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交差する言葉 0日目

 十月中旬。ある平日のホームルーム。

「みんなおはよーう」

 相変わらず先生は安直だ。だがこの先生、普段はこうだがかなり真面目だ。人の前に立つなら当たり前なのかもしれないが、かなりキャラを作っている。

 出欠の確認後、今日の一限目に入った総合の時間はなにをするか伝える。といっても昨日の帰りに言っていたことだから、少なくとも数人はやることを知っているはずだ。僕はもちろん憶えているはずがない。

「この時間は昨日も言っていた通り、十一月にある修学旅行のことで」

 ああそうだ。修学旅行についていろいろ決めるんだったな。

 修学旅行とはすごく面倒な行事だ。いろいろと物を用意しなければならないし、疲れる。一日のイベント事が多くて、溶けることができるほど体力を消耗する。

 それに慣れない環境での数日を過ごすことになるから精神的にも来る。それで中学の修学旅行で体調が悪くなった憶えがある。今回は大丈夫だと願っておこう。

「そこで、この前入ってきた影島は……どこにしようか」

「あ、それなら蓮……し、新藤がいるところ入るんで、大丈夫ですよ」

「あぁ、そうか。ならそこに入れてやってくれー」

 なにが大丈夫ですよ、だ。勝手に入り込んで来て。……べつに班員になることは構わない。ただ修学旅行でも対立しないかが心配だ。こういうときに限ってケイのスイッチがヘンに入ったりする。

「じゃあ、とりあえず机を班の形にして班で集まれー」

 机を横向きに移動させる。集まる場所的に移動しなくてもいいから、ありがたいことに自分の席に着ける。その横にそそくさとギルが座る。いつもこの位置に座ってくる。他の人に取られないようにか、誰よりも早く座りに来る。

 僕の右隣がギル。左に総務。目の前にケイ。斜め右に下条。斜め左に……えっと、ひい……誰かが座った。ケイを除いたこのメンバーで数回座ったが、そのひい……とは目すら合わせた憶えがない。憶えているわけがない。

「よーし、別れたな。今日は、自由行動時にどこへ行きたいかと、バスの座席を決めてほしいんだ」

 そう言いながらそれぞれの班に一枚の紙を配っている。ここも配られた。あまり大きくはない白紙。

「まず今配った紙の左上に班の数字を書いて、その下に行きたいところを書いてくれ」

 総務が紙にシャーペンを手に走らせている。ここの班長は総務だ。

「じゃ、班の人の意見も聞いて行きたいところを……あぁ、そうだ。書くのはちょっと待てー。ちょっと職員室に取りにいくから待ってくれ」

 なにか取り忘れたのか、教室から出ていった。窓に薄らと影が流れていく。

「自由時間すごい楽しみ! 行ける範囲どこなんだろ」

 教室が騒がしくなる中、ギルも横から話しかけてくる。

「それを今取りに行ったんじゃないか」

「行くところ京都と大阪だったよね。どこらへん行くんだろー。京都はさ、すごい和風って感じするし、清水寺とかあるのわかるけど、大阪ってなにあるの?」

「大阪と言えば」

「大阪と言えば天下の台所だろ! 料理がちょーうまいイメージある!」

 下条が横から入ってきて、言葉を奪われた。

「あ、そっか。確かに食べ物がおいしそうなイメージある! 建物とかだと……大阪城とか?」

 それくらいだろ、と思っていれば、またまた横から総務が入ってきた。

「食べ物だとたこ焼きとかお好み焼きとかあるよ。観光地とかだと大阪城もそうだし、太陽の塔もそうだよね。通天閣とか道頓堀とか。あとはお笑いとかも」

 ……詳しいな。

「詳しいね」

 ギルも同じことを思ったらしい。

「僕、他の都道府県とかにあるものを調べるの好きなんだ。だからちょっとだけ知ってるんだ」

 少しの量なのだろうか。

 そうこうしているうちに先生が帰ってきて再び紙を配っていく。今回は班員分の枚数を配られた。大阪と裏に京都の地図の一部が印刷されいるようだ。それぞれの面の上部に「京都」と「大阪」と書かれている。

