ。柊くんも思うことがあったんだろうし、お互い様。ここからは楽しく過ごさない?」

 柊はこういった質問を今まで答えてこなかった。きっと意見を言うのが怖かったんだ。自分をさらけ出すことにつながってしまうから。自分をさらけ出したことで柊の心が傷ついて、他人と距離を作ってしまうようになった。

 今の柊なら、言えるんじゃないか。

「ぼく、にそんな資格ない」

 答えられたが……謙遜してしまうか。けど、うまく話せていた。柊は自分で変わろうとしているんだ。それだけで大きな第一歩なんだ。

「なくとも、それくらいの価値はあるんじゃないか。柊にも」

 柊は俯く。

「本当に、蓮くんは……」

 またさっきのを言われるのかと思ったが、続きはない。言ってしまえば、またギルを怒らせると思ったからだろう。

 正直、僕はあの言葉に込められた意味をあまり理解していない。ただ、本当に気持ちが悪いという意味ではないことは確かだ。

「うまく……話せないかもしれないし、うまく行動にできないかもしれない……けど、ぼくは……ボクは、ナカヨクしたい」

 ……さっき、言いたいことを逸らしたな。また自分じゃない何者かのキャラを演じてしまっている。

 それでも、意見を言えるようになっているじゃないか。大きな成長だ。

「うん! 俺も仲良くしたいな。……嫌じゃなければ、実琴くんって……呼んでいい?」

「……か、勝手にすれば」

「あはは、れーくんみたいなこと言うんだね。うん、じゃあ実琴くんって呼ぶね。いつまでもさん付けは嫌だったから」

 さすが、友だち百人作りたそうなギルだ。敵対心を宿していた柊さえも友人にしようとする。

「じゃあ、あっち行こ。真也くんたちが待ってるよ」

「テッテレー!」

「わっ!」

「俺ずっとここにいましたー」

 ギルは気づいていなかったのか。ずっと下条がギルの後ろにいて、ギルの頭に指を二本立ててなにかしていた。その他にも釈迦のような手もしていたな。こんな雰囲気で笑うはずもなく、僕は変人扱いしていたが。

「……ほんっとにびっくりした! やめてよそういうのー。楽しむ前に俺の心臓が破裂するところだったよ」

「へっへー、ギルたちなに話してんだろうなーって気になってよ。それより、早く行こうぜ」

 ギルたちが来たほうへ目を向ければケイと目が合う。が、すぐに逸らされた。いや目を逸らされた程度のものじゃない。体ごと逸らされた。

 柊とは良好に進んでいると思うんだが、ケイとはどうだろうか。ずっとあのままなのだろうか。……いや、だとしても僕の改善点を吐かないくらいだ。僕が謝る必要はない。

 ギルが柊の腕を取って、ケイのいるところへ歩いていく。下条もその隣を歩いていた。あそこまで仲を深められているのか。ギルが少し強引なところがあったりするが、それでも一緒に歩いている。なにか障害が生じなければ、修学旅行が終わるまではなんとかなりそうだ。

「新藤くん」

 歩き出せば、総務が隣に付いた。

「ありがとう。僕じゃあそこまでできなかったよ」

 振り向かずに答える。

「僕はなにもしていない。柊自身が変わろうとしているんだ。……それより」

 さっきの言葉で気づいた。やっぱりまだ、過去からは抜け出せていないんだろうな。

「一人で問題を抱え込もうとするな」

「……そうかも」

 総務は責任感が強すぎる。いや、そう作られたようなものなんだろうが。今回の柊のことも一人でなんとかしようとしていた。あのとき耳打ちをしていなければ、きっとまた一人で抱え込んでいた。同じことを繰り返していた。

「新藤くんだけだよ。僕を気にかけてくれるの。べつに、かけないのが悪いっていうことじゃないけど、それでも新藤くんほど気にかけてくれる人なんて、そこら中にはいないからね。……また僕が抱え込もうとしてたら止めてくれる?」

「……気が向いたらな」

 なにより今、独りで問題を抱え込もうとせず、他人に頼ることができたんだ。今は必要ない。

 からくり屋敷には、並ぶことなく入れた。どうやら自由散策型らしく、入れば一般客や同じ高校の生徒がいた。

 見た目はただの室内。だが、

「ど、どうなってるのこれ!」

「なんか体が引っ張られるぞ!」

 右に体が引かれる部屋。メタイことを言えば、床が大きく傾いている部屋だ。

 壁に設置してあるボールを転がすレーンのような、そんなものがあるが、そこでボールを転がせばもちろん。

「面白いね」

「すっげぇ! ボールが坂上ってる!」

 ように見える。実際はきちんと重力に従って転がっている。

「れーくんー立ち上がれないー」

 呼ばれたほうへ目を向けると、ギルが体が引っ張られる側の壁に設置された椅子に座っていた。手を伸ばしている。

「頑張れ」

「頑張れじゃなくて、手引っ張ってよ! ほんとに上がれないの!」

「鍛えた腕力と握力を使えば上がれると思うが」

「俺鍛えてないし鍛えてたとしても今は意味ないよ! とにかく手引っ張るだけでいいから!」

 ただ座っているように見えるのに、一度座ったら立てない椅子だとはな。さすがからくり屋敷だ。

 ギルの伸ばす手を掴んで引こうとするが、

「いたっ」

「っ……」

 意外と持っていかれて、頭同士を打ってしまった。

「あはは、すごい引っ張られるでしょ?」

「いまさら……。早く次のところ行くぞ」

 今度は力強く引いて、立ち上がれた。助けを求められない人間がこの椅子に座ったら、どうなるんだろうか。

 傾く部屋を抜ければ、きちんと垂直になる。感覚が狂いそうだ。いまさら胸の不快感を覚え始める。

 次は、狭い廊下を歩いていく。相当太っている人でなければ人ひとりは通れるくらいだ。その狭い廊下を歩けば、今度は下に行くらしい。はしごが置かれてあった。はしごと言っていいのかもわからないが。なんせ、四角く切り取られた床の壁に足を掛けれるほどの縄が付けられているだけだ。

 ギルはそれを慎重に下りていく。僕も下りていった。下りて振り向けば、

「……っ」

 目をすぐ閉じた。一瞬しか見ていないが、部屋が上下反転していた。つまり、床が上に、天井が下になっていた。さすがにこれには酔いが回る。

 ギルは余裕そうにすごいと連呼しているが、僕は一歩も動けずにいた。追いついたらしい下条たちも同じ反応だ。

「蓮くん大丈夫?」

「気が済んだら次のところまで連れて行ってくれないか。前を見れない」

「じゃあ行こ。ぼくもちょっと無理」

 手を引いてどこかへ連れて行ってくれる。柊も酔いやすいタイプなのだろう。

「もういいよ」

 目を開ければ、そこはさっきのような部屋だった。ただ、上下は反転していなく、重力にも従っている。が、どうやら次への道がないらしい。

「どう思う?」

「……さあ」

 僕はこういった仕掛けが出てくるような小説を見たことがないんだ。

 部屋は畳敷きで、壁は板張り。左の壁には違い棚や棚があったが、どれも次の場所へつながる道にはほど遠い。

「あ、れーくんいた」

 ギルが追いついてきた。

「って、これってさっきと同じ部屋? 上下左右が逆じゃないけど」

 左右も反転していたのか。

「あれ、でもあそこだけ違う」

「どこだ」

「あそこ。あそこの壁なかったんだ。さっきの部屋。代わりに真っ黒になってたけどね」

 ギルが指差すのは、棚がある一辺とは反対の一辺。この一辺も板張りだ。

「ここのね、ちょうど真ん中らへんがなかったの」

 近づいて触る。べつに変わったところはない……気がするんだが。さっきの部屋とここに部屋が間違い探しになっていて、正解なら次へ進めるものだと思ったんだが。違うみたっ――。

「れーくん!」

 いったいなにが……。

 隠し扉かと思って壁を押したら、どうにかなって暗闇の部屋に来た。籠もっているが、ギルの声が聞こえる。あの部屋の隣に来たのだろう。

 立ち上がって、細工がされていた壁にスマホのライトを当ててみる。べつに変わったところは……これか。壁と妙な境目があった。やはり隠し扉だったんだろう。だが、さっきあの部屋から押したものだから、こちらからは開けられないのだろう。ギルが謎を解けば、ここに来られる。がんばっ――。

 ……さっきの部屋に戻ってきた。柊がいる。だが、代わりにギルがいなくなっている。

「あぁ、そういうことか」

 第三者視点から見ていた柊がなにかわかったらしい。ギルはさっきの暗闇に部屋に出たらしく、怖いと僕を呼んでいる。

「蓮くん、これ回転扉。よくある、体重かけたら回る扉」

 それがよくあるものなのかわからないが、そうらしい。

「だから、こうしたら」

 柊が壁に体重をかける。そうすれば、軸を中心に壁が半回転した。今度はギルが現れる。なるほど。

 ギルが暗闇から抜け出せたことへの安心と、どうなっているか追いつけないらしく、ヘンな顔をしていた。

「……れーくん!」

「これは回転扉だ。スマホのライト付けてくぐろうか」

 ギルにがっしり腕を掴まれながら、片方の手でライトを付けたスマホを持つ。肘で体重をかけたら、見事に柊の考えが的中していた。暗闇の中に柊がいた。

「って言う感じ」

「面白い屋敷だな」

「忍者みたいだよね」

「い、いいから早く次のところ行こ?」

 ギルが相当怯えているらしく、手が震えている。傍にあった懐中電灯で前を照らしながら進んだ。進めば、徐々に明るくなって、見えるのは廊下だ。そこを歩いていれば、

「おめでとうございます! ここからは、忍者体験をすることができるエリアとなっています!」

 懐中電灯を取られて説明を受ける。からくりはもうないらしい。忍者体験か。

「手裏剣投げれるの!」

「はい、投げれますよ」

「投げたい投げたい! れーくん早く行こ!」

 手を引かれて、短い列に並ばされる。柊はお土産エリアを見ていた。

「次の方」

「えへへ、しゅって投げて真ん中当てたい!」

 白と黒と中心が赤の的が何メートルくらいだろうか、離れた壁に設置されている。手前の台に手裏剣が三つ置かれている。

 投げ方を説明されて、試しに握ってみる。少し重い。これを的に狙って……。

「あはは、れーくん届いてないよ」

「意外と難しい。やってみろ」

「えー? ほんとー?」

 ギルが投げるが、的に当たらず、少し下の壁に刺さっていた。

「あ、壁に刺さっちゃった。あはは」

「難しいだろ」

「ちょっとね。でももうコツ掴んだから!」

 同じく。

 こうなれば、ギルと勝負が始まる。こういった射撃ものはなぜかギルといい勝負をする。いつかに行った屋台での射撃も、いつかに行ったアーチェリーのときも。

「真ん中に近かったほうが勝ちね! 審査員は……あの、いいですか?」

 隣にいたスタッフに言うが、頼もうとするな。

「いいですよ」

「やった!」

 いいのか。

 中心が近いほうが勝ち。さっきの力加減ではすぐ下に落ちてしまった。となれば、怒りをぶつける勢いで手裏剣を投げるべきなんだろう。

 ならば、これくらいの加減で……。

 よし、刺さった。五センチほど右下にズレている。まだだ。もう一つある。これで中心を確実に刺す。

 ギルのほうを見てみれば、もう一本は刺さっていた。……七センチほどだろうか。ここで中心を刺されなければ僕の勝ちになる。

 さっきの投げた感覚からなんとなくで調節して、できるだけ中心に近づけるように……。だいたいこのくらいの角度で、このくらいの力加減でっ。

 よし刺さった。中心には及ばなかったが、ものすごくいい勝負をしている。ギルも同じくらいの位置に刺さっている。

「これは……あの、どっちが近いか見てもらってもいいですか?」

「はい。少々お待ちください」

 手裏剣を取りにいくついでに見に行ってもらえる。が、正直あのスタッフの目分量で勝敗が決まるということは、正確性には欠けてしまう。さあ、どうなる。

「お待たせしました。中心はこちらのお兄さんのほうが近かったですよ」

「やったー!」

 負けてしまったか。

「れーくんに勝った!」

「わかったから、先に抜けるぞ。後ろを待たせる。ありがとうございました。……ギルも」

「ありがとうございました!」

 出口から出れば、嬉しそうに笑顔を作る。

「やった、やった! れーくんに勝った! だいたい俺負けるから悔しかったのに、やった!」

 今回ばかりはギルに負けてしまった。が、ギルの嬉しそうな顔を見れるだけでいい。

「真也くん! 俺手裏剣勝負でれーくんに勝ったんだ!」

 近くを通った下条を捕まえて、勝ちを自慢する。下条はなにか、服と角の丸まった手裏剣を手にしていた。

「それはよかったな! 俺もあとでしてこよ。俺そこに売ってた忍者の服と手裏剣買おうと思ってよ」

「そんなのあるんだ。れーくん見に行こ。あ、真也くん、またそれ着た姿見せてね」

「おうよ!」

 お土産エリアにはからくりというより忍者を想像させるものがいろいろ売っていた。手裏剣のキーホルダーに忍者のフィギュア、刀のキーホルダー、名をくないだったか、そんなものまであった。さっき下条が持っていた服は三千円もするらしい。

 僕はそんながらくたよりも、菓子が売ってあるところに移動した。ガラクタと言っては誰かから怒られそうだが、今の時代、忍者を真似たことをすれば引かれるだけだ。友人関係でしか通用しない。

