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詩人にはなれない、もしくは何にもなりたくない  作者: 安路 海途
② 失われたスマートフォンを求めて
18/87

6(容疑者その四・宇佐見奏子)

 トラ君への尋問(× 質問○)も終わって、四人のうち残るところはあと一人だけだった。ずいぶんと長い一日ではある。

 ともかちゃんにあらためて訊くと、最後の一人は美術部ということだった。ちょうど活動日らしいので、そっちのほうに向かう。三階のはしっこにある、美術室へ。

 午後も遅い時間になってきたけど、夏はまだまだ夏だった。蝉は鳴いているし、太陽は元気だし、空気は誰かがフライパンで熱したみたいに暑い。時々、制服をぱたぱたやるくらいには。

 美術室の近くは、当然だけど静かだった。物音はどれも、ガラスケースに入れられてるみたいに遠くから聞こえる。

 ドアは開けっぱなしにしてあったので、まずは中をのぞいてみた。そんなに大勢ではないにしろ、美術部員たちがそれぞれ作業をしていた。席を外しているのか、最初からいないのか、先生の姿はない。

 後ろの棚には八百屋さんのキュウリみたいに定番の、ギリシャ・ローマっぽい石膏像が並んでいた。同じ壁には生徒の描いた自画像がかけられている。大体はまじめな顔をしているけど、中には何故かアインシュタインの舌出しルックをまねしたものもあった。ユーモアがあるのか、度胸があるのか。

 教室を一通り見渡してみると、すぐに目あての人物は見つかった。真ん中あたりの席で、何かデッサン中みたいだ。いや、スケッチなのかな?

「失礼します」

 と一応、一声かけてから中に入る。そのあとの部員たちの反応は、いろいろだった。猫の群れのそばでも通るみたいに、顔だけ向けたり、全然そっぽを向いたままだったり。美術部だけあって、わりと自由なのかもしれない。

 何かの下絵を描く人、彫刻刀で木を削る人、粘土をこねる人、みんなそれぞれだった。粘土をこねている人は、泳ぐ魚を作っている。魚博士じゃないので、何の魚かまではわからなかったけど。

 目あての人物はというと、机の上に置いたリンゴを描いているところだった。スケッチブックを持って、鉛筆をすばやく走らせている。一心不乱に、という言葉を絵にしたみたいでもある。

 机の脇には鉛筆が何本か置かれていて、どれもちょっとした凶器みたいに芯の部分が削りだされていた。ほかには、消しゴム、黒っぽい粘土状のもの、ティッシュの箱が置かれている。何のためなのかよくわからないものもあるけど、もちろん全部絵を描くために必要なものなのだろう。

 集中しているところを邪魔するのは気がひけたけど、急いで迂回している暇はないので、このまま声をかけるしかない。

「失礼だけど、あなたが宇佐見奏子うさみかなこさん?」

 と、先輩は音量小さめで口にした。

 その人は自動販売機にお金を入れて、ボタンを押して、缶が落ちてきた、くらいの段階を踏んでから、こっちのほうに顔を向けた。

 長くて、ちょっとぼってりした感じの髪をしていた。茶色いフレームの、どっちかというと地味な眼鏡をかけている。顔立ちに目立ったところはなくて、街で会っても素通りしてしまいそうな気がした。わりと勝手で一方的な印象としては、ゆっくりまっすぐ進んでいく亀みたいに、マイペースそうなところがある。

 宇佐見さんは、先輩とあたしのことをじっと見つめた。その視線は美術部員らしく、まず観察、という感じがしないでもない。

「――もしかして、あなたたちが美沢さんの言ってた人ですか?」

 まずは輪郭線を描くみたいにして、宇佐見さんは言った。

「ええ、そうよ」

 先輩はちょっとスケッチブックを確認してから言った。

「今、構わないかしら? デッサンの途中みたいだけど」

 宇佐見さんは持っていた鉛筆をぴょこぴょこさせ、スケッチブックと、それからリンゴのほうに視線を移動させた。何かを考えるときの、癖なのかもしれない。

「別にいいですよ。少し休憩したほうがいいかもしれないですし」

 そう言うと、宇佐見さんは鉛筆とスケッチブックを机の上に置いた。古くから続く伝統みたいな、どことなくこだわりのありそうな置きかただった。

 とりあえず、あたしたちは美術準備室に移ることにした。いくら自由だからといったって、人間には良心と節度というものがある。

 準備室には誰もいなくて、何だか埃っぽい感じの、誰もいないにおいがした。真ん中には大きめの机が置かれ、隅っこのほうには僻地に追いやられた敗軍の将みたいな格好で、イーゼルや額縁、その他細々したものが押し込められている。

