4(容疑者その二・室康治)
昼食をすませたあとの昼休みの時間、先輩とあたしは1‐Fの教室に向かった。もちろん、二人目の尋問のため――もとい、話を聞くためだ。
休み時間中はエアコンが切られているので、微妙な暑さだった。半熟卵の気持ちがよくわかるというものである。そろそろ人類は、この手のエネルギー問題を解決すべきではないだろうか。
少し遅めの時間なので、教室にはほとんど人影はない。生徒のいない教室というのは、空気が抜けてぺたっと萎んだ風船と、どこか似ている感じがした。
入口のところで室内を見渡してみても、写真に映っていた目あての人物は見あたらなかった。ここ数日で髪型を変えたとか、顔を整形したとかでなければ、そのはずだ。
「どうやら、教室にはいないみたいね」
と、先輩はごくまっとうな意見を口にした。
「誰かに聞いてみましょうか?」
あたしが提案すると、先輩は簡単にうなずいている。
「そうね、そうするしかないでしょうね」
「――先輩、ここはあたしが」
不肖の弟子として、あたしは自ら進みでた。うら若き乙女が見知らぬ男性の居場所を尋ねるなんて、名誉に関わることだった。あらぬ噂を立てられないともかぎらない。
あたしは先輩を安全圏に残して、一人で教室に入っていった。近くに三人でだべっている男子生徒がいたので、そのうちの一人に訊いてみる。
「えっと、このクラスに室くんて人はいますか?」
運動部っぽいその男子は、運動部っぽくさっさと答えてくれた。
「コージなら食堂じゃね」
「……食堂?」
大抵の人間は、もうとっくに食事の終わっている時間だった。
「何で、こんな時間に?」
念のために、あたしは質問する。するとその男子は、すぐに答えてくれた。
「あいつ、ちょっと時間をずらして飯食うから」
――ふむ。
あたしはお礼を言って、先輩のところに戻った。三人組は震度0の地震くらい何事もなかったみたいに、また話の続きをしている。
「室くんは食堂にいるらしいです」
と、あたしは報告した。
「そう、ならさっそく行ってみましょうか」
「……あたしって、女子力のパラメーターが低いんですかね?」
「何を言ってるの?」
うん、何を言ってるんだろう。
食堂は混雑のピークをとっくに過ぎていて、だいぶすいている状態だった。ほとんどの生徒は食事を終えて、ただしゃべっているか、食後のデザートを賞味したりしている。昼寝中の猫みたいに平和な光景だった。
たいして広くもなく、それほど狭くもない室内を見渡すと、目あての人物を発見した。ちょっと隅のほうの窓際で、食事中みたいである。
先輩とあたしは、さっそくそっちのほうに向かう。長机にイスが並んだだけの食堂は、愛想のない迷路みたいに殺風景だった。北欧風とかレトロフューチャーとかは言わないにしろ、もうちょっと何とかならないものか。
一人で寡黙に食事中のその人の前まで来ると、先輩は言った。
「あなたが、室くん?」
言われて、その人は顔を上げる。どっちかというと、鷹揚に。
わりと硬そうな感じの、短い髪をしている。鋏で適当にじょきじょきやった、くらいの無造作でシンプルな髪型だった。細身だけど、筋肉質というか、金属みたいに中身のつまった体つきをしている。静かではあるけど、愛想がいいとはいえない鋭い目つきをしていた。全体的な印象は、猛禽類系。
その人をすぐに見つけられたのは、食堂がすいているせいもあったけど、わりと特徴的かつ存在感のある容貌をしているせいもあった。
「そうだけど――」
と言ってからコージ君は、ピタゴラスイッチ的にいくつか余計な段階を踏んでから気づいたみたいな顔をする。
「ああ、あんたらが美沢の言ってた二人か」
「そうよ。室くんは、今一人?」
念のために、先輩は確認する。もちろん、透明人間がお相伴をしていないかぎりは、一人のはずだった。
「飯は一人で食うタイプなんでね」
とコージ君はきつねうどんをすすりながら、悪びれもせずに言う。どうやら、隠し事はしないタイプみたいだった。
まあまあ余計なことだけど、気になったのであたしは訊いてみる。
「コージ君は、きつねうどんが好きなんですか?」
学食のきつねうどんは、「量だけはある」というもっぱらの評判なのだ。
「いや――」
もうほとんど食べ終えてしまってから、コージ君は言った。
「一番、安いから」
「なるほど」
「うちは母親だけの片親なんでな。できるだけ負担にならないようなものを選んでんだよ」
