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詩人にはなれない、もしくは何にもなりたくない  作者: 安路 海途
③ The Catcher in the School Festival
29/87

7(ふりだしに戻る)

 ――結局、その人を見つけるまでには二十分くらいの時間が必要だった。

 先輩から連絡があって、あたしは校舎の中庭に向かう。何でも、演劇部員の一人が見つけて、その場所で待ってもらうよう言づけたそうだ。世界を飛びまわる超多忙な有名人にもかかわらず、快く了承してくれたらしい――まあ、所詮は偽者なんだけど。

 あたしは急いで、その場所に向かった。地球が誕生してあっというまに四十六億年たったみたいに、人ごみの中に戻ってくる。相変わらず、世界は賑やかだった。

 校舎の中庭にはレンガの舗装路が敷かれ、花壇があったり、木が植えられていたりする。休憩用にテーブルやイスも用意されているので、生徒や一般のお客さんの姿も多い。

 花壇には園芸部が丹精したらしい花が、きれいに咲いていた。パンジーやシクラメン、コスモスといった定番の花から、名前のよくわからないものまで、自然な感じに植えられている。薔薇も咲いていて、もしや化学部の実験で粉々にされたのはこの子たちの仲間じゃなかろうか、とあたしは埒のないことを考えたりもしていた。

 先輩とその人がいたのは、校舎の渡り廊下があるところの近くだった。あたしは小走りになって、どこぞのハムスターみたいにそっちのほうへ向かう。

 近くまで来ると、その人の姿ははっきりした。

 遠目からでも目立っていたけど、それは実にアインシュタインだった。樹木が凍りついたみたいな白い頭。口元に、同じ色の髭もついている。それから、白衣を着ていた。でもその白衣は全然似あっていなくて、百奈先輩を見習って欲しいくらいだった。

 どうやら先輩も今着いたところらしく、話ははじまったばかりみたいである。肝心の折り紙も、まだもらっていないようだった。

「――ああ、確かに預かっておるぞよ」

 と、その人は言う。

 ……ぞよ?

「よかった。じゃあ、それを渡してもらえるかしら」

 先輩が言うと、その人はポケットから折り紙をとりだして、先輩に渡した。今回は、特に条件はつかないらしい。探すだけでも手間だったのだから、当然だったけど。

 というか、先輩につっこみは期待できなかったので、代わりにあたしが訊いておくことにする。

「アインシュタインは、〝ぞよ〟なんですか?」

 その人はうるさがりもせず、丁寧に答えてくれた。お祭りなのだ。

「アインシュタインは日本語をしゃべれなかったから、本当のところはわからないんだぞよ」

「でも、そこは〝じゃよ〟とかでよかったんじゃないですか?」

「オリジナリティが大切なんだぞよ。そしてオリジナリティに大切なのは、本人がそれでいいと思ってるかどうかなんだぞよ」

「はあ――」

「自分で自分を批判する必要はないんだぞよ。何故なら、他人がそれをやってくれるからだぞよ」

 何か、名言ぽい発言だった。

「宇宙についてもっとも理解不能なのは、それが理解可能であるということなんだぞよ。光速の壁が破られることはないし、神はサイコロを振らないんだぞよ。いいですかお嬢さん、人が撃たれたら血は流れるものなんです、だぞよ」

 最後は、何だか違うのが混じってるみたいだった。


 アインシュタインがどう批判するかはわからなかったけど、ともかくその人は去っていった。目的は達成したので、先輩やあたしにしても批判云々どころか、もう用はない。たぶん、二度と会うこともないだろうし。

 先輩とあたしのそばには、どこかのクラスが作った展示用のオブジェが置かれていた。クオリティやオリジナリティはともかく、とにかく大きいので目立っている。ちょっと邪魔なくらいに。

 首からかかった看板を見るかぎりでは白鳥ということになっているけど、アヒルと言われても十分信じられそうだった。どう考えても神様の宿りそうにない細部をしているし、長い首を作るのは技術的にも難しかったからだろう。

「まあ、どちらもカモの仲間ではあるわね」

 というのが、先輩の批評だった。少なくとも、その白鳥アヒルが先輩の言葉を気にしている様子はない。

 そのあいだ、例によって先輩が折り紙を開いていた。あたしがやると、あふれるパワーでびりびりにしてしまいそうだけど、先輩がやるとそんなことはない。やっぱり、修行が足りないんだろうか。

 ちなみに、今度の折り紙はペンギンだった。写実的とはいわないけど、十分ペンギンには見える。

「――開いたわよ」

 と、先輩は言った。隣に立ってのぞき込むと、そこにはこう書かれている。


〝acronym〟


 それだけだった。冠詞もピリオドも、親切な和訳もついていない。

「アクロニム、ですかね?」

 とりあえず読んでみるけど、だからどうだというわけでもないし、意味なんてわからない。そもそも、読みかたがあっているかどうかも不明だった。

「ちょっと調べてみましょうか」

 言って、先輩は携帯を操作する。周期表もこうやって調べればよかったのだけど、何事も文明の利器に頼ってばかりではいけない……のか。まあ、化学実験室まで歩くのとどっちが早かったかはわからない。

 単語を打ち込むと、さっそく回答が返ってきた。考えてみると、たいした世の中である。

「頭字語のことみたいね」

 いくつかある英単語なんかの、頭文字をつなげて読んだもののことだ。

 もう少し調べてみると、似たような言葉にinitialismがあった。acronymが単語として発音できる(NASAとか)のに対して、initialismはアルファベットのままで読む(WHOとか)のだそうだ。

「……だから、どうなんですか?」

 あたしは懲りもせずに、首を傾げた。

「つまり、今までにあった何かの頭文字をつなげて読め、ということね」

 携帯をしまいながら、先輩は言った。

 数秒に少し足りないくらいの時間経過のあとで、あたしは言う。

「――もしかして、折り紙ですか?」

 さすがのあたしにも、それくらいの閃き力はあった。何ワットくらいの豆電球がついたかはわからなかったけど。

「おそらく、そうでしょうね。わざわざ紙を折ってたのは、そのためだと考えるのが自然だわ」

「えっと、折られてたのは確か……」

 冷蔵庫の奥まで手をつっこむみたいに苦労しながら、あたしはその一つ一つを思い出していった。

「最初がテントウムシで、次がタコ、それからフクロウとペンギンでしたね」

「ええ」

「ということは――テタフペ? グーグル先生に聞いてみますか?」

「たぶん、無駄よ。そうじゃなくて、読みかたが違うんでしょうね」

「漢字とか、ローマ字ですか?」

 あたしは眉をひそめる。どっちにしろ、まともな単語なんて出来そうもない。

「〝頭字語〟をわざわざ英語で書いてきたところに、意味があるんでしょうね」

「つまり、全部英語に直せと?」

 言ってから、あたしは最初のテントウムシでつまってしまった。そんな単語、習ったことあったっけ。

「訳語が違うものもあるけど、大体こんなところかしら――ladybug、octopus、owl、penguin」

「ええっと、l・o・o・p――〝loop〟?」

 ループって、うん、ループじゃないかな。

「……なるほど」

 先輩は一人うなずいて、もうどこか別のところに向かおうとしていた。あたしはといえば、それこそ同じ思考を何度もループしているところだったのだけど。

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