 一通り見たが、これにしよう。手裏剣が描かれたクッキー。せんべいなどがあればそれにしようと思ったんだが、どうもなかった。二枚入りの袋が二五枚。合計で五十枚入りだ。

 それを手に持ってギルに近づいた。手にはそれぞれ手裏剣と刀のキーホルダーが握られていた。

「あ、れーくん。どっちがいいと思う?」

「好きなほうでいいんじゃないか。それともどちらか奢ろうか」

「いや、俺が買いたいの! どっちか選んで、俺がれーくんの分まで買うの」

「却下。……僕の分は自分で買うから好きなほうを選べ。ペアにしたいんだろ」

「えへへ……。でも、どっちがいいかな。今日と明日のがあるから、多くは買えないし……」

 悩んだあげく、僕が好きなほうを選べと言うので、刀を選んだ。手裏剣よりは現実的だ。

「色は黒でいいのか」

「うん。……お菓子、俺も選んでくる」

 ギルと同じものを菓子の箱の上に置く。あの感じ、本当にどちらも欲しくて選べなかったんだろう。手裏剣も買っていこうか。追加で二つ、手裏剣を菓子の上に置いた。

 ギルが僕とはべつのクッキーを持って、もう一つ手裏剣の形をしたマグネットも手に持った。親にあげるらしい。

 僕は親に土産なんて買う必要もないから、無駄な金を使う必要もない。警部にはあげたいと思うが、次はいつ来るかわからないから食べ物は容易に買えない。

 ……買えないが、来たときに渡したい。高校の修学旅行だ。中学よりも多額を持っていくことができるようになったんだ。買っていこうか。賞味期限が切れるまで来なかったら僕が食べてしまえばいい。同じ菓子をもう一つ重ねて、ギルの後ろに並ぶ。

 警部にはここと、このテーマパークの土産……いやこんなキャラクターもの欲しがるか……? いや渡すときに聞けばいいか。買うだけ買って、要らなければ売りにでも出してもらおう。

 ここの土産の他に道頓堀や大阪城の土産も買おう。土産売り場なんてものがあるかわからないが、あるならぜひ買いたい。僕が欲しいものがあればそれも。警部とペアにでもして。……ギルが、ペアにしたい気持ちがなんとなくわかった気がする。

 警部への土産……。渡したときの反応が楽しみだ。

「れーくん、なんでそんなにニヤニヤしてるの?」

「い、いやしていない。べつに」

「してたよー。うーん、うーん……。全然わかんない。なんでしてたの?」

 ギルは誘い込むのがうまい。

「警部へ土産を買おうと思ってな。渡したときの反応が……楽しみというか」

「あぁ、警部さんにか。いいね! でも次いつ来るの?」

「さあ。警部はいそがしいからな。不定期に長い期間を空けて来るから、いつ来るかわからないが、渡せるものなら渡したいと思ってな」

「うん、いいと思うよ! 次来たときは俺も顔合わせてもらおうかな。警部さん優しいからなー。それに、れーくんと話してるとき、れーくんもすごい楽しそうで本当の親子みたいだもん!」

 本当の、親子……。体内になにかが刺さった気がする。チクチクと全身が痛む。

 僕も警部のような人が本当の親がよかった。警部は今も独身のはずだが、生まれ変わるなら警部の子供になりたい。迷惑をかけて呆れられるかもしれないが、それでも警部の子供として生きたい。確実に生まれ変わることができるなら、今すぐ死んでもいいくらい。

 レジを済ませたあと、袋から手裏剣のキーホルダーを探り出す。あった。取り出して下条たちを待つギルに見せた。

「ギル、これ。……欲しがっていただろ」

「え! これ……いいの?」

「お揃いがいいだろうから、僕のも買ってある」

 もう一つも取り出してぶら下げる。

「ありがと……! すっごく嬉しい!」

 ギルのような素直な奴は、素直に顔に出してくれるからありがたい。ギルはこれでもかというほど笑顔でいる。買って損はなかったみたいだ。

「もうれーくん大好き!」

 勢いよく抱きつかれ、後ろに倒れそうになる。こんなところでやめろ。

「あ! またギルと蓮がイチャイチャしてるー」

 下条が土産を買い終えたらしく、袋を手にぶら下げて出てきた。

 ギルは下条の言葉にすぐ否定して僕から離れた。そのあと、僕からもらったキーホルダーを自慢げに見せつけていた。ただのキーホルダーなのに、そこまで喜んでくれるとは思っていなかった。

「俺はー」

 下条が袋からどんどん出していって、買った土産を見せてくる。ギルが勝負に勝ったときに見せていた土産の他に、菓子や忍者のキーホルダー、色違いの刀のキーホルダーも買っていた。こんなところでそんなに金を使っていいのだろうか。

 渡したいものを渡せたから一度お土産はリュックに入れる。……ギリギリ入った。

 柊とケイは気づいたら出てきていて、総務が出たことによって次の場所を決めることになった。

「次ね、ちょっと離れてるんだけど、『世界が大きい世界』ってところに行きたいなって思ってて……」

「世界が大きい世界? なに言ってんだギル」

「ち、違うよ! そういう名前なの!」

「まあいっか。そこ行こうぜ」

 下条が歩き出そうとするのを総務はリュックを掴んで止める。下条はその反動で後ろに転けそうになっていた。

「下条くん待って。今度はきちんとみんなの意見も聞いてから」

「いいだろ? 面白そうだし、早く行こうぜ」

「……僕はどこでも。絶叫系や酔いそうな場所でなければどこでも」

「…………」

 柊もケイも口を開こうとはしない。柊は変わらずだが、ケイまで黙る。僕もだが、まだ引きずっているらしい。ギルたちから視線を逸らしたまでもある。

 僕にそういった態度を取るのなら構わないが、ギルたちにも取るのは呆れてしまう。一言くらい、いいだろ。

「ケイ」

 呼べば振り返ってくれる。だが、僕のほうが駄目だった。

「…………」

 二の句が出なかった。

「なんでもない。悪い……」

 確実に空気を悪くしてしまった。気が重い。さっきあんなに嬉しそうなギルの顔を見たのに、今はどうだ。困らせてどうする。

「……えっと……」

「多数決で、ギルと下条と総務も行きたいんだな。なら行こうか。そこに入るかは二人の自由だ。ただ、見失うようなことはするな。面倒になる。ギル、場所は」

「……うん。えっとね」

 なんとか言葉が出てきてくれた。空気を悪くしてしまったからには、それ相応の責任を負うべきだ。

 ギルと総務が案内してくれるまま、後ろに付いていった。柊はなにも喋ることなく僕の横に並んでいた。いつ柊にここまで好かれたんだ。

 着いた場所は名前からしても、建物からしても大きいものがあるのだろうとわかった。さっきのからくり屋敷よりも数倍は大きかった。

 今回も散策型で、並ばずに入れた。だが、入った瞬間、入らなければと後悔した。

 扉をくぐれば、別世界に飛ばされたかのようにモノが大きかった。ここのテーマはキッチンらしく、タイルの床の四角が大きく描かれていて、他にもテーブルや椅子、冷蔵庫、コンロなども大きくなっていた。テーブルはもちろん、椅子すらも座ることができないくらいの大きさだった。

 僕は昔から自分より数倍以上大きい物に、恐怖心を抱いてしまう。きっと昔に、ずっと大きく怖い大人を見たからだろう。それからは、小学校の遠足で行った動物園の生き物にも、修学旅行で行った水族館で泳いでいた自分より大きな魚にも、今回のような恐怖心を抱いて見ていられなかった。

 だが、今回はまだマシなほうではあるのだろう。生き物ではない。だからか、恐怖心は薄れつつある。こんなに大きい世界とは思っていなかった。が、この調子なら難なく通れそうだ。

 次の場所に続くらしい扉を総務が開けてくぐるので、そのあとを歩いていく。あとこれを何回繰り返すのだろうか。

 今度は、せんめっ――。

「……れーくん?」

 気づいたら床に尻が付いていた。体が動かない。

 扉をくぐって見えたのは洗面所内。洗濯機や風呂へ続く扉、体重計などもあった。腰が抜けてしまったのは、きっと鏡に向かっている人間がいたからだろう。人間と言ってもプラスチックなどでできたもの。そうだとわかっていても、

「あはは、大っきい人いてびっくりしちゃった?」

 ギルが笑って手を差し伸べてくれるが、僕はそれほど余裕がなかった。怖くてたまらなかった。

 体が酷く震えて動けない。心臓がものすごく早く鳴って、うまく呼吸ができない。

「蓮、そんなにびっくりしたのかー? 情けねぇな」

 下条に脇を持たれて立たせようとしてくるが、腕はするっと抜ける。

 ……ころ……される……。

 ガクガク震わせながらも振り返って立ち上がろうとするが、恐怖心を抱いているなかきちんと脚が機能するわけもなく、転けそうになったのを誰かが支えてくれた。

 僕の行動に異常性を感じたのか、目の前に立っていた柊が僕の肩を掴んだ。

「ちょっと、蓮く……ん……。すごい震えてるよ。それに……」

 わかっている。

 視界を涙で歪ませていることくらい、自分でもわかっている。


「どう? 落ち着いた?」

「……悪かった」

 あまりにも気分が害されていつもより声が低い。

「れーくんのあんなに怯えた顔初めて見たかも。そんなに怖かった?」

「…………」

 柊の提案で、逆走して入り口から出ることになった。もちろん予想外らしく、立っていたスタッフが驚いていた。それでも、緊急を要したことがわかったのか、なにも聞かずに通らせてくれた。

 近くにあったベンチに座らせてくれ、膝を、頭を抱え込んでいた。総務からブレザーを掛けてもらいもした。寒くて震えていたわけではないのだが。

 初めて警部以外の前で恐怖心を抱いた顔をしてしまった。今までしてこなかったのに。ヘンな心配をかけてしまった。

 今は下条だけであそこを回っている。少しの心配をして、ベンチに座ってからは「蓮が落ち着くまで回ってくる」などと言って。それには総務が反対したが、どうしても気になるらしく一人で行った。僕に構うことはないと言ってやりたかったが、そのときの僕はそれほどの余裕はなかった。

「れーくんって大きいの苦手だったっけ?」

「……そういう場面に出くわした回数が少なかったから、気づいたほうが怖い」

「あそこの名前聞いて、嫌だなって思ってた?」

「なんとなく想像はできたが、少しだけ大きいくらいだと……あそこまで大きな、特に人間が出てくるなんて思ってもいなかった。総務、上着ありがとう。そのシャツ一枚は寒いだろ」

「僕に気を遣わなくても……。新藤くんはもう平気?」

 受け取ったブレザーを着ながら言う。

「ああ。本当に迷惑をかけた」

「今度、もし苦手なことがあればすぐ言ってね。新藤くんがそう言ったときに迷惑だなんて誰も絶対に思わないから」

「それは心強い」

 今回ばかりは不意打ちで、自分で対処できなかった。不覚。

「あぁー、でもれーくんもとに戻ってよかったー。俺ずっとれーくんといたのに、見たことない顔見たから本当に焦っちゃった。十年間くらい一緒にいるのに、見たことない顔なんてあるんだね」

「……見せるつもりはなかった」

 そもそも外で見せることがないようにされていたし、そんな顔を見せそうなことがあったとしても僕自身が平然を装って見せないようにしていた。

 下条が帰ってくるまでは動けない、か。そろそろ腹が空いてきたな。昼食の話題も上がる頃だろう。下条かギルがきっと。

「もう十二時かー。お腹空いてきたなぁ」

 ほら。

「そうだね。……お昼は各自取るようになってるんだけど、どこのお店で食べる? 食べ歩きでもいいけど」

「食べ歩きは落としちゃうかもしれないし、どうせ食べ終わるまでアトラクション乗れないから、お店でいいんじゃない?」

「それもそうだね。ならお店が」

 ギルと総務がパンフレットを開いて話し合っていく。

 僕は消化の良い食べ物がいい。テーマパークで遊ぶというのは、昼食後に運動するようなものだ。体育で散々味わったんだ。今日くらいはいいだろう。

「俺ジャンキーなの食べたいなー」

 すぐさま否定しないでくれ。

 それにしても下条遅くないか。もうかなり経ったと思うんだが。それほど長いのか、あそこは。……思いだすだけで恐怖心が湧いてくる。もう迷惑はかけられないんだ。

 振り払って、パンフレットを見ることにする。空中を眺めるより最適策だ。

 長細いパンフレットだったから、真ん中を折って真四角に近い形で入れていた。それを広げて、広げて、広げて、広げる。

 パーク内の上空からの簡易地図に、それぞれの施設や店に番号を振ってマップ外にその名前やどんなアトラクションまたは飲食店なのかが書かれている。僕らがいるのは……ここか。あまり動きたくないのは事実だから、近い場所で食してもいいと思うんだ、僕は。

 パークのメインフード、和食、シーフード、中華料理、その他アイスクリーム、お菓子専門店、カフェ、バー。これくらいか。なにを言わずとも、僕は和食がいい。それかシーフード。だが、この二つともここから遠い場所にあるから、正直どこでもいい。

 とか、言っても結局はメインフード店になるんだろうな。詳細でこのパークのメインフード店と書かれるほどなんだから。

「あ、真也くん」

「だって、毎日してるもんなぁ」

 あいつ、まさか他の班の生徒と話してて来るのが遅くなったとか言わないだろうな。誰かと話しながら出口から出てきたが。

「おう。飯食べようぜ」

 人を待たせておいて、目が合えば口から出るのはそれか。

「うん。今から食べる場所決めようと思ってて、一旦、みんなどこがいいか聞いていくね。まず英川くん」

「俺は」

 聞かずともメインフード店になるんだ。聞く必要ない。

「ってことは、七番のところかな」

 ほら、やはり。ケイ、柊、僕はどこでもいいと。ギル、下条、迷ったあげく総務もメインフード。

「じゃあ、早速行こー。お腹空きすぎて、お腹と背中引っ付きそうだよ。あはは」

 メインフード店は僕が心中で希望した和食やシーフードよりも近かった。ちょうど、パーク内の真ん中あたり。

 昼時なこともあって、少し混み合っていた。それでも、二人と四人で分かれたら座れる場所は確保できた。僕はもちろん、二人のほうを選んだ。

 向かいにはギル、ではなく柊だ。柊がギルに変わってほしいと言って、机が一緒でなくとも隣同士であるのには変わりないということで、ギルは隣の机の左側に座った。

 財布を抜いてリュックを椅子に載せる。

 このメインフード店は、モールにあるフードコートのようになっている。だがチェーン店はなく、きっとここでしか味わえないものばかり。ラーメン、カレー、ピザ、ハンバーガー、ステーキ、チキン、ジュースやクレープといったデザートがあった。