できれば銅像を建てて、表彰してあげたいくらい立派な話だった。
「あと、一応言っとくけど俺は〝コージ〟じゃないぜ」
「え?」
確か、クラスメートはそう呼んでたはずだけど。
「本当は、〝やすはる〟なんだよ」
――室康治。
「ま、俺としてはどっちでもいいんだけどな。知っててもコージって呼んでくるやつも多いし」
度量が広いのか、ただ面倒くさがりなだけなのかは、判断しにくいところだった。少なくとも、神経質な性格じゃないのは確かみたいだ。
――というわけで、あたしもコージ君と呼んでおくことにする。
コージ君はいったん食器を返してから、また元の席に戻ってきた。先輩とあたしとは、向かいあった形になる。
「で、肝試しのことを聞きたいんだってな」
とコージ君は自分のほうから切りだした。ただし、
「正直、美沢の携帯のことはよくわかんねえんだよ。特に思いあたるようなこともないしな」
と、あまり自信はなさそうに言う。最初から兜を脱いだ武将みたいに。
「美沢さんとは、中学時代からの友達?」
それでも、先輩は質問を続けた。犯人が自分は犯人じゃないと言ったからって、犯人じゃないとはかぎらない。
「ああ、そうだよ。高校にあがってからは、それほどでもないけどな」
「でも彼女はあなたを誘ったし、あなたはそれに応じた」
コージ君は古い洗濯機みたいな感じで考えた。とりあえず、頭の回転は速いほうじゃないらしい。
「まあ面白そうだったしな、行ってもいいかと思ったんだよ。あと、美沢のやつが俺を呼んだのは、ボディガードのつもりもあったんじゃねえかな」
「ボディガード?」
「一応、こう見えても剣道部なんでね」
言われてみると、確かにそんな感じだった。ちょっと、その辺を真剣が漂っているみたいな緊張感がないでもない。
「室くんがトンネルに入ったのは、三番目だったわね」
と、先輩は質問を先に進めた。
「ああ、そうなんだけど――」
言って、コージ君は渋い顔をする。食べられないこともない渋柿くらいに。
「その時は、乙森もいっしょだったな」
乙森虎太郎――肝試しの順番は四番目のはずだった男の子だ。そういえば、ともかちゃんもそんなことを言ってたっけ。
「二人でいっしょにトンネルに入ったということね?」
念のために、先輩は確認する。
「まあ、そういうことだな」
「それは、何故?」
「あー、それは乙森のやつが、ちょっとな」
コージ君はマウスピースを装着中みたいに歯切れが悪かった。
「ちょっと、というのは?」
先輩にうながされて、コージ君はようやく答える。
「――怖いから、いっしょに行かせてほしいって言うんだよ」
歯切れも悪くなるはずだった。あたしは挙手したうえで発言する。
「その子は、えっと、臆病なほうってことですか?」
言葉に迷ったけど、ここは名誉より正確を期することにする。
「ありていに言っちまうと、そういうことだな」
「でも、何も男子二人で行かなくても」
「女子には頼めんだろ、怖いからいっしょに行きたいなんて」
その発想は、あってしかるべきだったかもしれない。。
「……とりあえず、室くんと乙森くん、三番目は二人で行ったということね?」
先輩はちり紙をくしゃくしゃにするみたいに、いったん話をまとめた。
「ああ」
「その時、何か気づいたことはなかった? 美沢さんの携帯らしいものが落ちてたとか」
「いや、特にはなかったと思う。というか、正直それどころじゃなくてな」
「何かトラブル?」
先輩が訊くと、コージ君は再び歯切れが悪かった。
「いや、実のところ乙森が幽霊を見たって――」
肝試しに行って幽霊が見れたなら、もしかしたら喜ぶべきなのかもしれない。
「その話、ちょっと詳しく聞かせてもらえるかしら?」
オカルティストみたいに幽霊に興味があるわけじゃないだろうけど、先輩は訊いた。
うなずいて、コージ君がとつとつと語るところによると、こういうことらしい――
まず、三番目にコージ君が行く時点で、乙森くんがくっついてきた。懐中電灯と火のついてないロウソクを持って、二人はトンネルに向かう。当然、乙森くんはかなりびくびくしている。
二人はトンネルに入って、火のついたロウソクのある場所に向かった。けっこう遠いので、乙森くんの恐怖指数が急上昇する。そうでなくても、夜の廃トンネルなんて恐怖以外の何ものでもない。