 それぞれの地図にはところどころ、バツ印が書かれている。それは道であったりどこかの店であったり。

「今配った紙の京都っていうほう見てくれ。クラスの集合写真を撮ったあとは班で動いてもらう。そのときに行っていい場所だ。本殿に行くも良し。行っていい範囲でお土産とかお守りとかを買うも良し。そこは好きにすればいい」

 まあ、観光客の集まる場所の周辺だ。土産店くらい目を向ければすぐ視界は埋まるだろう。

「次に裏面めくって大阪だ。大阪は先にテーマパーク行って、日を跨いで道頓堀と大阪城なんだ。それで道頓堀周辺での自由行動時間がある。そのときに行きたいところを決めてくれ」

 道頓堀か。聞いたことがある。テレビでも何度か見たことがあって、画面には人がたくさんいた。つまりは人が集まる場所であり、スムーズに進めないということだ。……僕が苦手とする場所だ。

「じゃあ、改めて他の人の意見を聞いて行きたいところを決めて、初めに配った白紙の紙に綺麗な字で書いてくれ。店の名前までは書いてないから、『お土産』とか大雑把に書いてくれてもいい。スマホを使って照らし合わせてもいい」

 先生の話が終わることが話し合いを始める合図かのように、教室内が騒がしくなっていく。

 それは僕らの班も同じだった。

「まず、京都で行きたいところある人いる?」

「はいはいはい!」

「はい、下条くん」

「俺うまいもん食べれる店!」

 少々事があった夏祭りのときから、僕の下条のイメージは「食いしん坊」としかなかった。どうやらそれはイメージ通りらしい。

「おいしいものが食べられる店……っと。他の人は?」

「はい! 俺、思い出残せるようにお土産買いたい!」

 ギルらしい。そのうちペアキーホルダーとか言って、僕を含む班員に同じようなキーホルダーを買わせそうだ。実際中学校の修学旅行で買った憶えがある。

「思い出残せるようにか。素敵だね。……よし。他の人は?」

「総務自身は行きたいところないのか」

 他人に聞いてばかりなので、僕から聞いてやる。こういう奴は他人を優先する癖がある。

「僕は……うーん。そうだなー」

 ……特にないのかもしれない。ヘンに口を開かなければよかった。

「ないのならべつに無理に言う必要はない。悪かった」

「あ、そうじゃないんだ。何個か候補はあったけど、ありすぎてすぐに出なかっただけ。僕は清水寺はもちろんだけど、その傍にある音羽の滝とか奥の院とか、仁王門とか。あ、あと」

「わ、わかった。近くなら寄れるだろう。清水寺周辺の歴史的建造物とでも書いておけ」

 総務は少し嬉しそうな顔をして視線を紙に移した。

「そう言えば恋占いの石ってやつ知ってるぞ。石が二つあって、一つの石から目を瞑って二つ目の石まで行けたら恋の願いが叶うとか。一回で行けたら早く叶うし、何回かやったら遅く叶うとか」

 下条がそんなことを知っているとは思わなかった。恋なんてしない僕には興味がない。

「俺さ、それやってみたいんだよなぁ」

「え、真也くん恋してるの!」

 ギルが乗り出して聞く。

「いや……ま、まあ」

 少し顔を赤くしながらそう言う。よく言えたものだ。

「じゃあ修学旅行の寝る前、お話聞いちゃおっかなー。いわゆる恋バナ、なんてね。あははは」

「おうよ。いいぞ」

「いいのかよ」

 今まで静かに机に突っ伏していたケイが、いきなりガッと顔を上げて下条を向きながら言った。

「敬助起きてたのかよ」

 下条もツッコミ返す。僕も思いはした。寝ていなかったんだな。

「敬助はどっか行きたいところないのか?」

「俺は……蓮が行きたいところ」

 ……僕が行きたいところ? なぜ。

「それカップルとかが言うやつじゃねぇか!」

 下条が笑う。確かにカップルが言いそうなことだな。……付き合ってるなんて誰が言った。

「僕が行きたいところの理由はあるのか」

「……ない。けど、蓮には楽しんでもらいたいから」

 ……ケイは過去を思いださせたいのだろうか。知らないくせして。

「れーくんは知らないところに出れば、勝手に楽しむから大丈夫だよ。すごい昔に新しいところの公園行くってなったとき、見たことない景色とか言って周りキョロキョロしてたよね」