 どれにしようか。せっかくだから、高いものを食べたいような気がするが、無駄遣いは避けたい。

 あるのがカロリーの高いものばかりで、消化に良いものといえば……クレープくらい。このあとも動くのにクレープとはいかがなものだろうか……。第一、ギルが許さない。きっと自分で買った昼食を僕のところまで寄こしてくる。さすがにそれはまずいから、きちんとした昼食を買おうか。

「れーくんはなにするの?」

 四角に折り畳まれた財布を持って傍に来た。ギルはいつもこれを使っている。僕は札を折りたくないので長財布だ。

「迷っている。ギルは決まったのか」

「ハンバーガーかピザかフライドチキンとで迷ってるの。今はガッツリ食べたい気分なんだ。決まってないなられーくんも一緒にどんなメニューがあるか見に行かない?」

「……行こうか」

 カレーはからいので候補にはもとから入れていない。僕はからいのはあまり得意ではない。そして今は肉を食べたい気分ではないから、ステーキとチキンは除外される。残るはラーメンかピザかハンバーガー。

 それぞれの店でどんなメニューがあるのか見ていった。結果、ピザにした。ハンバーガーは顎が外れそうな大きさのものしかなく、ラーメンは食べたい気分の味がなかった。それにピザだと腹が膨れて食べられなくなっても、班の誰かにあげることができると思って、ピザにした。

 ギルはハンバーガーを同じく大きさを見てやめ、僕がピザにすると先に決めたので「なら俺も」とピザになった。それに、ギルと僕のピザを違うものにすれば二種類の味を楽しめる、とずる賢いギルの提案もあったからだ。

「俺、あれがいい! テリヤキチキン! れーくんは? 好きなの選んでいいからね」

 王道にマルゲリータ……いや、今の気分じゃない。

 なら、ジュノベーゼにしようか。バジルが良い味や香りを出していておいしいんだ。けど、ギルは食べれたか……? ギルがバジルのパスタなどを食べていた記憶がない。

「ジュノベーゼは……どうだ」

「ジュノ、ベーゼ? わかんないけど、なんでもいいよ! じゃあ、注文しに行こ」

 わからなければ普通聞くものじゃないのか? まあいい。食べられなければ代わりに他のジャンクフードを買えばいいか。食べ歩きでいいなら、点々と店があったはずだ。

「ベルが鳴りましたら、こちらの受け取り口で受け取ってください」

 それぞれのピザの値段が違ったので、割り勘になった。ギルがジュノベーゼを食べることができなければその分の金は返すつもりでいる。というより返す。ジュノベーゼはおいしいから、ギルにも味くらいは知ってほしい。

 席に戻ったら、柊と下条が先に食べていた。柊はカレー、下条はラーメンを食べていた。皿やスプーンには装飾が見られ、カレーには旗も立っていたらしい。今は除かれているが。

「ラーメンおいしそ……」

「一口食う?」

「え! ……でも真也くんのだから」

「いいって! どうせそれ鳴るまで腹空くだろうし、な?」

 下条は向かいにいるギルに箸を差し出す。

「うーん、じゃあちょっとだけ……」

 すすったあと、すぐ幸せそうな顔をする。僕が家で作ったものを食べたときくらい幸せそうな顔。

「すっごいおいしい! 俺もラーメンにしとけばよかったかなー」

 ギルの候補にはラーメンは入っていなかった。それでも後悔するようなことを言うのなら、相当おいしいのかもしれない。

 ラーメンは月に一回食べるくらいだ。ラーメンと言ってもカップラーメン。店のラーメンは行ったことがないから、どんな味なのか知らない。ギルにおすすめを聞けば答えてくれるだろうか。聞いた数日後には一緒にその店で食しているかもしれない。

「ギルはなににしたんだ?」

「俺はピッツァ……だよ!」

 なんだその言い方。

「おお! ピッツァ……か!」

 だからなんだその言い方。面白く思ったのかギルの隣で総務が微笑している。

 ……テンション差が激しい。総務の目の前にいるケイは、

「…………」

 いつかに見たケイと同じだ。確か、転校してきて数日後くらいから見始めた表情だ。理科室の火事のあと原因がわかって、やっと笑顔を見せたんだ。原因は……なんだったか。僕が原因だった気がする。やっぱり、僕も頑固にならずに謝るべきなんだろうか。でも……謝りたいと思わない。

 ケイが目をしかめたかと思えば、立ち上がった。右手は腹に添えられている。腹でも痛いのだろうか。

「敬助、どこ行くんだよ」

「どこでもいいだろ。いちいち聞くな」

「お、おう……」

 八つ当たりのように吐き捨てたあと、柱の後ろを通っていき見えなくなった。だが、あちらにはデザートが売ってある店かトイレしかない。きっとトイレだろう。

 普段のケイならあんなこと言わないが、気に食わないことがあったり機嫌が悪ければ簡単にあんなことを言う。今は気に食わないことがあったのか機嫌が悪いのだろう。そっとしてやるのが一番。

 第一、僕が原因なんだろうが。

「蓮くん」

 正面から声がかけられたので、頬杖をつくのをやめて向き直る。カレーは半分ほどなくなっていた。

「食べる?」

「……いや」

「……おいしいんだ。食べない?」

「いや」

「……食べてみて」

 半ば強制的にスプーンを握らされ、食べた。食べれば、思ったよりもからくて咳き込んでしまう。飲み込んで、舌をヒリヒリさせながらも言う。

「よ、よく食べれるな、こんなからいの」

「……蓮くんからいの苦手だった? ごめん。おいしいから食べてみてほしくて……」

「……構わない」

 実際、おいしいとは思った。が、もう要らない。一口だけでいい。リュックからペットボトルを取り出してヒリヒリとする舌に流し込む。

 柊が少し不満そうな顔をしていた。悪かったな、味の共感のしにくい奴で。……ギルなら食べれたんじゃないか? ギルなら強く共感してくれそうだが、わざわざ僕が言って食わすわけにもいかない。

「なあ、豊。それ鳴ってね?」

「え?」

 総務が持っていた機械を耳に近づける。ギルと持っているのと似ていて、呼び出しのベルだろう。

「……あ、ほんとだ。ありがとう。取ってくるね」

 椅子を入れて、ステーキが売ってある店に向かっていった。ステーキ食べるんだな。想像するだけで胃がもたれそうだ。

 ステーキは中学二年生のときに警部に奢られて以来食べていないが、あの時点で気持ち悪くなっていたから、あれ以上は食べられない。が、本当においしかったのは確かだ。今度は警部に奢り――。

「っ……」

「うぉ!」

「びっくりした……」

 ギルとケイが持っていたベルが同時になった。

「俺取りにいってくるね」

「一人でいけるか」

「子供じゃないんだからいけるよ!」

 ギルが離れたことで、ベルの音が軽減されていく。それでも、本人不在のベルは鳴り続ける。下条も柊も食べていて取りにいかせるわけにはいかない。総務も今自分のものを取りに行っている。

 わかっている。対立中の相手の飯を僕が取りに行く必要があるくらい、いくら対立していても時と場合を考える必要があることくらいわかっている。

 鳴り響くベルを見れば、店の名前が書いていた。フライドチキンの店だ。受け取り口に立ってベルを渡せば、ひき換えに盆を貰った。皿の上にフライドチキン数個と少しのサラダ、なにかのジュースの容器とストローと手拭きが載ってある。

 それを持って席に向かう。着けばギルは戻っていて、僕が座っていた場所にジュノベーゼが置いてあった。ギルの他に、総務とケイも戻っていた。ケイは机に伏せている。

「あ、敬助。蓮が持ってきてくれたぞー」

「…………」

 のっそりと体を起こすので机に盆を置いた。置けばケイの口が開いた。が、なにも発することなく閉じた。

 いつまでもこんなギクシャクしたままなのは、少しいづらい。それでも、僕はさっきのケイの行動を見なかったフリをして席に戻った。

「敬助、ちょっとくらいなんか言えよー」

 そう下条が言うが、そんな程度で口を開けるケイではない。ただストローを咥えるために口を開けただけだ。

「れーくんこれ。切り分けるやつ」

「あぁ、ありがとう」

 ピザカッターを受け取って、ガチャガチャと言わせながら八等分に切った。

「どうする? それぞれ四個ずつにする?」

「もしそうするなら、これ一口食べてみろ。口に合うのか」

「それ見たとき緑色でびっくりしたんだよね。……ピーマン入ってない?」

「入っていない」

 見たところ。

「じゃあ、ちょっと食べてみる」

 皿を持ってギルに近づけ、一つ取っていけば机に戻す。

「どう」

「え、すごいおいしい! なにこれ! おいしいよれーくん!」

 どうやら口に合ったらしい。

「なら、四個ずつでいいんだな」

「うん、四個ずつ!」

 それぞれの皿に四個ずつ渡し終えたら、食べ始めた。

 ギルにジュノベーゼの毒味のようなことをさせてしまったな。申し訳ない。まあ、そうは言ってもこんなところで毒を仕込まれるようなことした憶えはないから、心配することはないか。そもそも大阪なんて初めて来たんだ。

 二つ目を食べ始める。

 それにしても、僕も馬鹿なことをする。ギルや柊に馬鹿と言われていたが、本当に馬鹿なのだろう。自覚はないが、きっと生活面を考えたら馬鹿なのだろう。勉強面で馬鹿と言われたら少しばかりショックを受ける。

 さっさとケイに謝るべきなんだ。ケイはなにに対して謝ってほしいのか述べてくれなかったから、僕もなにに謝るのかはわからないが。ケイの気に障るようなことがあったんだろう。本当に心当たりがないが。

 三つ目を食べ始める。

 ピザはあまり大きいものではないが、小さすぎでもない。一度ギルの家でご馳走になったときに出たピザと同じくらいだ。あれは確か自家製のもので、店のものではない。すごくおいしかったのを憶えている。

 喉の渇きを覚えた。一度ピザを皿に置いてから手を拭いて、ペットボトルの蓋を開けて飲んでいく。一緒にさっき食べていたテリヤキの味が流れていく。

 ペットボトルの蓋を閉じたら、続きを食べていく。

「あ、真也くん食べる? ううん、さっき食べさせてもらったし、食べて! どっちの味でもいいよ。どっちも食べていいし」

「いいのか! でも丸々一つは割に合ってないから一口でいいぞ」

「じゃあ、違う味一口ずつね! 俺も一口って言ってもすすった分があるから。あはは」

 下条に皿を近づけて、下条はまずテリヤキチキンを一口。昨晩の女の胸を想像してたときと同じくらい幸せそうな顔をする。

 四つ目を食べ始める。

 確かに、このテリヤキチキンはおいしい。が、僕はジュノベーゼのほうが気に入った。バジルには勝てない。

 そういえば、ギルは下条から一口貰ったから一口ずつあげることになったんだよな。なら、僕も柊にあげるべきか? 半ば強引だったが、貰ったのには変わりない。

 四つ目を食べきってから聞いた。

「柊、食べるか」

「え? なんで」

「……一口貰ったから」

「いいよ。味を教えたかっただけだから。それに、苦手だったのに無理に食べさせたから、いいよ」

「……そうか」

 断られた。

 五つ目を食べ始める。

 そろそろ腹が膨れてきたな。ギルにでもあげようか。おいしいと感じるものが増えて嬉しがるだろう。ギルは六つ目を今食べ終わったところだ。残っているのはテリヤキチキンとジュノベーゼ一つずつ。僕は交互に食べているから、残っているのはこれを含めて二つずつだ。

 最後はジュノベーゼで閉めたいから順番が前後するが、六つ、七つ目にテリヤキを食べて、八つ目にジュノベーゼを食べる。そもそも僕に八つも食べられるかだが。もう少し小さいのならば、ちょうどくらいだったと思うんだが。

 六つ目を食べ始める。

 下条と柊はもう食べ終わっていて、どちらもスマホを触っている。盆などは戻していない。タイミングを合わせて戻しに行くのだろう。

 下条の隣に座るケイの皿には肉のなくなった骨が二本あって、もう一本今食べているところだ。まだ手を付けられていない肉は一本だけ残っている。サラダは残すことなく綺麗に食べられていた。

 三本目を食べるほどの体力はあるらしいが、どこかケイの表情は優れない。移動するとき、声をかけようか……? いや僕自身に使えなかったんだ。僕に……そんなものない。

 七つ目を食べ始める。

 食べていたものを骨と軟骨だけにして、骨をまとめてあった場所に置く。手を拭いてストローに口を付けたら、ずずずと空気を吸われる音が聞こえる。あれはいったいなにジュースだったのだろうか。

 一年と数ヶ月しかケイとは時間を過ごしていない。僕はケイの好物を知らない。

 ケイは下条に皿を近づける。

「下条。これやる」

「え?」

 それだけ言えば、空いたスペースに腕を出して顔を埋めた。

「敬助? これやるって?」

「もう要らない」

「な、なら食べるぞ?」

「…………」

 返事はなかったが、目の前に出された肉を見て食欲が湧いたのか、嬉しそうにかじりついた。

 ケイのあの感じ、腹がいっぱいでもう食べられない、ではなくて食欲がないからもう食べられない、なんだろうな。ケイは僕ほど少食でなければ、下条ほど多食ではない。ギルと同じくらいの量は食べれるはずだ。意外と多かったのかもしれないが、誰かにあげるような性格はしていない。ケイは貰った、もしくは頼んだものは全て自分で食べるような性格をしている。

 ジュノベーゼを食べ始める。

 僕と下条と総務以外はもう食べ終わったらしい。柊はスマホを、ギルはパンフレットを覗き込んでいる。僕はこの一枚、下条はケイから貰った肉、総務は野菜類を食べていた。

 もう、このピザも温かさはなくなったが、それでも味は保たれている。再び大阪に来ることはないだろうから、この味もきっと食べられない。最後の一口をいつもより味わって食べた。

 ごちそうさま。

 それぞれ食べ終われば、総務が盆を戻そうということなので、今度はギルの分も一緒に持っていった。ギルに、皿二つを持てる腕力はあるのかと笑いながら言われたが、聞いていないフリをして戻しに行った。


「……暇だね」

「……ああ」

 昼食を食べ終わったあとは、僕と柊を残して3Dアトラクションに乗りに行った。ギルから「れーくんは確実に酔うからやめたほうがいい」と言われ、僕が残るなら、と柊も残った。

