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詩人にはなれない、もしくは何にもなりたくない  作者: 安路 海途
③ The Catcher in the School Festival
25/87

3(アフロと誘拐事件)

(筆者註:本文中の図、「|」「 ̄」「_」で表現されている部分は、文字間の隙間はないものとして、ルビの「濁点」は濁点があるものとして読んでください。また、PC版の表示でのみ図の形が正しく表示されます)



 正確には、行方不明じゃなくて、〝誘拐〟だった。ちょっと古風な言いかたをすると、拐かす、になる。

 先輩とあたしは視聴覚室(前にもお世話になった場所)に来て、その証拠を眺めていた。机の上に置かれた何の変哲もないコピー用紙には、〝久慈村望は預かった。〟と記されている。疑問の余地はないし、ほかに解釈のしようもない。この不確実な世界にあっては、珍しく。

 視聴覚室は(前にも言ったとおり)主に演劇部や英語部が使っていて、今は演劇部の面々が集まっているところだった。文化祭といえば、格好の舞台発表の場である。そのために演劇部では長いあいだ、稽古を重ねてきたのだ。

 久慈村先輩は、そんな演劇部の部員なのだった。

 午後からの発表に向けて、演劇部では最終リハーサルが行われているところだった。段取りの確認や衣装のチェック、機材の点検。三十八万キロ彼方の月に人間を送るほどじゃないにしろ、念入りなうえにも念入りに準備が進められる。

 そんな時に降ってわいたのが、今度の久慈村先輩誘拐事件なのだった。

 当然、演劇部では大騒ぎだった。久慈村先輩は準主役級の役所で、代わりはいない。高校生の演劇部に、そんな冗長性なんてあるわけがない。

 舞台を無事に終わらせる(始める)ためには、何としてでも久慈村先輩を見つけだす必要があった。

「――ああ、何ということだ」

 と、演劇部部長である阿賀野清志あがのきよしは言った。さすが演劇部というべきか、そのセリフはちょっと芝居がかっている。慨嘆した、と難しい言葉を使いたくなるくらいに。

 阿賀野部長は黒縁の角ばった眼鏡をかけた、中背中肉の男子生徒だった。がりがりでも、むきむきでもない。体つきには特徴がなかったけど、三枚目というか、わりと愛嬌のある顔つきをしている。人を化かそうとしてもうまくいかない狸、みたいな。

 ――そして彼の頭は、アフロだった。

「久慈村がいないなんて、僕たちはどうすればいいんだ。半年もかけて、この日のために準備してきたっていうのに。これじゃあ、完成したばかりの船が、進水式で沈没するようなものじゃないか」

 アフロがしゃべっていた。

 たぶん、クラスのイベントか何かで()()()でもかぶっているのだと思う。地毛である可能性は否定しきれなかったけど、それを確認する勇気や気概を、あたしは持ちあわせていない。

 そして正直なところ、どんな悲愴な顔で悲痛な言葉をしゃべられたって、そのアフロが九割くらいは吸収してしまっている気がした。アフロというのはことほどさように、アフロなのである。

「どうか、どうか、ぜひとも久慈村を見つけだしてほしい」

 と、アフロ――もとい、阿賀野部長は言った。

 もちろん、先輩に向かって。

 あの時先輩を呼びにきたのは、同じクラスの演劇部員だった。といってもそれは、先輩の探偵力を頼りにして、というわけじゃない。

 指名があったのだ。先輩を名指しで。例のコピー用紙の全文には、こう書かれていた。


〝久慈村望は預かった。

 返して欲しくば、四つの問題を解け。

 問題が解ければ私の居場所がわかるだろう。

     ――志坂律子へ〟


 文字は一つ一つ切り貼りされていて、誰が書いたかわからないようになっている。あたしも実物を見るのは初めてだったけど、これはいわゆる「挑戦状」というやつではなかろうか。

「……最後に久慈村さんを見かけたのは、どこですか?」

 と、先輩は質問した。ちなみに、ディーラー用のベストは脱いでしまっている。もちろん蝶ネクタイも。

「みんなが体育館に荷物を運んでいるときのことだ」

 と阿賀野部長は答えた。それによると、本番直前に搬入しなくてはならない荷物がいくつかあって、それをみんなで手わけして運んでいたのだという。場所はこの視聴覚室から、体育館まで。