 ギルが確認をするかのように顔を覗き込んでくるが、

「記憶にない」

「そっかー。で、そのあと電柱にぶつかって……」

 急に声が小さくなりなり、続きを発さなくなった。電柱にぶつかったあとにでもなにかあったのだろう。ギルの顔が少し曇った。

「れーくんごめんー」

 急に横から抱きついてくる。急に謝られて、抱きつかれる身にもなってほしいものだ。謝られた理由すらわからないというのに。

「わけがわからない。離れろ」

 まあギルがそんな言葉で離れるわけがない。このまま話しは進む。

「……えーっと。じゃあ、新藤くんが行きたいところとかある?」

 一度この話題が上がったところで、総務が聞いてくる。ケイがあんなことを言わなければ僕が発言することはなかったというのに。

「僕は……さっきギルが言ったように未知の場所なら歩いているだけでも気分が晴れる。どこでもいい。……強いて言うなら和を感じれるような場所だろうか。おやつ程度の食べ歩きでいい、食にも触れたい」

「なるほど。食べ歩きもいいね。方針は僕と同じ……で」

「ああ。構わない」

「わかった。ありがとう」

 総務が前方へ視線を移す。

「柊くんはどこかあったりする?」

「べつに。キョーミないし」

 そっぽを向いて総務に目を合わせようともしない。それになにかずっと口を動かしている。

 ヒイラギと言うのか、こいつ。何度かこうして目にしているが、どうしてもこいつの態度は気に食わない。

 話しかけられているときもスマホを触って、聞く気がないようだ。ああいう系はあまり近づかないのが賢明な判断だと思う。が、こうして班員になっている。どうやら人手が余っている班、つまり僕らの班に入れられたらしい。

 髪で隠しているようだが、耳にピアスを着けている。先生にバレてはいるらしいが、懲りずに着け続けている。故意に着けていないギルにまで火の粉が飛んでこなければいいのだが。

「ところでさ、誰かティッシュ持ってない? ガム捨てたいんだけど」

 さっきから口を動かしていると思えば、ガムか。持っているは持っているが、なんとなく貸しを作りたくはない。

「ムシー? ほら、蓮くんとか持ってるんじゃない? ボクどっかで持ってるの見たことある気がするんだよねー」

 僕に矢が向くとは。面倒臭いな。

「……持っていたところであげるつもりはない。休憩時間にならまだしも、今は一応授業中だ。マナーを守れない奴にあげるつもりはない」

「てことは持ってんじゃん。ちょーだい。次からは噛まないようにするからさ」

 どうせその場限りの言葉だ。そんなことを言う奴はあまり好めない。

「無理だ。お前にやるようなものはない」

「あ、今お前って言ったー。暴言だー」

 鬱陶しい……。

「悪かったな」

「っは。そんなのでシャザイって言葉を使うならこの世はヘーワだね」

「…………」

 なぜ急に食い込んでくるんだ。今までこんなに食い込んでくることはなかったのに。かなり鬱陶しい。本当にこいつと修学旅行楽しめと言うのか。

「……おい、うるさい。くちゃくちゃ授業中にガム噛んで調子乗んなよ」

 ケイがむくっと体を起こして隣にいる柊にそんな言葉をかける。やはりケイは寝たフリをして起きているのかもしれない。

「……確か影島敬助って言ったよね。でも影島はさ、授業中に寝てるよね。たまに遅刻もしてるし、ボクのほうがまだマシじゃない? 影島くんのほうがチョーシ乗ってんじゃん。はは、おもしろ」

 ケイの顔が怒っているように見える。今すぐこいつを教室から追い出したい。……いや、このままケイを怒らせてみてもいいかもしれない。ケイが本気で怒ったところ見たことがないから少し気になる。

 だが、これくらいは言わなければ。

「ケイが授業中に寝てしまうのは少し理由があるんだ。大目に見てやってくれ」

「へー、理由ねー。どんなの? 授業中絶対寝ちゃうショーガイとか? ハハハッ」

 嘲笑しながら聞いてくる。本当に鬱陶しい。

「それは言えない。だが」

「蓮、もういいさ。らちが明かない」

 僕の言葉を止めたケイは席を立って先生になにか話し、教室から出ていった。トイレだろうか。いや、気分を晴らしにか?