 今は日向になる石垣に腰を掛けていた。こういったとき柊はスマホを触るが、今は触っていない。

「……蓮くん、さっきのところのデザート売ってたところ、行かない?」

「遠い」

「……そっか」

 柊は少しばかりギルに似ている。顔に出やすい。となれば、さっき涙したときは相当我慢して涙を流さないように耐えていたんだろうな。

 あたりを見渡して、代わりになるようなものを探す。あれなんかどうだろうか。

「柊、あそこに売っているチュロスはどうだ」

「食べよ」

 嬉しいらしい。悲しそうな顔から、パッと口を緩ませて嬉しそうな顔へと早替りした

「シュガー二つで八〇〇円になります。……ちょうどお預かりいたします」

 渡されたチュロスを二つ持ち、一つは柊に渡す。

「ありがとうございました」

 さっきの石垣まで戻った。座って一口食べる。

 このチュロスは約二十センチメートルほどで、映画館などで売っているものと似ている。だが、温かさや砂糖の量が明らかにこちらのほうが勝っており、とてもおいしい。

「蓮くん。あの、さっきのぼく出さなくていいの」

「一緒に待ってもらっているようなものだからな」

「……違う。けど、やっぱりそういう金銭が関わるのは」

「食べないと冷めるぞ」

「…………」

 遠いと言ってデザートを断ってしまったからな。他に行きたい奴がいれば口を開けずとも行ったのだが。どうにも体調を崩し始めているらしいから、あまり動きたくないんだ。

 と言っても、チュロスを食べられるほど元気ではある。ほんの少し腹に違和感を持つくらいだ。本当に毎度恒例になってきてしまっている。

 昼も過ぎてもう十三時頃だ。このパーク内で遊べるのは十七時まで。残り四時間。土産は買いたいから、せめて三十分ほどは欲しい。きっと僕以外も思っているだろうから残り三時間半。……僕は土産さえ買えれば、もう集合場所で静かに時間を潰してもいいんだがな。

「……ぼくさ、前とか家だと一人称俺って言ってたじゃん」

 ……悪い、憶えていない。なんて言わず黙って聞く。

「今から変えたら、またみんな離れるかな」

「好きな呼び方でいいじゃないか。呼び方なんて誰も気にしていない」

「……オレってこの顔に合わないよね」

「……聞く相手を間違っている」

 そもそも似合っている似合ってないよりも、自分にしっくりくる呼び方でいいと思うんだが。

「でも、蓮くんってかっこいいのに『俺』って言ってないよね」

「かっこよくはない……と否定はさせてもらう。そういう概念があるのが好まない……。その言い方は気が引けるから、仕方なく僕と呼んでいるんだ。他にいい呼び方があればそうしている」

「一回『俺』って言って会話してみてよ」

「……嫌だ」

「なんで?」

 きっと、恥ずかしいから。ずっと僕と呼んでいたのを俺にするのは……かなり気が引ける。いやそれだけではないか。……あいつと同じものを使いたくない。

 柊はうんと僕に近づいてきて、思わず後ろに手を付く。あまりの顔の近さに鼓動を鳴らしてしまう。

「一回だけでいいから。おれ以外いないし、ね」

 今……。声色がいつもと違った。優しく撫でるような、そこに陥れるような、どこかに誘いこむような。

「以前、恋人がいたことあるか」

「……は? なんで急に……」

「答えは」

「……あ、あったと言えば……」

「なにもない」

 さっき柊が自身のことを俺と言っていたとき、すごく言い慣れていた気がした。まるで過去に何度も使っていたかのように。

 もしかしたら、親しい人、例えば恋人と二人きりのとき、なにか頼むときにあの言葉を使い回していて、過去で慣れていたから今ふと口から出たのかもしれない。

「蓮くんは? あの夜、はぐらかしてたけど」

「……教えない。ギルにも教えていないんだ。柊だけ教えるのはギルに悪い」

「なんで教えてくれないの」

「……教えない」

「…………」

 ここまで口を割らなければ、さすがの柊も問い詰めてこない。ギルならもっと問い詰めてきたが、今もこうして教えていないから、僕の勝ちだ。

 僕が話を逸らしたからか、僕の恋愛事情について問い詰められなかった。ギルほどしつこくなくてありがたい。

 チュロスを食べ終えて、柊が食べ終わるのを待つ。おいしそうに食べるところもギルにそっくりだ。なんて言えば本人は怒るだろうな。そもそも他人を比べるのはよくないか。

 柊がチュロスを食べ終わったので、僕がゴミを捨てに行くと言えば、さすがに任せられないと言われ、待つことになった。柊も、ギルたちも。

 空を見上げれば、雲はなくなって陽が出てきた。ぽかぽかする……暖かい。けどもう少し暖かくてもいい。

 柊が先に戻ってきたが、同時くらいにギルたちも戻ってきた。総務は相当怖かったのか、フラフラしている。

「れーくんたちお待たせー」

「すっげー楽しかったぞ! 蓮たちも乗ればよかったのに」

「僕が乗れば確実に酔うとギルが言っていただろ」

「れーくん乗ってたら絶対的に酔ってたよ」

 ほら。そもそも僕は乗り物との相性は悪いらしいからな。人生においてなにも乗らないのが適当だろうと思うが、そういうわけにもいかない。現に、今回の修学旅行も電車やバスに乗ってきたからここにいるんだ。

「……ケイは」

 ギルたちの後ろにもいないみたいだ。

「あぁ、トイレって。ちょっとだけ待つことになるよ」

 いくら対立してようが、生理現象である排泄を待たないわけにはいかない。生物である限り仕方ない。

「あ、あそこにチュロスある! れーくんも食べよ!」

 僕はチラと柊を見た。柊もこちらを向いていたので目が合い、互いに微笑する。僕と柊しか知らないこと。

「僕はいい」

「えー? じゃあ、真也くんは?」

「俺いる。絶対食べる」

「総務さんもいるよね。実琴くんは?」

「ぼくもいいよ」

「えーなんで二人してー。もういいや、真也くん買いに行こー」

 さらっと総務の返事を聞いていなかったな。総務は僕の隣に座り込んでいた。ギルに対しての返事もできないくらい、例の僕が酔うアトラクションは酷いらしい。

 ギルたちが帰ってきて、総務にチュロスを渡すついでに、一口食べさせてきた。僕はもう丸々一本食べたのに。それでも、僕らが食べた味とは違い、抹茶味だった。いつかと同じように、食べさせるからと抹茶味にしたらしい。ギルはもっと自分のことを優先すればいいのに。

「……二本食べるのか」

 口に運ぶチュロスの他に、もう片方の手にチュロスが握ってあった。

「ううん。これ敬助くんの。何味好きだったかわかんなかったから、シュガーにしちゃったけど。敬助くんって何味好きなの?」

「さあ」

 実際、ケイの好物すら知らない。一年の間に好物や苦手なものを知り尽くしていない。食べ物だとせいぜい、レーズンが嫌いということしか知らない。

 小学校の給食ではレーズンパンというものが出てくる。その度にケイがレーズンを抜き取ってパンだけ食べていたのは、印象深くて記憶に残っている。

 僕がケイの好物を知らなかったら、ケイも僕の好物を知らないだろう。そもそもあの時期に好物と言えるほどのものがあった記憶もないし、ケイであっても容易に教えていなかっただろう。あの頃の僕はケイよりもクソガキだった。今も変わらないか。

「あ、そうだ。れーくんこれ敬助くんに渡してきてよ。それで仲直りしよ? ずっと喧嘩したままだと嫌でしょ?」

「喧嘩ではない。対立だ」

「喧嘩したときはすぐに仲直りするのがいいんだよ?」

 ギルに耳は付いているのか?

「だからはい、渡してきてね。あとでできたか聞くから」

 チュロスを握らされ、ギルは下条の傍に付いた。そしてギルは下条のチュロスにかぶりついた。それに下条はギルのチュロスをかぶりつき返していた。

 まだ温かみのあるそのチュロスはギルの言っていた通りシュガーが掛かっている。ケイの口に合うのだろうか。そもそもケイはチュロスを食べられるのだろうか。好物には含まれず、苦手な食べ物ではないのだろうか。

 ここまで僕自身に問い詰め、やっと一つのことがわかった。僕はケイのことを知ろうとしていない。

 ケイが帰ってきた。一度状況把握のためかあたりを見回し、総務との間隔を十分に空けて、石垣に腰掛けた。

 ケイはなぜ僕をいきなり怒ったのか。今もこうして僕を含む他の者までも避けようとするのか。僕と他の者に共通する気に食わないことがあったのか、それとも僕と他の者とは別々に気に食わないことがあったのか。どちらにせよ、僕のなにかが気に食わなかったのは確かなのだろう。

 ギルからの視線が鋭いし、手も温かみを帯びてきたので立ち上がった。そして周囲を遮断するように俯いているケイの前に立った。周囲が見えずとも、足下は見える。音も聞こえる。ケイは顔をゆっくり上げた。

 傍に来たのが誰かとわかれば、一度大きく目が見開かれ、さっと誰もいないほうへ顔を逸らした。やはり、僕を遮断しようとしている。

 ……いや、そうでもないかもしれない。さっきまでは「周囲」を遮断するために俯いていた。なのに今は誰もいないほうへ向いて、()()()()()()()()()()。確かにケイの向くほうは誰もいないが、周囲を遮断しているわけではない。遮断したければ俯き続ければいい。立ってどこかに行ってしまえばいい。

 ケイは僕を遮断したいわけではないのかもしれない。現に、

「ケイ」

「…………」

 呼べば目を合わせなくとも顔を上げて聞く態度は見せてくれる。

「これ。ギルからだ。苦手なものでなければ貰ってやれ」

 僕が握るそれに向けて手が伸びる。が、掴む直前で引っ込んでいった。やはり僕相手だと受け取らないのだろう。そう思っていたが、どうやら違うらしい。リュックのチャックを開けてなにか探っている。取り出したのは財布だ。 

 ケイが口を開けたと同時に、僕の声が出た。

「四百円」

「…………」

 せっかくなら久しぶりに声を聞いてやろうかと思ったが、意地を張っているのだろう。声に怒気が含んでいた。

 一度僕の腹に目を落としてから、財布へ移す。悪いことをしてしまった。

 チュロスと小銭をそれぞれの手で入れ替えたら、僕はケイから離れてギルのもとへ行った。そのときケイが口を開けてなにか言いたげだったが、声を出さずに閉じられた。

「あ、れーくん。ちゃんと仲直りしてきた?」

「……した」

「その感じ絶対してないでしょー。目が泳いでるよ?」

 泳いでいない。視線を逸らしただけだ。

「これ、ケイからだ。受け取れ」

 ギルがさっきやったように、今度はギルの手を引っ張り出して、手のひらに小銭を渡した。見せてから渡せば確実に受け取らないからな。

「え? なに? ……なにこれ?」

「チュロス代」

「えーいいのに。返してきてよ」

 再び僕の手に戻そうとするが、固く閉じたそれを片手で開けるのは無理だ。素直に諦めてくれた。

「それより早く食べてしまえ。温かいうちに食べたほうがおいしい」

「おいしい、って……れーくん食べたの?」

 本当に、ヘンなところに勘を働かせる。

「ギルたちを待っている間にな。柊と」

「だからあのとき断ったのか。それなら言ってくれたらよかったのに。同じ味だった?」

「いや、シュガーを食べたから。抹茶は食べていない」

「ならよかった。じゃあ、もう一口食べて」

 と、無理やり食べさせられた。

 それぞれ食べ終わったあと、次のアトラクションへ向かうことになった。そろそろ絶叫系のではないアトラクションを乗ろう、と総務からの提案があり、今は「氷の国」に向かっている。名前からでしか想像していないが、絶対冬間近に行くところじゃない。

 案の定、着けば氷でできた……かまくらのような建物があり、入り口に立っているだけでも冷気が伝わってくる。もう一度。絶対冬間近に行くところじゃない。

 そう強く思っていてもギルたちが入っていき、柊に促されて僕も入った。

「さっむー」

「でもちょっと涼しいだろ!」

「夏だとちょうどいいくらいじゃないかな」

 のんきにテーマパークの参加意欲のある三人が話していくなか、僕は寒すぎて体が震えている。それを気づいた柊は微笑していたが、柊の体も震えている。

 建物内は本当に氷でできている、ような造りになっていて、室温は一桁ではないかと疑うほど寒い。いや本当に一桁なのかもしれない。この温度を保つのにいくら金がかかっているのだろう……。

「すっげー。すげーでかい氷あんぞ!」

「こっちは冷蔵庫あるよ! あ、これ開くよ! 真也くん入ってみてよ」

「おうよ」

 道を通って行く道中で、面白そうなものがあるたびにギルたちの足は止まる。それによって僕の足も止まる。早く出ないか……? 本当に凍え死にそうだ。……あの時の寒さに似ている。厳冬だった日の夜に、家から出されたあの時の寒さに。嫌なものを思いださせる……。

「蓮くんすごい震えてるよ。さっきのときみたいな。また思いだした?」

 その言葉で思いだしてしまった。とは言わないでおこう。

「本当に……寒い」

 声を出すことで、空中に白いモヤが出ては消えていく。本当にあの日、あの時みたいだ。

「だから」

 柊以外にも聞こえるよう、少し声を上げる。

「早く出ないか。……寒すぎる」

「あはは。ごめんごめんいっぱい面白そうなのがあって。それかれーくん先出とく? 真也くんたち聞こえてないみたいだし」

 ギルが下条たちがいるほうへ目を向ける。釣られて見れば、この室温の中にある水を手で触れていた。……馬鹿なことしかしない。触るなんて考えられない。

「……そうさせてもらう」

 ギルたちの横を通って、奥へと進んでいった。道中ギルたちが面白がりそうなものがいろいろあったが、気にせず出口へ向かった。

 進んでいけば扉があった。けどやけに重たい。

 その扉が飾りかなにかかと思ったが、動きはするし、他に出られそうな扉はない。少し重いが力強く押して扉を開けたら、スタッフが立っていた。よかった。ここだったらしい。

 出ればそれだけらしく、スタッフからはなにも言われず横を通って日陰から出た。太陽の出る日向に出て、しゃがみ込む。本当に寒かった。まだ体が冷え切っているらしく、寒さしか覚えない。

