5(海賊とマンボウ)
先輩とあたしは校舎に戻ってくると、再び二年生の教室があるほうに向かった。別にカジノに戻って、勝負の続きをするためじゃない。
それは、問題の答えに関係しているからだった。あのあるなしクイズの答えは、「魚」だったのである。○はすべて、魚偏のつく漢字なのだった。ちなみに、鯱はシャチだそうだ。
魚に関係したゲームのある場所、といえば一つしかなかった。先輩とあたしは、そこに向かっているのだ。
「――――」
にしても、あのポーカーの結果はどうだったんだろう、とあたしは思った。あたしとしては、気になるところだった。それとも、神話的にやばいものの詰まった箱みたいに、それは開けないほうが無難だったのだろうか。
あたしには、わからなかった。
けど今は気にしても仕方ないので、久慈村先輩救出作戦に集中することにする。昔の人も、鳥に石を投げるのはよくても、兎を追いかけるのはよくない、と言っているのだから。
先輩とあたしは、2‐Fの教室までやって来た。そこは縁日の遊びをテーマにした企画店をやっているところで、ここに「魚」に関係したゲームがあるのだった。
中に入ってみると、何だかお囃子っぽい雰囲気の飾りつけがされていた。提灯みたいな紙風船がたくさん吊るされているし、のぼりやお面が壁を賑やかしている。そういえば、入口には鳥居まで作られていた。凝っている。
縁日だから子供との相性がいいのか、わりと親子連れの姿が目立っている気がした。
「どうぞ、どれでも遊べるチケット四枚で百円になります」
と、受付にいた女子生徒が声をかけてくる。何だか、うちの文化祭の料金は百円が相場みたいだった。
百円を払って、先輩とあたしはそれぞれチケットを四枚もらう。教室に用意されている遊びは、ちょうど全部で四種類だった。一通りまわってみてもいいし、好きなのを一つだけ四回やってもいい、ということらしい。
四種類の遊びは、射的、輪投げ、ボーリング、それから――魚釣りだった。
魚に関係するゲームといえば、これしかない。先輩とあたしはほかのものには目もくれず、まっすぐそっちに向かった……機会があればもう一度来てみようかな、と思いながら。
魚釣りは昔懐かしいというか、磁石を使って魚に見立てたオブジェを釣りあげる、という仕掛けだった。ブルーシートが敷かれて、石ころやバケツや目覚まし時計や宝箱なんかが置かれている。どういうコンセプトなのだろう。
「やあやあ、ようこそ海賊の墓場へ」
そこの担当らしい男子生徒が、話しかけてきた。
「…………」
何というか、実に海賊だった。ドクロマークのついたキャプテンハットをかぶり、赤いロングコートを羽織り、それっぽいブーツを履き、眼帯までしている。さすがに、鉤爪のついた義手まではしていなかったけど。
「ここでは、釣りあげた魚に応じて点数がもらえるんだ。もちろん、難しいものほど点数は高い。見事高得点を稼いで、景品をゲットしてくれ」
ずいぶん、のりのりだった。海賊が好きなのかもしれない。
そんな眼帯くんに向かって、先輩は全盛期における大英帝国の女王的な威厳をもって訊いた。
「ここに、誰かが折り紙を預けていかなかったかしら?」
眼帯くんは一瞬、素に戻ったみたいな顔で先輩のことを見た。けど、すぐさまディズニーランド的な演技精神を発揮したようである。
「おっと、おたくらが件の人物ってわけだ。ああ、話は聞いてるぜ。折り紙も預かってる」
「なら、それを渡してもらえるかしら」
先輩が言うと、眼帯くんはなぜだか「ちっちっち」と言いながら指を振った。別にメトロノームのまねをしてるわけじゃないだろう。
「どうしても折り紙が欲しいっていうなら、ゲームをクリアしてもらわないとな」
「……そんな暇はないわ」
先輩は当然のことを言う。でも眼帯くんには通じないらしい。さすが海賊、汚い。
「いやいや、残念ながらおたくらに選択肢はないんだ。折り紙はすでに、そこにいる魚の一つに仕込んである。手に入れたかったら、がんばって釣りあげるしかないのさ」
正直なところ、ほかにいくらでも方法はあると思うのだけど。
先輩とあたしは、ちょっと顔をあわせた。でもわざわざ、目と目で通じあう必要なんてなかった。先輩はきれいな貝殻みたいなため息をついて、言う。