 特に誰が言いだすでもなく、あたしたちは机の角付近に三人で座った。近くにはまだ未完成らしい絵が置かれていて、そこには四人の人物が夜の食堂だかバーにいる場面が描かれている。何だか世界の終わりを静かに過ごしているみたいな、不穏な感じがしないでもない絵だった。

「それ、私が描いたんです」

 あたしの視線に気づいたのか、宇佐見さんが言う。

「有名な絵を模写したものです。サイズはずいぶん違いますけど」

「ふむ」

 と、あたしはしばらくその絵を鑑賞してみた。絵心なんて薬にしたくもないような人間ではあるけど、その絵がとてもうまいことくらいはわかる。球種はわからなくても、ピッチャーの球が速いか遅いかくらいはわかるのと同じで。

「――これまで、美沢さんも含めて四人の話を聞いてきたわ」

 と、先輩はまず話しはじめた。

「だからあなたが最後の、五人目というわけね」

 宇佐見さんは給食を食べるのが遅くて最後まで残ったくらいの、少し困った表情を浮かべる。

「責任重大ですね、残りものには福がありますから」

 ――ちょっと、何を言っているのかはわからなかった。

 それから先輩は、あらためて質問をはじめる。

「肝試しについては、美沢さんから連絡があったのよね?」

「はい、けっこう急でしたけど、面白そうだったから参加しました」

 好奇心は猫を殺す、ということわざを、あたしは脈絡なく思い出していた。

 そこからの基本的な経過は、ほかの四人といっしょだった。四人のうちの誰かが、密かにアリバイ工作をしていたり、トリックの仕掛けを準備していたり、といったことはなさそうである。

「室くんと乙森くんは、トンネルで人影を見たと言ったそうだけど――」

 先輩はそのことについて質問した。

「あなたはどう思ったかしら、平気だった?」

「どうですかね……」

 宇佐見さんのその様子を見るかぎりでは、平気そうだった。

「幽霊なら見てみたかったし、怪しい人がいたら逃げればいいだけですし」

 その発言を聞くと、勇気と無謀が紙一重なわけが何となくわかる気がした。

「でも、実際には何も見なかった?」

「はい――」

 うなずいてから、宇佐見さんは正確な記憶を呼びだすためか、少し考えた。図書館の司書さんが、頼まれた本を書庫の奥まで探しに行くみたいに。

「トンネルの中に、特に変わった様子はなかったですね。ごみがいくらか落ちてましたけど、いつのものかはわかりませんでした。人がいる気配も、幽霊がいる気配もありません。ライトで隅々まで照らしてみましたけど、何も見つかりませんでした」

「……美沢さんの携帯も?」

「はい」

 もちろん、あるわけがない。宇佐見さんが犯人なら、別だけど。

「それからあなたは、みんなのところに戻った?」

 と先輩は訊いた。宇佐見さんはうなずいて続ける。

「最後だったので、火のついたロウソクも回収していきました。何度かトンネルを振り返ってみましたけど、やばそうな鬼がいっぱい追いかけてくるとかはなかったです」

 どうやらそのトンネルは、黄泉比良坂的なところじゃなかったみたいだ。

 そこからの話は、やっぱりほかの四人とたいした違いはなかった。電話はかかっても、音は聞こえない。あちこち探したけど、どこにも見つからない。

「何か、気づいたことや心あたりはないかしら?」

 先輩が訊くと、宇佐見さんは首を振った。主人の言いつけを守れなかった執事みたいに、申し訳なさそうに。

「そう――」

「あ、でも」

 急に何か思いついたらしくて、宇佐見さんは手を叩いた。

「動画ならありますよ」

「……動画?」

 美術部だけあって、宇佐見さんにはいろんなものの写真を撮る癖があるそうだ。それで肝試しの日も、せっかくだからと動画を撮影していたらしい。

「それ、見せてもらってもいいかしら?」

 と先輩が言うと、宇佐見さんは快く了承してくれた。

 宇佐見さんがカバンから持ってきた携帯は、実に美術的というか、あたしも知ってる絵がプリントされたものだった。画面いっぱいの金箔が印象的で、崖のそばで男女がよりそっている。宇佐見さん本人とは対照的なくらい、豪華な絵だった。作者の名前は忘れてしまったけれど。

