7(動画)
個人情報に関することなので描写はしないけれど、あたしは自分の部屋にいた。
宿題だの食事だのお風呂やらはすませてしまって、宇佐見さんが撮影したという肝試しの動画を見ているところだ。携帯では何なので、パソコンを使っている。
先輩にもらったメモと首っぴきでいろいろやっていたら、ちゃんと再生することができた。現代文明、恐るべし。
宇佐見さんの言うとおり、その動画は五人がトンネルの前に集まったあたりから始まっていた。画面が大きくなっても画質がよくなるわけじゃなかったけど、このほうが見やすくなるのは確かだ。
時間は全部で一時間くらいあって、五人が一縷の望みを託すみたいにして動画を確認するところで、撮影は終わっていた。あたり前だけど、録画と再生を同時にこなすことなんてできないのだ。でないと、それこそ怪談話になってしまう。
けっこう長いので、あたしは短く飛ばしながら要所要所を確認してみた。それぞれがトンネルを出発したときと、帰ってきたとき。および、その前後なんかを。
大体のところはそれまでに聞いた話と同じで、特に気がつくようなことはなかった。少なくとも、映画原作とノベライズ作品が同じ程度には。案外、百聞も一見もたいした違いはないのかもしれない。
宇佐見さんの番では、当然だけどトンネルの内部が撮られていた。念のために詳しく調べてみたけど、レールと石ころと古い空き缶なんかが映っているだけで、携帯らしきものは影も形もない。幸いなことに、幽霊らしきものも影も形もない――幽霊に影や形があれば、なのだけど。
今のところ、携帯の行方を知るためのヒントになりそうな場面はなかった。もっと綿密に画像解析をすれば、わかることはあるのかもしれないけど、そんなスキルも根気もない。
動画の持ち腐れではあったけど、あたしは肝心の携帯をなくした場面をチェックしてみることにした。決定的な証拠があるとすれば、やっぱりここだろうから。
画面の中ではちょうど、ともかちゃんが落し物に気づいたところだった。あたり前だけど、ともかちゃんは半狂乱気味だった。巨大隕石が地球に迫っているほどじゃないにせよ、橋の上を歩いていたら列車がやって来た、くらいには。
混乱した現場では、まとまらない話し声や、みんなが持っていたライトの光があちこちを飛びかった。暗闇の中で、それぞれの姿が急に現れたり消えたりする。音のない雷鳴にでも襲われたみたいに。
やがて、コージ君が電話をかける。静まり返ったその場所で、でも聞こえるのはコール音だけだった。ほかには何も聞こえたりしない。
五人はトンネルに向かって、同じようにあちこちを探しはじめた。光が暗闇に穴をあけて、暗闇はすぐにそれを埋めてしまう。あたしも注意してみたけど、携帯らしきものはどこにも見あたらない。
今度はトラ君が電話をかける。一応、つながったみたいだけど、さっきと同じでコール音のほかには何も聞こえなかった。底なしの井戸に小石を放り込んだら、こんな感じかもしれない。
その後もかなりの時間、五人はそうやって携帯を探し続けたけど、携帯も、携帯があった痕跡も、何も見つけることはできなかった。もしかしたら、誰かが間違って、底なしの井戸にでも放り込んでしまったのかもしれない。
最後に五人が動画を確認するところで、撮影は終了。画面は停止したまま、それ以上は何も教えてはくれなかった。
「――――」
あたしはまあまあの深さと長さの、ため息をついた。確かに宇佐見さんの言うとおりで、そこには何も映っているようには思えなかった。先輩が探しているような決定的な証拠は、何も。
現場で音が聞こえなかった以上、携帯はその場になかった、と考えるのが自然だった。ポケットに入れたくらいで聞こえなくなるものじゃないし、夜中でもみんな薄着だから、それはますます難しい。密閉性の高い容器――なんて誰も持っていないし、そもそもそんなもの持ってくるはずがなかった。ともかちゃんが携帯を落としたのは、あくまで偶然なのだ。