 ギルたちが出るまでもう少しかかるだろう。本でも読んでおこう。

 しばらくしてギルたちが帰ってきた。その頃には本を読んでいなかった。読み終わったからではなく、腹に違和感を覚えていたからだ。それで本に集中できなく、以降はじっと待っていた。暇だった。

「お待たせー。次どこ行くかれーくんが決めていいよ! ずっとれーくんが楽しめてない感じしてるから」

 どこでもいいんだがな。強いて言うなら自分の家に帰りたい。

「ならケイに任せる。ケイもずっと付いてきているようなものだろ」

 ケイに目を向けるが、僕らの声は聞こえていないらしく、どこかに目を向けて突っ立っていた。

「うーん確かにそうかも。じゃあ聞いてき」

「無理だ。ギルが聞いてこい」

「もー」

 ギルが離れていく。さっきチュロスを渡すときにああだったんだ。口を聞けるわけない。

 結局ケイも答えずで、柊も答えずで、総務の行きたいところになった。総務は空中ブランコに乗りたいということだ。これまためまいのしそうな乗り物だな。

 空中ブランコはここからほとんど真反対のところにある。ものすごく移動が面倒臭そうだ。総務も申し訳なさそうにしていたが、ギルが押し通して今もこうして向かっている。空中ブランコとは初めて乗るが、どういうものなんだ。名の通り空中にブランコがあるのだろうが、それだけでは味気ないだろう。なにか他にあるはずだ。身構えておこう。

 それにしても腹が不調を訴え始めてきた。空中ブランコを乗れるだろうか。知らぬフリして乗っていいものだろうか。言うべきだろうか。

 いや、今言ってしまえば班の動きを止めてしまう。本当に限界を迎えそうなときにはこっそり抜けさせてもらおう。そう思っていた。

 そう思っていたのに、

「空中ブランコとか久しぶりだなー。あれすごい面白いよね」

「そうか? ジェットコースターのほうが面白いだろ」

「絶叫系以外は? それだと面白いよね」

「それだと……まぁな」

 ギルたちの後ろを歩いていた。隣には柊がいる。抜け出そうにも抜け出せないみたいだ。もう耐えるしかないみたいだ。腹が痛くてカーディガンの下から腹をさすっている。上からだと横にいる柊に見られてしまう。

「蓮くんは空中ブランコ、どう?」

「……いいんじゃないか。よくわからないが」

「乗ったことないの? 遊園地とかあんまり行かない? ……ぼくも小学校に何回か行ったことあるくらいだけど」

「行かない。ギルもそこまで強制して行かせてこない。それに僕が絶叫系に乗れないからとっ……遠慮してギルが楽しめなくなってしまうから誘われても断るようにしている」

 痛い。少なからず顔が強ばってしまっているだろう。痛い……。

「……ほんと英川と仲良いんだね。誰ととかも言ってないのに名前出てきたし。でも確かになんでジェットコースターとかが楽しいと思うのか不思議なくらいだよね。蓮くんとなら楽しめるかも。同じく絶叫系は苦手みたいだし」

「そうみたい……だな」

 急な痛みが走って、ヘンなところで区切ってしまう。早く治まれ……。

「……蓮くんさっきからどうしたの。顔怖いけど。どこか痛いの。筋肉痛?」

「そういうことではっ……」

「蓮くんっ」

 あまりの痛みに、腹を抱えて前屈みになる。

 柊の言葉でギルたちにも気づかれたらしく、声がかかってくる。大丈夫の一点張りでいたが、ここ最近で一番の腹痛に襲われてうずくまってしまった。どうしてこんなときに……。

「なんで言わなかったんだよ」

「自分の体は自分にしかわからないんだから、痛いなって思ったらすぐに言ってよ。会話途切れてもいいんだから……。とにかく、トイレ行く? 立てる?」

 ギルに腕を引かれて立たされる。背中を曲げた状態でしか立てなかった。本当になんでこんなときに。

 近くのトイレまで連れられ個室に入れられた。ギル以外はトイレの外で待っているらしいが、ギルはずっと扉の向こうにいるらしく、心配する声がしてくる。排泄音を聞かれていると思ったらものすごく嫌だから出ていってほしいのだが……。

「ギル、遅くなるかもしれないから、先に次の乗っておけ。あとで向かう」

「でも、俺心配だよ。れーくん置いていけない。目離したらすぐぐったりしてるんだから」

 していない。

「貴重な時間を僕に使うな。僕の心配より自分を、班員を優先して動け。僕一人のために時間を使うほうがもったいない」

「……わかった。でもちょっとでも無理って思ったらすぐ電話してね。俺につながらなかったら学校の電話にかけたり、大っきい声出して他の人呼んでね? この場所とか人通りかかると思うし。わかった?」

「ああ」

 いつものだ。体が不調を訴えてギルと離れざるを得ないときには、いつも心配の言葉をかけてくる。実際に電話をかけたことがないのに、それでも心配してくる。相当僕の体をナメられているらしい。

 最後に「絶対だからね」と念を押されて、足音がトイレの出入り口のほうへ向かっていった。ギルは僕をなんだと思っているんだ。今まで一人で解決してきたことを、いまさら誰かに頼るわけないだろ。

 しばらく腹痛と闘ったあとボスが倒されたらしく、ものすごくスッキリした。倒される間、なにかヘンな食べ物を食べただろうか、と記憶を巡っていたが、記憶力のない僕だ。心当たりがなければ昨日なに食べたかも憶えていない。倒し終わったことを境に、一瞬にして巡っていた記憶を消した。思いだすのにも疲れてしまう。そもそも、この数日が要因である可能性は十分にあるのだが。

 個室の扉に掛けていたリュックを背負い個室から出、十分に手を洗う。傍にあったハンドドライヤーで乾かしてトイレから出た。久しぶりの太陽の光には目を細めてしまう。壁にもたれてギルの居場所を聞こうかと思ったが、もたれようとしたところに人がいた。僕の知る人が。

「……ずいぶんと待たせてしまったな」

「べつに待ってない。ぼくがここにいたかったからここにいるだけ」

 相変わらず素直じゃない。壁にスマホを手にしている柊がもたれていた。

「英川たちがいるところわかってるから、行こ」

「…………」

 賛否の言葉を出さずとも歩き出したので隣に付く。なにか隠しているのか、トイレに籠もる前の柊とは少し違うような気がする。僕がのんきに闘っているうちに、なにかトラブルを起こしてしまったのだろうか。

「大丈夫だった?」

「あぁ、出せばもう十分すぎるくらいスッキリした。……待っていることに気づけなくて悪かったな」

「気づいたほうが怖いよ」

 そう言って微笑する。確かに怖い。笑ったことで、トイレに籠もる前の柊に戻った気がしたが、すぐに戻って、今真剣になにか考えています、とでもいうような顔になる。なにを隠しているんだ。

 ギルたちがいる場所がどこなのか伝えられないまま歩くので、あとどれくらいかかるのかわからない。柊も話しかけてこないので、ただぽかぽかとする中で散歩しているようにも思えてきた。

 散歩は好きだ。趣味にするほどではないが。ただの散歩ではなく、ぽかぽかとする日の散歩はもっと好きだ。春が一番いい時期だろう。一番ぽかぽかしていて気持ちいい。

「今なに考えてた?」

 いきなりのよくわからない質問で、すぐには答えられなかった。今なに考えていたか?

「……暖かい日に散歩をすると気持ちがいい……」

 そう言えば、ぷっと吹いて笑ってくる。

「そんなこと考えてたの? イケメンでもそんなこと考えるんだね」

「イケメンではない。それに、誰がなにを考えようがべつにいいだろ」

「意外すぎて……」

 柊の笑いが収まるまで待ってやる。いきなりあんなことを聞いてきたのには、なにか意図があっていいはずだ。……ないのならべつにそれでいいが。

「……人って声に出して言わないと、なにを考えて、なにを伝えたいのかわかんないよね」

 笑いが収まったあと、柊が切り出してきた。

「そうだな。文字や手で伝えることもできるが、声が代表的だな」

「……さっきの、ありがと」

 さっき? さっきとはいつのことだ。さっきとは少し前のことを指す場合が多いが、その少し前に僕はなにかしただろうか。

「ぼくどうかしてた。蓮くんにも酷いこと言って、ごめんなさい。思ってないことなのに、口から気づいたら出てて……」

 あのとき、ジェットコースターに乗ったあとのことだろうか。

「ギルがいないときになら、いくらでも吐いてしまえ。僕はそんな程度では傷つかない」

「言わないよ。蓮くんは……大切だから」

 大切、か。僕は柊を大切にできているだろうか。人間として、知人として。

「柊は自身のことを追い詰めすぎだ。自己肯定感が低いのは仕方ないのかもしれないが、それは柊を認めてくれる人と関わることで高くなっていく。無理にとは言わないが、関わってみたらどうだ。ギルなんか相手にしやすい。実際、柊とも仲良くしたいみたいだからな。ギルは他人を傷つけるような奴じゃない。心から優しい奴だ」

「……今からでも……いいのかな。散々な態度とって迷惑かけて、自分を表に出せないのに。いまから仲良くしたいなんて、言える? 絶対言えるわけない」

「柊はどうしたい」

 いつかに言った言葉。今の柊ならどう答える。

「……笑いたい。楽しみたい。人と関わって、話したい。蓮くんといるとき、ほんとに楽しめるんだ。……でもぼくが楽しんじゃ駄目。いまさら、そんなことできない」

 柊は似ている。思いだしたくない昔の僕に。

「……知ってる? いや、知らないだろうけど、ぼくこの修学旅行で……死んでやろうって思ってた。この地獄から抜け出そうって。人混みになるってわかってた道頓堀で。だから、このリュックの中にはロープとか大量の薬とか入ってるんだ。今も。

 でも蓮くんがいたから、それを使わずに済む。このあとなにもなければの話だけど。ここまで期待させておいて本当に死ぬかもしれないけど、そのときは見逃してくれる?」

「…………」

 僕は自由に生きて、自由に死ぬという信念を持っている。今回のように死を望む者を無理に生かすつもりもない。が、一度はじっくり考えてほしいと思う。本当に死ぬ覚悟を持った奴はためらいなんて持っていない。その場合は考える時間を与える間もなく自殺する。

 柊はそのどちらに分類されるのか。ロープや大量の薬を持ち歩くことは誰にでもできる。死んでやると口にするのも誰にでもできる。それを行動に移せるか否かで、そいつの覚悟が明らかになる。

「時と場合による」

「真面目」

「真面目なんかではない」

 柊は本当は生きたいに分類されるのではないだろうか。自殺法を言わなかったという点だけで考えたことだから確証がないが。もし方法を言ってしまえば僕がより目を尖らせると思ったから言わなかったのなら、柊の覚悟は本物なのかもしれない。

「蓮くんがトイレから出るまで待ってた理由、わかる?」

「さあ」

「こうやって二人きりで話す機会あんまりないから。いつも英川が隣にいるし、アトラクションの待ち時間でも、長くは話せないから。こうして蓮くんと話したかったんだ。蓮くんは優しいからぼくの言ったこと全部返事してくれる。そういう、きちんと会話してくれる人……好き」

 柊自身は会話を成立させなかったのに、そういう人間を好むとは、

「馬鹿か」

「…………」

「何回か言われたから、その仕返しだ」

「はっ、なにそれ」

 まあ、笑えるならそれでいいか。


 ギルたちと合流してからは、ギルから心配した、大丈夫だったか、ヘンなもの食べたか、熱はないか、などとたくさんの言葉を振り掛けられた。どれも問題ないと一点張りでいれば、満足したらしく問われることはなくなった。

 そろそろ疲れてきたが、ギルたちはまだまだ余裕そうだ。もう保護者でいたい。

「れーくんもそこでいいよね?」

「あ、ああ」

 聞いていなかったが、どうせヘンなアトラクションにしか乗らない。僕の答えを聞いたら、わくわくしながら歩いていくので、一番後ろを歩いた。柊はまたギルに手を引かれていた。一人で静かに歩けるらしい。

 ケイは僕の前方を歩いている。下条がなにか話しかけているが、なにも聞こうとしない。下条と距離を離すまでもある。

「蓮に謝んねぇーの」

「…………」

「なにが嫌だったんだよ」

「…………」

「後ろに蓮いるから、今がチャンスだぞ」

 僕は歩くスピードを落として会話を聞きにくくした。正直呆れる。原因は僕だけのはずなのに、他人まで巻き込んでいる。せっかく下条が話しかけてくれているのに。

 このテーマパークには僕が通う高校の修学旅行生であふれている、というわけでもなく、平日なのに一般客や他校の生徒もいる。なかには小学生もいる。近くの県から修学旅行などで来たのだろうか。

 あそこにいるあの少年の歳は小学六年生なら十歳前後だろうが、それにしては背が低い気がする。遠足でこんな大きなテーマパークに行くとは思えないのだが、どうなんだろうか。

 ……もし小学六年生だとしても、小学六年生でなくとも、一人であんなところにぽつんと立ってアトラクションを楽しむわけでもなく、キョロキョロあたりを窺っているわけがないよな。制服を着ているから、どこかの学校の修学旅行生と考えるのが無難だろう。あの歳で帰りにテーマパークを一人で寄るなんてこともしないだろうし。迷子なのだろうか。

 あの少年に心配をかけていたら、少年はフラフラとしながらどこかへ歩き出した。立っていたからフラフラしているなんてわからなかったが、あのままほうっておくのは少し危険な気がする。

 一度前を見て僕が考えていることを察されないか見るが、誰もあの子に気づいていないらしい。もう一度あの子に目を向けるが、手前に大人数の人が通って見失いそうになる。見失う前に班から抜け出した。

 少年が向かっていたほうへ歩いていけば、少年がいた。本当にフラフラしていて、なぜ周りの人間は誰も声をかけないのかと、目が付いているかを疑うくらいだ。

 黄色い帽子を深く被って、重たそうなリュックを背負い、紺色のセーターと半ズボンで身をまとっていた。やはり誰かに声をかけられることなく、ただフラフラと歩き、疲れたのかしゃがみ込んだ。左右を確認して人が通らないことを確認し、傍に寄った。

「大丈夫か。迷子だな」

 誰かに気づいてもらえたことへの安心か、見知らぬ誰かに話しかけられた恐怖でか、口が震えている。

 帽子の下を覗き込んで見ると涙がこぼれそうだった。それに顔が赤い。頬に触れてみればずいぶんと熱かった。咳込んだり鼻水をすする様子もないから熱中症だろうか。

「お、おにいさん……だれ?」

 泣きそうな声だ。

「僕は……府外から来た高校生だ。君になにかするつもりはない。今、しんどいとかないか。ヘンな感じがするとか」

「ちょっとだけ……。頭フラフラするし、めっちゃ熱いし、なんかヘンな感じする」

 今回の修学旅行で、初めて本物の方言を聞いた気がする。話し方が全然違うんだな。……関心している場合じゃない。

 きっと、どれも熱中症の初期症状だ。保健所は近くにあったか……? でも迷子でもあるんだよな。迷子センターを先に……いや、保健所に着いてから名前と年齢、学校名を教えてもらって迷子センターで知らせてもらうか?