「その時はいたはずなんだが、終わってまた部員全員でここに集まったときには、姿が見えなくなっていた」

「久慈村さんが一人きりになる機会はありましたか?」

「たぶん、あっただろうな。小さな荷物なら一人で運べるから、全員がいつもいっしょにいたわけじゃない」

「……これは念のために聞くんですが、この誘拐が自作自演という可能性は? あるいは、実は演劇部で仕掛けたことだとかは」

「そんなこと、あるはずがない」

 と、阿賀野部長は憤慨した。頭の上でぴょこぴょこ揺れるアフロも、同じく憤慨した。

「部員は全員、舞台の成功を願ってるんだ。それは、久慈村も同じだ。こんな時に、こんな状況で、こんないたずらなんてするはずがない」

 阿賀野部長は真剣だった。髪形がアフロじゃなければ、もっと真剣に見えたかもしれない。

「――そうですね、わたしもそう思います」

 先輩は言って、コピー用紙のある机のところに向かった。そこにはもう一つ、何故かテントウムシの折り紙が置かれている。

「犯人の目的はわからないけれど、ゲームに従うしかなさそうですね。……あるいは、子供の駄々につきあってあげるのが、大人の役目というものかもしれないし」

 先輩による後半の発言は、独り言みたいでほとんど聞きとることはできなかった。実際、阿賀野部長もほかの演劇部員も、気にはしなかったみたいである。

 今のところはあたしも、順調に倒れるドミノみたいに右にならっておくことにする。何しろ、それどころじゃないのだから。

「…………」

 先輩はテントウムシの折り紙を手にとると、ゆっくり丁寧に開いていった。ほかに何もない以上、それが誘拐犯の言う〝問題〟である可能性は高い。

 横からあたしがのぞき込んでみると、そこにはこんなことが書かれていた。


〝| ̄ ̄|=    ̄ ̄ =① |  ̄ =② |    = ③

 |__|   |__    |      |   

 ①②〇《濁点》のあるお店〟


 今度はさすがに、ワープロで印刷されているだけだった。チラシや新聞から文字を切り抜くのは、けっこうな手間なのだ。

 一応の礼儀という感じで、先輩はそれを阿賀野部長に見せた。部長以下、ほかの部員も何名か、それをのぞき込む。

「……僕にはさっぱりだな」

 というのが、阿賀野部長の意見だった。もちろん髪型をアフロにしたところで、脳みその容量が増えるわけじゃない。

「演劇部の人たちは、とりあえず久慈村さんがどこかにいないか探してみてください」

 と、先輩は指示した。

「学校といったって、隠れられる場所は限られていますから。もしも見つかったら、わたしに連絡をお願いします」

「わかった、そうしよう」

「わたしたちは、犯人の問題のほうを追ってみます。演劇部の公演まで、どのくらいの時間がありますか?」

 阿賀野部長は少し考えてから言った。

「昼の部の最初だから、開演は十三時だ。けどその前の準備があるから、遅くとも今から一時間以内には久慈村を見つけて欲しい」

 先輩がその一時間をどう判断したのかはわからなかった。短すぎるのか、それだけあれば十分なのか。たぶんそれは、犯人の問題が帯なのか襷なのか次第だった。

「わかりました。とにかく、やってみます」

 とだけ、先輩は答える。

「――頼む」

 阿賀野部長はそう言って、深々と頭を下げた。アフロの頭頂部が見えるくらいに。こうやって見ると何だかマイクの頭の部分みたいだな、とあたしはあらぬことを考えていた。

 それから演劇部員たちは全員いなくなって、先輩とあたしだけがその場に残された。あと、四つあるという問題の、最初の一問目も。

 問題の答えはまだわかっていなかったけど、その前にあたしは訊いてみた。

「――部長、アフロでしたね」

「ええ」

「――ちょっと、おかしかったですね」

「そうね、ちょっとおかしかったわ」

 でも先輩の口調は、全然おかしそうでもなければ、ふざけてもいなかった。

 どうやらあたしはまだまだ、修行が足りないみたいである。

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