「ええっと、これですね」

 宇佐見さんは携帯を操作して、その動画を再生した。先輩とあたしは、とりあえず確認する。

 その動画は、五人がトンネルの前に集まったあたりからはじまっていた。わりと性能のいいカメラなのか、思ったよりきれいに映っていた。とはいえ、夜中の山奥のことである。光が照らした範囲が辛うじて映っている感じだし、画質は()()()をかけたみたいにざらざらしている。

「これは、みんなも確認したのかしら?」

 と、先輩は訊ねた。

「はい、その場でと、帰ってからも。でも特に気づいたことはなかったですね。美沢さんが携帯を持ってたかどうかも、実はわからなくて」

 先輩は少し、考えるふうだった。()()()()()をたどっていくみたいに。それから、先輩は言った。

「この動画、もらってもいいかしら?」

「もちろんですけど……本当に何も映っていませんよ? 何度も確認しましたし。少なくとも、美沢さんの携帯らしきものは」

「かもしれないわね――」

 先輩は、そのことには期待していないみたいだった。

「でも、ほかのものなら映っているかもしれないわ」

「……?」

 宇佐見さんは首を傾げたけど、もちろん反対するようなことじゃない。花瓶を使って絵を描こうと、殺人事件を起こそうと、それはその人の自由だった――いや、自由じゃないか。

 ちょっと大きめの動画だったので、送信方法についていくつか問題があった。でもちょっとした試行錯誤の結果、一応は解決する。世の中が便利になっているのか、不便になっているのか、よくわからなくなるところではあった。

 動画の収穫が大きいか小さいかは、きちんとチェックするまでは不明だった。畑の野菜といっしょで、未来のことなんて誰にもわかりはしない。

 これでもう用事は済んだはずだったけど、先輩は最後にこんなことを訊いた。

「……宇佐見さんも含めて四人の中で、美沢さんのことを恨んでる人というのはいるかしら?」

 ともかちゃんの携帯を盗んだ人がいるとすれば、それはかなり直接的で重要な動機だった。もしもそんな人がいるなら、その人が犯人である可能性はぐっと高くなる。宝くじなんて目じゃないくらいに。

 もっとも、本人も含めてそれを訊くのはどうかと思うけど。

「そうですね――」

 宇佐見さんはけれど、そんなことはあまり気にしていないみたいだった。風でも雪でも折れない、柳の木みたいに。

「誰かが特別、美沢さんのことを恨んでたとは思えません。美沢さんはそんな人じゃないし。……でも、本当のところはわからないですよね? どんな人にだって、秘密はありますから」

 自分のことも含めるみたいにして、宇佐見さんは言った。


 先輩とあたしは、部室まで戻ってきた。

 部室は特に変わりもなく、特に疲れた様子もなかった。それはそうだ。部室は聞き込みなんてしていないし、今回のことで悩んだりもしていない。せいぜい、澄ました顔で扇風機をまわすくらいだ。