ロウソクのところまで来たので(石で囲って火が消えにくいようにしてある)、コージ君は持ってきたロウソクに火を移した。あとは、帰るだけでいい。
――問題が起きたのは、その時だった。
突然、乙森くんが騒ぎだしたのだ。トンネルの向こうを指さして、何か叫んでいる。
コージ君には最初、何のことかわからなかった。霊感があるほうじゃない。というか、ない。だからこれまで、幽霊を見たことはない。
それでも、乙森くんが指さす方向を見たときは、ぎょっとした。
屈んだ姿勢でこっちをうかがっている人影が、そこにいた。それも、影の周囲がぼんやり光を帯びている。
乙森くんが、まず逃げだした。つられるようにして、コージ君も逃げた。擬態の上手な昆虫といっしょで、人影が本物の幽霊なのか本物の人間なのかはわからない。というより、どっちでも怖かった。下手をすると、人間のほうが怖かったかもしれない。
二人はほうほうの体でみんなのところに戻ってきた。それでもコージ君がロウソクの火を消さなかったのは、立派というか、地震の時に慌てて枕をつかんで逃げるのと同じことだったのかもしれない。
当然、五人のあいだで二人が見たものについての議論が起きたけど、結論は出なかった。何しろ、古代から連綿と続く難問の一つなのだ。会議は踊る、されど進まず。
結局、最後の一人が確認に行くことになった。箱を開けてみるまでは、猫は死んでもいるし、生きてもいるのだ。本物の幽霊か人間である可能性を考えると、わりと無謀ではあったかもしれないけれど。
その一人はトンネルに入って、しばらくすると戻ってきた。ちゃんとロウソクも回収している。幽霊も人間も、どっちも見ていない。もちろん、夢だって見ていない。
二人の名誉はだいぶ傷ついたけど、事実は事実なのだから仕方がなかった。ない袖は振れない、というものだ。
それからのことは、前の二人が話したのとほとんど同じだった。ともかちゃんが携帯をなくしたことに気づく、電話もかけてみんなで探したけれど見つからない――
話が終わったあとで、先輩は前の二人と同じお願いをした。
「念のために、あなたの携帯を確認させてもらってもいいかしら?」
コージ君は特に気にしたふうもなく、自分の携帯を机の上に置いた。あまりセキュリティ意識の高そうな行動とはいえない。
前回と同じく外観だけチェックしたかぎりでは、コージ君の携帯はコージ君らしく、裸のままで何の飾りもついていなかった。野生動物みたいにわりと細かな傷がたくさんついてるけど、それは使い込まれているというより、使い古されてるせいかもしれない。
丁重にお礼を言って返したあと、
「美沢さんの携帯について、何か心あたりはないかしら?」
と、先輩は最後に質問した。
「いや、悪いけどやっぱりないな」
コージ君は腕組みをして、難しい顔で言う。
「美沢のやつの勘違いじゃないのか? なくしたと思ってたら、すぐ近くにあった、なんてのはよくあることだぜ」
何だかそれは、妙に実感のこもっている言葉ではあった。
コージ君がいなくなってからも、先輩とあたしは食堂に残っていた。まわりには崩したばかりのパズルみたいに、三々五々生徒たちが固まっている。お茶を飲みながら話したり、ボードゲームをやったり、デザートを食べたり、みんないろいろだった。
あたしはちょっと、カウンターのメニューを眺めてみる。女子力のパラメーターを上げるために、おしゃれなスイーツでも頼むべきだろうか。もちろん、学食におしゃれなスイーツがあれば、の話なのだけど。
「――どうですか、コージ君が犯人てことはありますか?」
あたしはやる気のない釣り人が竿を振るうみたいにして、訊いてみた。
「…………」
先輩はいつも通り慎重だった。この世界には、絶対なんてものは絶対に存在しない。
「可能性としては低い、としか言いようがないでしょうね」
「もしもコージ君が盗んだとしたら、もう一人と共犯てことになりますかね?」
「どうかしら……ロウソクに火をつけるとき、慌てて逃げだすとき、一人で事を行う機会がなかったとは言えないわね」
「ふむむ」
一応、結論は保留ということだった。
昼休みも終わりに近づいて、時間の流れはちょっとずつ変わりはじめている。
「――ところで、幽霊は容疑者に含まれますか?」
と、あたしは訊いてみた。
「あらゆる可能性を排除して最後に残ったものが、どんなに奇妙でも真実である――と、どこかの探偵は言ってるわね」
なるほど。