 そんなことで迷いを見せていれば、少年が倒れ込んできた。

「っと。大丈夫か」

「ごめんな……さい……」

 迷ってる暇はない。

「いや、動かなくていい。そのまま体預けていろ」

 かなり体が熱い。ここから保健所はどこだ。いや、場所もわからずで体を動かされるのも苦だろうし、先に応急処置をしよう。

「動くぞ」

「…………」

 近くの影のあるベンチまで少年を抱きかかえて行き、僕のリュックにカーディガンを詰めて枕にして寝転ばせた。上二つのボタンを開け、少年が背負っていたリュックの中を探る。水筒はさすがに持ってるはずだ。……あった。……が、あまり重たくない。空なのか? 中蓋を外して中を見てみたら空っぽだった。……水を買ってこようか。

「すぐ近くの水を買ってくるから、少し待っててくれ」

「…………」

 周りに怪しい奴はいないし、こんな人が大勢いるところで誘拐されることは相当ないだろう。少年が助けを呼べない状態ではあるが、すぐそこの自販機だ。少し待っててくれ。

 ギリギリ少年の様子を見れない位置にある自販機に買いに行った。初め、塩分も摂れるスポーツドリンクを買おうかと思ったが、もし飲めないものだと危ないので水を二本買ってきた。

 戻れば人影が二つ、少年の傍にある。女性二人。

「誰だ、なにして……」

 僕の声に反応した二人が振り返り、首からネームプレートを提げているのがわかる。読み方はわからないが、上のほうにどこかの小学校らしい名前が書いてある。

「その子の……先生ですか」

「あなたは?」

「……その子がフラフラして歩いていたので声をかけてここまで連れて寝転ばせたんです。あなた方はその子の先生で間違いないんですね」

「はい」

 ひとまずは安心だな。迷子センターに行く必要もなくなった。となればまずは応急処置をしよう。

「保健室の先生はいないですか。プロに任せたほうが賢明です。他の生徒の養護をしているということがなければここに来るよう言ってください」

「は、はい」

 強く言ってしまった。けど、身知らずの僕が指示をして迷われるよりも、強く言って従わせたほうがいい。

 先生に未使用のタオルかなにかないか聞けば、柄物のハンドタオルが渡された。それに買ってきた水を掛けて少し絞り、首元や顔を拭いてやる。

「この子の名前は」

「隼人くん」

「ハヤト、寝てないか」

「ん……」

「水買ってきたんだ。飲めるか」

「ん……」

 体をゆっくり起こして飲ませてあげた。口からこぼれた水を手で拭う。

「あなたどこの子? 今日平日やけどこんなところでなにしてはるん?」

「あぁ……。府外から来た高校生です。修学旅行でこのテーマパークに。途中ハヤトを見つけたんです。迷子故の熱中症でしょうね」

 保健室の先生が来るまで、タオルを濡らして体を拭いてやったり、水を飲ませたりして待っていた。もちろん、飲ませる水とタオルで濡らす水はそれぞれべつのを使った。そのために二本買ってきたんだ。先生方も協力してくれ、パンフレットで扇いでもらっている。

「にい……」

 目を開けて僕と目が合ったかと思えばそんなことを言う。にい?

「はるにい……」

「……あなた、隼人くんのお兄さんによう似てるから、間違えてるんかも。あなたと同じくらいの歳に、女の子庇って亡くなりはってな」

「……そうですか」

 人は思わぬところで命を落とすからな。この子がもう少し年齢が上なら、その女の子を恨んでいたかもしれない。僕なら……恨むだろうか。

「はるにい……あいたかった」

 僕よりもうんと小さな手で、制服を握る。僕は大切な人を亡くす悲しみを知らないから、同情はできない。それでも、なにかから得る苦しみは十分に知っている。嘘であっても本人がそれでいいなら、と頭を撫でてやった。ハヤトは嬉しそうに微笑む。

「はるにい、もうどこにもいかんといて……」

 どこにも……いかんといて……? いかん……ってなんだ。どこにもっていうことは行かないでってことか?

「……ぜったい、どっかいったらあかんで……。ずっとここにおって……」

 ……あかん? おって……? 「あかん」ってなんだ。「おって」って、なにか折り紙でも折るのか……? ギルが言っていたこときちんと聞いていればわかっただろうか。

「……あの、なんて言ったのですか。大阪に来るの初めてで」

「絶対どこかに行ったら駄目だよ、ずっとここにいてねって」

 ……なるほど。難しい。

 ハヤトが掴んだ制服を引いてくる。どうすればと先生に目で問えば、優しく微笑まれた。……どうすればいいんだ。

 ……僕が誰かの服を掴んで離れさせないようにするとすれば、どんなことを考えるか……。

 一つ、考え出した。ハヤトの頭を優しく抱き、

「ハヤトがたくさん生きて、十分楽しめたら、そのときまた会おう。いつまでも待っててやるから、焦らず来い。ずっと待ってるから」

「やくそく」

「あぁ、約束だ」

 天国で会えるかはわからないが、ハヤトのことを大切にしていた兄なら、きっといつまでも待っていてくれるはずだ。

 服を握られなくなるまで、ハヤトが寝つくまで、ずっと抱いたままでいた。誰かの幸せを勝手に作り上げてしまうのはあまりいいことではないはずだ。けど本人がそれを望んだのなら、それでいいのではないかと今なら思える。

 ハヤトが寝ついた頃には体温も低くなっており、保健室の先生も来たので、僕は必要なくなった。ペットボトルの余った水は適当に使ってもらうよう言った。僕は僕のがあるし、あれはハヤトの命を守るために買った水だ。僕が貰うわけにもいかない。

 先生から礼の言葉をもらって、僕はその場から離れた。ハヤトが起きて現実を見てしまう前に。

「さて」

 今度は僕が迷子になったらしいが、どうしたものか。今日のいつかに言った言葉、

 ――ただ、見失うようなことはするな。面倒になる――

 僕が見失ってどうする。本当に情けない。いっそのこと、この機会に一人でコーヒーでも飲んでいようか。そちらのほうが無理にアトラクションに乗る必要もないし、ケイとも目を合わせなくていい。そっちのほうが好都合じゃないか。

 そう思っていたのにスマホが振動して、見ればギルから今どこにいるのかと聞かれた。既読も付けてしまったから言い逃れはできない。

『迷子の少年を保護していればギルたちを見失った』

 送信すればすぐに返事が来る。

『それは責められない……けど、なにか言ってくれてもいいじゃん! 今お昼食べたお店の近くにいるから来て!』

 昼食を食べた店……。ここからどこに向かえば着くだろうか。パンフレットを取り出して見てみるが、そもそも現在地がわからない。周辺を見渡して特徴のある建物とパンフレットの詳細画像と見比べてやっとわかった。つまり、ここから右に行って、真っ直ぐ行けば着くみたいだ。

 わかれば、すぐに歩き出した。遅ければギルから電話がかかってきそうだ。途中、自販機に缶コーヒーが置いてあるのを見て足を止めてしまう。さっきの欲望で、もうコーヒーを欲している口になっていた。唾を飲み込み、買うことにした。

 ときどきコーヒーに口を付けながらギルたちがいるらしいところへ向かった。少しくらい休息をくれ。

 目的地に近づけば、それらしき人陰が見えた。頭を黃色にした奴が僕に近づいて来て、怒鳴り込んでくる。

「もー! 心配したんだから! コーヒーなんか飲んじゃって。俺怒ってるんだからね」

「悪い。けど、わかってほしい」

「もちろん男の子のことはわかってあげるけど、それでも一言くらい言ってよ。言ってくれたらみんな協力してくれただろうし、わかってくれただろうし、心配もせずに済んだんだよ?」

 ここまでギルに怒られるのは……相当やらかしてしまったらしい。

「悪い」

 説教はこれだけで終わると思った。僕の心配をする奴はギルしかいないから。

 ギルの後ろからぞろぞろと班員が現れてくる。

「蓮のせいで遊ぶ時間少なくなったじゃねぇーかよ!」

「悪い」

「真也くん、でも全部れーくんのせいじゃないから。れーくんも事情があって」

「だとしても、コーヒー買うくらいのんびりしてたってことだろ!」

 痛いところを突いてくる。

「そ、そうだけど」

「なら、蓮は有罪だ! 勝手にどっかに行ったくせにのんびりコーヒー買って歩いてくるとか、ありえねぇ」

「……悪い」

 下条にこう言われるのは、当然僕が悪いんだ。僕が……悪い。

「遊ぶ気ねぇーのはわかるけど、もっと他人のこと考えて動けよ!」

「…………」

 わかっている。僕が全部悪いことくらい。なのに、すごく胸が苦しい。息の仕方を忘れてしまいそうになる。

 怖い。

「し、下条くん言いす」

「言いすぎじゃねぇよ。蓮はいっつもそうだ。他人のこと考えてると思ったらほんとは自分のことしか考えてない!」

「…………」

 なにも言えない。どれも事実だから。なにも言ってはいけない。

「蓮は自己中なん」

「下条。いい加減にしろ」

 下条からの怒声を止めてくれたのはケイだった。

「なんだよ敬助」

「今までこんなのになってる蓮、見たことあるか」

「ねぇーけど……」

「相当反省してるんだ。……蓮を傷つけんな。なにもわかってない奴が」

「…………」

 わけがわからない。僕は今、ケイと対立しているんだよな。なんでケイは僕を……庇うんだ……。この事実に誰も信じられないらしく、誰も口を開けない。

 ケイは僕に向き直る。

「ごめん、ずっと」

「…………」

 言葉が出ない。ケイから謝ってくるのはいつものことだった。でも、あそこまで深かった対立が今謝られた。それよりも、僕が悪いのに、対立中だったのに僕を庇う事実のほうが受け入れられない。

 あそこまで酷い対立はだいたいその日中に謝ってこない。翌日、遅くて翌々日に謝ってくる。それなのに、今回は今ここで、その日中に謝ってきた。

「……俺の酷いし……思い込みで、まともに話ができなかった。全部俺の酷い思い込みで、全部俺が悪いんだ。蓮はなにも悪くない。……周りも巻き込んでた。本当にごめん」

 最後は周りに見えるよう、一歩身を引いて腰を曲げた。そうしてもう一度僕に向き直り、優しく腕を回してくる。これは気づいたら恒例になっていた。対立した最後には優しく抱きしめてくる。

 それは下条からの怒声を聞いたあとには優しすぎて、目頭が熱くなってしまい、頑張って耐えた。耐えないといけなかった。

 耳元で優しい声がする。

「蓮は俺にとって大切で、絶対に失いたくない存在なんだ。だから本当は対立なんてこともしたくない。もし俺が意味わからないことで怒鳴ってきたら、構わず怒鳴り返してきて。お願いだから。蓮を傷つけたくないんだ」

 なら初めからそうすればいいじゃないか、と思うが、ケイの中で引っかかるなにかがあったんだろう。

 返事を待つケイに、耳がくすぐったくてあまり聞き取れてない、なんて言ったら怒るだろうか。

「耳がくすぐったくてなにも聞こえていなかった」

「なっ、聞こえてただろ」

「さあな」

 わざとらしく言ったことで、それが虚言であることがわかったらしく、ケイはぷっと吹き出した。釣られてか、可笑しくてか、僕も笑う。

 夕方に近づいた空を背景に見えるギルたちは、まだなにが起きたのかわかってなさそうだった。それでも、もう不穏は漂っていないことがわかったらしく、ギルや総務は笑顔だった。

「仲直りできたね!」

 ギルの声を聞いたことで周りに人がいるという事実を思いだしたらしく、とっさに僕から離れた。

「一件落着!」

「落着じゃない。なんで俺怒られたんだよ」

 明らかに納得してなさそうな下条にはギルから言われる。

「真也くんはそういう役回りの人なんだよ」

「なんだよそれ。おかしいだろ」

「とにかく、もうみんな仲良くなったんだから、これからは真也くんのお望み通り、精一杯楽しも! れーくんも敬助くんも」

 ギルにはいつも助かっている。そういう言葉を切り出してくれる人間は多くはいない。僕もそういうことを言えない人間だ。

「今度は真也くんの行きたいところに行こ! ね?」

「そ、それなら許してやる」

 悪いことをしてしまったから当然であるのかもしれないが、本当に嫌な予感しかしない。


 下条の行きたいところに行くことになって、もちろん絶叫系、もちろんジェットコースターに乗ることになった。蓮はものすごく嫌がってたけど、下条の機嫌直しだと、我慢するみたい。

 今度は垣谷が隣じゃなくて、蓮を隣にする。そして、一番前の特等席に座らせた。下条に後ろのほうがスピードが速くなってもっと楽しめるって言えば、素直に一番前を譲ってくれて、下条とギルくんは一番後ろに乗りに行ったみたい。

