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詩人にはなれない、もしくは何にもなりたくない  作者: 安路 海途
③ The Catcher in the School Festival
27/87

5(海賊とマンボウ)

 先輩とあたしは校舎に戻ってくると、再び二年生の教室があるほうに向かった。別にカジノに戻って、勝負の続きをするためじゃない。

 それは、問題の答えに関係しているからだった。あのあるなしクイズの答えは、「魚」だったのである。○はすべて、魚偏のつく漢字なのだった。ちなみに、鯱はシャチだそうだ。

 魚に関係したゲームのある場所、といえば一つしかなかった。先輩とあたしは、そこに向かっているのだ。

「――――」

 にしても、あのポーカーの結果はどうだったんだろう、とあたしは思った。あたしとしては、気になるところだった。それとも、神話的にやばいものの詰まった箱みたいに、それは開けないほうが無難だったのだろうか。

 あたしには、わからなかった。

 けど今は気にしても仕方ないので、久慈村先輩救出作戦に集中することにする。昔の人も、鳥に石を投げるのはよくても、兎を追いかけるのはよくない、と言っているのだから。

 先輩とあたしは、2‐Fの教室までやって来た。そこは縁日の遊びをテーマにした企画店をやっているところで、ここに「魚」に関係したゲームがあるのだった。

 中に入ってみると、何だかお囃子っぽい雰囲気の飾りつけがされていた。提灯みたいな紙風船がたくさん吊るされているし、のぼりやお面が壁を賑やかしている。そういえば、入口には鳥居まで作られていた。凝っている。

 縁日だから子供との相性がいいのか、わりと親子連れの姿が目立っている気がした。

「どうぞ、どれでも遊べるチケット四枚で百円になります」

 と、受付にいた女子生徒が声をかけてくる。何だか、うちの文化祭の料金は百円が相場みたいだった。

 百円を払って、先輩とあたしはそれぞれチケットを四枚もらう。教室に用意されている遊びは、ちょうど全部で四種類だった。一通りまわってみてもいいし、好きなのを一つだけ四回やってもいい、ということらしい。

 四種類の遊びは、射的、輪投げ、ボーリング、それから――魚釣りだった。

 魚に関係するゲームといえば、これしかない。先輩とあたしはほかのものには目もくれず、まっすぐそっちに向かった……機会があればもう一度来てみようかな、と思いながら。

 魚釣りは昔懐かしいというか、磁石を使って魚に見立てたオブジェを釣りあげる、という仕掛けだった。ブルーシートが敷かれて、石ころやバケツや目覚まし時計や宝箱なんかが置かれている。どういうコンセプトなのだろう。

「やあやあ、ようこそ海賊の墓場へ」

 そこの担当らしい男子生徒が、話しかけてきた。

「…………」

 何というか、実に海賊だった。ドクロマークのついたキャプテンハットをかぶり、赤いロングコートを羽織り、それっぽいブーツを履き、眼帯までしている。さすがに、鉤爪のついた義手まではしていなかったけど。

「ここでは、釣りあげた魚に応じて点数がもらえるんだ。もちろん、難しいものほど点数は高い。見事高得点を稼いで、景品をゲットしてくれ」

 ずいぶん、のりのりだった。海賊が好きなのかもしれない。

 そんな眼帯くんに向かって、先輩は全盛期における大英帝国の女王的な威厳をもって訊いた。

「ここに、誰かが折り紙を預けていかなかったかしら?」

 眼帯くんは一瞬、素に戻ったみたいな顔で先輩のことを見た。けど、すぐさまディズニーランド的な演技精神を発揮したようである。

「おっと、おたくらが件の人物ってわけだ。ああ、話は聞いてるぜ。折り紙も預かってる」

「なら、それを渡してもらえるかしら」

 先輩が言うと、眼帯くんはなぜだか「()()()()()」と言いながら指を振った。別にメトロノームのまねをしてるわけじゃないだろう。

「どうしても折り紙が欲しいっていうなら、ゲームをクリアしてもらわないとな」

「……そんな暇はないわ」

 先輩は当然のことを言う。でも眼帯くんには通じないらしい。さすが海賊、汚い。

「いやいや、残念ながらおたくらに選択肢はないんだ。折り紙はすでに、そこにいる魚の一つに仕込んである。手に入れたかったら、がんばって釣りあげるしかないのさ」

 正直なところ、ほかにいくらでも方法はあると思うのだけど。

 先輩とあたしは、ちょっと顔をあわせた。でもわざわざ、目と目で通じあう必要なんてなかった。先輩はきれいな貝殻みたいなため息をついて、言う。

「わかったわ、どうやらやるしかないみたいね」

「うん、そうこなくっちゃな」

 と、眼帯くんは無邪気に喜んだ。

「ついでだから、難易度は上げといたぜ」

 どんだけ余計なことしてくれとんねん、とあたしは心の中で、思わず関西弁になってつっこんでいた。


 ――結果的に言えば、それは困難な挑戦だった。

 二人で七枚分のチケットを消費して、先輩とあたしはとうとう問題の魚がどれなのかをつきとめた。一匹ずつ調べていって、最後に残ったのがそれだったのだ。何事も無駄にはならないのである。