「ケイくん逃げちゃったね、蓮くん置いて。カワイソー」

 呼び方が変わって、より柊への怒りのような感情が増す。こいつの目的はなんなんだ。人を嘲笑したいだけか? そんなことではないはずだ。なにか理由があるのだろう。

「……ケイが捨てることはない。きっと」

 小さくそう呟いていた。

 ケイが約束を守ってくれるのであれば。

「はは、なにそれ。承認欲求強い系?」

「……どうとでも呼べ。お前とは不釣り合いなのが今証明された。もうできれば声を交わしたくはない」

「……つまんな」

 柊はそう呟きを入れて呆れたように立ち上がる。そのまま声を出すことなく教室を去った。

「柊さん行っちゃったね」

 小声でギルが話しかけてくる。

「知るか」

「仲良く、だよ」

「努力はする……たぶん」

「あははは……」

 ギルが不審そうに笑ったあと、総務が声を上げた。

「あ、あのさ。大阪の道頓堀での自由時間の……」

「ああ。止めてしまっていたな。決めようか」

 柊と班を離れるのが今の願望だ。


 授業終わりのチャイムのあと、僕は担任の先生に職員室まで連れ出された。なにかしてしまっただろうかと思っていれば違うようだった。柊についてだ。

「柊はな、ああ見えて本当は優しい奴なんだ。けど、他人と接触するのが難しいらしい。でも新藤と話してたとき、あそこまで他人と話してるのはなかった。だからもしいけるなら、これからも柊と仲良くやってくれないか?」

「……僕がですか」

「そう、新藤がだ」

「……あいつ……柊と仲を深める義理は僕にはありません。それに、あの様子からだと自分から離れています。ずっとあの調子で会話を続けろなんて言うのなら残念ですが、僕には無理です」

「無理かー。新藤なら行けると思ったんだけどなー」

 柊はクラスメートから避けられているというのでなんとなく存在は知っていた。だが関わることなどめったになく、あいつの名前は知らないに等しかった。他者が名前を口に出していない点から見て、あいつに友人と言えるような人はこの学校にはいないと見られる。

「柊自身が離れているのですから、僕が無理に引っ付く必要はないです。それに柊がああいう道を選んでるんです。なので僕には」

「そこをなんとか!」

 先生が目の前で頭を下げた。先生から頭が下げられるとは思わなかった。とっさに上げるよう言った。

 そして期待の目を向けられながら、少し考える。

「……わ、わかりました」

「ほんとか!」

 ですが、と食い気味に言う。

「僕はよくとも僕の周りにいる、例えばケイ……けいす……影島が気に食わなければ、必然的に離れることになります。あの感じかなり嫌ってます、柊のこと」

「うーん。ならだ、話しかけられたときだけでいいから。それなら影島も口出しはできないはずだし、影島が新藤を離すようなことはしない……だろ?」

「……いや、わかりませんけど。……ですが、話しかけられたときのみ、僕も会話を成立させます。それでいいですか」

「ああ。頼んだぞ! 全てを新藤に託した!」

 やめてください。恥ずかしい。

 先生から解放されたあと、教室に戻ればケイも柊も戻っていた。

 ケイは、椅子を横に向かせて僕の椅子に座るギルに笑顔を見せてなにか話している。機嫌が戻っているようでよかった。……というかなんで僕の椅子に座っているんだ、ギル。

 柊はギルと違い、自分の席に座って購買で買ってきたものだろう。焼きそばパンを食べている。

 少し気になったのが、柊の前の席で騒いでいる男子生徒たちだ。さっきから後ろ手に柊の机を後ろに押している。故意ではないのだろうが、食べているんだ。腕にでも当たれば手から落ちてしまう。