 下条に席を譲ってもらうよう言ったときは、蓮になに言ってるんだと止められたけど、押し通して逃げないようにして、ガードも閉まったからもう移動はできない。

「ほんとに馬鹿だろ。なに考えてるんだ」

 こんなに焦った顔もかわいい。怒った顔も、困ったような顔も。どんな顔も。あの顔以外は、かわいくていくらでも見れる。

「前のほうがスピードが出ない。頭のいい蓮ならわかるだろ?」

「いいや、わからない。こんな視界で殺しに来てる一番前の席に」

「ほら、進むぞ」

 そう言えば、静かになって前を見据える。今すぐにでも降りたそうな表情をしながら目の前を睨む。かわいい……。

 俺はこういう絶叫系はいけるけど、蓮は駄目駄目みたいで、初めに乗ったあとは本当に疲れてるみたいだった。

「酔い止めを一つ消費してまで乗るものではないだろ」

「飲まないと途中で吐くだろ。吐くのと吐かないのどっちがいいんだ?」

「そういう話ではない」

 俺は面白くて笑う。

 話している間に坂は終わりに近づいていく。俺は蓮の席にある安全バーに手を出した。

「なんだこの手は」

「掴まないか?」

「掴まない」

 そう言ったのにいざ坂を下るとなったとき、蓮は俺の手だけじゃなくて腕までガッシリと掴んでいた。

 俺の余裕ができたときに蓮の顔を覗き込んでみたら、目を細めて強ばった顔をして前を見ていた。本当は閉じたいけど、閉じれば酔うから閉じれないんだろうな。はは、なんてかわいそうに。

 終われば、安全バーに頭を埋めていた。酔った? 大丈夫か? 安全バーが上がると一緒に蓮の頭が上がって顔が見える。げっそりしてた。そんな顔を見て俺は面白くて笑った。

「本当に馬鹿だろ……」

「ははっ。立てるか?」

 蓮の腕を持ってトロッコから出るのを手伝う。いつかみたいに荷物を持って一緒に出口に向かった。今度は、地面にしゃがませたらすぐ隣にしゃがみ込んだ。蓮は足を立てて頭を埋める。

「ギルたちが揃ったら言ってくれ」

「わかった」

 班のみんなが集まるまで、ずっと蓮を見てた。朝からずっと真っ直ぐ蓮を見れなかった。やっと近くなったのに、見ないのは損をする。

 揃って、少し休憩したら今度はコーヒーカップに乗りたいと下条が言いだした。これにも蓮は嫌がってたけど、今度も機嫌直しだと言い聞かせてた。

 最大四人乗りだったから三人ずつに分かれることになって、分かれ方はグッパーで決めることになった。結果、俺は蓮と下条、垣谷とギルくんと……柊で分れることになった。柊がこっちじゃなくてよかった。……でも、蓮に対して傷つけるようなことをしてないから、俺もあいつに心を開いてもいいのかもしれない。

 下条と同じところになって、蓮はすごく嫌そうな顔をしてた。このあと、なにがされるのかわかってるんだろうな。俺の予想だと、

「よし、すっげー回すぞ!」

 やっぱり。

 スタッフのアナウンスのあとカップが動かせるようになって、アトラクション全体も回り出す。下条は力一杯に回しだしてた。

「おりゃー!」

 徐々に勢いが増してきて、一種の罰ゲームのようにも思えてくる。流れていく人の顔を捕らえることはできない。

 蓮は必死に下条の回すハンドルを止めようとしてるけど、蓮の腕力じゃ到底逆らえるはずもなく、ただ持っているようにしか見えない。ただ、顔は本気だった。

 次第に諦めたのかカップの(ふち)を握って振り落とされないようにしてた。実際に振り落とされることはないだろうけど。俺もそろそろ目が回ってきた。これが「酔う」なのかはわかんないけど、目が回ってきたのは確か。

「下条少し緩めないか?」

「緩めねーぞ! 最高記録出すまで回す! そっちのほうが面白いだろ!」

 どこのなんの最高記録だ。

「いや俺も目回ってきたし、蓮が……」

 蓮に目を向ければ、今にでも吐きそうな表情をしてた。蓮が酔い止めを飲んでも酔うくらい、このカップは回り回っているらしい。

「しょーがねーなぁ……」

 その言葉で回転を緩めてくれると思ったけど、下条はただ手を離しただけ。手を離すことが下条にとっての緩める、だったのかもしれないけど、これだと回転が遅くなるまで時間がかかる。それにきっと先にアトラクションが終わる。

 ゆっくりハンドルを逆方向に回してスピードを緩めていった。蓮はうぷっと声を出してカップの縁に顔を埋めていた。かなりまずいらしい。

 止まればもちろんカップから出ていくのが普通。けど、蓮はそれすらできないくらい脱力状態になってた。椅子に半ばうつ伏せになっていて、動く気配すらない。

「れーん。動けるか」

「…………」

 俺ら以外の客はもちろんいるから、いつまでも蓮をここに置いてはいけない。本当にやってくれたな下条。先に出ていった下条を睨む。

「すごい回ってたけどれーくん大丈夫だっ……れーくん!」

 蓮の心配をしに来たギルくんが蓮の状態を見て叫ぶ。その声にビクリと体を動かして、腕を伸ばした。見えるようになった蓮の顔にはゾンビのような顔を貼り付けられてた。そして急に酔いを思いだしたように胸を抑え込む。

「先に出よう。出たらいくらでも吐いたらいいから」

 カップを降りたら、子鹿のように足を震わせて今にでも転けそうだった。それをギルくんと一緒に支えながら出口まで運んで、傍の柵にもたれさせる。蓮の状態を知った垣谷が下条にこっぴどく怒ってた。

「新藤くん酔い止め飲んでるの知ってるでしょ? いくら下条くんの選んだアトラクションだからって乗ってる人のことも考えないと。新藤くんあんなになっちゃってしばらく動けないのは下条くんの自業自得だからね。今回ばかりは新藤くんのせいにしちゃ駄目だしできないからね?」

「……ほい」

 はは、あんな垣谷を見るのは初めてだ。ついでに言えば、下条も。見たことない面白い表情。

 表情って言えば、蓮はいつも表情が乏しくてなに考えてるかわかんないけど、それでも小三のときよりは表情も見せてくれて、笑顔も見れるようになった。俺はそれだけで嬉しい。欲を言えばもっと笑って人生を楽しんでほしいけど、蓮の境遇を考えたら欲張りな考えなのかな。

「れーくんお水飲む?」

 蓮のリュックから取り出したらしい水の入ったペットボトルを、蓮に差し出しながら言う。ギルくんは、蓮が体調崩したときだけ看護士みたいに見える。

 貰ったペットボトルを掴むだけ掴んで、床に置いた。キャップを開けてあげたほうがいいんじゃないか? 内心そう思っていたけど、そもそも要らないみたい。

「中から……酔い止め取ってくれ」

「酔い止め? 確かここのポケットのところに……あった。はい」

 受け取った箱から酔い止めを一錠……いや一錠の半分割られたものを飲んでいた。ジェットコースターに乗るときも酔い止めを飲んだって言ってたけど、半分だけ飲んだのかもしれない。まあ、酔うアトラクションに乗るたびに飲んでいれば、すぐに薬もなくなってしまうからな。金を自分で管理している蓮にとっての薬の無駄な使用は、無駄遣いにつながってしまうんだろうな。

 蓮の酔いが治まってから、今度は酔いそうにないものを提案され、なら、とギルくんが言った。

「観覧車! 観覧車に乗ろ! 最後は観覧車に乗って写真撮って終わりたいなって思ってたんだ」

「えーもう終わるのか?」

「お土産買う時間もいるから、ちょうどいいんじゃないかなって思ってたんだけど……」

 すぐ近くに時計が見あたらず、ポケットからスマホを取り出そうとしたとき、蓮が「十六時十五分」と教えてくれる。

「確かにいい時間かもしれないね。新藤くんも酔わないと思うし。下条くん、もし絶叫系のアトラクション乗りたいならお土産買う時間削って行ってきてね。一緒に行く人もいるなら一緒に行ってもいいけど、時間までにはお土産売り場か集合場所にはきちんと着いててね」

「ほーい」

 絶叫系で閉めるのか閉めないのか曖昧な返事を聞いたあと、観覧車が見えるほうへ向かった。大きくて見つけやすい。

 蓮はもう絶叫系を乗らないっていう安心感からか、顔が強ばってなかった。けど代わりに少し気力がないように見えた。一日中ここにいて、連れ回されて、感情を左右に動かしてしまって、疲れたんだろうな。帰ったらすぐにベッドに寝転びに行きそう。

 陽が落ちてきていて、ここのテーマパークを背景に夕焼けを見に来たのか、単に遊び疲れたのか、俺らみたいに観覧車からの景色で閉めようとしてるのか、観覧車には人が少し並んでた。けど、ここの観覧車は大きくてすぐに乗ることができた。

 ゴンドラの左右に長椅子があって、三人ずつ分かれて向かい合って椅子に座った。蓮は俺の前で窓の縁に肘を置いて興味なさそうに窓の外を見てた。それでも、口がほんの少し緩んでいるのはわかる。

「すご……」

「ちょー綺麗じゃん!」

 上がって行くにつれ、パーク内、このテーマパークがある市内が見えてくる。太陽が落ちて空が、街がオレンジの混色に包まれる様子は、すごく綺麗だった。

 下条が椅子に膝立ちしてスマホを取り出して外の景色を写す。俺も写真を撮ろうかと思ったけどどうせ見返さない。人物写真なら見返すかもしれないけど、風景にはさほど興味がない。……とか言ってもあの風景写真は勝ってしまうな。大切な人との思い出の一つでもあるから。

「あのね、頂上に着いたら、風景をバックにしてみんなで写真撮りたいんだけど……」

「いいね、撮ろ」

「いい? やった! ずっと楽しみにしてたんだ。思い出に残せるのももちろんだし、れーくんを強制的に写真に残せるから」

「……撮るときはスマホ貸せ。僕が撮ってやる」

「だーめ。そうやって入りたがらないんだから。絶対に入ってもらうからね」

 蓮は写真に写るのあんまり好きじゃないんだよな。無理にさせるのは悪い気もするけど、俺も入ってほしいから、ギルくんの言葉には反対しない。

 俺も蓮を真似て、窓の縁に肘を置いて窓の外を見る。でも、その頃には蓮は目を瞑ってた。見るのに飽きたのかな。下条もさっきと違ってずいぶんと静かになってる。ギルくんはスマホを持って後ろを向いて窓から外を覗いてるけど、こっちから見てもワクワクしているのは伝わってくる。

 もうすぐゴンドラが頂上にたどり着くというところで、ギルくんが声を出した。

「みんな、あともうすぐで頂上だから、並んで!」

 そう言ったあと、一番に蓮の耳を握ってた。逃げないようにするためだろうな。蓮は少し嫌そうな顔をしていたけど、すぐまんざらでもない顔になった。それでも耳を掴まれることは嫌らしく、引き剥がして「掴むなら手首を掴め」って言ってた。

 初め、俺は蓮の前にしゃがみ込んだけど、それだと俺の隣に座り込んだ下条にカメラに入らないって言われて、ボウリングのピンみたいに並んで座ることになった。センターに立つ下条にギルくんのスマホを任せて、撮ることになる。内カメラにして下条なりに角度を決めて、ちょうどいい位置のところで手を上げていた。

「もうそろそろなんじゃない?」

 もう上がっているような感覚はない。もうちょうど頂上なのかもしれない。

「撮るぞー」

 撮影ボタンを押すと「5」から始めるカウントが音とともに数字が下がる。数字が「0」になると一つのシャッター音が鳴って写真が撮られた。

「よーし撮れたぞー! はい、ギル」

「ありがと撮ってくれて。あとでみんなに送るね。……あ。あとね、これはお願いなんだけど、ここのみんなでグループチャット……作りたいなーって」

 グループチャット……。存在は知ってたけど、実際に俺が入ることになるとはな。

「それいいね、作ろ。そっちのほうがいつか遊びに行くとき、計画立てやすいしね」

「いいの! えへへ、ありがと。いいって思ってなかったから作ってなかったけど。……今していい?」

 ということで、あと半周するまで暇な間、そのグループチャットで遊んでた。遊ぶといってもゲームなんて機能はない。声を出さずに、それぞれで持ってるスタンプを送信して、反応を楽しむっていう具合に。下条なんか、スタンプで物語を作ってた。

 例えば、イラスト付きのスタンプの文字で、

『よし!』

『ゲーム、ゲーム!』

『ガーン』

『敗北……』

『もう一回!』

『やったー!』

『うるさいうるさい』

「ここでゲーム切られて」

『ガーン』

『しょぼん……』

 一回普通に文字が使われてたけど、それも笑いのネタとしてウケてた。

 蓮は通知を切ってるのかスマホを持たずに窓の外を見てた。でもきちんとグループには入っている。

 グループチャットにはメンバー一覧を名前とアイコンで見れる機能がある。それを見たら蓮の真面目さが少し目立つ。俺や垣谷は「けいすけ」とか「ゆたか」とか名前をひらがなにしてるけど、蓮は「新藤蓮」とフルネームだった。そういうところに遊び心がないというか。

 逆に柊は下の名前じゃなくて「ひーらぎ」と性格に合いなさそうな名前だったり、ギルくんは「Gil」って英語にしてる。下条はフォントを変えて「真夜中」って書いてあった。たぶん、下条の下の名前の「真也」の漢字を変えたら「深夜」になって、そこから連想されるのが「真夜中」だからこれにしたんだろう。……そんな遠回しじゃなくてもいいだろ。名前を書くところなんだから。

 ゴンドラが一周する少し前に扉が開かれて俺は降りたけど、それに気づかず遊び続けていたギルくんと下条がもう一週するところだった。


 観覧車のあとはそれぞれお土産を買うことになった。観覧車に乗る前、下条はアトラクションを乗るのか乗らないのか、曖昧な答えを出していたが、一緒に付いてきた。総務との会話を盗み聞きすれば、どうやら家族に買うらしい。僕は警部に買っていく。両親のは要らない。買えばただの無駄遣いになる。

 お土産販売店は、このパークにいれば何度か目にするパークのキャラクターのグッズを主としたものがほとんどだった。キャラクターの絵がある文房具、キーホルダー、菓子、ファッションまであった。だが、あいにくそれらは僕の欲をそそるようなものではなかった。

 ただ、せんべいがあったからそれだけ買うことにする。あとは警部に渡すものに使う。

 警部が好きな食べ物はなんだろうか。よく作ってくれたのは卵料理だが、あれは手軽だからというので作ってくれたんだ。好きとは違う。今聞くのは……迷惑だよな。なにがいいだろうか……。

 いや、べつに食べ物じゃなくていいんだ。そもそも、食べ物じゃなくて物を渡そうと思っていたじゃないか。次いつ来るかわからないからって。そうなれば……。

 雑貨が並ぶエリアに移る。移れば、ギルがいつかと同じようにキーホルダーを見比べていた。

「ギル」

「あ、れーくん。これね、どっちがかわいい?」

 どちらがかわいい?