 ラスト一枚のチケットを使って、先輩とあたしはその魚――というか、マンボウを釣りあげにかかった。ちょっと大きめの缶詰にそれっぽい模様をペイントして、特徴的なひれをくっつけたものだ。

 これが思いのほか難物で、簡単には釣りあがらなかった。缶詰自体には磁石がくっつくのだけど、そんなに強くはくっつかないし、バランスも悪い。おまけに、缶そのものも重くしてあるらしいのだ。本当に、余計なことをしてくれたものである。

 先輩が何度目かの竿を振るったけど、マンボウはその場から動こうとしなかった。何だか、強情に地面にはりついているみたいなのだ。とぼけた顔のくせに、困ったマンボウもいたものである。

「……どうやら、あたしの出番みたいですね」

 と、あたしは満を持して言った。

 何しろ、それまではりんご飴を食べていたから、自慢の釣技を披露する機会がなかったのだ。結局、りんご飴は表面の飴ごとかじりついて食べてしまった。それでも、けっこう時間はかかったけど。

 あたしは指をなめながら(ちょっと飴がついていたから)、おもむろにマイ竿をつかんだ。長めの菜箸にたこ糸をくっつけただけのものだったけど、竿を選んでいては弘法とはいえない。

 目標のマンボウは、ブルーシートのちょうど真ん中あたりに坐しましていた。近くにはビールジョッキみたいなものが置かれている。もしかしたら、一杯気分でご機嫌なのかもしれない。

 兎でも酔っ払い相手でも、全力を尽くすのが王の務めである。

「やっ!」

 とあたしは竿を振るった。ちょっと外れたので、地面をこするように移動してマンボウのところへ向かう。別にルールには抵触していない。

 少し苦労したすえ、何とかマンボウに釣り針(磁石)をくっつけることができた。引きは十分で、糸がぴんと張る。

「こういうのは、勢いが肝心なんです」

 と、あたしは独りごちた。

「一本釣りこそが、釣りの奥技ですから」

 足に力をいれ、呼吸を整え、竿を握りなおす。それからあたしは、「えいやっ!」と裂帛の気合いでもって竿を引きあげた。

 ――瞬間、

「ぎゃっ!」

 と悲鳴が聞こえたのは、眼帯くんだった。あたしが思いっきり竿を引いた拍子に、マンボウから外れた磁石が顔面を直撃したのである。

「ちょ、痛ってーよ」

 そう言って、眼帯くんは涙目でおでこを押さえた。

 ――もしかしたら、天罰かもしれない。あたしも気をつけないと。


 その後も果敢な挑戦は続けられて、先輩とあたしは結局そのマンボウをゲットした。

 最終的には、先輩が缶の開いた口のところに磁石をひっかけて、うまいことシートの外までひきずりだしたのである。

「そりゃ、反則だぜ」

 と眼帯くんはぶつくさ言ってきたけど、無視しておくことにする。何しろ、ルールに悖るような行為は一つも行っていないのだ。

 さっそく缶の中を調べると、いくつも入った重り用のナットの上に、折り紙が一つのっかっていた。取りだしてみると、どうやらフクロウみたいである。

 先輩は前回同様、ゆっくりそれを開いていった。すると今度もやっぱり、そこには問題が書かれている。


〝CfとFmのあいだにある99を探せ〟


 そしてやっぱり、意味不明だった。

「うん、これはあれですね。CfとFmがあれして、それに99が関係してるんですね」

 と、あたしは意味不明な通りに意味不明なことを言ってみた。意味不明なんだから、意味不明なことを言うのは仕方がない、うん。

 でも先輩は、コーヒー豆をごりごり挽くみたいに、しばらく考えてから言った。

「……ちょっと、化学実験室に行ってみようかしら」

「化学実験室?」

 それとこの問題に、何の関係があるんだろう。

「あそこなら、()()があるはずだから――」

 先輩はもう()()を見ているみたいな顔をして、つぶやいていた。

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