 だが、僕には注意をして止めさせるほどの能力はない。柊の椅子の数個後ろを通って僕の席に向かった。

「ギル、そこをどけ」

「あはは、はーい」

 いつまでも立っているのは疲れる。早々にギルにどいてもらった。座面が温かい。

 ギルは僕が椅子に座るなり、その上に座ってきた。これはよくあることだ。もう慣れている。ただ、毎度のごとく手の置き場に困る。今回は机の上に。

「れーくん、なんで呼び出されたの?」

「……まあな」

「答えになってないじゃん」

「もしかして柊のことじゃないのか?」

 さすがケイだ。

「……ああ。ケイが気を悪くするかもと思って言うのを拒んだが、自分から言うとはな」

「……蓮に喧嘩売ってたから、俺も言い返しただけ。俺はなに言われてもいいさ。蓮が傷つかないのなら」

 かっこいいことを言うんだな。そんなことを思っていると、ギルを挟んだ、騒がしかった男子生徒たちが急に静かになった。

 ギルの顔を避けて覗いてみれば、僕が予感してしまったことになっていた。柊の手には焼きそばパンがなく、前の男子生徒はパンを飛ばしてしまったであろう形で静止している。

「柊……」

「…………」

「ちょ、お前らが押すせいだぞ。謝れよ」

「べつにいいじゃん。柊がそこにいるのが悪いんだから」

「それもそうじゃね? 俺らべつに悪くねぇし?」

 さすがに感じ悪い。いくら相手を庇うつもりがなくとも。

「ほらよ。落としたパン」

「…………」

「って、落としたパン食えるわけないだろって!」

 自然と口に力が入る。いつの間にか僕の手を握っているギルの手も少し震えているようだった。

 男子生徒は群がって教室を去っていく。

「……蓮、トイレ行こ」

「僕に気を遣う必要はない。ギル、降りてくれないか」

「……うん」

 ギルに降りてもらって、今はもう去って行った、さっきの男子生徒たちがいた場所に立った。目の前にはパンを強く握って、俯く柊がいる。

「少しいいか」

「…………」

「……話しがしたい」

「蓮」

 振り向けばケイとその後ろにギルが来ていた。

 ケイが僕の耳元で言う。

「連れ出しても同じだぞ。人間そんな簡単に変わらないんだからさ」

 柊に視線を戻して、小声で言う。

「同じだとしても、行動しなければなにも変わらない。それに、同じ人間になってどうする」

 ケイたちを置いて、柊の腕を引いて教室から連れ出した。誰もいない廊下まで連れ出す。

「なに……? ボクになんの用?」

 周りに人が見えなくなったあと、柊が僕から腕を振り払いながら言った。正直なところ、連れ出す理由はなかった。即興で思いついたことを言う。

「あ、もしかしてさっきのケイくん怒らせたの怒ってる?」

「……今日の昼食、一緒に食べないか」

「……は? な、なに言ってんの。頭狂った? ……ぼ……ボクに言われて頭壊れたんじゃないのー? 頭ダイジョウブー?」

 無理に「キャラ」を作っているように見える。途中から言葉を曲げるような言い方になった。

「なんであの時言い返さなかった。僕に言い返すことができたのなら、あんな奴ら、簡単だっただろ」

「……言い返すだけ無駄」

 柊は聞いたこともない暗い声で言って俯く。そしてパンをちぎって口に運ぼうとする。

「……食べるのか」

「食べ物無駄にするの? あいつらのために」

「…………」

 僕も柊の持つパンをちぎって口に運んだ。

「えっ、なにして……落ちたパン……だよ……?」

「僕も食べ物を無駄にはしたくないからな」

 ないものの苦しさを知っている。

 柊は僕を睨むような目つきになったあと、再び俯いた。そして頭を抱えて髪を強く握る。

「……ウザイ」

「…………」

「ウザイウザイ。ほんとにウザイ」

「…………」

「なんでそんなに性格良いの。なんでそんなにイケメンなの。なんで真面目で勉強もできるの。なんでそんなに完璧なの」

「……誰に対して言って」

「お前だよ!」

 突き飛ばされてとっさに受け身は取れた。だが、柊には逃げられた。

 置いていったパンを持って教室に戻った。僕はあいつほど体力があるわけではない。教室に戻ったほうが賢明だ。それにもうすぐ授業が始まる。あいつは一時間ほど帰ってこないだろうと、なぜか予想できた。

 ケイがなにか話したそうに傍に来たが、チャイムが鳴ったことでケイを席に座らせた。

 授業終わりに購買で焼きそばパンを買って、柊を捜しに出た。今回はケイたちも、というわけもなく今度も僕一人だ。ああいう状況に陥って、人間……というより僕が立ち寄りたいのは……。

