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コーヒーと合コン

僕は、家でもコーヒー、職場でもコーヒー、カフェでも喫茶店でも、ドリンクを聞かれるとコーヒーと答える無類のコーヒー好きだ。

そんな僕の朝はコーヒーから始まる。

もちろん、何でも良いというわけではないが、ないよりはあったほうがいいし、よくわからない飲み物を飲むよりは、コーヒーの味がするほうがいい。

起きたらすぐに、ボタンひとつで簡単に淹れられるマシンのスイッチを入れて、機械が温まるのを待つ。

豆のよさを閉じ込めたカプセルから放たれる香ばしさが、インスタントコーヒーとは違う豊かな気分にしてくれる。

失恋から一夜明けた今朝もそれは変わらない。いつもよりコーヒーの苦味が傷を負った僕の心に重く響いた気がしたが、コーヒーとパンで朝食を済ませて会社に向かった。



ありがたいことに、僕が失恋したくらいで世界は変わらない。僕はいつも通り、忙しく仕事をこなす日々を送ることになった。

しだいに、彼女のことを思い出す暇もなく、むしろ、今まで憂鬱だった休日が待ち遠しくなるくらい仕事に集中することができるようになっていった。

こういう時にやらなければならないことがたくさんあるのはありがたかった。

失恋の傷を引きずっているほどの余裕もなく、時が僕の心を癒してくれたのだ。



そんな日々を過ごしていたある日。

珍しく自分のデスクではなく、お昼を社内のカフェテラスで食べていると、同僚に声をかけられた。


「久しぶりだな」

「ああ」


僕は愛想のない返事を返した。

彼のことが嫌いなわけではないが、話始めると長くなってしまう。

この日、僕は食事を終えたらすぐに戻って仕事を進めるつもりだったのだ。


「最近どうなんだよ」

「どうって……」

「そろそろ結婚するのかと思ってさ」


彼は僕の考えをよく理解していて、仕事にのめりこんでいる理由も良く知っていた。

僕の仕事が忙しいのは、大きなプロジェクトを任されているからだということも、このプロジェクトの成功が僕の出世の近道であり、社内でも地位を確立するために必要なものであるということも、同じ社内にいるからこそ言わなくてもわかっている。

そして、その努力の先に彼女との結婚を見据えていることも。

それが故の質問だった。


「ああ、彼女とは別れたんだ」

「そうか」


僕が淡々と答えると、彼はなんとなく気まずそうに答えた。



そこで僕は先日の話を簡潔に彼に伝えることにした。

彼女から呼び出された話、別れた理由、引き止めなかったこと。

あの短い時間に起こった出来事を再び口にすると、少し傷が疼くような気がしたが、思っているほど感情的になることはなかった。


「じゃあ、時間ができたら久々に付き合えよ。連絡するからさ」

「そうだな」


彼が飲み会のお誘いと思われることを社交辞令的に言ったので、僕は短く一言だけ返した。


「じゃあ、戻るわ」


先に食べ終わった僕はそう言って、トレーを持って席を立った。

必要なことは伝えたし、溜まっている仕事を早く片付けるためだ。


「おう、お疲れ」


しかし、僕が突然立ち上がったので気分を害したと思ったのか、彼は驚いたように声を上げた。

僕はその声を背中に受けながらも、振り返ることなく同僚に見送られて自分の仕事場に戻った。



数日後。

彼の言った社交辞令は現実のものとなった。

彼が本当に連絡をしてきたのだ。

僕が聞かされていたのは、"失恋の傷を癒すためにバーで飲もう"というものだったが、実際は違っていた。

飲み会と言いながら、僕の失恋を聞いた同僚が合コンをセッティングしていたのだ。

当日、同僚とは社内で待ち合わせをしてバーへ移動した。

僕は行き先がバーであること、予約をしているということ以外、何も知らされていなかったので、彼と一緒に向かう必要があったのだ。


「ここか?」


会社を二人で出たので、てっきり二人でゆっくりできるお店をチョイスしているのだと思っていた僕は、連れて来られたビルを見上げてつぶやいた。



バーは都心のビルの最上階にあった。

美しい夜景を見ながらカップルが来るには最適の場所だろうが、男同士で来ている自分たちには敷居が高いように思われた。

バーの入口に到着すると、数人の見知らぬ男性と、初めて見る女性が、僕の同僚の姿を見つけるなり声をかけてきた。

僕は挨拶だけをして少しはなれたところで様子を見守っていたが、しばらくすると僕も中に入るように促された。

あまりそういうものに興味を示さない僕は、中に入る直前まで合コンであることを知らされず、会場となっているバーの入口をくぐる時に、今回の飲み会という名目の合コンの説明を受けた。

同僚は合コンだと言ったら僕が来ないだろうと思ったので、という言い訳をしていたが、その通りなので言い返すことができなかった。

男女五人ずつの十人という割り切れる男女比で合コンをセッティングしていた同僚は、要領よく座席を決めて、注文をしていく。


「慣れてるな」


僕はボソッとつぶやいた。


「手際がいいって言ってくれよ」


と言いながら苦笑いしていたが、おそらく何度も主催しているのだろう。

同僚が、この社内外のメンバーをどのように集めたのかはわからなかったが、もしかしたら他の合コンに参加した時のつながりを保っているのかもしれないと思った。

僕には要領よく人付き合いをするスキルはないので、多くの人間関係を維持する行動力と要領の良さには驚かされるばかりだ。



注文したお酒を飲みながら、男女ともに簡単な自己紹介をし、そこからたわいもない話を続けること一時間。僕を慰めることが目的と聞いていたこともあり、ここに来ている人が僕の失恋の話を知っているのではないかと、最初は不安に思っていたが、そんな野暮な話は出てこなかった。

彼らが出会いを求めていることには違いないようだが、どちらかというと交流を深める親睦会のような雰囲気だったので、僕も何とか普通に会話に参加することができた。

学生のようなお酒をあおって騒ぎを起こすようなメンバーも、一人で意味もなくしゃべり続けるようなメンバーもおらず、静かなバーの飲み会にふさわしい人選だった。

自分のことを根掘り葉掘り聞かれるような、ギラギラした合コンではなかったことに感謝しながら、僕は次のドリンクを頼むか悩みながらメニューを眺めていた。

このバーは、お酒やおつまみ以外に、デザートとカフェメニューなどを提供しているようだった。

営業時間を見てみると、お昼も開いているらしいので、お昼軽食を夜にも提供しているというのが正しいかもしれない。

僕は迷わずホットコーヒーを注文した。

すでに数杯お酒を飲んでいたので、少し酒から離れたかったのだ。


「私も」


同席している女性の一人が、僕がコーヒーを頼んだのを聞いて追加した。

ほどなく僕と彼女の元にはコーヒーが届けられた。

そのコーヒーに口をつけると、なじみのある味がした。

まさか外でこの味と出会うことになるとは思わなかった。勘違いかもしれないと店員の一人を呼んで確認すると間違っていなかったので安心したが、店員からは感嘆の声が返ってきた。

簡単である。

このコーヒーは僕の家にあるマシンから抽出できるコーヒーの種類のひとつだったのだ。「ぜひお昼にもお越しください」

僕はそのマシンと味を言い当てただけなのだが、どうやらお店としては、コーヒーのこだわりを理解してくれたことが嬉しかったらしく、お酒のない席で飲んでほしいとアピールされてしまった。

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