「わかったわ、どうやらやるしかないみたいね」
「うん、そうこなくっちゃな」
と、眼帯くんは無邪気に喜んだ。
「ついでだから、難易度は上げといたぜ」
どんだけ余計なことしてくれとんねん、とあたしは心の中で、思わず関西弁になってつっこんでいた。
――結果的に言えば、それは困難な挑戦だった。
二人で七枚分のチケットを消費して、先輩とあたしはとうとう問題の魚がどれなのかをつきとめた。一匹ずつ調べていって、最後に残ったのがそれだったのだ。何事も無駄にはならないのである。
ラスト一枚のチケットを使って、先輩とあたしはその魚――というか、マンボウを釣りあげにかかった。ちょっと大きめの缶詰にそれっぽい模様をペイントして、特徴的なひれをくっつけたものだ。
これが思いのほか難物で、簡単には釣りあがらなかった。缶詰自体には磁石がくっつくのだけど、そんなに強くはくっつかないし、バランスも悪い。おまけに、缶そのものも重くしてあるらしいのだ。本当に、余計なことをしてくれたものである。
先輩が何度目かの竿を振るったけど、マンボウはその場から動こうとしなかった。何だか、強情に地面にはりついているみたいなのだ。とぼけた顔のくせに、困ったマンボウもいたものである。
「……どうやら、あたしの出番みたいですね」
と、あたしは満を持して言った。
何しろ、それまではりんご飴を食べていたから、自慢の釣技を披露する機会がなかったのだ。結局、りんご飴は表面の飴ごとかじりついて食べてしまった。それでも、けっこう時間はかかったけど。
あたしは指をなめながら(ちょっと飴がついていたから)、おもむろにマイ竿をつかんだ。長めの菜箸にたこ糸をくっつけただけのものだったけど、竿を選んでいては弘法とはいえない。
目標のマンボウは、ブルーシートのちょうど真ん中あたりに坐しましていた。近くにはビールジョッキみたいなものが置かれている。もしかしたら、一杯気分でご機嫌なのかもしれない。
兎でも酔っ払い相手でも、全力を尽くすのが王の務めである。
「やっ!」
とあたしは竿を振るった。ちょっと外れたので、地面をこするように移動してマンボウのところへ向かう。別にルールには抵触していない。
少し苦労したすえ、何とかマンボウに釣り針(磁石)をくっつけることができた。引きは十分で、糸がぴんと張る。
「こういうのは、勢いが肝心なんです」
と、あたしは独りごちた。
「一本釣りこそが、釣りの奥技ですから」
足に力をいれ、呼吸を整え、竿を握りなおす。それからあたしは、「えいやっ!」と裂帛の気合いでもって竿を引きあげた。
――瞬間、
「ぎゃっ!」
と悲鳴が聞こえたのは、眼帯くんだった。あたしが思いっきり竿を引いた拍子に、マンボウから外れた磁石が顔面を直撃したのである。
「ちょ、痛ってーよ」
そう言って、眼帯くんは涙目でおでこを押さえた。
――もしかしたら、天罰かもしれない。あたしも気をつけないと。
その後も果敢な挑戦は続けられて、先輩とあたしは結局そのマンボウをゲットした。
最終的には、先輩が缶の開いた口のところに磁石をひっかけて、うまいことシートの外までひきずりだしたのである。
「そりゃ、反則だぜ」
と眼帯くんはぶつくさ言ってきたけど、無視しておくことにする。何しろ、ルールに悖るような行為は一つも行っていないのだ。
さっそく缶の中を調べると、いくつも入った重り用のナットの上に、折り紙が一つのっかっていた。取りだしてみると、どうやらフクロウみたいである。
先輩は前回同様、ゆっくりそれを開いていった。すると今度もやっぱり、そこには問題が書かれている。
〝CfとFmのあいだにある99を探せ〟
そしてやっぱり、意味不明だった。
「うん、これはあれですね。CfとFmがあれして、それに99が関係してるんですね」
と、あたしは意味不明な通りに意味不明なことを言ってみた。意味不明なんだから、意味不明なことを言うのは仕方がない、うん。
でも先輩は、コーヒー豆をごりごり挽くみたいに、しばらく考えてから言った。
「……ちょっと、化学実験室に行ってみようかしら」
「化学実験室?」
それとこの問題に、何の関係があるんだろう。
「あそこなら、あれがあるはずだから――」
先輩はもうそれを見ているみたいな顔をして、つぶやいていた。