 階段を上って一度息を整える。ここにいることを願って屋上への扉を開けた。

「…………」

 よかった。いるようだ。

 柊は僕の存在に気づいたようだが、薄らとしか反応は見せず、再び視線を前方に戻すだけだ。柊の考えていることは、今の表情からはなにもわからない。

「……なんの用」

 僕が柊に近づけば、逃げたときと同じ声でそんなことを言う。ただ僕は答えを出さず、焼きそばパンを差し出した。

「……なにこれ」

「あまり食べていなかっただろ。奢りだ」

「……嬉しく……ないよ」

 そう言いながらも受け取ってくれる。袋を開けて食べ始めた。

「……これ渡すためだけにぼくを捜しに来たの」

「……さあな」

「…………」

 柊に言いたいことは僕の中で明確にはされていなかった。だがなにか言葉をかけてやらないと柊の心が砕けるんじゃないかと、そう思って捜しだした。

 僕が過去に経験したことを重ね合わせて考えただけかもしれない。こういうときは、こうしてほしかったなどと、僕の考えだけで動いた。柊にとって救いなのかただのお節介なのか、それは僕に知ることはできない。

 人間の奥底は、その人間すらも知り得ないことなんだ。

「ずっとどこ見てんの」

「今日の空は綺麗な青色をしている」

「……くだんな」

 パンを一口食べる。

「ボク……他人と関わるの苦手なん、なんだー。だから」

「無理にキャラを演じる必要はない。ここにいるのは僕とお前だけだ。自分をさらけ出してみろ」

 柊の視線が下がる。

 パンを一口食べてから声を出した。

「……みんなぼくから離れてく。でもそれと違って蓮くんはなにもしてないのに周りが引っ付いてくるよね。……羨ましい」

「……友人はいないのか」

「……いないよ。裏切られるくらいなら作りたくもない」

 裏切られる……か。

「……入学したばっかのときはちょっとだけ自分を抑えてたのに、それでもぼくに近づく人はいなかった。だから二年になってから……どうせできないんなら、自分をさらけ出したほうが楽なのかなって思ってさ。でも自分をさらけ出せないし……他人への対抗心もあってさ……。だからあんな言い方を……しちゃって……」

 ピアス着けるのは自分をさらけ出すの前に規則だ。人間としてもマナーがなっていない。……なんてことは言わないが。

「柊はどうしたいんだ」

「……ぼくは……」

 一息置いて口から出したことは少し意外だった。だが、想定内の言葉でもあった。

「どうしたいのかわかんない」

 チャイムが鳴ったことで教室に戻ることを促したが、柊に腕を掴まれて阻止される。

「ちょっとサボろ」

「理由は」

「……理由なんてないよ」

 ……もしかしたら、こうやって話していたいのかもしれない。少しワガママを聞いてやろう。

「一時間ほどなら」

「……あざ」

 ……痣?


 柊がパンを食べ終わるまで会話はなかった。僕も柊になにか話す必要もないし、話題もない。ずっと黙って空を見ていた。

「影島ってなんでいつも寝てんの」

 口を開けたかと思うと、そこを突いてくるか。

「……それは僕の判断で他言することはできない」

「なにそれ。じゃあ本当に理由あんの」

「あるからこう言っているんだ」

「へー」

 本人の許可なしに他言はしない。知られたい過去と、知られたくない過去というものが人間には存在する。

「……柊は自分でどうしたいのかわからないのか」

「まあね。みんなが避けていくからそれでぼくも反抗的になってさ。だからぼくの存在自体が悪いのかなって」

「避けられる心当たりはないのか」

「……一個だけ……。去年にね、まだ仲良かった人に言ったんだ。さっき蓮くんに言ったこと……みたいな」

 さっき言ったこと? いつのことだ。

「ぼくにないことを妬んだこと。半分冗談染みて言ったんだ。でもそれを真に受けたらしくて……。それからぼくのヘンな噂立てられて、みんなから避けられるようになった」

「……どんなことを言ったんだ」

「嫌なことしたのを憶えてるわけないでしょ。やられたならまだしも」

 そうではあるだろうが。

「噂とはどんなものだ」

「……ぼくを……酷い言い草で周りに。……例えば、動物を……飼ってるペットを殺したことがある……とか」

 ……酷い。

「他の奴はそれを真に」

「うん。嘘だって言っても、みんなあいつのこと信じて。あいつ、みんなから慕われるような奴だったから」

 勝ち目がないというわけか。

「ぼく、本当に自分でもどうしたいのか、わかんないんだ。みんなを妬んで、自分を満足させれば仕返しがくる。ぼくが悪いのはわかるけど……ぼく自身、この感情を抑えられないというか……。抑えようって思ってる頃にはもう手遅れなんてことはしょっちゅう。抑える気がないみたい」