ともかちゃんの証言が正しければ、携帯をミュート状態にするのも不可能だった。技術的なことはよくわからないけれど、ロック画面中にその操作はできないようになっているらしいのだ。犯人は通常の方法では、携帯の電話が鳴らないようにすることはできなかった。
じゃあ、携帯はどこかの気まぐれなおむすびみたいに、自分から深い穴にでも落ちてしまったのかというと、そうじゃない。ともかちゃんが帰宅した時点では、携帯の電源は切られていたからだ。電池切れの線は考えにくいから、これは誰かが電源を切ったと考えるべきだった。
あたしはそこまで状況を整理して、ため息をついた。よくわからない哲学的命題でも前にしたみたいに。AはBであり、AはBではない。故にAが存在することは不可能である。
そもそも、犯人は盗んだ携帯をどうするつもりだったのだろう。ロックがかかっている以上、中身を見ることも、操作することもできない。そんなものは文鎮くらいにしか用のない、ただの金属の塊だった。
「――犯人はやっぱり、幽霊なのかもしれない」
と、あたしは誰にともなくつぶやいてみた。憐れ、携帯の運命やいかに。
翌日の放課後、あたしはいつものごとく部室に向かった。古い時代の暴君みたいに、夏はまだまだ我がもの顔で、やっぱり暑い。早く革命が起きないものか。
部屋のドアを開けると、先輩はまだ来ていなかった。いつもは大抵そこにいるので、何だか部屋がからっぽになってしまった感じである。
あたしはカバンを置いて、机のところに座った。携帯を取りだして、例の動画をもう一度見直す。本当は今日も部活動の日なのだけど、それどころじゃない。
ところ変われば品が変わって、品が変われば脳みそも変わるかと思ったけど、新しい発見みたいなものはなかった。新しい発見はない、という発見をしただけである。
あたしがため息をついて、ない知恵をしぼるという拷問に勤しんでいると、ドアが開いて先輩が姿を見せていた。先輩の様子はいつもと同じで、拷問の跡も見られなかった。
「先輩は、動画見ましたか?」
挨拶もそこそこに、あたしはさっそく訊いてみた。
「ええ、見たわ」
「やっぱり、変わったことはなかったですよね。変なものが映ってる、なんてこともなかったですし」
「いいえ、映ってたわよ」
何とかといっしょで急には停まれないまま、あたしは訊いていた。
「……幽霊が、ですか?」
猫が猫じゃらしに飛びつくみたいに、人は間違いだとわかっていても、それをしてしまう習性を持っているものだった。
「それはそれで興味深いけど、映っていたのは決定的な証拠のほうね」
先輩は猫と遊ぶつもりはないみたいで、あっさりと訂正してしまう。
「――本当に映ってましたか?」
あたしは何故か、意地悪な継母みたいにして訊いた。
「ええ」
「それはやっぱり、なくした携帯を探しているところに?」
「いいえ、そこじゃないわね」
と先輩は、いつも暖炉のそばにいる継子みたいに丁寧に答えた。
「そもそも、携帯をなくしたのはそのずっと前のことよ。四人のうちの誰かがそれを拾ったのも――」
先輩はちょっと、聞き捨てのならない発言をした。
「じゃあ、犯人はやっぱりあの四人の中にいるってことですか?」
「証拠のすべてを勘案するかぎりでは、そうとしか言えないわね」
「一体、誰なんですか?」
あたしが訊くと、でも先輩はそれには答えなかった。ハレー彗星がいつも地球なんて無視して、すぐそばを通りすぎてしまうみたいに。
「それより、問題は動機のほうね」
と、先輩は言った。
「……はあ」
「だから、これからいっしょに来てもらえるかしら」
「……はい?」
あたしの疑問と戸惑いはやっぱり無視して、先輩は言った。
「――犯人と、会うために」