 右手にあるのは鳥、左手にあるのは猫だった。どちらもテーマパークによくありがちな微妙なデザインですごくかわいいというものでもない。

 鳥は青色をして羽を広げてポーズを取っている。

 猫は灰色をして手を上げている。

「僕的には猫だ」

「じゃあ、これにしようかな。れーくんのお土産」

「いいんじゃ……僕の?」

「うん。れーくんの」

「僕のは要らない。それに欲しいなら自分で買う」

 言葉を聞いたギルは片頬に空気を溜めてムッとした顔になる。

「俺が買ってれーくんにあげるのがお土産じゃん」

「だとしてもギルが買う必要ない」

「あるのー! とにかく、絶対れーくんになにか一つはあげるから。今のところこれだけど、もっとよさそうなのあったらそれにする!」

「……ギルのも用意する」

 しないといけないだろう。貰うことがわかっていて返さないのは気が引ける。もしギルが買わなかったとしてもそれはそれでいい。

 ギルはなにが喜ぶだろうか。僕があげたものならなんでも喜びそうなんだが……。それでも、きちんとギルが喜びそうなものを買わなければならない。……警部も同じかも知れない。警部も僕が買ってきたものならなんでも喜んでくれるかもしれない。心の底から喜んでくれなくとも、嫌だとは思わないだろうし、思ってほしくない。警部が喜びそうなものを選べば、きっと喜んでくれるはずだ。

 しばらく真剣に考え、警部のは決まった。いい香りのするアロマキャンドルとアロマオイル、ガラス製の綺麗な柄があるコップ、日持ちするであろうクッキー、ホットアイマスク、ボールペン二本。警部は手帳にメモを書いたりするからボールペンは買おうと思っていた。

 正直このテーマパークで買う必要のないものばかりだ。が、ここでしか売ってないかもしれないと思えば、買ってしまうというものだ。

 警部のはこれでいい。次はギルだ。ギルはなにがいいだろうか。食べ物なら桃味の食べ物なら喜ぶ。モノなら……消耗品がいいことは確かだ。いや、ギルなら永久保存できるものを欲しがるか?

「れーくーん」

 なにをあげるか迷っていたところ、本人のご登場だ。

「えへへ、俺にあげるプレゼント決まった?」

「いや。けどあげるから待ってくれ」

「あはは、いくらでも待つよ。俺はね、これかなーって思ってる」

 背に隠していた手を見せてきたと思えば、持っていたのはハンカチだった。

「れーくん、キーホルダーとかはあんまり使わないかなーって思って使えるものにしよっかなって。これだと喜ぶ?」

「さあな。まあ、確かにキーホルダーみたいな、装飾品よりは喜ぶだろうな」

「うーん。なにがいいんだろー」

 持っていたハンカチを不思議な物を見るような目で見つめていた。ギルがここまで考えているからには、適当に選んではいけない。

「………そういえば、それは誰にあげるの?」

 カゴに入れていたものを指差す。ギルもカゴを持っていたが、それはきっと両親にあげるものだろう。

「警部にあげようと思ってな。菓子より日用品のほうが使いやすいだろうと思って」

「そっか。絶対喜ぶよ! 次来たときは忘れず渡してあげてね。じゃあ、俺はもっと錬ってくるよ」

「ああ」

 なににしようか。


 ギルにあげるのはホテルに帰って、自由時間になったときにしようと言われた。今はそのホテルに向かっている道中の信号で足止めを食らっているところだ。

 眠たすぎる……。気を抜けば足をがくっと曲げてしまいそうだ。今日は本当に歩き回った。あの限られた範囲だけなのに、ここまで足に来るほど歩いたのか。

「蓮、信号変わったぞ」

 顔を上げれば、ケイが立っていた。進めば横に並ぶ。

「相当疲れてるみたいだな」

「……今すぐ寝たい」

「このあとは夕飯と風呂がある。すぐには寝れないな」

「……夕食も風呂もいいから、寝たい」

「ただでさえ細いんだから、飯は食え。荷物持っとくから、もう少しだけ頑張れ」

 強引に手に持っていた土産の入った袋を取られる。取られてもいいくらい僕の頭は疲れていた。半ばフラフラしながら部屋まで着いて、荷物を丁寧に机に置けば、体を雑に床に置いた。壁にもたれて目を瞑る。

 夕食は半分ほどしか食べれず、遊びすぎて腹が空いているらしいギルと下条にあげた。洋食だったから、より食いついていた。食べ終わるまでは眠気に耐えられずケイの肩を借りていた。食べにくくなるだろうからいいと言ったものの、むしろ借りてほしいなどとよくわからないことを言っていたので、借りることになった。

 借りるといっても、本当に寝てしまえばケイの食事に顔面を押しつけてしまうなどしてしまうかもしれないから、目を瞑ることだけしていた。

 そんななか、唇になにか当たって目を開けた。開ければ楽しそうな顔をしたギルが、肉を刺したフォークを僕の口元へ運んでいた。

「えへへへ」

 仕業がバレたら楽しそうに笑う。無視して引いてくれればよかったのだが、こりずに唇に押しつけてくるので食べてやった。

「あはは。れーくんが食べた!」

 僕は動物園で飼われているキリンかなにかなのか? きっとギルは、僕が半分しか食べなかったことを心配しているのだろう。半分で腹が満たされたのだからいいと言ったのに。

 食堂を撤退する時間になれば、ギルに大きな声を出されて起こされた。寝てしまっていたらしい。部屋に戻るとき、ケイになにか迷惑をかけていないか聞いたが、むしろありがたかったとまたよくわからないことを言った。聞いても答えはしてくれなかった。

 部屋に戻ればベッドにもたれ込んだ。ベッドに寝転ぶ気力もない。もう面倒臭くてここで寝てもいいくらいだ。風呂も入らなくていい。面倒臭い。

 そんなことを思っていたのに、ギルに勝手にボストンバッグから肌着と下着をあさられ、部屋着を持って洗面所まで連れて行かれた。ここのホテルに大浴場などはなく、各部屋にある浴室で体を洗うことになっていて、ケイたちはもう上がったらしい。いつの間にかそんなに時間が過ぎていたみたいだ。ギルも自分の部屋で入ったらしく、毛髪からいいニオイがする。

「自分で洗うから入ってくるな」

 せっかく眠気を覚まして風呂に入って体を洗ってやろうと思ったのに、ギルが、

「いーや、眠たくなったれーくんは絶対適当に洗うから駄目!」

 といって人の裸姿を見てくる。

「じゃあれーくん聞くけど、楽して丁寧に洗ってくれる俺がいるのか、楽せずに雑に自分で洗うかどっちが」

「自分で洗うから出ていけ」

「あぁーちょっと!」

 やっと追い出せた。……丁寧に洗うか。

 そう思っていたものの、椅子に座ってシャンプーを洗い流していたら見事に眠っていたらしい。勝手に入ってきたギルに起こされて、顔面にシャワーを当ててきた。

「なんか遅いなーって思ったらー。コンディショナーとリンスしておいたからね。目に入ってない?」

 勝手に……。

「入っていない」

「ならよかった。ほんとはね、体も洗ってあげようかなって思ったんだけど、さすがにそれはやめたほうがいいかなって思ってしなかったんだ。もう体洗うだけだからすぐ出てきてね。また寝ちゃ駄目だからね?」

「わかったから出ていけ」

 今度は寝ることなく風呂から上がった。扉を開ければ床に座り込んでスマホを触っていたギルがいたので、タオルだけ取って風呂で水を拭いた。ギルはどこまで他人の裸を見たいんだ。

 下着を取ろうと扉を開ければ、誰かの手が僕の下着を掴んで差し出してきていた。

「…………」

 受け取る代わりにタオルを渡す。気が利く、がギルがそこにいなければこんなことはしてなかったんだがな。

 ズボンを受け取ろうとしたとき、ギルはそれを引いてなかなか渡そうとしない。もうここで着替える必要もないから、出よう。出れば素直に渡してくれ、楽しそうに笑っていた。散々遊ばれた。

 やっとベッドに寝転べるので寝転ぼうとすれば、ギルに肩を掴まれて阻止される。曰く、

「髪乾かさないと濡れちゃうよ」

「…………」

 なんで髪は存在しているんだ。存在理由を知っていてもそんなことを思ってしまう。

 椅子なんてないからかがめと言われ、床にあぐらをかいた。低いと言われても腰を浮かすことはしなかった。本当に眠たいんだ。

「れーくんほんとにおねむ?」

「おねむ……」

「……ほんとにおねむだ。れーくんがおねむとか言わないもん」

 ギルが聞いてきたんだろ。

「ギル、軽く乾かすだけでいいからな。根元までしなくていい」

「だーめ。しないと髪もっとボサボサになっちゃうよ。アイロンもしてあげるからね」

「しなくていい」

 結局気づかない間に寝てしまって、ヘアアイロンまできちんとされていた。まあいい。早く寝たい。

 洗面所から出れば、ベッドに座り込む。が、そういえばと、持ってきていた使い古して少し小さいもこもこのルームウェアを上から着て、キツくならない程度にチャックを閉めた。温かい……。

 もう寝転んでもよかったのだが、ギルがプレゼント渡したいからと言って自分の部屋に戻っていった。きっと、それぞれに渡す土産のことを言っているんだろう。僕も取ろうか。いや、ギルに取ってもらおう。動くのが面倒臭い。

「あ……また髪してもらったのか?」

 目の前に立ったケイだ。部屋着を着て眼鏡をかけている。

「勝手にされたんだ。しなくていいと言ったのに」

「……やっぱり昔を思いだす」

「……撫でなくていいだろ」

 ケイが気味が悪くなるようなほど微笑んで、僕の頭を撫でてくる。眠たくて抵抗はしないが。

 目を瞑っていれば、ケイが額を触ってきた。思わず目を開ける。

「……熱あるんじゃないか」

 熱? ……あぁ。

「気のせいだ。きっと風呂上がったばかりだからそう感じるだけだ」

「……顔が赤いのは」

「それもだ」

「……ならいいけど」

 出てき始めたか。出なくていいんだが。

 問われなくなれば、そっと腕を回してくる。暖かい。ここで……寝てしまいたい……。

「あ! 敬助くんがれーくんのことぎゅってしてるー! 俺もするー!」

 騒がしい奴が来た。けど、もっと暖かくなった。本当にここで寝るぞ。

「えへへ、あったかーい。……じゃなくて、れーくん交換っこしよ!」

 なにかすることがわかったらしく、ケイは離れてすぐ隣に座った。ギルが渡してきたのはテーマパークの土産売店で見た猫のキーホルダーだった。改めて見れば、少し小さい。手のひらの二回りくらい小さい。

「ありがとう。悪いんだが、あそこの袋から取ってくれないか。シャーペンとハンカチとキーホルダーだ」

 警部のとは分けてあるから、どれかわかるはずだ。

「れーくんこの袋?」

「ああ。そこにギルに渡すものが入ってあるからその袋ごと持って行ってくれ」

 ゴソゴソと音を立てている中、僕は貰ったキーホルダーをスマホカバーに付けた。大きくないからちょうどいい装飾だ。……改めて見てみたらかわいい気がする。

「え! キーホルダーってこれ……」

「あぁ、同じものだ。ギルならペアにしたいだろうなと思ってな。同じもの買ってないか」

「うん。ホテル行ってるときに思いだしてたんだ。買い忘れてたって。……えへへ、れーくんありがと。すっごい嬉しい」

「それはよかった」

 もう僕が起きる必要はないと思い、後ろに倒れ込んだ。ベッドに弾力性があって、少し頭が浮く。足をベッドに上げようと、四つん這いになって枕に近づいた。そして体を布団に落とす。寝よう。

「あ、れーくんまだ寝ないで。まだあるの」

「明日にしてくれ……もう寝る」

「……えへへ、れーくん黒色のおパンツ見えてるよー」

「っ……」

 下着を引っ張られて思わずギルの声がしたほうに目を向ければ、小悪魔のような顔をして笑っていた。ズボンもへそあたりまで上げた。

「色まで言わなくていいだろ。ギル最近酷いぞ。プライバシーの欠片もない」

「欠片はあるよ」

 欠片しかないのか。

 今度こそ寝転んで、目を瞑って掛け布団を被る。

「寒い……」

「あはは、寒がりだね。でもれーくん、服脱ぎっぱなしにしないの。こんなところに置いてたらしわくちゃになっちゃうよ?」

「……はぁ」

 そういえば、洗面所から持ってきた制服をベッドに置いたままだったな。置いたままだとギルの言う通りしわくちゃになる。仕方がなく立ち上がって軽く畳んでボストンバッグの中に入れた。これで満足か。

 今度こそ寝てやろうと思ったら、ギルが渡してきた。

「はいこれ。もう一つのプレゼント」

 出してきたのは猫のぬいぐるみだった。

「……渡す相手間違えて」

「間違えてないよ。俺知ってるんだー。れーくんが俺の家に泊まって俺のベッドで寝たらだいたい俺のぬいぐるみ抱いて寝てるの」

 全く記憶にない。

「それで、これあげたら抱いて寝てくれるかなーって」

 べつにぬいぐるみなんて……。だが、貰わないわけにはいかないから素直に受け取る。

 胴くらいの大きさの黒と灰色をした猫だ。まるっとしているが、それでもきちんと足があって、なんとも抱き心地がいい。

「ありがとう。すごく抱き心地がいい」

「えへへ。どういたしましてー。今日はこれぎゅーってして寝る?」

「寝ない」

「なんで! そこは普通」

「わかったから寝かせろ」

 ぬいぐるみを片腕で持って枕に顔を置いた。掛け布団を肩まで掛けて目を瞑る。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

「交差する言葉 3日目」に続きます。

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