 窓の外はまだ、頑なに遊び続ける子供みたいに明るかった。ついでに暑さのほうも、まだがんばっている。

 あたしはそこまでがんばれないので、窓際のソファに座って休憩中だった。頭を働かせるには、体を休める必要だってあるのだ。その逆が真かはわからなかったけど。

「…………」

 結局、今日一日で四人全員の話を聞いたわけだけど、とりあえず犯人はわかっていなかった。そもそも、本当にこの四人の中に犯人がいるのかも。

 先輩のほうを見ると、テーブルのところで何やら作業中だった。どうやら、今までに取ってきたメモを整理しているみたいだ。意外とタフなところが、先輩にはある。

 対するあたしはといえば、そんな元気なんてどこにもなかった。元気どころか、そもそもメモさえ取っていない。名探偵への道は、詩人と同じくらい険しそうだった。

「やっぱり、あの四人のうちの誰かが犯人なんでしょうか?」

 と、あたしは訊いてみた。訊いてから、その質問が最初の時からまるで変わっていないことに気づく。太っちょのあのバスケ部顧問の先生が聞いたら、何と言うことか。

「可能性だけなら、高まったと言えるかもしれないわね」

 先輩は、メモとノートを確認しながら答えた。名探偵と爆発物処理班には、これくらいの慎重さが求められるのかもしれない。

「……もっとも、完全な証拠となると難しいかもしれないけれど。盗まれた携帯そのものは、とっくに安全な場所に隠されているでしょうし」

「だったら、動機から犯人を特定できませんか?」

 あたしはコペルニクス的転回を狙ってみた。

 でも先輩は、あっさりと天体の動きを停めてしまう。

「今までに聞いた話で、誰に美沢さんの携帯を盗む動機があったかしら?」

「……誰かには、あったんじゃないですか」

 どうやら、あたしの往生際は相当に悪いらしい。

 ところが先輩は、何故だか一瞬黙り込んでしまった。信号機の色が変わる瞬間に、少しだけ間があくみたいに。

「先輩?」

 と、あたしは猫の尾を踏むくらいには、恐るおそる声をかけてみた。

「――そう、問題なのはむしろ、動機なのかもしれない」

 先輩は恐竜が蚊に刺されたくらいにも気にした様子はなく、独り言みたいに言う。

「犯人は何故、何のために美沢さんの携帯が必要だったのか。恨みや仕返しだったとは思えない。それより、もっと別の――」

「もっと別の……何ですか?」

 あたしが訊くと、先輩は読んでいた本をぱたっと閉じるみたいにして言った。

「さあ、見当もつかないわね。もちろん、想像してみようと思えば、いくらだって想像はできる。たまたま美沢さんの携帯に何か重要な情報が入っていた、何かの拍子に美沢さんの携帯にまずい証拠が残ってしまった、第三者に何らかの理由で頼まれた、あるいは思わぬ恨みを買っていた。何だっていいなら、犯人は宇宙人に操られていて自分のしたことがわかっていない、とか――何でも仮定していいっていうのは、何も言っていないのと同じことになってしまう」

「そうですね、オッカムさんも余計な説明は加えるなって忠告してますし」

「ちなみに、正確にはオッカムは名前じゃなくて、出身地のことよ」

「え?」

 初耳だった。

「ともかく、今のところ動機を解明するのは難しいでしょうね。だから問題は、犯人がどうやってあの状況で携帯を隠せたのか、その方法ということになるわ」

 例の、電話はかかったけど音は鳴らなかった。でも誰かによって電源は切られた、というやつだった。

「着信音がすごく小さくて、聞こえなかった、とかはありませんか?」

 下手な鉄砲を数撃つつもりで、あたしは言ってみた。

「美沢さんによれば、十分な音量はあったそうよ。静かな山奥の、しかもあの状況で、音が聞きとれなかったというのは考えにくいでしょうね」

「じゃあ、犯人は土の中とか、音の漏れにくい場所にこっそり隠したとか」

「五人ともずっといっしょだったことはお互いが証言をしている。離れたのは唯一トンネルの中だけど、石ころだらけだったみたいだし、音のしないように隠すのは難しかったんじゃないかしら」

「やっぱり、携帯を拾ったときに設定を変えたんじゃ」

「携帯にはロックがかかっていたことは、美沢さんが証言している。そしてロック中はボタン操作による音量調節はできない。解除コードについては、誰も知らないはずだそうよ」

「……犯人は携帯を飲み込んだんじゃ?」

「蛇ならできるかもしれないけれど」

 先輩は、習慣的に眼鏡をかけようとしてみたものの、それが必要なかったことに気づいたみたいな顔をする。

「あのサイズのものを人間が飲み込むのは難しいでしょうね。それに飲み込んだとしても、音は聞こえるかもしれない――実際にやってみないことには、わからないけど」

「ですね」

 ちなみに、あたしはそんな実証実験に参加するつもりはなかった。

「……やっぱり、幽霊が持っていったんですかね?」

 あたしはさっそく、剃刀を放棄してみた。

「何にせよ、宇佐見さんからもらった動画を調べてみることね。もしかしたら、それに決定的な証拠が映っているかもしれないわ」

 決定的に幽霊が映ってなければいいのだけど、とあたしはいらぬ心配をしていた。

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