「…………」

 それ以来会話という会話がなかった。柊は僕に飽きてか、スマホをいじり出す。誘ったのは柊なのに、なんて奴だ。……そう思っておこう。

 頬に雫が落ちる。思わず空を見上げた。雲がある。今日干すときには曇る気配もない快晴だったから外に干したんだ……。せめて天気雨であってくれ。

 そんな小さな期待は簡単に裏切られ、雲が空を完全に覆い隠してはポツリポツリと、そして次第には本格的に雨が降ってきた。

 僕は空に顔を出すのをやめて素直に屋内に入ったが、なかなか柊が入ってくる様子がない。なにをしているのだかと扉から顔を覗いて見えるのは、壁にもたれて移動する素振りを見せない柊だ。なにをやっているのだか。

 カーディガンを雨よけとして頭上に持ってきて、柊の傍へ行く。そして雨よけを柊の頭上へ。

「なにやっているんだ。風邪ひくぞ」

「被せんなよ……。蓮くんこそ。僕に構う必要……ない……」

 柊の声はだんだんと小さくなる。勢いよく僕の顔を見るなり、屋内へと手を引かれる。そして扉をくぐったあとにはわけもわからず大きな声で、

「馬鹿じゃねぇの!」

「うるさい。先生にバレる」

「っ……」

 柊はあたりを見渡す。が、心配ないようで床へ座り込んだ。

「はぁー。なんでボクに構ったの。馬鹿なの?」

「……なんで馬鹿という言葉が出るんだ」

「……勉強できても馬鹿は馬鹿だ」

 馬鹿で悪かったな。

「蓮くんって他の人より風邪とかひきやすいんでしょ? 夏にインフルかかったとかも聞いたし。他人に構うなら、まず自分優先しなきゃでしょ」

「……優先する意味がわからない」

「あーいるいるそういう奴。言葉ではそう言ってるけど、実際は自分優先して真っ先に逃げるやつ。いるい……る」

 再び声が小さくなっていく。そしてなにかを考えるほどの時間が空いてから口が開かれた。

「いや……え……? 本当に自分のこと優先しないやつ……?」

「さっき優先する理由がわからないと言った。……なぜそう思ったのか聞いてやろう」

 聞いてほしそうな顔をしていたというわけではない。単純に僕が知りたい。

「この前の……理科室火事になったとき、影島呼びに戻ってたって聞いたけど……。マジなやつ……?」

「……そうだな。ケイに怒られた。死ぬ気かと」

 頬を叩かれてそう言われた気がした。実際は怒られていない。

「……マジで自分のこと一切優先しないやつじゃん……。ヤバ……」

 なるほど。これが引かれた、というやつか。

「……蓮くんたち会ったときは初対面じゃなくて仲悪そうだったのに、本当は仲良いやつ……?」

「……思いだしたくない過去に……いろいろあってな。僕も仲がいいのか悪いのかはわからない」

「思いだしたくない過去……か。それなんじゃない? 影島と仲悪く感じたの。影島といればその思いだしたくない過去を思いだしちゃうからって」

「……今思えば、そうかもしれないな」

 どこかで会いたいと感じていたかもしれないし、完全に忘れていたかもしれない。だが、いつか思いだして会いたい。そんな存在だった。当時のケイは。


 チャイムのあと、柊と教室に戻れば僕を見つけたギルが駆けつけてきた。

 ギルが次に発する言葉は、急にいなくなるんだから、心配した。

「急にいなくなるんだから、心配したんだよ? というかなんで濡れてるの?」

 ほら。

 ギルはポケットからハンカチを取り出して水気を取ってくれる。

「悪かった。少しサボりたくて一時間ほど。サボり場所を屋上にしていたら、雨が降ってきた」

「そうなんだ。でもれーくんがサボりたいなんて珍しいね。……もしかして柊さんと?」

 後ろにいた柊に目を移して、そう聞いてきた。だが柊は答えることなく僕の横を通って、自分の椅子に座った。

「……あははは……」

「…………」

 さっきまで普通に会話をしてたのが嘘みたいだ。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

「交差する言葉 1日目」に続きます。

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