インスタントのコーヒー店
カランカラン
「・・・。」
客と思しき女性がキョロキョロと店内を見回している。
「あれ?居ないのかな・・・。」
「ーーーー」
「こんにちは〜。」
「いらっしゃいませお客様。何名様ですか?」
「あ、私1人です。」
「どうぞ、こちらへ。」
「ありがとうございます。・・・ん?」
女性は誘われた席へ座りふとメニュー表を見るとそこにはインスタントコーヒーとだけ書かれていた。
「あの・・・メニューコレだけですか?」
「はい、当店では決まったメニューはそれしかございません。」
「は・・・はぁ・・・。じ・・・じゃぁ、インスタントコーヒー1つ。」
「ホットとアイスがございますが、いかがなさいましょう?」
「あ・・・アイスで。」
「かしこまりました。」
店主はスッと軽く会釈をすると、少し目を離した隙に何処かへと消えてしまった。
「あれ?・・・まぁいいか。」
彼女はスッとカバンからスマートフォンを取り出すと、画面のロックを解除し、そしてため息を吐いた。
「どうかなさいましたか?」
「ひ!!・・・あ、いや、何でもないです。」
「そうですか。なら良いのですが・・・アイスコーヒーです。」
「あ・・・どうも。」
「・・・。」
「しかし今日も残暑が厳しいですねぇ〜。」
「そうですね〜・・・。」
「・・・。」
「あの・・・。」
「はい、何でしょう?」
「ここ・・・だいぶ前からありました?」
「ええそうですね何年前から・・・かは企業秘密で言えないですけれど、どうしても知りたいというのであればご注文されると宜しいかも・・・しれませんね。」
「ご注文・・・ですか?」
カランカラン
「おおやっとるなぁ・・・店主!!いつもの頼む。腹が減って仕方がない。急いでくれんか!!」
「かしこまりました。いつもの・・・で、ございますね?」
「それ以外何がある。早く頼む。」
「では早々に。」
そう言うとスラリとした立ち振る舞いでエプロンを翻し、足音も立てずに奥へと消えていった。
「・・・どう言う事?インスタントコーヒーしか置いてないんじゃないの?まぁ・・・いいか。」
辺りは静まり返っていたが、さっき来た客は静かにも騒々しい立ち振る舞いを見せた。
「んぁぁ・・・、くそっ・・・。」
左足を小刻みに揺らし、手に顎を乗せ悪態をついている。
彼女は心の中で、この店に足を踏み入れた興味を罵倒した。
何分経過しただろう。永遠に思えるこの時間、コーヒーはなかなか減らないし、帰ろうにも店主は居ない。
閉じ込められたこの空間で、体を丸め話しかけられまいと気配を消した。
「おお早かったな。早く食わせろ。」
「食わせろ?」
「大変お待たせいたしました。インスタントコーヒーセットでございます。」
「おお、これだこれだ。何、今日のオムライスはソースが違うなぁ。」
「はい。旬の野菜と自家製トマトで作ったケチャップになります。塩分は控えめですが、その分旨味が凝縮されており、中のチキンライスとも相性抜群でございます。」
「くはぁ〜流石だなぁ。では早速頂こうではないか。」
「・・・ゴクリ。」
彼女は気が付けば生唾を何度も何度ものんでいた。
五感が研ぎ澄まされ、スプーンが食器を叩く音、口へ掻き込む音、その男の下品な咀嚼音でさえ耳を傾けなければならないと錯覚した。
カンカン・・・
「んー、んーーー。うまい。」
混乱と誘惑の狭間に閉じ込められた彼女はどうしていいかもわからずただただ横目でその様を視界の端で捉えようとした。
「お客様?・・・お客様?」
「・・・え?・・・あ、わたし?」
「はい。もし宜しければあのメニューと同じものを少しだけご用意出来ますがいかがなさいますでしょうか?もちろんサービスさせて頂きます。」
「え・・・いや、そんな。悪いですのでお構いなく。」
「・・・そうですか・・・。さて困ったな・・・。いや、わかりました。どうにかします。」
「ん?あ・・・その、食べた方がいいのなら食べます・・・よ?」
店主は最初見た時は済ました顔で掴めない男だと彼女は思っていた。
しかし食べますよと返事をした後の彼は目を輝かせ、少年のような笑顔が一瞬浮かんではまた戻った。
「そうですか。3日掛けて特別に作ったオムライスです。是非貴方にも食べて頂きたくて。」
「は・・・はあ、ありがとうございます。」
「ではすぐにお持ちいたしますね。」
「おい店主。美味かった。また来る。お代はここに置いとくぞ。」
「はい、またのご利用お待ちしております。」
そう言うと、オムライスの男は万札2枚をテーブルに置きその店を嵐のように去っていった。
女は背筋がビビッと凍り付いた。
「あのオムライスが2万円!?・・・え!?」
彼女はこの店がどんな店なのかを模索した。
ヤクザの店なのか、裏の店?そんなのあるのか?様々な憶測が彼女の中を駆け巡り、収束する間もなくまた店主の声が不気味に響いた。
「お待たせ致しました。」
「あ・・・ありがとございます。・・・あの・・・本当にお代は大丈夫なんですか?」
「はい結構でございます。お気持ちだけ頂けたら私は満足ですので。」
「そう・・・ですか。・・・はい、ありがとうございます。・・・あれ?さっきとちょっと違いませんか?」
「はい、先程のはあのお客様への提供でしたし、そのオムライスはお客様へのオムライスですので。」
彼女は危惧していた。卵白が苦手なのだ。半熟トロトロが好きな人が多い中、彼女はしっかり焼いた薄手の卵が好きなのだ。
そんな彼女の不安な心を目の前のオムライスは拭い去ったのだ。
サイズは当然ながら小さく量も少ないのだが、飾り付けられさっきのオーソドックスなオムライスとは似て非なるものだった。
「かわいい・・・。写真撮ってもいいですか?」
「撮っても良いですが、それはもう2度と作れませんので、SNSなどのへの投稿は控えてくださいね?」
「え?もったいない。こんな綺麗に出来てるのに。」
「・・・店舗名を公開しないのであれば・・・。」
「はぁ!はい、ありがとうございます。」
彼女は当然の権利だと言わんばかりで写真を撮り、早速黙々と笑顔で文字を書き、投稿した。
「それじゃぁ・・・。」
「あ。ちょっとお待ちください。美味しくなる・・・そうですね。おまじないをします。」
彼女はメイドカフェを思い出したが彼の顔は真顔そのものだ。黙って流れに身を任せる事にした。
店主はテーブルのオムライスの皿を手に取ると、ただ手をゆっくり動かしオムライスをラップで包むかのように撫でた。
「はい、お待たせ致しました。」
「あ・・・はあ。・・・ん?」
最初は大丈夫かこの人と思ったが・・・うん、気のせいだろうか・・・。最初来た時よりも器があったかい気がする。
そんな事が少し気になったが、多分気のせいだろうとして私は目の前の料理を食べる事に集中した。