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詩人にはなれない、もしくは何にもなりたくない  作者: 安路 海途
② 失われたスマートフォンを求めて
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5(容疑者その三・乙森虎太郎)

 放課後、先輩とあたしは1‐Eの教室に向かった。三人目に会うためだけど、考えてみるとなかなかせわしない一日である。

 教室では授業がちょっと遅れたのか、意外と人が残っていた。帰り支度をしたり、友達とこれからの計画を練ったり、教科書を見直したり、いろいろである。ビリヤード台の上に、球をいっぱい転がした光景に似ていなくもない。

 これだけ人がいると、さすがに目あての人物を見つけるのは難しかった。数キロ先の針の頭を撃ち抜くほどじゃないにせよ、ダーツで真ん中に命中させるくらいには。

 仕方ないので、教室から出てきた女子生徒の一人に訊いてみることにする。一応、同じ一年ということで、あたしが。

「すみませんけど、このクラスに乙森くんていますか?」

 するとその女子生徒(髪の長い子だった)は、

「トラ君?」

 と訊き返してきた。たぶん、虎太郎から来てるんだろうけど……

「えっと、トラ君なら向こうの、窓際の一番前の席だよ。ここからだとちょっと見にくいけど、まだいるはずだから」

 あたしと先輩はお礼を言って、そっちのほうに向かってみることにした。違うクラスの教室に入ると、何だか着なれない服でも身にまとってる気がするのは何でだろう。

 何人かの生徒はこっちのほうを見たけど、特には気にしていないようだった。先輩とあたしは魚の群れの中でも泳ぐみたいにして、教室を横切っていく。

 言われたとおりの場所までやって来ると、そこには男子生徒が一人いて、カバンに荷物を詰めているところだった。

「…………」

 さっき見つけられなかったのも無理はないな、とあたしは思った。

 とりあえず、小さい。小さいというより、()()()()しているという感じだった。蕗の下に隠れられるかどうかはわからないけど。

 鳥が巣を作るのに便利そうな、もじゃもじゃした天然パーマをしている。顔立ちは幼くて、さすがに小学生には見えないけど、高校生にも見えない。小柄なうえに華奢で、百奈先輩より少し背が高い程度かもしれない。女の子がお人形遊びに使いたがりそうな、そんな感じがした。

 彼、乙森虎太郎は、どう見ても「虎」という感じじゃなかった。山月記の主人公が見たら、複雑な気分になるかもしれない。

「ごめんなさい、あなたが乙森くんかしら?」

 と、先輩はまず声をかけた。われもの注意の貼り紙がしてあるダンボールみたいに、どことなく遠慮がちに。

 するとトラ君は、こっちのほうを見た。ちょっと、きょとんとしている。それから相手が知らない人間だと気づいたみたいに、緊張するそぶりを見せている。人の足音がすると、小動物がすぐ逃げてしまうみたいに。

「そうですけど――あなたたちは?」

 トラ君は、穴があったらきちんと全身を隠してしまいそうな感じで言った。

 先輩とあたしは、何となく顔を見あわせる。厄介な荷物を運ぶとき、一度アイコンタクトを交わすみたいに。

「わたしたちは、二年の志坂と一年の千瀬。美沢さんに頼まれて、彼女の携帯を探してる者よ」

 そう、先輩は丁寧に言った。

 トラ君はそれでようやくわかったみたいに、「ああ、あなたたちが……」と口の中でもごもごつぶやいている。何となく居心地が悪そうなのは、やましいところでもあるのか、ただ緊張してるだけなのか。

「よければ、少し話を聞かせてもらえるかしら?」

 先輩はいつも通りに、許可を求めた。

「これから部活があるから、あんまり長くなければ……」

 トラ君は、拳をあわせて人さし指をつんつんさせるみたいな感じで言う。女の子がからかいたくなるタイプかもしれない。

「ちなみに、部活は?」

 と先輩が訊くと、

「合唱部です」

 という答えだった。人は見かけによらない、とはよく言ったものである。

 トラ君と合唱部のためにも、先輩とあたしはその場で手早く話を聞いてしまうことにした。近くにあった席からイスを借りて、トラ君の机を囲む。教室の人影は栓を抜いたバスタブの水みたいに、どんどんなくなりつつあった。

「肝試しがあった日のこと、覚えているかしら?」

 と、先輩はまず訊いた。

「うん、美沢さんから急にメールが来て、集まれないかって」

「断わらなかった?」

「本当は気が進まなかったんだけど、美沢さんは強引だから」

 それは、よくわかる話だった。

「怖いから、できるだけ明るいライトを持っていきました――あと、お守りも」

 自転車の移動や山道やトンネルのことはざっくりと省略して、問題のトンネルに入ったときのことを訊く。

「あなたは、室くんといっしょになって行ったのよね?」

 先輩は確認した。

「うん――」

 とトラ君はうなずく。子供が遊んでいたときのことを思い出すみたいに、ためらいもなく。その表情は意外と素直で、明るい。

「すごく怖くて、一人じゃとても無理だったから。コージ君といっしょなら、安心だし」

「その時、人影を見たそうね?」

 先輩が言うと、トラ君は怯えた鳩みたいな顔をした。実にわかりやすく。

「急に冷たい風が吹いてきたんだ」

 と、トラ君は今でもその風が自分にくっついているみたいに言う。

「それでライトを向けたら、トンネルの向こうに人影が見えたんです。うずくまって、こっちをうかがってて……おまけにそのまわりが虹みたいに光ってて」

 これは、コージ君も言っていたことだった。だからたぶん、嘘でも見間違いでもないのだろう、一応。

「僕、思わず叫んじゃって。怖くて怖くて、一目散で逃げちゃいました」

 逃げちゃった本人を見るかぎり、あまり屈託はなさそうだった。何だか、鬼ごっこでもしていたみたいに。これは良いことなのか、それとも悪いことなのか。

「確認なのだけど、あなたは室くんの後ろにいたのよね?」

 先輩が訊ねる。

「そうです」

「室くんがロウソクの火を移しているときに、冷たい風が吹いてきて、トンネルの向こうをライトで照らすと、人影を見た」

「はい」

「――そう」

 質問はそれだけみたいだった。

 そこからのことは、コージ君と同じだった。最後の四人目がトンネルに入っても、何もなかった。帰るときになって、ともかちゃんの携帯がないことに気づく。みんなで探したけど、見つからない。

「――少し、あなたの携帯を見せてもらってもいいかしら?」

 ほかの三人と同じく、先輩はそのことを訊いた。

 トラ君は子供がおもちゃを返すときみたいに、あまり気が進まない様子だった。でも結局、カバンからそれを取りだす。もしかしたら、強くものを頼まれると嫌とは言えない性格なのかもしれない。

 見せられた携帯は、何というか実に女子力高めだった。ラインストーンだとかシールだとかいろんなパーツだとかが、かわいくデコられている。あたしも見習うべきだろうか?

「ありがとう、もう十分よ」

 先輩はそう言うと、携帯を返した。トラ君はボールを投げられた犬みたいに、嬉しそうにそれを受けとる。

 それからトラ君は、ちょっと表情を曇らせてこう言った。

「……もしかして、僕のことを疑ってるんですか?」

 正直なところ、あまりそうは見えなかった。

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